夏が終わり、すっかりと冷え切った空気の夜。深夜と呼ばれる時間帯に俺はダボダボの服を着て家を飛び出していた。パトロールである。
とはいっても俺は警官ではない。一介の高校生二年生だ。こんな時間に歩いていれば逆に補導されるのが現実。だけれど、この町は違う。
俺の他に出歩いている人物はいないのだ。
その深夜に見回る警官も、酒屋に集まる大人も、学業よりもこの時間が本業だと言わんばかりの不良でさえも、この時間には皆無。つまり俺を見ている人物はいない。よって補導される心配はない。
では、この個人的に行っているパトロールに何の意味があるのか。誰もいないのなら見回る必要はないじゃないか、と。そう思う人もいるだろう。
確かにその通りだ。問題を起こすのが人であるのならば、ここにいない以上する必要はない。だが、この町ではここ数ヵ月で
俺はその原因を探るべく俺はこうしてパトロールをしてるのだが……。
「結局、今日も手がかり無しか」
結果は言葉通り。始めてから一週間経ったが、その手掛かりは掴めないでいる。ふとポケットに入れていた懐中電灯を見ると二時手前で、そろそろ家に帰らないとまともに授業を受けることができなくなってしまう。(言ってて悲しくなるが)友達という友達がいない俺にとってはノートを取らないのは死活問題なのだ。
方向転換をし、家に向かう途中、自分の通う学校の目の前を通った。いつも見ている田んぼに囲まれた校舎とグラウンド。その
「あれは……人か?」
うっすらと見えるその姿は確かに人に見えた。そいつは屈伸をしてから何度かその場でジャンプすると、その場で屈みこんだ。何をしているのかまるで分からない。少しでも目に焼き付けるために目を細めるとその瞬間。しゃがんでいたそいつは立ち上がって猛スピードで走って来た。その速さはさながら弾丸、いやジェット機が迫ってきているかのよう。明らかに人がだせるスピードでは無い。
背中に冷汗が伝う。俺はポケットから素早く一つの鍵を取り出し、すぐ近くの木の陰から横目で見る。もしあの人影の正体がここ数ヵ月で暴れているナニカだとしたら、これ以上被害を出さない為に倒すしかない。
左手で拳を握り、その手の甲に鍵をあてがう。そして逆の手で差し込む。
「
能力を開放するための言葉をつぶやき、鍵を回そうとしたその時。突然そいつの足が止まった。はぁ、はぁと荒い呼吸音が聞こえた。すぐ近くの街灯に照らされて明らかになった。見覚えのあるその姿に手が止まる。
耳にかかる程度の黒髪。ほんのりと日に焼けた小麦の肌。へそ丸出しのウェアに太ももに張り付くスパッツ。間違いない。帰り際のグランドでいつも目で追ってしまうクラスメイトだ。
「
こんな深夜にしっかりと陸上部のユニフォームまで着て何をしているんだ? その目的がサッパリわからない。
だがここ数日で初めて見つけた異常。違和感のある光景だ。もしかすると彼女がこの騒動の手がかりになるかもしれない。
どうする……接触するか? いや、彼女の目的がはっきりとしない以上それは危険だ。まだ敵か味方かもわからないってのに焦ってどうする。落ち着け。観察してから決めよう。見つけて数秒で判断するのは早計だ。
そんな事を考えている間に彼女はタオルで汗を拭い。さらにジャージを上に羽織って、肩掛けのバッグを背負っていた。どうやら帰る支度をしているみたいだ。
となると今日はこれ以上彼女から情報を得ることは難しい。だが、彼女が何かに関わっているかもしれないという事は分かった。何も情報が無かった頃に比べれば大きな進歩だ。明日以降の糧にしよう。
そう決めて立ち去ろうとしたときだった。突然彼女が甲高い叫び声を上げたのは。
素早く視点を戻すと、彼女は尻餅をついて後ずさりをしていた。口を細かく動かして言葉にならない声を上げている。瞳は恐怖で歪みじんわりと涙が滲んでいる。
彼女をそこまで追い込んだのは、大型犬の様な姿の影でできた獣。
『魔物』
それはこの町に現れる人では無いナニカ。姿形は様々。目的は不明だが、分かっていることは能力を持つものを襲う事だ。
この状況から彼女が
