剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 あれ? ネタで書いたのに全然終わらないよ。

 二部第六章、内容コスギである。

 まあ、次で終わりにするつもりなので巻きで行こうと思います


ネタ・もし剣キチが妖精國に生まれていたら(下・中)

家畜日記19年と322日

 

 さらば、城塞都市シェフィールドとその領民達よ!

 

 お前達はいい民……いや、妖精は大概クソだわ。

 

 ともかく、恨むのなら無能なライオン丸に付いた我が身の不明を恨むがいい。

 

 というワケでシェフィールドを滅ぼして城主のボガードの首を取ってきました。

 

 俺は関わっていないけど、ガウェインの話では住民も大半はあの世に逝ったらしい。

 

 降伏勧告を受け入れとけば自分の首だけで済んだのに、あのライオン丸も馬鹿だねぇ。

 

 さて俺的には初めての本格的な戦争となった今回だが、予定調和に降伏勧告も袖にされて開戦の火蓋が切られたのは正午を過ぎた頃だった。

 

 戦力的には当然女王軍の方が上だったのだが、街を覆う外壁が厄介な代物だった。

 

 年を経た古い大木を内部素材に使ってるとかどうとか言っていたが、ガウェインの必殺技を真っ向から受けきる辺りその頑丈さは相当な物だったのだろう。

 

 開戦から二時間余り、わが軍の遅々として進まない侵攻に邪魔な壁をぶった切るかと剣を抜いたところ、高台にある城から意外な物が飛んできた。

 

 それはなんとビームによる砲撃。

 

 青空に黒い軌跡を描いたそれは、街を護っていた壁をブチ抜くと女王軍の一角を綺麗に吹き飛ばしたのだ。

 

 突然の秘密兵器にこちらが度肝を抜かれている間にも二射、三射と撃ち込まれる砲撃。

 

 そしてついにビームは前線にいたガウェインに牙を剥いた。

 

 妖精共がくたばるのはぶっちゃけどうでもいいが、大将のガウェインを失うのはさすがにヤバい。

 

 そんなワケで俺は迫り来る脅威を斬り落とす事を試みた。

 

 秘剣に開眼した時から因果律の破断にも磨きがかかっている。

 

 前世でもレーザーを斬れたのだからアレより弾速が遅い砲撃を落とせぬ訳がないと剣を振ってみれば、今度は倭刀の切っ先から光線が出たではないか。

 

 しかもソレは今は亡きランスロットのモノにそっくり。

 

 これは間違いなく骨々さまエキスの仕業である。

 

 そうして迸った斬光は砲撃を真っ向から両断すると、城の一部を削ぎ落して虚空へと消えた。

 

 この怪現象にはさすがの俺も唖然としてしまった。

 

 モルガンに貰った仮面が無かったら間抜け面を晒していた事だろう。

 

 そんな俺の醜態をさて置いて、この事で勢いづいた女王軍は防壁に開いた大穴から街の中へと雪崩れ込んだ。

 

 弾切れか砲撃も飛んでこなくなったことも、奴等の足を速める一因となったのだろう。

 

 軍の指揮をガウェインへ任せた俺は、ボガードの首を取る為に居城へと軽身功で空を駆けた。

 

 そうして砲撃の発射地点らしき場所へ降り立ってみると、そこにはえらく疲弊した白いライオン丸ことボガードの姿があった。

 

 俺の姿にへたり込んだ状態から立ち上がり、『女王の犬めッ! 貴様ごときに我の首を獲れるものか!!』と吼えて襲い掛かるボガード。

 

 随分と威勢は良かったものの、剣を合わせた感想は『ウッドワスのおっさんの足元にも及ばない』である。

 

 こちらが振るった剣の回数は6手。

 

 一度目は右から振り下ろす奴の爪を弾き、二振り目は返す形で掻き上げようとした左手を抑える。

 

 そして三合目で両手を断ち、斬られたショックで後退した隙を突いて股間擦れ擦れから両足を斬り飛ばす。

 

 でもって身体が床に落ちる前に心臓を抉り、最後に首を刎ねたと。

 

 ここまで時間にして30秒足らず、鎧袖一触とはこの事か。

 

 おっさんから氏族長の座を競ったと聞いていたから期待していたんだが、拍子抜けもいいところである。

 

 ともかく仕事は終わったので証拠に首を持って帰ろうとしたんだが、そこに暗色の鎧を纏い全身をガードできるほどの大盾を持った女が飛び込んできた。

 

 妖精は基本的に金属の武具を嫌う。

 

 だからこそモースへ有効とわかっていてもそれを使用できず、人間の兵隊に代用させているのだ。

 

 つまり妖精騎士とよく似た気配を持ちながら、それを扱う奴は特別な存在。

 

 消去法で考えるなら、この地に現れた予言の子って事になるのだろう。

 

 しかし女王サマから予言の子は彼女の同族たる楽園の妖精と聞いている俺はすぐに気が付いた。

 

 この女、予言の子じゃないわ、と。

 

 となればコイツは何者だという話になるのだが、生憎と悠長に考える暇はなかった。

 

 ボガードの生首を見た女がブチキレて襲い掛かって来たからだ。

 

 相手は大盾を武器に打撃戦を展開するまったく新しい武術、しかもそれなりに戦いなれている感じだった。

 

 だがしかし、秘剣に開眼した俺には通じない。

 

 戴天流の歴史でも数える程しか到達した者の無い絶技『六塵散魂無縫剣』、その頂に手を掛けるという事は即ち『浄』の境地へ至る事を意味する。

 

 浄の境地とはあらゆる煩悩や穢れを捨て、天地世界と一つになりてその真理を悟ることにある。

 

 この階位へと到達すれば剣腕の冴え、感覚の鋭敏さ、さらには万物の因果を捉える目と勘が格段に跳ね上がる。 

 

 今の俺にとっては奴が振るう特殊武術も小手先技同然、通じる道理など何処にもなかったわけだ。 

 

