(ドコダ、ココ…ハ?)
目覚めた時、彼には自分というものがなかった。
此度の現界において彼には必要ななにかが悉く欠如していた。
知性も、感情も、知識も、身体も、精神も。何もかもが彼には足りなかった。
あったものは僅か。仮初めの肉体と吹き荒れるような狂気、少しの理性。そしてそれすらも覆う彼を彼足らしめる本能。ギリギリの、糸一本で繋がっているような状態で彼は此処に存在しているのだ。いつ切れるか分からない、そんな状態で。
「……」
兎にも角にも、現状それがバーサーカーを構成する全てだ。
昨日の戦闘でセイバーの宝具によって、決して浅くはない傷を負わされた彼は、その激闘の痕を感じさせないような素振りでビルの屋上に立っていた。
否、感じさせないような、ではない。本当に傷1つないのだ。
衣服の隙間から確認できる箇所は透き通るような白い肌が見えるのみで切り傷や痣などは見当たらない。依り代の肉体の自己修復か、バーサーカー本人の能力か、或いは別の力か。いづれにせよ、彼の肉体はその身に受けた数多の傷を一晩で治してしまった。
「……」
昨日の戦いの中で携えていた翼も今はない。暴走もなりを潜め、今では街並みに溶け込めそうなほど馴染んでいる。だが、地上を見下ろすその眼には、自身の依り代としている人間以上に苛烈な光を宿している。
その時だった。
唐突に彼の首元に痺れるような小さな衝撃が走った。
原因はバーサーカー、厳密にはその依り代が付けている首元の小さな機械だった。なんらかの信号を受け取ったのか、バーサーカーは依り代の持つ能力を使いその信号を起こした電波を追うように視線を向ける。
(ミツ…ケタ)
そして彼は尋常ならざるその目を持って見た。
自分の視界の遥か先、赤い紅い令呪を持った人物を。
彼は再び街に繰り出す。自分に足りない何か、それを埋めるかのように。
◇◆◇◆◇◆
偶然、本当に偶然だったのだ。浜面仕上がこの事件に関わったのは。
久しぶりにスキルアウトの仲間達に電話をかけたところ、1人、また2人と軒並み連絡が取れなかった。漸く繋がった半蔵という男の電話も本人が出たわけではなかった。
「あっ、浜面氏!よかった無事だったんですね!」
無事、というその口振りにかつての自分の居場所がよくない事態に巻き込まれているのをなんとなく察した。そして電話口の郭に事情を聞いているうちにその勘が当たっていたことに気付かされた。
「いってらっしゃいはまづら」
「…おう、行ってくる」
決して悟らせないように、巻き込まないように浜面仕上は家を出た。かつての居場所、そして今の居場所を守るために。
「で、ノコノコ来ちまったって訳か」
郭から聞いた病院の病室に半蔵を見舞いに行ったら、いきなりそんなことを言われた。もっとありがたがれこの野郎と思ったが、浜面に情報を与えた郭の方を睨みつけているのをみると半蔵としても巻き込むつもりはなかったらしい。
「で、お前がそこまでボロボロなんてなにがあったんだよ」
「…どうせここで突っ撥ねても首突っ込むんだろうなお前は」
観念したように半蔵は喋り出した。
「最近第七学区周辺で通り魔的にいろんな奴が襲われてるの知ってるか?」
「いや、知らねぇけど…学園都市じゃ珍しいことでもないだろ」
「あぁ。だが、能力者狩りなんかやってた俺たちが言えた義理でもねぇが今回のそれは異常だ」
カーテン越しに区切られたとなりの患者の方を指差し、
「俺は比較的マシな方だけど、そっちの奴は顔の皮膚なんかが剥がされて、腕も二度と動かないレベルで壊されたらしい」
「…⁉︎」
「他にも再起不能レベルでやられた奴もいれば、命を落とした奴もいるらしい。俺も目撃した訳じゃないが、お前が電話して出なかった奴はやられていると考えて間違いない」
