剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 何故かネタが降って湧いた為に、小ネタ更新です。

 上中下でなんとか終わらせるつもりですんで、勘弁してつかぁさい。


小ネタ『暗黒剣キチ・リハビリ小話・中編』

 二度目人生記17年9か月21日

 

 穴倉生活2035日目

 

 今日、驚愕の事実を知ってしまった。

 

 なんと俺は知らぬ間にシングルファーザーになってしまったのだ。

 

 言うまでもないが、別れた女が云々なんて話じゃない。

 

 というか、こんな穴倉生活をしている奴とそういう関係になる女がいたらお目にかかりたいくらいである。

 

 では母親は誰かと言うと、信じがたい事にグロいナマモノこと大聖杯だったりする。

 

 アンリの説明ではこうだ。

 

 この七年間、俺は延々と影法師狩りに勤しんでいたワケだが、その影響でいつの間にやら脱人間を達成してしまっていたらしい。

 

 それに関してはやって来た事が並大抵の苦行よりもキツかったので納得なのだが、肝心の問題は方法と場所にあった。

 

 まず方法だが、これは内家拳の根幹である練氣が深く関係している。

 

 シャドウサーヴァントの間引きを始めて一年足らずで、俺は奴等を相手にするには身の内で勁を練り上げる小周天では間に合わないと悟った。

 

 そこで手を出したのが、前世で未完成に終わった大周天と呼ばれる練氣法だ。

 

 大周天は身の内と同時に天然自然の氣を取り込む技で、これを習得すれば氣功術の効率は格段によくなり、反動も大幅に抑えられるという内家剣士にとって垂涎の奥義である。

 

 同時にこの技は極めし者は神仙の入り口に立つと言われるほどの難行でもあるのだが、ここ数年幾度も修羅場や絶体絶命の危機を乗り越えた事が功を奏したお蔭で、俺は大周天を修めることができた。

 

 次の問題である場所だが、俺が暮らす穴倉は大聖杯という汚物入れのお陰で土壌から大気に至るまで『この世すべての悪』にしっかりと染められている。

 

 当然、そんな場所の氣を吸収して影響が無いわけがない。

 

 俺の身は仙人は仙人でも邪仙へと変わり、さらには周辺に漂うバッチい神秘とやらの出所である大聖杯とも縁が繋がる破目に。

  

 その結果、ナマモノの中ですくすく育っていたナニカに俺の因子が入り込み、魂的な親子となってしまったのだ。

 

 まあ、あれだ。

 

 我が子とやらが遊星からの物体Xみたいな化け物だったら容赦なくぶった切ることが出来たんだが、生憎と中にいたのは二歳ほどの可愛い女の子だった。

 

 『ぱ~ぱ、ぱ~ぱ』と手を伸ばしてくる姿は本当に愛くるしく、それを見ていると現金な話だが父性という奴がムクムクと沸き立ってきたのだ。

 

 『理屈云々なんざ関係あるかっ! この子は俺の娘じゃいっ!!』なんて傍らのアンリに宣言するくらいには、俺も絆されちゃったワケなんですわ。

 

 ほら、俺ってば面白いくらいに家族に縁がないだろ。

 

 前世は孤児。

 

 今生は生みの親は鬼籍に入ってるし、養父は死んだことにも気づかずに葬式にも出れなかった。

 

 兄弟分たちに至っては自業自得で袂を分かって以来、まったくの音信不通ときた。

 

 こんな体たらくだからこそ、今度こそは唯一の血縁になるこの娘を大事にしたいのだ。

 

 いや、わかってますよ。

 

 この子が生まれたら冬木がヤバいってのは。

 

 だからと言って殺すなんて、俺にはもう無理だ。

 

 士郎たちとこの子を天秤に架けろなんて言われたら、俺はそんな事を抜かす運命を殺すね。

 

 そんなワケで方針に変更はないものの、この子を生かす方法を最後の最後まで考える事にする。

 

 少々生まれが変わっているくらいがなんだ!

 

 俺は絶対に諦めんぞ!!