 怒りに目が眩んだ攻撃を纏絲と歩法でいなし、側面を取って勁を込めた靠を叩き込むと、奴は壁を突き破って隣の部屋まで吹き飛んだ。

 

 前世で見たサイバネ太極拳士の爺さんが使った化勁を真似したんだが、なかなかにいい威力が乗るようになった。

 

 これも今生は体格に恵まれたおかげだろう。

 

 しかしこれ一発で妖精騎士並みの偽予言の子が倒せるわけが無く、奴は大穴が開いた壁の先からピンピンした状態で現れた。

 

 こちらとしては今回の殺しはボガードだけで、予言の子の方は見定めろとしか言われていないのだ。

 

 それだって奴は偽物と分かった時点で終わっている。

 

 まあ、むこうは邪魔をするつもりのようなので、後々面倒にならないように殺っちまうかと気軽に考えていると奴から意外な問いかけがあった。

 

 曰く『どうしてこんなひどい事をするのか?』

 

 もちろん答えは『領主が反体制と王位簒奪を公言していたら粛清されて当然』である。

 

 どういう経緯で俺等がこの街に攻めてきたかも理解してないとは、いろんな意味で大丈夫かこの娘。

 

 あんまりと言えばあんまりな質問に毒気を抜かれたのだが、それが悪かった。

 

 その一瞬のスキを突いて乱入してきた糸紡ぎ機に乗った妖精が偽予言の子を掻っ攫って行ってしまったのだ。

 

 ダルマにして女王サマのところに連行しようと思ったんだが、俺もまだまだ修行が足らん。

 

 それから後始末をはじめとする面倒事をガウェインへ任せた俺は、ボガードの首を手に王城へと帰ったワケだ。

 

 謁見の間に生首を放り投げた時の宮廷スズメ共のビビりようには笑えたが、女王サマからそういうのは止めろとお叱りを受けてしまった。

 

 やはり蛮族ムーヴは受けがよろしくないらしい。

 

 今度から控えるようにするか。

 

 

女王日記●月×◇日

 

 シェフィールドが陥落した。

 

 今まで本気で攻めていなかったとはいえ、あのノクナレアへの牽制を果たしていた城塞都市をこうも簡単に落とすとは、バーゲストや黒騎士はよくやってくれたようだ。

 

 その黒騎士だが、戦後処理をバーゲストに任せて先にキャメロットへ帰還してきた。

 

 もちろん無事に帰って来たのは喜ばしいのだが、ボガードの生首をぶら下げて謁見の間に入って来たのには流石に参った。

 

 私とて長く生きてきた身だ。

 

 戦乱を何度も潜り抜けてきたし、血生臭い事だってある程度慣れている。

 

 それでも、いきなり死人の首を投げられては驚かないワケがない。

 

 荒事に慣れていない宮廷スズメ共の中には卒倒する者まで出る始末だ。

 

 黒騎士も名目上は騎士なのだから、相応の立ち振る舞いというモノを憶えてもらえると助かるのだが……

 

 しかし以前から度々思うのだが、亜流のモルガンの記憶に比べて妖精國の彼は随分と粗野な面が目立つ。

 

 あの世界で彼が語った前世がこちらの黒騎士と同じなら、この差は幼少期にむこうの私やお母様と過ごした時間の有無なのだろう。

 

 いびつな環境下ではあったものの自分を愛する家族と共に過ごした亜流と、家畜として生み出されて使い捨て同然に消されかけたこちら。

 

 どちらが彼に良い影響を与えたかなど考えるまでもない。

 

 それでも彼が私を憎からず思ってくれているのは分かる。

 

 バーヴァン・シーの事だって少しは気にかけてくれているのだろう。

 

 不幸な行き違いはあったものの、ゆくゆくはあの子とも仲良くしてほしいと思う。

 

 …………さて、現実逃避はここまでにしましょう。

 

 今日、私の妊娠が発覚しました。

 

 朝目覚めると珍しく体調が優れなかったので自己診断の魔術を起動してみると、お腹の中に人の形も取っていない小さな胎児がいたのだ。

 

 あの時はビックリし過ぎて思わず変な声が出た。

 

 楽園の妖精たる私が子供を宿すワケが無いと避妊はしていなかったのだが、その結果がこれである。

 

 今回ばかりは自分の迂闊さに言葉も出ない。

 

 今にして思えば黒騎士が至った仙人というのは天然自然と一体化して昇華した存在だ。

 

 それは要するに精霊という事である。

 

 星の内海から生まれた楽園の妖精と星の触覚たる精霊……そりゃあ子供が出来てもおかしくはない。

 

 個人的に言うならもちろん喜ばしい事だ。

 

 2000年以上前に諦めた人並みの女の幸せが形になったのだ、嬉しくないわけがない。

 

 しかし今はタイミングが悪い。

 

 大災厄を目前にして妊娠などという弱みを見せれば、ノクナレアはもちろん頭の足りない宮廷スズメ共も調子づいてしまう。

 

 唯一信用が置けるウッドワスも相手が黒騎士と知ればどんな反応を示す事か……

 

 ともかく、今はこの事が誰かにバレるのは拙い。

 

 事が収まるまでは何としてでも隠し通さねばならない。

 

 もし話すとするなら当事者である黒騎士くらいだろう。

 

 なに、今までの苦難に比べればこの位なんとでもなるはずだ。

 

 汎人類史のモルガンにもできたのだ、出産も子育てもやってみせるさ!

 

 

家畜日記19年と334日

 

 モルガンから子供が出来たと言われた。

 

 どこぞの物語にあるような『できちゃった』というセリフを言われる日が来るとは欠片も想像していませんでした。

 

 いやはや、俺のようなロクデナシのクズ野郎が親になるとは……

 

 親とは何ぞや? と聞かれても前世も今生も縁が無いので何とも言えませぬ。

 

 とはいえ、仕込んだ身としては『はぁ~ん、知らんなぁ!』など死んでも言えん。

 

 捨てられる辛さは嫌というほど知っているし、人間どんな事柄にも初体験というのは存在するのだ。

 

 いっちょう親というモノになってみようじゃないか!

