異能の鍵。【完結】   作:イーベル

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人食い森。

 月下に白い体毛をなびかせながら彼女の後を追う。夜目が効く狼の姿ではあるものの、彼女の姿は俺が外に出た時点では捉えることができなかった。彼女の足はそれだけ速かったのだ。

 だから俺は決して褒められない手段に出た。抵抗はあったが、ためらっている間に彼女が何者かに襲われるかもしれない。そう思うと、やらざるを得なかったのだ。許して欲しい。

 

 そう、俺は……高梨のバッグにあったタオルの匂いを嗅ぎました。

 

 年頃の女の子がかいた汗を吸ったタオルの匂いを、嗅いでしまいました。 

 

 この野郎! 常人ぶってただの変態じゃねぇかって? いやまあ、確かにゾクソクと背徳感を覚えた。だが理由もなしにやったわけでは無い。先程も言ったが、非常事態だったのだ。

 今の状態の俺は狼としての力も併せ持つ。嗅覚も発達している。警察犬の様に匂いで追跡することも可能だ。だから彼女が残して行ったバッグを漁って、その中で強く匂いが付いた物の匂いを嗅いだのだ。それがたまたま、タオルだっただけの事。タオルの匂いが嗅ぎたかったから嗅いだわけでは無い。

 話を戻そう。

 幸いのことながら、今日は雨は降っておらず、匂いも時間が経っていないので残留している。その形跡を四足で駆け抜けた。しばらくすると住宅地を過ぎ、森に出る。

「おいおい……勘弁してくれよ」

 パニックになっていたからどこに行ってもおかしくは無いとは思っていたが、よりにもよってここか。この町に隣接する森。ここは俺達使用者(プレイヤー)にとって危険地域。『人食い森』とさえ呼ばれるこの場所。

 手入れされず、うっそうと生茂った木々は太陽を遮り、魔物たちの楽園と化しているのだ。足を踏み入れただ時点で魔物に食らい尽くされる可能性がある。その人物が例え使用者であってもだ。

 そして、もう一つ。魔物の出現に時間制限も無い。

 どういうことかと言うと、魔物は日光に弱い。日が当たれば彼らの肉体は消滅する。だがそれは本来であれば、の話。この森には日光は届かない。日が昇っても夜に真っ暗な状態が続く。二十四時間深夜帯だ。

 だけれど、ここで立ち止まる理由にはならない。彼女がこの先にいるのだ。助けを求めているとは限らないけれど、ここで立ち止まってしまったら親父やお袋に顔向けできない。

 一度ポケットに入ってた懐中時計を確認する。時刻は五時丁度だった。この時期の日の出まではあと三十分ほど。そのタイミングで彼女を連れて外に出れるかがキーポイントだな。

「厳しいけど、やるしかないよな」

 四足になって、危険地帯に足を踏み入れた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 彼女の匂いは、森の中まで続いていた。だが、途中からそれに混ざり始めた血の香り。段々と濃くなるそれに、俺の心臓はより一層素早い鼓動を打った。

 四足がテンポよくリズムを刻み、トップスピードを維持し続ける。直線に走るのではなく時折フェイントを混ぜた不規則な走りで魔物をまいた。

 そしてようやく、木に寄りかかった彼女の姿を捉える。着ていたジャージはボロボロ。所々が赤く血に染まっていて、痛々しく右腕を押さえていた。視線の先には校舎で相手にした魔物。数もさっきよりも多く、一回り大きな群れの(おさ)までもが姿を現していた。仕留め損ねた二匹が彼女を追い詰め、森へ追い込んだと考えるべきか。