 

 

 二度目人生記17年9か月22日

 

 穴倉生活2036日目

 

 非常事態である。

 

 娘が聖杯の中から出てきてしまった。

 

 今日起きたら自分の腕の中でこの子が眠っているのを見つけたときは、職務放棄中の声帯からあり得ないくらいの声が出たものだ。

 

 そうだ、こんなことを話している場合じゃない。

 

 本件の問題点は、ウチの娘が現在進行形で未熟児であるという事だ。

 

 本来なら子宮である大聖杯でサーヴァントという栄養を七体摂取しなければ生まれないのに、一体目で出てきてしまったのだ。

 

 不幸中の幸いは倒したバーサーカーが大英雄ヘラクレスだった為、並の英霊3体分の栄養があった事。

 

 さらには俺に触れている間は大聖杯の中と同じ環境になるらしく、アンリの見立てでは数日は保つそうだ。

 

 こうなっては四の五の悩んでいられない。

 

 早急にサーヴァント共をぶち殺して、この子を健康な体にしなくては。

 

 英霊だの何だのと言われようと、どうせカルト・テロリスト共が呼びだした害獣だ。

 

 殺して文句を言うような奴は誰もいやしない。

 

 ああ、飼い主の魔術師に関しては、テロ行為と化け物の監督不行き届きを合わせてあの世送りにしておくので問題ない。

 

 士郎以外は生きる価値のないイカレ野郎に決まっている。

 

 というか、科学万能のこの時代に魔術師とか言って他人様に迷惑をかけているのだ、社会不適合者として排除されても文句は言えんだろう。

 

 そういう事がしたいなら次の人生は古代か中世に生まれてどうぞ、だ。

 

 というワケで、サーヴァント狩り開始である。

 

 聖杯戦争がどうこうなんざ知ったこっちゃない。

 

 むしろ、二度とこんなマネができないように関係者は根絶やしにしておかねばならん。

 

 あ、邪魔されると面倒だから、監督役とかいう破戒僧共も始末しておくか。

 

 

 二度目人生記17年9か月23日

 

 穴倉生活2037日目

 

 ランサー、排除完了。

 

 アンリの話だと奴のマスターは封印指定執行者とかいう武闘派魔術師だなんて情報があったが、前評判に反してそれほど苦も無く始末できた。

 

 娘を救う為の第一歩として、俺達は日の高い内に獲物の捜索を開始した。

 

 神秘の秘匿とかいう関係聖杯戦争絡みのドンパチは夜間にしか行わないそうだが、そんな事は知ったこっちゃない。

 

 そんなルールに縛られて油断してくれるなら、むしろ好都合である。

 

 未だ目を覚まさない娘を背負って準備がてらに街を散策する事数刻。

 

 聖杯戦争初戦で覚えた魔術師独特の気配を追って獲物を見つけたのは、新都の人通りが多い交差点だった。

 

 相手は男性用のスーツに身を包んだ長身の外国人女性だったのだが、奴は明らかに一般人と一線を画す雰囲気を隠そうとしなかった。

 

 いくら港町で外国人が多い冬木とはいえ、ああも悪目立ちしていては見つけて下さいと言っているものだ。

 

 これが『昼間なら襲われない』なんて過信によるモノだとしたら、武闘派云々という前評判も眉唾物だろう。

 

 幸いな事に残り香のような残滓はあってもサーヴァントの気配はしなかったので、人混みに紛れて圏境で背後を取った俺は、頸椎を通じて氣脈を操作することで奴の全感覚を遮断、生き腐れに落とす事に成功した。

 

 後はビルの間の路地に引きずり込み、事前に購入していた秘密兵器を仕込んで罠の準備完了だ。

 

 圏境で気配を消して潜伏してしばらくすると、血相を変えた奴のサーヴァントがビルの上から飛び降りてきた。

 

 全身タイツを思わせる青い武装に血色の槍という現代社会では変態扱いされかねない格好の男は、薄汚い地面でうつ伏せに倒れ伏した己が主を見ると素早く引き起こそうとする。

 