 

 話は変わるが、キャメロットを出る時に妙な奴と遭遇した。

 

 一見すれば白い蛾のような生き物なんだが、妙に悪意というか嫌な予感がしたんだよ。

 

 だから思わずバッサリやってしまったら、蝶の羽を持つ白い服で王冠を被った白い髪をおかっぱにした胡散臭い男に化けたのだ。

 

 もしかして風の氏族の間者かと思ったのだが、首を刎ねてしまった後なので確かめようがない。

 

 女王サマに報告したら、遠見で死体を見た途端に街の外へもっていけと言われた。

 

 でもって言う通りにしたら、天から降る翡翠色の槍の形をしたビームで跡形も無く焼き尽くされてしまった。

  

 相手が反旗を翻したばかりの風の氏族だとしても苛烈な対応である。

 

 以前にイモムシが苦手だと言っていたが、もしかして奴の背負っていた蝶の羽がその辺りの琴線へ触れてしまったのだろうか?

 

 ともかく、こうも諜報員が入り込んでいては迂闊にキャメロットを留守にできない。

 

 ぶっちゃけ、首都は防諜やスパイ対策がザル過ぎます。

 

 そういった方面を取り締まる暗部が必要ではないかと元暗殺者は考えます。

 

 子供もできるんだから、その辺の安全も確保するべきだと思う。

 

 さて、シェフィールド攻略の三千倍くらいスリリングなカミングアウトを食らった俺だが、今は我が故郷と言うべき骨々サマの湖に戻ってきている。 

 

 理由は言うまでもなく、体内の竜氣と前回発したビームについての鍛錬だ。

 

 より軽妙でより鋭利に。

 

 時に針をも穿つ精度を見せ、また必要であれば山をも吹き飛ばす威を発する。

 

 竜氣の方も我が内勁と練り合わせ、更なる高み更なる次元へと昇華させる。

 

 さすればその真髄が込められた刀は概念を超え、事象を超え、ついには世界へと刃を通す。

 

 構想は十分に練っているし筋道だって出来ている。

 

 とはいえ、その極みに至るにはやはり時間が足りない。

 

 一週間ほど時間を貰って鍛錬に打ち込んでみたが、結局できたのはビームの慣熟とちょっとした手品くらいだった。

 

 いやはや現実世界の一日で一年の修行ができる素敵空間は無いものかね……

 

 ない物ねだりは置いておくとして、ついさっきモルガンから指示があった。

 

 今度はノリッジへ行けとの事だ。

 

 目的はあの町に起こる大災厄を祓うのと街の長であるスプリガンの抹殺。

 

 オーロラの一件を受けて、彼女も本当の意味で足場固めをする覚悟を決めたようだ。

 

 それともお腹の子の為かねぇ。

 

 ともかく旦那としては身重の嫁さんの願いを叶えるくらいの甲斐性は見せねばならん。

 

 与えられた二つの任務、見事にこなしてみせようじゃないか。

 

 

 

 

 汎人類史最後のマスターである少年、藤丸立香は眼前の光景をただ唖然と見ていた。

 

 いっこうに帰ってくる事のないオベロンに痺れを切らしたダヴィンチの提案で乗り込んだノリッジの街。

 

 当初はアルトリア・キャスターの実績を作る為に、この街を襲う大災厄を祓う事を目的にしていた。

 

 しかしそれも大きく変わることになった。

 

 何故なら町の民やスプリガンに遇されていたもう一人の予言の子、それは彼のサーヴァントにしてパートナーであるマシュ・キリエライトだったからだ。

 

 もちろん彼はすぐに接触を試みようとしたが、妖精國侵入当初に足を踏み入れた名無しの森の結界からの影響が抜けていない彼女は記憶を失っていた。

 

 主賓としてノリッジ領主であるスプリガンの屋敷に招かれたマシュと出会う事が出来ずに悶々としていたところ、災厄がやって来てしまう。

 

 怯え竦み、パニックとなる妖精達によってあっという間に騒乱の舞台となったノリッジの街。

 

 アルトリアが感じた災厄の気配を頼りに港まで走ると、そこにはただ一人で巨大な手を形作る呪詛に立ち向かうマシュの姿があった。

 

 円卓最高の騎士と言われたギャラハッドの聖盾を以てしても祓いきれない強力な呪詛。

 

 少しずつ押し込まれていくマシュの姿を見た立香は居ても立ってもいられずに飛び出した。

 

 戦闘能力のない自分に出来る事などタカが知れている。

 

 それでも…それでも!

 

 彼女を一人戦場に立たせる事はできない!!

 

 その決意を胸にマシュの後ろへ辿り着いた立香は、彼女の背に手を当てて叫ぶ。

 

「令呪を以て告げる! 予言の子とかどうでもいいから───マシュの、凄いところを見せてやれぇぇぇっ!!」

 

 マシュに記憶が無くとも関係ない!

 

 少しでも彼女の力になりたい!

 

 その一心で触れた背中と繋がっているパスから令呪による支援を行う。

 

 そしてそんな彼の想いに聖盾の騎士は見事に応えてみせた。

 

 ラウンドシールドを起点として瞬く間に形成された白亜の壁が呪詛の手をはじき返す。

 

 しかしそれで呪腕の侵攻が終わったわけじゃない。

 

 再び体勢を立て直した災厄を前に立香は叫ぶ。

 

「やるぞ、マシュ! このままコイツを押し返す!!」

 

「はい、マスター!」

 

 先ほどの支援によって本来の記憶を取り戻したマシュが盾を構えた瞬間、突如として後方から黒い閃光が奔った。

 

 それは呪詛の巨腕を縦に引き裂くと、空に渦巻く暗雲をも断ち切ってその奥から顔を覗かせる虚空へと消える。

 

 いったい何が起こったのか?

