「病院……だよね、ここ。暗いし、もう営業時間過ぎてるみたいだけど」
「問題ないよ。だってここ、俺の家だから」
「へぇ、白瀬って医者の息子だったんだ」
「正確には『義理の』だけどな」
「ふーん」
「見ての通り表はもう閉めてるから、裏口から入るぞ。ついて来てくれ」
「はいはーい」
間伸びた返事を返す高梨を後ろに付けて、手入れが届かず雑草が生い茂る庭を歩く。正直ここを通るのは嫌で仕方が無い。だって虫に刺されそうだ。可能なら別の場所を通りたいが、ここ以外に通る道は無い。だったら手入れをしろって話だなんだが、面倒な事を率先してやるほど俺は暇人ではないし、今から会いに行く
だから、これからもこの横道は雑草が生い茂ったままなのだろう。
「ね、白瀬」
「どうした、高梨」
「これから会いに行く人は
「そうだな、名前は犬井リサ。俺の育ての親だ」
「へぇ、義理でも親子なのに苗字は別なんだ。どんな人なの?」
そう聞かれてしばらく考える。あの人の印象、か。外面と言うのもある。多少取り繕った方が良いかと思ったが、あの人の事だ、そんなものは考えず俺の気遣いを無駄に帰すだろう。
だから、思っているままに伝えることにした。
「――『自己中心的の極み』みたいな人だ」
「そ、そうなんだ……。どれぐらい?」
「どれぐらいって、そうだな。これはテレビを見ていた時の話なんだけど、地動説と天動説って分かるか?」
「それぐらいは知ってるよ。馬鹿にしないで。地球が止まっていて他の星が回るか、地球が回っているかみたいな感じの奴だよね?」
「まあ、ザックリだがそんな感じだ。紆余曲折あって今は地動説が信じられている訳だけど、あの人は両方違うって言うんだよ」
「へえ、どうして?」
「理由は、『地動説とか天動説とか知らんけども、私が生まれた時から地球は私を中心に回っている! よって
声色を少しまねながら彼女の言葉を口にした。それを聞いた高梨は微妙な顔をする。
「――ねえ、なんで犬井さんはお医者さんになれたの?」
「俺が知りたいよ……」
ため息をつきながらポケットの中を探り、三つある鍵のうちの一つを取り出した。何の細工も無い鍵。それをドアノブに差し込み、開錠すると靴を脱いで上がった。高梨も小さく「お邪魔しまーす」と呟いてから続く。
外から見た所二階には明かりが灯っていなかったので、きっとあの人はいつも通りあの部屋にいるのだろう。
きょろきょろと薄暗い室内を見渡す高梨に一言「こっちだ」と声をかけて移動を開始する。足音だけが耳に入った。
「白瀬、こんな暗いのによく見えるね。やっぱり、えっと……ケダモノだから?」
「だから、ケダモノじゃない。狼だ」
「そうだった。夜目が効くの?」
「なっている間はな。今は標準の人間並みだ。でも、住み慣れた家なら誰だってこんなものだろう」
「それもそうだね。私も家だったら、夜トイレ行く時は電気付けないよ」
「……そうか」
高梨にはデリカシーと言うものだ無いのだろうか。女子なんだし少しは隠して欲しい。だが、俺はそれを口にする事は無かった。なぜなら逆に意識していると想われるかもしれないからだ。そんなつまらない事で俺の印象を下げたくは無い。
閑話休題。
脚を進めてたどり着いた部屋。その扉の隙間からうっすらと明かりが洩れている。カチカチと何かを操作する音が外まで聞こえてた。変わりないその様子に呆れながらもドアを回す。
「ただいま、ハカセ」
そう言うと彼女はゲームのコントローラーを握りながらこちらに振り向いた。伸びっぱなしでボサボサの髪。真っ白だけど、くたくたの白衣。
器用に画面を半目で見つつ、アイスの棒をくわえたまま俺へ命令する。
「お帰り、
「なっ、あんた、もう一箱開けやがったな! 俺は昨日、アイスは一日一本って言ったろ!」
「だって美味しいんだからしょうがないじゃーん。止められない止まらなーい」
「いい大人の癖していい加減にしろよ!」
「はっはー、分かってないなー漣。アイスはいつまでだって美味しいものだぜ」
「決め顔で言っても誤魔化されないからな」
そんな掛け合いをいつもの様にしていると、俺の後ろでクスクスと高梨が笑いをこぼす。それに反応してハカセは彼女の存在を認知した。
「おっと、遅いと思ったらお客さんか。こんな夜遅くって事はただのお友達じゃ無さそうだね。ガールフレンド? それともセッ――」
「ちょっと黙ってろ!」
「えー気になるじゃんか。秘密にしないで教えてくれよー」
ハカセは口をとがらせてうざったらしい言い回しでそう言った。ちょっと口を開くたびにこれだ。ハカセは『自分が面白おかしくなれればそれでいい』のスタンスなので、相手の事は気にしない。もし高梨と一対一で会話させたら彼女の疑問は解決することなく日が昇るだろう。
だから、俺が制御しなければならない。そう思うと少しだけ胃が痛んだ。
後ろに居た高梨が前に出て、俺と並んたのを機に紹介を始める。
「こちらはクラスメイトの高梨志歩。我が校が誇る陸上部のエースだ」
「初めまして、高梨志歩です。漢字は高低差の高に、果物の梨、