もっとも命さえあればここの医者なら治せると思うがな、という言葉に浜面は反応することができなかった。想像を超える出来事に怒りを覚える。仲間を傷つけられたことにどうしようもない憤りが腹の底から煮えている感覚だ。
「浜面、忠告しておくぞ」
「なんだよ?」
「お前には帰る場所があるんだ。関わるにしても自分の身が無事な範囲にしろよ」
自分もボロボロなのにそんな言葉をかける友に浜面は安心する。そして強く思う。スキルアウトも決して忘れることはない自分の一部なのだと。
「おう、無茶はしねぇ。安心しろ」
「どうだか。…浜面、郭が持ってる俺のスマホの写真見てみろ」
「写真?」
差し出された端末を見ると、その画面は真っ赤に染まっていた。しかし、よく見るとそれは血濡れの男が路上で倒れている写真だった。
「その写真を見て、なんか思うことはないか?」
「いや、悪趣味だなお前としか…」
「好きで撮ったわけじゃねぇよ!そうじゃなくて、その傷痕だよ」
言われてみれば、確かに違和感がある。写真の男の傷口は学園都市特有の能力による被害ではないように見える。どちらかといえば大きな切り傷や刺し傷なんかが目立つ。
「学園都市の能力者ならまず自分の能力を使う。無能力者なんかでも精々持ってるのはバットや鉄パイプなんかの喧嘩の道具だ。まずこんな傷をつける代物なんてこの街の人間じゃ持ってる奴はそういない」
確かに、と浜面も思う。学園都市の暗部の人間ならば揃えられるかもしれないが、そもそも街の人間を手当たり次第に狩っていく理由も分からない。
(そもそもどんな理由であれこんな写真を撮られるってことは暗部の人間じゃない。連中は非道だがここまでおざなりに証拠を残すなんてことはしない。意図的にしたってあからさま過ぎる)
「ってことは『外』の人間か?」
「確証はねぇけどな。でも一番可能性があるのはそこだろ」
『外』の人間。そのワードを口にした時浜面の脳裏にはある人種が浮かんでいた。
魔術師。自分達科学サイドとは違う、異能の力を扱う存在。
浜面としても魔術師なんて連中と出くわしたことはそれほど多くない。しかしその誰もが強力な力を持った奴ということも知っていた。レイヴァニア=バードウェイ、『グレムリン』、そしてサンジェルマン。内2人は学園都市内で会っているということもあり、可能性としてはゼロではないだろう。
(けどそれだとますます分からねぇな。学園都市の人間を殺してまわる理由ってやつが)
「とりあえず分かってのはこんぐらいだが、参考になったか?」
「おう、じゃあ俺は行くよ。お前は安静にしてろよ。郭ちゃんもしっかり見張っててくれ」
「もちろんです浜面氏」
ひとまず頭の中で情報をまとめ、現場に向かってみることにする。分かったことは少ないが、街中の監視カメラに入れるアネリに頼めば走り回って探すより確実な情報も手に入るだろう。病室のドアに手をかけ部屋を出る。その最中、浜面は無意識のうちにあの動画を思い出した。
(聖杯戦争…戦争ね)
何故今思い出したかは分からなかった。しかし不思議な予感を胸に抱えながら、浜面仕上は部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆
「うーん、めぼしいものはないなぁ」
学園都市の観光に出ていたクロエは街でショッピングを楽しんでいた。もっとも最初は珍しい学園都市限定の品々に目を輝かせていたのだが、それがじぶんの所持金では手の届かない物だと分かると肩を落とし渋々諦めるほかなかった。基本物価が高い学び舎の園から観光をはじめたクロエにも問題はあると思うが。
仕方なく同じ第七学区内でも学生が多い中央エリアの方に足を運んだクロエは、街ブラの続きを楽しんでいたが、ここは先ほどの学び舎の園以上に学生が多いエリアなのでそういった店も少ないようだ。
(うーん、知らない街とはいえこうも上手くいかないとは。もしかして私街ブラ苦手?)