 

 疑問のままに閃光が放たれた場所に目を向けるも、そこにはすでに誰の姿も無かった。

 

「今のは……」 

 

「マシュ、今の魔力斬撃に覚えがあるのかい?」

 

 遅れてきたダヴィンチがマシュに問いかけると、彼女は重い物を吐き出すように言葉を紡ぐ。

 

「シェフィールドの街で、ボガードさんが使用したブラックバレルの砲撃を切り裂いたものと同じだったんです」

 

「ブラックバレルを!?」

 

 マシュの言葉に立香は驚きの声を上げる。

 

 ブラックバレルはカルデアの最終兵器と言うべき代物であり、正しく使えば神すらも殺める規格外の魔術礼装なのだ。

 

 それを切り裂くなど、どんな手を使ったというのか?

 

「ブラックバレルはオルテナウスと立香君の令呪があって初めて真価を発揮するものだ、その時に使用されたのは不完全な代物だったのさ。それよりボガードというのはシェフィールドの領主だね。女王軍の侵攻で陥落したと聞いていたけど、マシュはその現場にいたのかい?」

 

「はい」

 

 固い表情で頷くマシュ。

 

 そこにある悔恨は世話になったボガードや住民の多くを救う事が出来なかったが故だろう。

 

「あの……」 

 

 そんな重苦しい雰囲気を壊したのは村正やガレスと共にやってきたアルトリアだった。

 

「とりあえず災厄も何とかできたことだし、ここを離れない?」

 

「そうだそうだ! マシュだってあんな無茶をしたんだから、ゆっくり体を休めるべきなんだわ!!」

 

 アルトリアに続いて声を上げるハベトロットに立香達は固くなっていた表情を緩めた。

 

 その瞬間だった。

 

 久方ぶりにノリッジを照らす青空に強大な魔力が紫電を生み出しながら渦巻いたかと思うと、それが立香達の頭上に向けて降り注いだのだ。

 

「先輩ッ!」 

 

 真っ先にそれに気づいたのは、盾の騎士という役割から危険察知に秀でていたマシュだった。

 

 間一髪で立香を攻撃の範囲外へ押し出した彼女だったが、自身の回避までは手が回らずに天から降り立つ魔力の柱を浴びてしまう。

 

「マシュッ!?」

 

 そして魔力光が消え去った後のは彼女の姿は影も形も残っていなかった。

 

 せっかく取り戻したと思った相棒を失って膝をつく立香とその一行、彼等の姿をノリッジ領主の邸宅たる金庫城の中腹から見下ろす影が一つ。

 

 それは革製のズボンとジャケットを纏い、潮風に棚引く白銀の髪の下には極彩色の悪魔の面、そして手には紫電の残滓が残る刀を下げた青年であった。

 

 今や妖精國で稼働する2人の妖精騎士、その片割れとなったヴォーディガーンは、右手に付けた腕輪型の礼装で自らの主と交信をしていた。

 

「頼まれていたことはカタを付けたよ。それと今の砲撃はあんたか?」

 

『ああ。念の為、事前に仕掛けておいた術式が作動したようだな』

 

「そんな物が仕掛けてあるのなら、俺が出張る必要はなかったんじゃないか?」

 

『より確実な手があるのならそちらを用いるのは当然だ。それに今回の災厄祓いは試金石でもある』

 

「大穴の大将をどうにかするための、だな」

 

『そうだ。メリュジーヌからアルビオンの因子を取り込んだ今のお前が奴の呪詛に対してどれ程の力を持つか、確認する必要があった』

 

「それで、お眼鏡には適ったかい?」

 

『ああ。私が用意した対抗策と合わせれば確実に彼の神の躯は滅ぼせるだろう。奴の下で蠢く糞虫も始末した以上、それが終わればこの国を脅かす者はない』

 

「脅かす者ね。俺の足元に特級レベルの内乱の火種があるんだが?」

 

『……予言の子か。今は放っておくがいい』

 

「いいのか?」

 

『ああ。奴はまだ自らの道を選んではいない。使命のままに私に立ち向かうか、それとも運命に背き村娘に戻るか。その選択を下すまでは猶予を与えてやるさ』

 

「同胞への慈悲って奴か」

 

『この国に流れ着いてからアレがそれなりに苦労を重ねたのは想像が付く。それも私の不手際が原因だ。ならばその責任は取らねばな』

 

「邪魔する奴は皆殺しが一番手っ取り早いと思うんだがね」

 

 そう呟く黒騎士にモルガンは礼装の先で小さくため息を吐く。

 

 この男は思考が暴力に振れ過ぎている。

 

 騎士としても王配としてももう少し落ち着きを持ってくれれば助かるのだが、と。

 

『それより早く戻ってくるがいい。お前にはやってもらわねばならん仕事がまだまだあるのだ』

 

「へいへい」

 

 気のない返事を返した仮面の剣士は金庫城に吹き付ける潮風と共に姿を消した。

 

 鐘突き台で冷たい躯となった城主を置いて。

 

 

 

 どうもみなさん。

 

 黒騎士ヴォーディガーン(笑)こと剣キチです。

 

 私、ただいまキャメロットにある謁見の間で女王と予言の子の顔合わせに参加しております。

 

 場違いなのは十二分に自覚しているが、悲しい事に宮仕えの身としては雇い主にNOは言えない。

 

 まあ、俺に出来る事なんて女王サマの横で置物するくらいなんだけどね。

 

 さて今回の出席メンバーだが、予言の子側はカルデアの魔術師とダヴィンチとかいう英霊、あとは予言の子。

 

 こっちはモルガンに賑やかし程度にしか役に立たない宮廷スズメ、あとは俺だけである。

 

 ウッドワスのおっさんはスプリガン暗殺の後始末として国軍を率いてノリッジでの治安維持。

 