 そうしてマスターの肩が地面から地面から離れた瞬間、微かな金属音を挟んで閃光と轟音が裏路地に響いた。

 

 M84スタングレネード。

 

 フラッシュバンや閃光発音筒とも呼ばれる、アメリカでは軍や警察で現役使用されている制圧用兵器である。

 

 起爆すると同時に170~180デシベルの爆発音と15mの範囲で100万カンデラ以上の閃光を放ち、巻き込まれた犠牲者は突発的な目の眩み・難聴・耳鳴りを発生させる効果を持つ。

 

 ちなみに入手に関してはパツ金兄ちゃんの遺した財布を有効利用させてもらった。

 

 経路についてはまあ、蛇の道は蛇と言う事だ。

 

 聞けばサーヴァントと言う奴は神秘の籠らない攻撃は効果が無いそうだが、生憎とコイツに関しては話は別である。

 

 何故なら人霊の最高位とはいっても元は人間。

 

 生前の肉体を精巧に模倣したサーヴァントの肉体は、音や光・匂いといった外部刺激には人と同様の反応を示すからだ。

 

 フラッシュバンが有効である事はシャドウサーヴァント戦での試験運用で実証済みである。

 

 あと、言うまでもないが我が娘はグラサン・黒のフードに耳栓と対策はバッチリだ。

 

 これを食らった者は本能的に頭をかばって体を丸めるそうだが、英雄としての矜持かランサーのサーヴァントはマスターを抱き起したまま体勢を崩そうとしなかった。

 

 だがしかし見開いた眼や驚愕のままの表情など、フラッシュバンの効果から逃れられなかったのは一目瞭然だ。

 

 シャドウサーヴァント共が自失からの復帰に要した時間は六秒少々だった。

 

 正規の英霊である奴ならもう少し早いかもしれないが、生憎とそれを確認する必要はない。

 

 圏境で待ち伏せていた俺がパツ金兄ちゃんからパクった黄金(今は真っ黒だが)の剣で後頭部から眉間を貫いたあと、首を刎ねて心臓を穿つと奴の遺体は光の粒子になって消滅した。

 

 背負った娘が寝言で『まんま、まんま』と言いながら口をもごもごしていたのを見るに、ランサーは栄養として上手く行き届いたのだろう。

 

 意識が戻ってからの話になるが、食事の前はちゃんと『いただきます』をするように教えねばなるまい。

 

 あとは至近距離でフラッシュバンが破裂した影響で胸元から顔が焼け焦げてるマスターを、コンクリ詰めで冬木湾に沈めればミッション完了である。

 

 やってる事が幇のチンピラ時代そのままだが、冬木の街と娘の為である。

 

 多少の外道は大目に見てもらおう。

 

 

 二度目人生記17年9か月23日

 

 穴倉生活2037日目

 

 娘が目を覚ました。

 

『ぱ~ぱ、ぱ~ぱ』と抱き着いてくる姿は本当に愛くるしい。

 

 この子の為なら例え神でも斬る事ができるだろう。

 

 あと、名前が無いのも不便なので娘には『星華』と名前を付けた。

 

 黒髪の下でキラキラと光る瞳を星に見立てたのだが、即興にしては悪くない名前だと思う。

 

 先日よりも元気になったとはいえ、娘の容体が依然不調なのは変わりない。

 

 現に二歳相当の身体にも拘わらず、自分で立つ事もできないのだ。

 

 これは更なる栄養補給を急ぐ必要があるだろう。

 

 さて、三匹目をどうするかと策を練っていたところ、意外な処からオファーが来た。

 

 使い魔で手紙を送ってきたのは、サーヴァントの一騎であるキャスター。

 

 しかも奴は俺達の住処の上にある柳洞寺を拠点にしているらしい。

 

 ターゲットと馴れ合うなど愚か者のする事だという事は百も承知である。

 

 しかし、それを推してでもキャスターに会わねばならない理由は俺にはあった。

 

 それは俺達が今行っている行為が、本当に星華にとって有効なのかという疑問である。

 

