今回は話数整理中に降ってわいたネタです。
とりあえず、これを機に暗黒剣キチを再開できたらなぁと思う次第。
こっちは続かないよ、続かないからね!
『暗黒剣キチ・リハビリ。もし、彼が呪いに侵された影響でコミュ障になっていただけだったら』
二度目人生記12年3か月15日
突然だが俺は口下手である。
どのくらい口下手かというと、朝起きて義兄弟におはようと言われても、十回に一回しか返事を返せないほどだ。
5年前、この冬木の街で起こった大火災。
命からがらそれを切り抜けた俺はその時までの記憶を代償にするかのように、近未来の上海で凶手をしていた前世の記憶を取り戻した。
しかし災害のショックからか、どうにも口が上手く回らなくなり、他人とまともに話す事が出来なくなってしまったのだ。
記憶が間違っていなければ上海で生きていた時は、ここまでコミュ障を患っていなかったはずなのだが……
現実でのダメっぷりを思い返すと鬱になるので、せめて日記の中では饒舌であろうと思う。
さて、明日は長年苦心してきた体の中に巣食う澱みを取り除く日だ。
あの大火災から俺の身体の中枢から感じる、ドス黒い怨嗟の声を上げながらべったりと張り付く黒い何か。
俺が小粋なジョークの一つも口に出来ないのは、きっとコイツが原因に違いない。
というか、なんでこの口は相手を罵倒する時だけ滑らかに動くのか?
その所為で何時ぞやの夜中、俺に何かしようとしていた養父の心を中指と一緒にへし折ってしまったじゃないか。
あれ以来、もともとネグレクト気味だった養父は俺を完全にガン無視するようになりましたがな。
いやさ、元が社会のド底辺に這いずるチンピラだから、口も態度もお下品でございます事よ。
だとしても、相手の心を惨殺するようなセリフがスルスル出るってのはどうなのかなぁ。
……その辺の事は深く追求するのは止めよう、精神的にあまりよろしくない。
ともかく明日が正念場である。
この五年間を費やして習得した『概念斬り』。
これが通じなければ澱みを身体から取り去るすべはない。
もしかしたら口下手も治るかもしれないのだから、ボッチ確定の人生から脱出する為にも頑張らねばッッ!!
もし流暢に話せるようになったら、大河姉ちゃんの虎竹刀を折ったこと謝るんだ。
二度目人生記12年3か月16日
大失態を犯してしまった。
なんと昨夜、養父の切嗣が亡くなっていたらしい。
朝方修行に出ようとした時に士郎が必死に俺を引き留めていたが、まさかこんな理由だったとは夢にも思わんかった。
長年苛まれてきた不快感から脱出する事に浮かれて、全然話を聞いとらんかったですばい……。
のっけからこんなやらかしをブチかました事もあってか、今日の俺はとことんツイていなかった。
概念斬りの成功によって澱みが消えたのもつかの間、嫌な気配を辿って行ったら円蔵山中腹の洞窟内で澱みの大元と思われる呪いの壺をみつけるし。
さらには妙なトリックで剣や槍を飛ばしてくるパツキンの兄ちゃんに襲われるし。
何とかそれを切り抜けたら、今度は真っ黒に染まった俺の2Pカラ―から『聖杯戦争』なんてカルト・テロの事を暴露される始末である。
正直冗談かドッキリだと思いたいところだが、パツ金の攻撃や2P俺の出したシャドウサーヴァントとかいう影法師。
なにより聖杯という呪いの壺が一連の事象が現実である事を突き付けてくる。
唯一の救いは長年澱みを身体の中に入れていた影響からか、聖杯という名の汚物入れに呪いがどのくらい溜まっているかを感じ取れる事。
そして、黒い俺ことアンリ・マユが影法師を呼び出すと中身が少し減ることくらいか。
アンリとは聖杯(笑)を護る代わりに、剣の修行相手として影法師を呼ぶという契約を結んでいる。
これを利用して積極的に間引きしていけば、中に溜まっている呪いがスプラッシュする事はあるまい。
奴の話だとあのイカ壺は下手に破壊すると、中身がリバースするらしい。
5年前の大火災の原因がそれだというのだからマジで笑えない。
曲がりなりにもアレから生き残った身としては、何としてでも再発は防がねばならない。
そうでなくては犠牲になった500余名に顔向けが出来ん。