 ガウェインは予言の子一行に負けたとか何とかで、奴等をここまで護送するとすぐに謹慎の為に領地へ帰っていった。

 

 トリスタンに至っては幼児退行した精神が肉体に影響したとかで、5歳くらいのお子ちゃまになってました。

 

 それを知った時の俺の感想は『妖精とはいったい……うごごごごご』である。

 

 まあ、モルガンは女王の皮は何処へ行ったと言わんばかりの笑顔で甘やかしまくっていたが。

 

 予想外過ぎて殆どギャグの域だが、こうなってしまってはあのチビは女王サマの弱点にしかならん。

 

 アホな事を考える賊対策に警備は万全にせねばなるまい。

 

 もっとも過保護が天元突破した女王サマが、奴の部屋に許可なく入った者を問答無用で爆砕する術式を掛けてたから問題ないだろうが。

 

 そんなワケで現在稼働できる唯一の妖精騎士となった俺は出席を余儀なくされたのだ。

 

 こんなイベントに俺を出すなんて正気の沙汰じゃないんだけどねぇ……

 

「ご苦労。皆、呼びもしないというのによく集まった。大使、官吏は一切の発言を禁ずる」

 

 書記官のクソ長い口上を得て、玉座のモルガンは冷徹な声音で言い放つ。

 

 素のポンコツさを知る身としては演じてる感が凄すぎて変な笑いが出そうだ。

 

 そしてぞんざいに扱われた宮廷スズメ共は、いつも通りの不満を隠す為の張り付けた笑顔を浮かべている。

 

 うん、どいつもこいつも首をぶっ飛ばしたくなるツラである。

 

「この場で言葉を交える資格がある者は、私とそこにいる来客、そして黒騎士ヴォーディガーンのみである」

 

「……うん?」

 

 いきなりの無茶ぶりに思わず変な声が出てしまった。

 

「お待ちを陛下。自分の役目は剣を振るう事。このような場で口舌の刃を交えるのは……」

 

「ほう。この弁舌の戦場に王一人を置き去りにする気か? 其方も騎士ならば拙い舌を振るってでも援護するのが役目であろう」

 

「……御意」

 

 こう言われては『嫌だベンベン』などと我を通すのは無理だ。

 

 おのれモルガンめ……今夜は10回泣かす。 

 

 コッチの恨みの籠った視線に気づいたのか一瞬ブルリと身体を震わせたモルガンだが、すぐに気を取り直して汎人類史のマスターとやらの横に並び立つ予言の子に声を掛ける。

 

「アルトリア、許す。面を上げ前に出よ」

 

「は、はい!」

 

 モルガンの声におっかなびっくり前に出る予言の子。

 

 その顔にヴェールの奥から視線を向けた女王サマは、その目を少しだけ細めてみせる。

 

「……なるほど。予言の子か、確かに本物のようだ」

 

 そうして同胞の品定めが済むと、次に目を向けたのはその後ろに立つ異邦の魔術師だ。

 

「そしてそちらが『異邦の魔術師』。汎人類史を取り戻そうと躍起になっているカルデアのマスターか」

 

「……はい、その通りです」

 

 モルガンの視線をまっすぐに受け止めて頷く少年。

 

 その視線の強さに満足したように女王サマは言葉を続ける。

 

「ノリッジでの働き、認めてやろう。災厄自体は我が騎士が祓ったとはいえ、第一波からよく街を護った」

 

 このセリフにざわつく宮廷スズメ達。

 

 聞いた話だとモルガンは公的な場で人を褒める事はほぼ無いらしいから、奴等にとっては晴天の霹靂みたいなものなんだろう。

 

「よって褒美を取らす。本来であれば我が国の貨幣で報いるところであるが、異邦人である貴様等では使い道に困ろう。よって貴様等の使用する魔力資源……QPであったか。それを一億程とらす。持っていくがいい」

 

「そんなに!? QPの造幣所でもあるの、ここ!?」

 

「そんなものがあるものか。お前たちの魔術体系に倣って錬成するだけだ」

 

 驚嘆の声を上げるダヴィンチとかいう少女に、モルガンはなんでもないと言わんばかりに応える。

 

 そうして軽く杖を振るうと現れたのは山のような藍色をした水晶のような結晶体の山だ。

 

 その山に近寄ったマスターがおずおずと手をかざすと、結晶体達はまるで掻き消えるようにその姿を消していく。

 

 おそらくは転送かデータに量子変換して保存しているんだろうが、なんともはや魔術と言うのは便利なもんだ。

 

「私からの話は以上だ。他に何もなければ謁見はここまでになる。アルトリア、カルデアのマスター藤丸立香よ。この女王モルガンに掛ける問いはあるか?」

 

 モルガンから放たれる威圧に縮こまる予言の子、そんな彼女を庇うように前に出た藤丸少年は一つ固唾を飲んだ後で口を開く。

 

 つーか、俺ここにいる意味なくね?

 

 帰っていいような気がしてきた。

 

「俺から質問、いいですか?」

 

「そちらが先か。よい、五つの異聞帯を越えて我が前に立った者よ、遠慮なく訊ねるがいい」

 

 モルガンの言葉を受けた藤丸少年は深く深呼吸をすると決意の籠った視線と共に口を開く。

  

「俺達カルデアの目的は白紙化した地球を元に戻す事です」

 

「それはベリル・ガットより聞いている。他の世界の様子も含めてな」

 

「そういえばベリル・ガットはどうしたんだい? ブリテンに入ってから彼の姿が見えないんだけど」

 

「死んだよ。我が臣下となる前のヴォーディガーンに戦いを挑んだ結果、首を刎ねられてな」

 

 モルガンの答えを聞いてカルデア関係者の顔が強張る。

 

 あのチンピラ、外の世界の関係者だったのか。

 

 どうりで時代遅れ過ぎるリーゼントなんかキメてた訳だ。

 

「私に対する問いとはそれだけか?」

 

「い…いえ! この異聞帯に来る前、ここから異常が検出されたんです」

 