 娘は聖杯戦争という儀式、つまりは魔術によって生まれた者である。

 

 しかし俺は魔術に関しては門外漢、アンリの奴も呪いの専門家ではあるが魔術に関しては齧った程度しか知識が無い。

 

 娘に不調が続く以上、ここは一度専門家に診てもらう必要があるのではなかろうか。

 

 幸いというべきか、アンリ曰く俺には神霊がドン引くくらいの強力な呪詛が掛けられているらしい。

 

 俺が聖杯の泥を浴びてコミュ障程度で済んだのは、60億人分の呪詛をその呪いが跳ね除けたからだそうな。

 

 なので、キャスタークラスが得意な洗脳云々は俺には通じないそうだ。

 

 そんなワケで一応はお隣さんのよしみも込めて、交渉する事と相成ったわけだ。

 

 ぶっちゃけ使えるならOK、ダメだったら星華のごはんになってもらえばいい。

 

 

 二度目人生記17年9か月24日

 

 穴倉生活2038日目

 

 

 本日、諸事情により計画に軌道修正が掛かりました。

 

 どう変わったのかと言うと、キャスターこと葛木夫人と同盟を結ぶ事になったのである。

 

 何故こうなったのかというと、彼女が優れた魔術師であると同時に子育て経験のあるご婦人である事が大きい。

 

 これから星華と共に生きるに当たって、俺は一つ重大な事を見落としていた。

 

 そう、子育てに関するノウハウと環境についてである。

 

 考えても見てほしい。

 

 この子の保護者は人殺しの技しか知らない剣キチと自称『悪神』のイタい土人の二人だけ。

 

 しかも住居は原始人のような洞窟で、さらには生活資金は強盗殺人でせしめたパツ金の財布である。

 

 これでどうやったらまともな女の子が育つというのか。

 

 社会的にも人間としても完全にドロップアウトしている俺はともかく、娘の人生まで台無しにしてしまっては申し訳なくて生きていけん。

 

 かといって、絶賛コミュ障である俺に育児を師事できる知り合いなどいようはずがない。

 

 その点、葛木夫人は優れた魔術師なので娘の主治医としてもってこいだし、子育て経験もあるうえに元王族と言う事で淑女教育もバッチリだ。

 

 葛木夫人の方も、最初は星華がどういう存在か見抜いていた為に警戒していたようだが、俺に甘える態度を見ている内に栄養源がサーヴァントであること以外は無害な子供である事に気付いたのだろう。

 

 あとはウチの養育環境のヤバさも見過ごせなかったようで、物凄い真剣な顔で『貴方達、ここに住みなさい』と言って下さいました。

 

 主治医を装って星華を人質に取ったら割と俺を好きにできるはずなのに、この人もたいがいお人よしである。

 

 ともかくだ、これほどの良人材である彼女を娘の餌にするのは惜しすぎる。

 

 幸いな事にヘラクレさんが栄養価満点だったお蔭で、7騎全てを餌にしなくても娘は健康を取り戻せるそうだし、葛木夫人の目的も現世でゲットした旦那さんとのラブラブ生活の為に聖杯で受肉する事だという。

 

 星華が健康を取り戻して繋がりが切れたのなら、あんな汚物入れと泥などゴミでしかない。

 

 欲しいと言うなら熨斗を付けて進呈しよう。

 

 こんな感じで葛木夫人との交渉はトントン拍子で進んだのだが、詰めの段階でふと疑問が生じた。

 

 そう、彼女は何故こうまで俺に協力的なのかということだ。

 

 今回の交渉相手である葛木メディアという女性は、務めて偽悪的魔女ムーヴをしている事を除いても理知的で用心深い性格だ。

 

 娘の事もあったので、こちらも相手を不快にしないよう言動には極力注意を払ったし、子育て経験があると聞いてからは伏して教えを請うたのも事実。

 

 だとしても、彼女の好意を得るには弱いと思うのだ。

 

 などと首を捻っていると、彼女は笑いながら答えを返してくれた。

 