そういうワケで俺は衛宮邸を出てこの洞窟で暮らす覚悟を固めたのだが、事を終えて家に帰ったのは養父の葬儀が終わった後だった。
当然士郎と大河姉ちゃんは俺へと詰め寄ってきたのだが、口下手な俺には事情の説明はもちろん反論すらもハードルが高すぎる。
結局、俺に出来たのは最低限の荷物を手に逃げるようにして衛宮邸を後にする事だけだった。
控えめに言って最悪である。
こんな不義理を侵した以上、もはや衛宮の家に俺が跨ぐ敷居は存在していないだろう。
とはいえ、全ては俺の至らなさが呼んだ事。
士郎や大河姉ちゃんに恨まれたとしても、甘んじて受け入れねばならん。
今の俺に出来る償いはただ一つ。
この洞窟で一人でも多くの影法師を斬り、穢れた聖杯から街を護る事だけだ。
二度目人生記12年9か月11日
穴倉生活181日目
漸く影法師3人を相手にするのにも慣れてきた。
セイバーとキャスターやアサシンとランサーのように、前衛と後衛でバランスが取れたパーティだと手を焼くが、そうでなければ早々不覚を取る事はない。
この半年、年がら年中襲われ続けたのは本当にキツかった。
全身ガッツリ傷だらけだし、自分で縫った深い傷も十や二十では効かない。
アンリ曰く、アイツ等は5年前に馬鹿共がやらかした第四次聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントの残滓。
つまり、歴史に名を遺した英雄達の成れの果てなんだそうな。
そんな奴等に昼夜問わず襲撃されまくって、未だに五体満足なのは我ながら奇跡だと思う。
とはいえ、剣術狂だった前世を思い出した俺にとっては、こういう修羅場も楽しいものとなっている。
前世に刃を交えたサイバネ武術家に勝るとも劣らない身体能力。
古代の英霊が多いだけあって技術的な引き出しは完成された流派を持つサイバネ武術家には及ばないものの、それでも一代で世界に名を刻んだ英傑の武は侮れない。
手を合わせる相手はなにかしらの天才ばかり。
前世と今生の剣腕の乖離を埋めるには十分すぎるスパーリングパートナーだ。
今はまだ3体以上が相手だと逃げの一手な有様だが、次の聖杯戦争が始まる迄には全員を相手取れるようになりたいものである。
二度目人生記14年7か月16日
穴倉生活840日目
今日も今日とて影法師の間引きに精を出す。
こうまで付き合いが長いと奴等の行動パターンも読めたもので、今では5対1でも戦えるようになった。
とはいえ、年がら年中奴等の相手をしていては、流石に飽きが来るのは否めない。
そこで明日は一風変わった倒し方をしようと思うのだ。
波濤任櫂で相手の力を受け流し、その勢いを利用して目標へブン投げる。
中国武術で言うところの化勁、日本の合気道に通じるやり方なのだが、ランサー相手にテストした結果わりとすんなり決まった。
相手は亜音速なんてトンでもスピードを出す連中である。
勢いやら何やらを逆手に取ると、そりゃあもう良く飛ぶのだ。
あの影法師共は通常の攻撃では死なないらしいが、魔力が染み込んだこの洞窟ならダメージだって与えられるだろう。
気分転換としてはなかなかに面白そうだと思うがどうか?
二度目人生記14年7か月17日
穴倉生活841日目
そんなワケで、いざ実践。
手始めにキャスターを天井に向けてスパーキング。
二度目人生記14年7か月18日
穴倉生活842日目
セイバーを聖杯(笑)に向けてスパーキング!
二度目人生記14年7か月19日
穴倉生活843日目
ライダーをアンリ・マユ目掛けてスパーキングッ!
二度目人生記14年7か月20日
穴倉生活844日目
ランサーをたまたま見つけた妖怪蟲爺に向けて、スパァァァァァキィィィンッ!!
二度目人生記14年7か月21日
穴倉生活845日目
どうも長く続く穴倉生活でストレスが溜まっていたようだ。
この四日間の行動は明らかにおかしかった。
つーか、ぶん投げたくらいで影法師が死ぬなら苦労はしない。
実際、ライダーとランサーは元気いっぱいで向かってきたし。
そういえば、聖杯へ放り込んだセイバーはどうなったのだろう。
奴等の原材料は聖杯の呪いだというし、やはり汚物へと還ったのだろうか?