「ふむ。それはどのようなものだ?」

 

「『崩落』という未来観測結果だ。エインセルの予言と同じようなものと考えてくれればいい。我々カルデアはこの崩落現象の原因を究明し、解決するために貴国へ上陸したんだ」

 

「ええ。空想樹が燃え尽きている以上、俺達にこの異聞帯へ敵対する意図はありません。俺達は『世界の崩落』を止めて地球が崩壊するのを防ぎたいんです!」

 

 ダヴィンチの説明に加えて念を押すように敵意が無い事を伝える藤丸少年。

 

 ふむ、なんだかよく分からんが地球の危機らしい。

 

 いささか以上に話がブッ飛びすぎじゃなかろうか。

 

 というか、地球がヤバいのなら宇宙に逃げればええやんけ。

 

 たしか外の世界は西暦2017年だと言っていた。

 

 なら、すでにスペースコロニーが何基か稼働している筈だ。

 

 俺の知る歴史では1990年代半ばから地球資源の枯渇が確実視された事で、先進国はこぞって宇宙開発に乗り出していた。

 

 その結果、2009年にはアメリカが人類初のスペースコロニー『ジョージア』の建造に成功。

 

 それに続くかのように中国の『黄龍』や日本の『芦原』など、地球の周辺には次々と『人工の浮島』が出来あがる事になる。

 

 こうして安全な生活圏を確保したからこそ、地球の環境汚染は爆発的に進んだのだ。

 

 富裕層は宇宙から最後の一滴までかつての母星から資源を吸い上げ、腐り落ちる寸前の地球には貧乏人と脛に傷を持つ犯罪者が住むという具合に人類を二極化させてな。

 

 おっと、話がそれた。

 

 ともかく奴等は白紙化したとか何とか言ってたが、それが地球限定なら宇宙には影響がないのではないか?

 

 もしそうなら宇宙へ逃げた奴等に助力を乞えばいいのに。

 

 まあ、俺が未来の知識を持ってるって知れたらややこしいから言わんけどさ。

 

「なるほど、侵略ではなく救援にきたと。用件はそれだけか?」 

 

「……それともう一つあります」

 

「第五異聞帯で地球へ降臨した異星の神に対抗するために貴女の持つ超抜級魔術である聖槍ロンゴミニアド、もしくはそれに類する神造兵装を頂きたいんだ」

 

 いきなり武器をくれとか図太い事を言っているが、崩落とやらを解決した報酬という意味なら妥当な報酬なのか?

 

 というか、神造兵装だか新造人間だかしらんが、そんな面白そうな物がここにあるのか、

 

 もしあるなら対モフモフ神用奥義の実験台にさせてほしいのだが……

 

 そんな益体も無い事を考えていると、女王サマはヴェールの奥で笑みを浮かべた。

 

 あ、あれは割と頭に来ている時の顔だな。

 

「確かにお前達が望む物を私は知っている。このブリテンを救うという大言も嘘偽りではないのだろう。───そのうえで断じよう。貴様等汎人類史は、この上なく無様に滅びよ」

 

 それは実質的な異邦の魔術師たちへの決別であり、同時に宣戦布告であった。

 

「そんな……!?」

 

「貴様等の言う崩落とはこれより始める我が領土の拡大に他ならない。お前達の歴史を否定するのはこの私だ」

 

 モルガンの言葉に愕然とする藤丸少年と顔を強張らせるダヴィンチ。

 

 このまま殺し合いに移行するのも悪くはないのだが、せっかくの機会だ。

 

 チョイと胸に引っかかっていた疑問を確認してみる事にしよう。

 

「陛下。こちらから問いを一つ投げてもよろしいか?」

 

 手を上げると俺が発言すると思っていなかったのか、モルガンはヴェールの奥で意外そうな顔をした。

 

「構わん。こちらも貴様等の問いに答えたのだ、異存はないな?」

 

 女王サマの確認の声に頷くカルデアメンバーと予言の子。

 

「それじゃあ失礼して……喋りは砕けた感じにさせてもらうな。堅苦しい言い方じゃ聞きたい事も聞けんだろうし」

 

 そう前置きすると俺は予言とやらを聞いた時から思っていた疑問を吐き出した。

 

「予言の子……えっとアルトリアだったか。お前さんが生まれ持った使命については女王サマから聞いている。そいつの為にここに来たのか?」

 

 そう話しかけるとくだんの娘は戸惑った風に口を開く。

 

「えっと……実は私もそれについてははっきり分からないんです。ただ漠然と何かをしなきゃならないって思いがあるだけで」

 

 なるほどね。

 

 モルガンの言った通り、使命の内容を知る事とそれを成す為に必要な力の封印を解くことが巡礼の旅ってワケか。

 

 内容を示さずに漠然と義務感だけを植え付けて、事が判明した時は予言やら何やらで雁字搦めで逃げられないようにする。

 

 まるで詐欺の手口だな。

 

「という事は、妖精共がほざいている予言とやらに後押しされてここに来たワケか。それで予言だとお前さんがウチの女王を倒して妖精共を救うそうだが、具体的にどんな救済プランがあるんだ?」

 

「え……」

 

 俺の言葉を聞いたアルトリアが浮かべたのは心底意外ですと言わんばかりの表情だった。

 

 おかしいな、神輿になる以上はそのくらいの覚悟を決めての事じゃないのか?