 というか、上記の疑問は彼女から貰った礼装(魔術で作った道具)から漏れていたらしい。

 

 俺のコミュ障っぷりから遅々として進まない話に業を煮やした彼女が渡してきた、表層意識を音声にするという道具。

 

 まさか、こんな罠が仕掛けられているとは思わなんだわ。

 

 冗談はさておいて、彼女が俺に好意的だった理由は終始星華の父親として事に臨んでいたからだという。

 

 実は彼女に会う前、俺は少々やらかしていたりする。

 

 原因は葛木夫人が召喚し、柳洞寺の山門の番をさせていたアサシン。

 

 一見すれば涼やかなサムラーイな奴は、背負ったウチの娘を見るなり妖怪呼ばわりしたのである。

 

 今思えば、夫人と同じく星華の出生に気付いていたのだろうが、だからといって暴言を許す理由にはならん。

 

 当然ながら我慢強い事に定評がある俺も『なんだぁ? てめぇ……』と独歩ちゃん並みにキレた。

 

 頭に血が上っていても身に着けた技術は忘れないもので、激情のままに放った拳も意に先んじることが出来ていたようだ。

 

 相手は人を超えた英霊だが、こっちだって腐っても仙人である。

 

 渾身の右ストレートを受けてもんどり打って倒れるアサシン、その襟首を掴んだ俺は怒りのままに思いのたけをぶちまけた。

 

『この子が人とは違った生まれだとしても、お前にそんな風に言われる筋合いはない! 英霊だか何だかしらないが、死にぞこないのお前は人を悪し様に言えるほど上等な生まれなのか!?』と。

 

 この時ばかりは穀潰しな舌と声帯も大活躍だ。

 

 普段もこれくらい働いてくれるなら、俺も苦労はないんだが……

 

 言いたい事を吐き出した事で頭が冷えれば、交渉前に相手方の配下に手を上げたという失態に嫌でも目が行く。

 

 自分のミスだと分かっているものの理由が理由なので謝罪の言葉がでなかった俺に、アサシンは立ち上がると深々と頭を下げてきた。

 

『非礼を詫びよう、客人よ。其方らが何者であれ、父親の前で娘を貶める発言など許される事ではなかった』 

 

 こうも素直に謝罪されてはこちらも意地を張る訳にはいかない。

 

 『なんにせよ、手を出したのはやりすぎだった』とたどたどしい口調で詫びると、アサシンはカラカラと笑って許してくれた。

 

『其方が言った通りよ。私とて名もなき寒村で生まれた百姓の倅、そして今は居もしない誰かの皮を被った亡霊だ。その娘が何者であれ、貶める権利なぞあろうはずがない。少年よ、其方の怒りは正当なものだ。女狐はこちらの様子を見ているだろうが、改めて私からも非はこちらにあると話しておく』

 

 アサシンの口添えがあったかどうかは定かではないが、本件で葛木夫人に咎められる事はなかった。

 

 夫人曰く『あのスカしたイケメン面が歪むのを見て、本当に気が晴れた』だそうな。

 

 アサシンも夫人の事を女狐呼ばわりしていたし、どうも主従関係に難があるようだ。

 

 こうして交渉は無事に上手くいき、締結の際の条件として俺達親子は柳洞寺にお世話になる事となった。

 

 そうなると大聖杯が手隙になるのだが、何かあったらアンリか星華が察知できるそうなので、これからは夫人の調査ついでに毎日見回ることにしよう。

 

 しかし、夫人が常識人で本当に助かった。

 

 魔術師の英霊だと聞いていたので、どんな変態が来るかと警戒していたのだ。

 

 聖杯戦争という迷惑行為がフィルターになってサーヴァントには悪感情しか持ってなかったが、彼等も元は人間である。

 

 善人悪人と人格がピンキリなのは当たり前だ。

 

 今後は一纏めで害獣扱いなんてせずに、ここで向き合っていくべきかもしれない。

 

 とは言っても夫人がこっちを裏切る可能性はゼロではないわけだが。

 