考えても分からん事は置いておこう。
三日目に被害に遭ったアンリがガチギレした為、残念ながらこの遊びは封印する事となってしまった。
まあ人間、ストレスをため込むとロクな事にならんという事だな。
余談だが、四日目に被害にあった妖怪蟲爺は天に召されていた。
アンリがいうにはこのぬらりひょんモドキ、聖杯という名の汚物入れを造った魔術師なのだとか。
身体を補充が容易な蟲へと入れ替え続ける事で500年以上生きているそうだが、さすがにその延命には無理があったらしく長い年月を生きる内人の枠から外れてしまったんだそうな。
現在では身体と腐りかけた魂を維持する為に人を食らい、無数の蟲の群体の中に自分の本体を隠して活動するタチの悪い妖怪らしい。
本来ならすべての蟲を殲滅するか本体のみをピンポイントで抹殺するくらいしか倒す方法がないそうだが、今回ばかりは相手が悪かった。
なにせ影法師の原材料は人類全てを対象とした『この世全ての悪』の呪詛である。
それは爺のような元人間も標的となるらしく、俺がランサーをぶつけた影響で叩きつけた身体を通して、それを構成する蟲を制御するための魔術回路を経由して呪詛が伝達。
結果、ダミー・本体の区別なく奴は全滅したらしい。
冬木の街にそんな妖怪が住み着いていたなんてゾッとしない話だが、あの世に逝ったのであれば問題はない。
しかしアンリの説明が本当なら、一日中チャンバラを繰り返している俺は何故に死なないのだろうか?
最後に妙なミステリーが残ってしまった。
二度目人生記15年9か月21日
穴倉生活1305日目
アンリとの会話(口下手が依然猛威を振るっている為、奴が一方的に話すのが殆どだが……)の中で、聖杯の汚物がとある神父の心臓を代行しているという話が出た。
その神父の名は言峰綺礼。
養父の前に俺を引き取ろうとした孤児院の責任者だ。
あの時点でハラワタの奥底まで腐ったロクデナシである事は容易に見抜けた為、俺は奴の誘いに乗る事は無かったがこの話を聞いて得心が行った。
心臓を汚物なんかで補っていれば、人間的にOUTになるのは当たり前である。
というワケで、俺はアンリに命じて神父との契約を破棄させた。
あんな危険人物が冬木で聖職者やってるなど見過ごすわけにはいかん。
アンリ曰く二年後に行われる聖杯戦争に絡まれたら、どんな悪影響が生じるか分かったもんじゃないからな。
まあ、あれだ。
むこうの教義にもある『灰は灰に、塵は塵に』というヤツである。
死んだ後も外法で世に留まっていては、神とやらに顔向けも出来んだろう。
行き先は恐らく地獄だろうが、早急にこの世から退去して祈りでも捧げてほしいモノである。
二度目人生記17年9か月20日
穴倉生活2034日目
聖杯戦争が始まった。
冬木を舞台にした魔術師と七騎の英霊によるサバイバル。
住人の一人として言わせてもらうなら、近所迷惑の一言である。
魔術は見られてはならないとか言いながら、こんな人口密集地で開催するとか関係者は全員頭パープリンなのだろうか。
カルトテロリストである魔術師とかいう連中ももちろんヤバいが、それ以上に厄介なのはサーヴァント共であろう。
どいつもこいつも歴史に名を刻んだ英雄だ。
そんな化け物が市街地で暴れたら、どれ程の被害が出るか分かったもんじゃない。
てなワケで俺の使命は乱痴気騒ぎをやっているバカ共を狩り取って、そして聖杯戦争の反動で中身が減った汚物入れを破壊する事───だったんだが……。
これについて、筆舌し難いほどに悩ましい問題が発生した。
とりあえず、本日の打倒したのは筋肉モリモリマッチョマンの変態ことバーサーカー。
奴を倒す際に長年の目標だった秘剣・六塵散魂無縫剣にも開眼したので、正に一石二鳥の大戦果だった。
こうして強敵を倒し、あとは見た目十歳前後の女魔術師を始末すれば完了だったのだが、ここで予期せぬ誤算が発生した。
なんと魔術師を助ける為にセイバー・アーチャー・ライダーの三騎同盟が立ちはだかったのだ。
しかもセイバーのマスターは義兄弟である士郎ときた。
分が悪い事に加えて士郎の登場に平静さを欠いてしまったために、俺は魔術師の始末を諦めて退散せねばならなかった。
言うまでも無いが言葉を交わすなんて器用な真似は出来ていない。
我が舌は今日も絶賛ストライキ中である。
相手をなじったり煽る時はペラペラ動くのに……この不忠者めが。
しかし、士郎の奴め。
切嗣から魔術の手ほどきを受けていたのは知っていたが、まさか今も続けていたとは思わなかった。
なんとかして聖杯戦争から手を引かさないとならんのだが、今生で最も困難な会話ができねば説得もままならん。