頭を悩ませながら近くの公園のベンチに腰を落とし、街を歩く人々をぼんやりと眺める。みれば休日ということもあってか学生同士で遊んでいる若者や自分と年の近そうな子供も皆仲睦まじそうに遊んでいる。
(………いいなぁ)
今の道を後悔しているわけではないが、ほんの少し心の中で本音を漏らす。
クロエという少女は魔術師の家系の名門、アインツベルン家の嫡子として生まれ育った。その出生はやや複雑だが彼女は魔術師として生きるのに覚悟を決めている。しかし同時に、物心つく前から魔術の世界に身を置いているクロエはこのような日常に憧れがある。だからこそ目の前で繰り広げられるその光景が眩しく見えるのだ。
(でも、仕方ないかぁ)
だが、血生臭い戦場をいくつも越えている彼女は決してその中に混ざることはないだろうとも考えている。今もその最たる例である聖杯戦争なんてものに参加している。この街の人間も巻き込んでしまうかもしれない、ましてや彼女はその戦争の主催者側だ。どの面下げて日常を謳歌しろと言うのだろう。
「おーい嬢ちゃん。どしたそんな落ち込んで」
「?」
顔を上げて自嘲気味に考えていると、話しかけられた。声をする方に顔を向けると、車に乗った恰幅の良い中年の男性が窓から顔を出してこちらを見ていた。どうやらクレープの移動販売車のようで甘い匂いが鼻をくすぐる。
「この俺の移動販売歴3ヶ月目突入のめでてー日に随分暗え顔してんな。なんかあったんか?」
「いやあんたの歴は知らないし。別に何でもないわ。それに1人のレディに声かけるもんじゃないわよ、ナンパかと思ったじゃない」
「ははは、こりゃ随分ませた嬢ちゃんだな。どうだ1つ食ってけや、サービスすっから」
少々強引だなとも思ったが、気分を変えるいい機会だと思い買うことにする。そして財布を取り出そうとした時。
「ちょーと待ったぁあああ‼︎ってミサカはミサカは渾身のストップをかけてみたり!」
「あふぇ⁉︎」
急に目の前にアホ毛の幼女が割り込んできた。
「ふっふっふ、間に合った間に合ったってミサカはミサカは安堵の気持ちを口に出してみたり。おっちゃんクレ」
「にゃああ!大体追いついたぞー‼︎」
突然のことに呆然としていると、今度は金髪のお人形の幼女まで割り込んできた。みればアホ毛の幼女と知り合いらしく突っかかっている。
「ぬうう、おのれ追いつかれてしまったか!けど、順番はミサカの方が先だからこの勝負はミサカの勝ちだぞってミサ」
「にゃあ、大体注文がまだなら勝負は着いてない!」
「最後まで言わせろ!ってミサカはミサカは憤慨する!」
両者睨み合いながら互いを牽制しているが、不思議と仲が悪いようには見えず、どちらかといえば息が合いそうな行動をとっている。しかし、クロエとしては割り込まれて少々不機嫌になりながら、それでも一応年下のようにみえる2人相手に余裕を持って対応する。
「え〜と。2人とも喧嘩してないでさ、仲良く順番に買えばいいじゃない。先に買っていいからさ」
「おぉ、こりゃうっかり抜かしてしまったことに気づかないとは、ごめんねお姉ちゃんってミサカはミサカは反省と共に謝罪の言葉を口にしてみたり」
「にゃあ、大体ごめん、あとありがとうお姉ちゃん!」
「ぐふっ!」
お姉ちゃんという魅惑の響きに心が射抜かれふらつきながら、別にいいよと手を振り、先に買うよう促す。どれにしようかと2人仲良く迷いながら選ぶその光景は微笑ましい。
「決めたこれにするってミサカはミサカはメニューの中から指差してみたり!」
「にゃあ、私はこれ!」
「毎度ありー!」
2人が買ったのを見届けてから、クロエもメニューの中から選ぶ。流石学園都市というべきか、オーソドックスなものからゲテモノと呼ばれるものまでよりどりみどりだった。ゲテモノに手をつける勇気がなかった彼女はとりあえずシンプルな苺味にした。
「へいよ、お待ち」
「ありがと。大きなお世話かもしれないけど、もうちょっとメニュー考えた方がいいわよ」
「こっちの方がこの街の人間には受けがいいんだよ、そんじゃー次もご贔屓に!」
快活に笑いながら、車を走らせ去っていくクレープ屋の主人。クロエもその後ろ姿を見送り、そして先ほどまで座っていたベンチに腰をかけ直そうとすると。
「「お姉ちゃんお姉ちゃん!」」
「ぐっはぁ‼︎」
振り向きざまに会心の一撃を喰らい、膝から崩れ落ちそうになる。なんとか直前で持ちこたえ顔を上げると先ほどの2人がこちらに近づいて、お互いのクレープをこちらに向けて差し出していた。
「「食べ比べして!」」
「えっ、なに…?」
先ほどの仲睦まじい様子は消え、お互いが張り合うかのように相手のクレープを凝視している。
話を聞けば、お互いがクレープを食べ進めているうちにどちらのクレープがより美味しいかというよくわからない話になり、その審査役に勝手に選ばれたらしい。了承すらしていないクロエは断ろうとも思ったが、2人ともこちらには耳を貸さず睨み合っている。
「にゃあ、大体ここのクレープの鉄板はマスカットカスタード味だと言っているだろう子供め‼︎」
「ふん馬鹿めチョコグレープ味の奥深さをしらないとはなとミサカはミサカはお子様相手に勝ち誇った顔をしてみたり!」
「「がるるるる…」」
「ねぇ、ちょっと…」
「「(大体)お姉ちゃんはどっち⁉︎(ってミサカはミサカは聞いてみる!)」」
いや何故私に聞くのか、ていうか両方とも同じようなものじゃないのか、そもそもその組み合わせはいかがなものだろうか。
頭の中でいろいろ考えているクロエだったが、最初に思ったことはこれだった。
(なーんか面倒くさいことに巻き込まれたなぁ、もう!)