 まあ、別れ際に星華から『ねーちゃ、あーと!』と言われて悶絶している姿を見る限り、この心配は杞憂となるだろう。

 

 あと、勤め先から帰宅した旦那さんから、親になるのだから将来の為にも学校に行くべきだと言われました。

 

 ぐうの字も出ないほどの正論である。

 

 俺だけだったらこのまま山籠もりの世捨て人でも問題はない。

 

 しかし、星華がいる以上はそういうワケにはいかん。

 

 しっかり社会復帰して、この子が健やかに育つ土台を作らねばならないのだ。

 

 となれば、未成年の俺にまず必要となるのは身元引受人だ。

 

 こちらの持つ乏しい人脈で勤まりそうなのは、やはり雷画爺さんくらいしかいないだろう。

 

 ぶっちゃけ、どの面下げてとしか思えんが全ては可愛い娘の為。

 

 恥くらいなら幾らでも忍ぼうではないか。

 

 爺さんも極道の頭を張っている人間だ。

 

 失踪したガキがコブ付きで帰ってくる程度では動じないだろうさ。

 

 そんなワケで、今後の鍛錬には『土下座』も加えることにしました。

 

 あと、柳洞寺の皆さんにはご迷惑をおかけします……。

 

 

 

 

 若い父の背中でゆらゆらと揺られながら、幼子は口元に歳不相応の艶やかな笑みを浮かべる。

 

 アヴェンジャーのサーヴァント、アンリ・マユの影響によって生み出された彼女は純粋な『この世全ての悪』として現世に生まれ出る時を待っていた。

 

 そんな彼女の存在そのものを書き換えるほどに多大な影響を与えたのは、父に打ち込まれた強靭な呪詛であった。

 

 それはとある女神が父とルーツを同じくする彼女の夫に掛けたお呪い。

 

 掛けた際に込められた並々ならぬ情念のお陰でそれは世界を越え、並行世界は勿論のこと別人と化した彼にすら影響を及ぼした。

 

 父が聖杯と繋がった際、パスを通して彼女に降り注いだのはそれだったのだ。

 

 結果、悪に染められていた大聖杯の魔力はそれを上回る願いによって上書きされた。

 

 女神の複製として自我を得た彼女は、オリジナルの血縁という理由からシャドウ・セイバーである騎士王を容姿のベースに決定。

 

 さらには事前に取り込まれていた英雄王、そして追加のヘラクレスとクー・フーリンの神性を利用する事で女神として転生する事に成功した。

 

 誤算があるとすれば、聖杯の魔力を以てしても女神の肉体を構成するには足りずに乳児となってしまった事だろう。

 

 まあ、この事に関しては労せずに相手の庇護に入れたので結果オーライだが。

 

 舌足らずな声で呼びかけると笑顔を向けてくれる父に彼女は内心でほくそ笑む。

 

 この身を得たのはオリジナルのお陰だが、彼への燃えるような慕情は自分自身のモノだ。

 

 彼は知らないだろうが、自分は生まれた時からずっと彼と共にいた。

 

 大火災に巻き込まれた際、聖杯の呪詛を撥ね退ける傍らで彼の言葉を封じたのだって、悪い虫が付かないようにするためだ。

 

 大聖杯の中に移ってからは、成長に合わせて彼の存在の階位を上げるのに慎重を期した。

 

 お陰で彼は永遠の17歳。

 

 この身が成長した後でも結ばれるのに何の問題も無い。

 

『やくそくよ、とうさま。────わたしたちはえいえんにいっしょ』

 

 夜天に輝く月光の中、山門から見下ろせる階段の下で剣を構える青い騎士王を見ながら、幼き女神は小さく舌をなめずった。

 

『そのためにわたしのえさになりなさい、せいばー』

 




〈暗黒剣キチ〉

 モル子の嫁バスターが届かなかった世界。

〈コミュ障〉

 嫁バスターに汚染された世界。

〈兄弟船ルート〉 

 ラスボスは怒れる暗黒モル子。

 はたして兄弟ビームは嫁バスターに勝てるか?

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