「……ご丁寧にどうも。私は犬井リサ。君に習って言うと、動物の犬に、『井の中の蛙』の井、それにカタカナでリサだ。気軽にリサさんとでも呼んでくれ。で、君は何の用でこちらに来たのかな? 漣に君の様な可愛い子をナンパできる話術があるとは思えないし、今まで友達と言う友達を家に連れて来たことなんてなかったからね」
「うるせえよ、余計なお世話だ」
友達は居ても、あんたに合わせたくなかっただけだ。
「こいつは
「連れてきた、じゃないよ。ったく人使いが荒い。私は忙しいんだよー。今も助けを求める仲間が大勢いるんだから」
「画面の中に、だろ? そんな事言ってるとアイス買って来てやんないぞ」
「それは卑怯! 横暴だ!」
「だったら話してくれるよな、ハカセ」
「うぅ……しょうがないなぁ。アイスには代えられない」
ハカセはそう言って頭をかき、ゲームのコントローラーを手放す。床から立ち上がり、近くにあったソファに体を預けた。
「まあ、座ってくれよ。立ち話も疲れるからね」
彼女とは机を挟んで反対にある二人掛けのソファに俺達は並んで腰をかけた。
「さて、お嬢さん。漠然で申し訳ないけど、君はどこから聞きたい?」
「えっと……じゃあ、さっきも話していた
フリーダムな彼女の話を聞いて話しにくいのか、言葉に詰まりながらそう言った。
「そうか、ならそこから話そうか」
ハカセは足を組んで、間を空けると再び口を開く。
「
「超能力者、ですか? 物を宙に浮かせたりだとかそういった感じの?」
「そう考えてくれて構わない。その種類は多岐にわたり、人の想像力だけその数は増す。実現できぬことなどないというほどにね」
「それは、すごいですね。じゃあ私もいろいろできるようになるんですか?」
それを聞いて高梨は食って掛かる様にハカセに顔を近づけた。
「うーん、それは難しいかな。君がどんな能力を持っているのかは知らないけれど、基本的に能力は一人に付き一種類まで。まあ、例外はあるけどね」
「そうですか……でも私はこれから普通の人よりもっと、すごい事ができるようになるって事ですよね? その使用者として!」
一度肩を落とした後、目を輝かせ明るく振る舞う。分かりやすいな。もし彼女に犬の様な尻尾があったなら、ブンブンと振り回されているだろう。
そんな彼女をこれ以上ぬか喜びさせないために俺は口を挟む。
「否定はしない。俺達使用者は確かに常人に比べて大きな力を引き出す事ができる。俺がさっきお前の前でやって見せたようにな。だけど、大きな力には代償は必須だ。車にガソリンが必要な様に、家電を使うのに電気がいるように、能力を使用するには――」
「『命』を、使う」
俺の言葉を遮って、ハカセがそう言った。目を見開いて言葉を失う高梨を考慮せず、ハカセは続ける。
「能力を使うには『命』と言うエネルギーを通常の倍以上に消耗する。強力であればあるほど、その消耗は激しい。だから――――
「え?」
「は?」
突拍子も無く告げられた言葉に俺も思わず聞き返してしまう。そんな話をされた事は一度だってなかった。嘘なのか本当の事なのか判別はできない。
「力強い命を、能力者の命を口にすることで少しでも生きながらえる。君の様な若い女の子は良い養分になって――――」
「イヤァァアア――!」
高梨は叫びを上げて俺を思いっきり殴り、その脚で窓を突き破ってここから飛び出した。ロケットの様に爆発的なスタートで屋根から屋根へ飛び移り、遠くへ逃げていった。
とてもじゃないが通常の人間に出来るような芸当では無い。能力をまた、使わせてしまった。
「おいハカセ、何やってんだ。あんな嘘ついて。俺達使用者に命を回復する方法なんて無いだろうが!」
「いやー、彼女の能力を実際に見たくてね。精神的に追い込めば能力を使ってくれると思ったんだけど、まさかこんな簡単に行くとは思わなかった」
頭をかきながら、あっけらかんとそう言い放つ。ああ、しくじった。こういうことになる前に止めたかったのに……。様子からしてあの突拍子の無い発言は嘘だったか。
「だから、あんたのそういう身勝手なの止めろって言ってるだろう!?」
「だって気になったんだから仕方が無いじゃん?」
「じゃん? じゃねぇよ。くそ、まだ日は昇ってないんだぞ! あんなに全開で能力を使ったら――」
「魔物に襲われるかも、ね。でもそれで彼女の力を完全に知る事ができる。漣の事だ、どうせ助けちゃって能力の全貌を暴いていないんだろう?」
「それは、そうだけど……」
「いつも言ってるだろう。他人の為に能力を使うのを止めろって。さっきも言ったけど文字通り『命』、削ってんだぜ」
「そんなの、分かってるよ……」
ハカセに言われた言葉。それは能力に目覚めてから常々言われ続けていた言葉だった。そのたびに自分に言い聞かせている台詞を、いつもの様に返す。
「それでも、俺はただ、他人を助けて『カッコイイ』、『スゲェ』って自分に酔って、気持ち良くなりたいだけなんだよ!」
ハカセにそう捨て台詞を吐いてから、割れた窓から飛び出すと、再び狼の鍵を差し込んだ。