◇◆◇◆◇◆
見慣れない街並みを藤丸立香はひたすらに駆け回っていた。1人で無茶をしている友人、上条当麻を見つけるために。
土御門からその話を聞いた後、カルデアにいるドクターやエミヤとも話し合いすぐに探しに行くことに決めた。というかほっとくなんて選択肢は最初からなかった。
そして土御門先導の元、学園都市中を隈なく探していたのが、今は土御門とは別れ第七学区内に絞って探している。
『しかし、ここまで広いとなると、見つけるのは一苦労だぞ』
「分かってるけどそれでも探さないと…!」
範囲を広く探すためにマシュやエミヤとも別行動を取り、今は立香1人で探しているがカルデアからの通信越しのロマンは弱気な声をあげる。
「あの、大丈夫かい?」
そんな時、不意に声をかけられた。振り向くとメガネを掛けた青年が立香を呼んだようで疑問符を頭で浮かべる。
「はい、えっとどちら様ですか?」
「いやぁごめんごめん。ずいぶん焦った様子だったからちょっと気になってね。ようすをみるに人を探しているようだけど」
どうやら親切心で声をかけてくれたようで、こちらもツンツン頭の少年を見てないか尋ねる。ちなみに声をかけられた瞬間、ロマンとの通信は怪しまれるといけないので切った。
「あぁ、彼ならさっき見たよ」
「本当ですか!」
青年の話では自分と同じように誰かを血眼になりながら探してる様子だったそうだ。その話を聞きやはり彼が昨日会ったバーサーカーを探しているのだと確信する。
「それでどこにいったかわからないですか?」
「あぁ確かあっちの建物の方に入っていったよ」
案内されたそこは工事現場のようでいくつものの鉄骨や石材が積まれておりなかなかの広さがある。そこの中央には高くそびえ立つビルがあり、入り口には侵入禁止のテープが貼られている。
「ここ…ですか?」
「そうだよ」
人の気配を感じない雰囲気に少し疑問を抱くも、青年の言うことを信じ辺りを見て回る。
『立香君、本当にここなのかい?上条君どころか人1人いるかどうかも怪しいけど』
「いや、でも…」
こっそりと通信で話しかけるロマンの言う通り、立香もない多少の疑念はあるが手がかりがここしかない以上探すしかあるまい。
「うーんここに来たと思ったんだけど、いないようだね」
「いやまだ諦めるわけには。建物の中も探してみます」
案内してくれた青年も放っては置けないという理由で一緒に探してくれている。
残るは建物の中だけなのでそちらに足を進めると不意に声をかけられた。
「そういえばその手の刺青はどうしたの?カッコいいね」
…唐突だ、とすぐに思った。なんのことだ、とすぐに誤魔化すこともできただろう。しかし、そちらを振り向いた瞬間。
「実は僕も持ってるんだよ」
手遅れなのを悟った。
背中越しに、建物の中から刺すように強烈な気配が現れた。
『⁉︎サーヴァント反応!急に現れたぞ⁉︎立香君、急いで離れろ‼︎』
ロマンの焦る声も、それを聞くまでもなく動かそうとした体も。全て遅かった。
かろうじて動かせた頭で背後を見ると、大きな、そして
そして、それを見たときには迫る槍は首に添えられて。
「やれ!アサシン!」
「……ッ‼︎」
死を覚悟したその瞬間。
頬を切り裂くような突風が突き抜け、巨腕をビルに叩きつけた。
「少しは考えなかったのかね?」
突風の正体。
それは、ビル壁に槍を持った巨腕を巻き込む形で深く突き刺さった一本の剣だった。
「こんな右も左も分からない地でマスター1人で放り出すわけないだろう」
それを放ったのは立香や巨人の視線の先、眼鏡の青年の背後数メートル。
赤い外套を身に纏う弓兵だった。
「しかし今回の聖杯戦争、まさか貴様がアサシンとはな」
冗長に喋る彼に対し、背中越しの巨人は何も言わない。
「なぁ、呂布奉先?」
「………」
ただしその顔は獰猛な笑みを浮かべていた。
聖杯戦争、第二の幕が挙がる。
学園都市の聖杯戦争
セイバー:リチャード
アーチャー:未召喚
ランサー:カルナ
ライダー:不明
キャスター:不明
アサシン:呂布奉先
バーサーカー :不明