 

「現在の統治者である女王サマを倒したら、反乱勢力の旗頭であるお前さんに王位が降ってくるのは目に見えてる。そのうえで妖精共を救うんだから、この国の抱える問題全部把握していて対応策も用意してるのが普通と思ったんだが……違うのか?」

 

 そう確認をしてみるとあっという間に顔色が蒼白になる予言の子。

 

 不安に揺れるその目にはありありと『そんな大役背負えません』と語っている。

 

「なるほど、予言に踊らされただけで対策どころか覚悟も無いと」

 

 うん、これはアカンわ。

 

「女王サマ。この娘、ウチで保護するワケにはいきませんかね?」

 

 そう問いを投げると女王は意外そうな顔をした。

 

「貴様からそんなことを言うとは、どういう腹積もりだ?」

 

「このままだったらこのお嬢ちゃん、いいように踊らされた挙句に文字通り使い潰されるか、切り捨てられるのが目に見えてるんでね。そういう人間を二人ほど知る身としては見ていられなくなったんですよ」

 

 この娘が本当の意味でまともに暮らせるのは、同胞のアンタの下以外にないだろう。

 

 口には出せない事実を視線に込めるとモルガンはヴェールの奥で口角を吊り上げる。

 

「別に構わん。予言の子が女王に靡いたとなれば、未だに阿呆な希望に縋る者達も目を覚ますであろうからな」

 

「えっと…でも私を信じてくれている人もいるし、そういう訳には……」

 

「無理すんな。本当は予言の子なんて背負いたくないんだろ。それに妖精やこの国だって救いたいなんて思ってない」

 

 そう指摘するとアルトリアの顔は一気に強張った。

 

「これでも社会の汚泥に浸かっていた身でな、お前さんみたいに意に反して重いモノを背負わされた奴を見るのは初めてじゃないのさ。そういう奴は得てして自分を騙して騙して騙し続けて、最後には自分で自分を洗脳して本当の気持ちも分からずにくたばっちまう。少なくとも見てて気持ちのいいもんじゃない」

 

 そう言うと目の前の少女の瞳の揺れはさらに大きくなる。

 

「妖精共のクソ具合だって骨身に染みているからな。八徳を一つも持っていない奴等が、この国に流れ着いたお前さんをどう扱ってたかなんて大体想像が付く」

 

 ちなみに八徳とは儒教における八種の徳の事だ。

 

 八種の徳はそれぞれ『仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌』とされ、孔子は立派な人間になるためにはこれを身につける事が肝要と記している。

 

 『仁』は思いやり、慈しみの心を持つこと。 

 

 『義』は間違ったことをせず、道理にかなった行動をすること。

 

 『礼』は人を大事に思う心を行動にあらわすこと。

 

 『智』は正しいことと間違っていることの違いを知ること。

 

 『忠』は真心で人と付き合うこと。

 

 『信』は嘘を言わず、相手の言葉を疑わないこと。

 

 『孝』は自分を産んだ両親を大切にすること。

 

 『悌』は自分よりいいところがある者を尊敬すること、という意味を持つ。

 

 ほら、どれもこれも妖精共には縁のない物だ。

 

「なんと無礼な物言いだ!?」

 

「モースもどきが我々妖精をそのように……女王の寵愛を受けて慢心したか!」

 

 案の定、俺の物言いに宮廷スズメ共がモルガンの言いつけも忘れて騒ぎだす。

 

 だがそんな物は欠片も気にならん。

 

「事実だろうが。そこの風の氏族なんか、自分の身が危うくなったら女王サマを差し出して助かろうなんて言いそうだしな。女衒やってる忘八の輩より信用無いんだよ、お前ら」

 

 ちなみに女衒とは女性を遊廓など、売春労働に斡旋することを業とした仲介業者である。

 

 日本ではこの商売に就いていた者は忘八と言われ、八徳を忘れた人非人として見られていたそうだ。

 

 前世にも用心棒の傍ら風俗店を多数経営していた樟賈寶なんて輩がいたが、おおよそ礼節も知らんダメ人間だったな。

 

 まあ、俺自身も十分外道なんで人の事は言えんのだがな。

 

「……ありがとうございます。でも、いいです」

 

 迷い素振りを見せていたアルトリアだったが、何度か首を振ると俺に断りの言葉を告げた。

 

「いいのか? お前さんの生はお前さんの物だ。別に使命だの予言だのなんて背負う必要はないんだぞ」

 

「それでも今までずっとこの使命を背負って生きてきましたから。それに仲間を裏切るワケにはいきません」

 

 そう決めたのならこれ以上の言葉は無粋か。

 

 モルガンが気に掛けていた同胞と戦うことなく面倒な勢力を黙らせる一石二鳥の手だったんだが、やはり俺に頭脳戦の才は無いという事か。

 

「臣下が無礼な勧誘をした。許すがいい、藤丸立香、嬰児よ」 

 

 カルデアの二人にそう言うとモルガンは俯いたままのアルトリアへ視線を移す。

 

「そしてティンタジェルの娘よ。お前がアルトリアでいる内は、私はお前を敵とは認めぬ。巡礼の鐘を鳴らさぬ内は諸侯にも貴様等への攻撃を控えるように命じよう」

 

「つまり巡礼の鐘を鳴らして予言の子として立つなら、その限りじゃないという事だね」

 

「そうだ。巡礼の鐘を一つでも鳴らせば貴様は予言の子としての使命から逃れられん。そうなればこの國にとって脅威となる、故に私の持つ全兵力を以て叩き潰す」

 

 カルデアのお嬢ちゃんはやる気のようだが、アルトリアの方は割り切れないといった感じの表情だ。

 

 形はどうあれ手を差し伸べてくれた相手と殺り合えるほど、気持ちの切り替えは上手くないって事か。

 

 その後、最後にとカルデアのマスターが消えた盾の騎士の所在を聞いてきたが、モルガンははぐらかすような要領を得ない答えを返すだけだった。

 

 これで謁見も終わりなんだろうが、このまま解散では少々面白くない。

 

 慣れない場に顔を出したんだ、ご褒美の一つくらいは頂戴しないとな。

 

「カルデアのマスターさん、ちょっといいか?」

 

「は…はい」

 

 俺が声を掛けると藤丸少年は警戒を露にする。

 

 敵対が決定的になったとはいえ、ここで取って食うつもりもないんだから、そんなにビビらんでもええやん。

 

「アンタ、汎人類史の英霊を召喚できるんだろ? ここに来たのも何かの縁なんだ、いっちょう腕試しをしないかい」

 

「───黒騎士」

 

「臣下になる時の契約、忘れた訳じゃないだろ。これはその分のちょっとした味見さ」

 

 咎める女王サマの声にそう返すと、彼女はため息を一つ吐いて『やり過ぎるなよ』と認めてくれた。

 

「一つ聞きたいんだけど、それは立香君に危険は無いんだね?」

 

「ああ。俺が刃を向けるのはサーヴァントだけ、マスター君には手を出さない事を誓おう。そっちは上手くすればこの首を獲れるかもしれんがな」

 

 ダヴィンチの嬢ちゃんは食いついてきたが、当の藤丸少年は乗り気じゃないようだ。 

 

 これはもう少し煽る必要があるかな?