だけど、それはよろしくない。きっと教室で彼女を見るたびに助けなかった事を思い出して、嫌な気分になる。それはゴメンだ。
なら俺が取るべき行動は一つ。
「
先ほど中断した言葉を口にしつつ、左手の甲に鍵を差し込むと、鍵に宿る能力を叫び、回した。鍵がゆっくりと体に飲み込まれると、手足や顔の形状がメキメキと音を立てて変形し始める。
完全に変形が終わったところで、大きく息を吸って月に向かって遠吠えをした。
「さあ、食うか食われるかの勝負といこうぜ」
魔物たちはその脚を止めて俺の方へと体を向ける。俺は歩いてグラウンドへと足を踏み入れると、それを|合図に一斉にこちらへ群がってくる。その数十匹。
俺は強化された両足で思いっきり大地を蹴って魔物へと飛びかかった。瞬時に先頭の一匹の目の前に到達。右手の爪でその首を跳ねた。
着地して、今度は足で二匹目は腹を蹴り飛ばす。三匹目は顔を殴る。四、五、六、七……と本能が赴くままに身体を動かして魔物をさばき切る。そして八匹目の喉笛を噛み切ったところで残っていた二匹がグランドから立ち去って行く。
追っても良かったのだが彼女を一人にしておくのは気が引けた。戦闘はここまでだな。俺は体を反転させて彼女のところへと目を向けてゆっくりと近づく。
目が合った彼女は尻餅をついたまま慌てて後ろへと下がるがすぐに壁に背中がひっつく。そして涙目のまま、壁と俺を交互に見た。せっかく危機が去ったというのに、なぜだろうか? 疑問に思っていると彼女は震えながら口を開いた。
「わ、私は美味しくない!」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
「毎日肉とお菓子ばっかり食べるから栄養バランス傾いてる! きっとマズイ! だ、だから、食べないで!」
「いや、食べないから」
キッパリと彼女の言葉を切って捨てた。何がどうなったらクラスメイトに人を食べるなんて誤解を生むんだ? 訳が分からない。
「だいたい、なんで俺が好き好んで人間食わなきゃ――」
頭をひっかこうとしたとき、モフモフとした柔らかい何かに触れた。耳である。つまり俺は狼男の姿のままだ。そりゃあ誤解を招いても仕方が無いか。
左手の甲に触れて『
「えっ? ちょっ、アンタ、
「ああ、そうだよ」
指をさして驚く高梨に、俺は頷く。
「なんでこんなところにいるの!?」
「こっちの台詞だ、高梨。こんな時に出歩くなんて危ないだろうが」
「それは、そうかもしれないけど……」
両手の人差し指を付けたり離したりしながら目線を逸らす。そのあとパッと思いついたようにまた俺を指で刺した。
「ってか、さっきの何あれ! ケダモノになったり、さっきのあのなんかよく分かんない生き物と戦ったり……もう訳分かんないよ!」
「ケダモノとか言うな。狼だ、狼」
「一緒でしょ。人間から姿を変えたのが問題! 何なのあれ!」
「あれは……能力だよ。お前だって使ってたじゃないか。ジェット機みたいに走るのに」
「能力って、なに? 私は確かに走ってたけど、そんなんじゃなくて、ただ全力で走っただけ」
とぼけたように高梨はそう答える。こいつ……誤魔化すつもりか? あのスピードは人間じゃ出せないだろうに。
「誤魔化すなよ。魔物が寄って来てたって事は
「だから、なにそれ。訳わかんない……さっきからゲームみたいな単語並べて。分かるように説明してってば。こ、怖かったんだから……」
口元に手を添えて、涙目でそう言った。男は女の涙に弱い。少なくとも、俺にとっては。不覚にもドキッとしてしまった。――ってそうじゃなくてさ。
「本当に知らない、のか?」
「うん……」
「さっきの奴らも?」
「――うん」
頷きながら指で滴を拭う。演技……には見えないな。俺の目が節穴なだけかもしれないけど。
まあここで放置して立ち去るのも後味が悪いし、かと言って俺が話すのは得意ではない。となると……あの人に頼るしかないか。
「そうか。なあ、高梨。今から時間あるか? 少し長くなりそうだけど」
「ある。出席日数は問題ないから明日は最悪休んでもいいし」
「なら、ちょっとついて来て貰えるか。お前に合わせたい人がいるんだ」