それ以前にアイツの中の俺の評価は、今までのやらかし+今回の幼女殺人未遂で底辺を通り越して地中にめり込んでいるような気が……。
マジでどないしよ……。
◇
冬木郊外に聳える円蔵山の中腹に開いた洞窟。
その奥に聖杯戦争の要である大聖杯が安置された空洞がある。
聖杯の穢れた魔力によって仄かに光るその場において、冬木の街を護る為に人知れず聖杯戦争に喧嘩を仕掛けた少年、陣は醜く変質した天の盃に手を当てていた。
五回目の儀式の火蓋を切った事により、体内に貯蔵していた汚泥のような魔力の半分以上を失った大聖杯。
本来であれば覚醒まであと数体のサーヴァントの魂を要するそれが、陣の帰りと同時に鳴動を始めたのだ。
盃を子宮として眠るモノと同質のアンリ・マユすら予想していなかった事態。
それを受けて、陣は生物めいた表面に当てた手から勁を送り込み始めたのだ。
実際のところ、なぜそういう行動に出たのかは彼自身も理解していない。
そうしなければならないと直感の命じるままに動いたのである。
手を通して規則正しい脈動を感じながら、さらに深く氣を送り込むために調息する陣。
すると、頭の中にあるヴィジョンが浮かんできた。
穢れた、それでいてどこか温かく心地よい暗闇の中、くろくまを象った服を着た乳児がぺたりと座っていた。
子供の年のころは2歳程度。
どうやら女の子のようで、黒髪黒瞳ながら顔はセイバーによく似ている。
こちらが見ているのに気づいた彼女は、赤みが差すもち肌の頬を緩ませて懸命に手を伸ばし始めた。
「ぱ~ぱ、ぱ~ぱ! まんま、あーと!!」
舌足らずな言葉で懸命に礼を言うと、彼女はにぱっと笑みをこちらに浮かべた。
その花が咲くような満面の笑顔を見た瞬間、陣に電流が走った。
(馬鹿なッ、この俺があの程度の笑み如きに……ッ!? うぬぅ、落ち着け! この心乱される感覚、そして湧き上がる保護欲ッ! これは……)
「───父性か」
「気付いたか、相棒」
「……ハッ!?」
この期に及んでラオウとトキごっこをしているバカ二人は見なかった事にしてもらいたい。
さて、身に覚えのない父親認定に戸惑う陣であったが、薄暗い闇の中でも確かに彼女と自分を繋ぐラインがある事に気が付いた。
「これは……」
「そりゃあ聖杯の中のチビとオタクを繋ぐ絆さ。気づいてるだろうがオタクを精霊、邪仙に釣り上げた影響でチビの方にもオタクの因子が組み込まれてる。つまり、霊的に見ればアイツは紛れも無く相棒の娘ってワケだ」
あっけらかんと重大情報を晒すアンリ・マユに、陣は言葉も無かった。
今はコミュ障を患っているが、彼は本来面倒見のいい男である。
でなければ、引き取られたばかりの衛宮邸で飯の支度が出来ない男二人の為に幼子でありながら鍋を振るいはしない。
そして、理由はどうあれ二度も家族を失っている彼は、たとえ悪神の化身であろうと無邪気に自分を求める幼子を拒絶することは出来なかった。
繋がったパスと胸に沸き立つ父性から、理屈抜きで彼女が娘だと受け入れてしまっては猶更だ。
そして、その感情の動きは彼に過酷な選択となって返ってくる。
そう、つまりは────
(冬木を護る為には、己が娘を討たねばならんのか……ッ!?)
思いついたあまりに残酷な事実に思わず頭を抱える陣。
彼が受けた衝撃は空いた手が作った握り拳から血が滴っている事を見れば、容易に読み取れることだろう。
「しっかし、あの不定形なバケモノがこんな別嬪さんになってるとはねぇ……。ま、原因はアレだな。数年前、オタクが遊び半分で聖杯の中に放り込んだシャドウ・セイバー。奴はその姿を参考にしたんだろうさ」
もはや返事を返す余裕もない陣に、悪神の名に恥じない禍々しい笑みを向けるアンリ・マユ。
彼の双眸は相棒と呼ぶ少年の胸に秘めた目的を見抜いていたのかもしれない。
◇
さて、賢明な読者諸君は気づいていると思うが、この世界の衛宮陣には二つの選択肢がある。
一つは、真の漢は色無し恋無し情け有り。
初志を曲げる事無く、義兄弟と生まれ育った町を護る為、心を鋼刃にして実の子を討つという選択。
人呼んで『兄弟船・セイギノミカタ』ルート。
もう一つは、兄弟子と同じく一人の為に鬼となりて、我が子の為に世界をむこうに回す道。
狙うは六騎の英霊と魔術師、敵は世界の抑止力。
生まれ来る一人娘の為、孤高の剣鬼は冬木の闇を駆ける。
人呼んで『ウチの娘の為ならば、俺は人理も倒せるかもしれない』ルート。
どちらを選ぼうとも、家族を切り捨てる事に変わりはない。
その懊悩、さぞかし甘美な事だろう。
私は聖杯の底で極上のワインを片手にそれを楽しむこととしよう。
ふふっ、愉悦愉悦……。