 

「乗り気じゃないなら無理にとは言わんさ。こっちは汎人類史の英霊は腕試しの一つもできない腰抜け揃いだと判断するだけだ。そんな自称英雄を斬ったところで刀の穢れにしかならん」

 

 そう言い放った瞬間、藤丸少年の顔が一気に怒りに染まる。

 

 うむうむ、効果覿面だな。

 

「ふざけるな! みんなは本物の英雄だ! 腰抜けなんかじゃない!!」

 

「なら、それを証明してくれ。口だけなら何とでも言えるからな」

 

「ああ、やってやるさ!!」 

 

 藤丸少年が吼えると同時に彼の隣に人非ざる気配が現れる。

 

 収束した魔力が形作るのは二刀を手に和装のような衣服に身を包んだ女だ。

 

 顔が陰に隠れてはっきりしないのは召喚が不完全なのか、はたまた別の理由か。

 

「ルールは互いに一手のみ。結果どちらかが倒れても両方無事でもそれで終わりだ。城を壊したら女王サマがうるさいからな」

 

 うん、ウッドワスのおっさんとやり合って城をぶっ壊した時は本当に怖かったんだよ、モルガン。

 

 ああいうのはできればお断りしたい。

 

 怒ると腹の子に悪いって言うし。

 

「立香君、わかってるね?」 

 

「はい、最初から宝具を使います! ここで妖精騎士に手傷を負わせられたら後が楽になる!!」

 

 気迫充分の藤丸少年に従って双剣を抜くサーヴァント。

 

 こちらもそれに応えて村正謹製の刃を抜き放つ。

 

「先手はそっちに譲るよ。汎人類史の力を見せてくれ」

 

「言われなくとも! 武蔵ちゃん、宝具展開だ!!」

 

『五輪の真髄、お見せしましょう!』

 

 藤丸少年の声に応えて武蔵とやらの身体から吹き上がる強大な圧。

 

『南無。天満大、自在天神』

 

 それは瞬く間に仁王像を形作ると、その手にもった剣を振り上げる。

 

『剣気にて、その気勢を断つ!』 

 

 主の気合と共に仁王像は剣をこちらに振り下ろしてくる。

 

 しかしこれは所詮剣氣の塊、真なる一刀を振るう為の牽制にすぎない。

 

 『意』すら隠そうとしない氣勢ごとき、刃を合わせるまでもない。

 

 力任せに叩きつけてくる仁王の刃を紙一重で躱しながら間合いを詰めていると、その間に武蔵は一刀を両手に持って蜻蛉の型を取る。

 

 その一刀は刃から氣勢を天井まで届かんほどに発していながらも、ほんの微か感じるか否かまで意を消している。

 

 見事なもんだ、剣腕だけならガウェインを越えているだろう。

 

『この一刀こそ我が空道、我が生涯! 伊舎那───』

 

 だが───武蔵が本命の一刀を大きく振りかぶった瞬間、それを放つより早く俺が繰り出した貫光迅雷の切っ先が奴の胸を穿つ。

 

 大技の隙を突かれて武蔵が大きく後ろに吹き飛ぶと、奴を起点としていた仁王も煙のように姿を消す。

 

「氣功も身に着けずに空位に達する剣士がいるとはな。さっきの言葉は訂正しよう。汎人類史の英霊は凄いもんだ」

 

 そう言いながら血振りをした刃を鞘に納めると、武蔵と名乗った女は光の粒となって掻き消えた。

 

 言い残した言葉が『次は勝つ』か。

 

 心臓をブチ抜かれた癖にいい根性してるわ。

 

「そんな…武蔵ちゃんが……」

 

 さっきの剣士が敗北したことがショックなのだろう。

 

 藤丸少年は呆然と呟いていた。

 

 まあ、そうなるのも仕方が無いか。

 

 普通に考えたら空位に至る剣士なんて達人の中の達人だからな。

 

 さっきの一撃だって、秘剣に開眼する前なら食らっていたかもしれんし。

 

 しかし今の俺には空位の剣はもう小手先技でしかない。

 

 当てたいならあと二つほど階位を上げさせてくれ。

 

 その後、ショックの抜けきらない藤丸少年をダヴィンチの嬢ちゃんとアルトリアが連れ帰って、今回の謁見はお開きとなった。

 

 宮廷スズメや臣下を人払いした後、モルガンは一人残した俺に向けて問いを投げてくる。

 

「満足しましたか?」

 

「つまみ食いとしては上等な部類だったかな。お陰で穴倉の大将をどうにかするモチベーションが上がったよ」

 

 何時にすると聞けば、少し考えた後でモルガンはこう返してきた。

 

「モースの数も徐々に増えているのを考えれば、ムリアンや他の不穏分子が動く前にカタをつけないといけません。なので次の満月に実行へ移しましょう」

 

「了解だ」

 

 モルガンから聞いたこの島の成り立ちを思えば、穴倉の大将には同情する部分が多々ある。

 

 とはいえ、こっちも親になる身だ。

 

 嫁さんの国に呪いをポンポン撒き散らされるわけにもいかん。

 

 あの毛玉には悪いが、大人しく消えてもらおうか。

 


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