 まあいい。何はともあれ、

「間に合った!」

 彼女と獣たちの間に入り込む。獣たちは俺の出現にひるんで、バックステップで間を取った。

「し、白瀬……」

 震えた声で彼女は俺の名前を呼んだ。

「悪い高梨、遅れた。走れるか?」

「ゴメン、無理だ。さっき足を噛まれてから力が入らない」

 高梨のふくらはぎには深く食い込んだ歯形があった。肉がえぐれていて思わず視線を逸らしたくなる。だけど、あのハカセなら治せない範囲では無い。

「分かった。俺の背中に乗れ、こっから逃げるぞ!」

 俺は屈んで背中を下げ、彼女が背中に乗って手に首を回す。それを確認すると脚を伸ばした。

「わ、高っ……」

「しっかり捕まっとけ。舌噛むからなるべく口は開けないでくれよ!」

 そう呟いて、四足で大地を蹴った。魔物たちも同時に俺達を追いかけてくる。やはりそう簡単に諦めてはくれないらしい。

「高梨、もっと揺れるけど我慢してくれ」

 一度声をかけて、行きにも酷使していた不規則な走りを実行する。高梨には負担をかけるが、死ぬよりはマシだ。

 走りながら緩急を付けたり、ときには木に飛び乗ったりして魔物たちをまいていく。それによって小型の魔物はそれについてこれず振り払う事ができた。だが――

「チッ、しつこいな。伊達にボスやってる訳じゃ無いか」

 一匹のボス。体も一回り大きな個体が俺にピッタリとマークしてきていた。高梨を背負って、スピードが落ちている今。追いつかれるのは時間の問題だ。

 どうする? ここをどうやって切り抜ける?

 獣には無い人間の頭脳で考えろ! 

 その場で宙返りでもして方向転換するか?

 ダメだ。万全の状態ならまだしも、高梨が宙返りという動きに対応できるとは考えにくい。

 何か他の武器は?

 それもダメだ。『狼の鍵』の他にもう一つ鍵を持ってはいるが、この状態で鍵を差し替えるだけの暇を与えてくれるとは考えにくい。

 できたとして弱点を突けるかどうかも……いや、まてよ。弱点、はある。どの魔物にも共通して存在する弱点が! もうそろそろやって来ている! あとは通り道を作ってやればいいだけのことだ!

「高梨! 歯ぁ食いしばって腕に力を入れろ!」

 ギュッと首周りに彼女の腕が押し付けられた。俺はトップスピードを保ったまま垂直に上空へ跳ぶ。すぐ後ろに居た奴も虚を突かれた様だったが、即座に俺を追って跳んだ。

 目の前には木々の天井が迫って来ていて、勢いそのままに頭を突っ込んだ。そして、

「だぁぁあああ―――――!!」

 雄叫(おたけ)びを上げ、渾身の力で右の爪を振るった。目の前が切り裂かれ、分厚い緑のカーテンから淡い青色が顔を出す。上空から見下ろすと、口を大きく開けて迫る魔物がいた。

「これで、ゲームセットだ」

 日の光が魔物に降り注ぐ。ここは空中。方向転換もできず、弱点をもろに浴びたその体はゆっくりと灰へ姿を変え、霧散した。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「ああ、くっそ……死ぬかと思った」

 森を抜けた先。日光が降り注ぐ原っぱで俺は大の字に寝転がった。身体は既に人間に戻っている。そんな俺を長座の高梨は見下ろす。

「……ゴメン。また私、白瀬に――」

「良いよ。別に謝られることじゃない。知らなかったんだから。それにその発端はうちの馬鹿ハカセだ。ったく、たちの悪い冗談ばっか言いやがって……。しばらくアイス抜きにしてやる」

 言葉を遮ってそう言うと、高梨は乾いた笑みを返した。否定できなかったらしい。

「でもさ、白瀬はあそこが危険地帯だって知っていた訳でしょ? どうして、助けてくれたのさ。私だったら見捨てて家に帰るよ。自分の命が大事じゃないの?」

「何言ってんだ。自分の命は大事に決まってんだろ。馬鹿じゃねーの」

「な、バカって言うな。バカって……! 私がバカならあんたはもっとバカ! メリットもなんも無いのに助けに来るんだから!」

 ビシッと人差し指で俺を指差してそう言った。確かに高梨から見れば、『見返りを求めない気持ちの悪い奴』である。

「メリット、ねぇ……」

「なんか無いの? でないと私は、その……気持ち悪くてアンタと話したくない」

「助けて貰ったのにそこまで言う!?」

 俺は考え始める。彼女を助けて得られるメリットを。外に出るときにハカセに話したアレでは納得してもらえるか怪しい。もう少し現実味のある物は……そうだ。

「あれだ。俺は高梨が陸上してるのを見るのが好きなんだ。いつも短いズボンかブルマで走るから、生足が良く見えるし、走った後に汗を(ぬぐ)う所も色っぽくて好きなんだよ」

 そう、これなら男子として健全な理由として納得してくれるだろう。

「うん……ゴメン。やっぱ話しかけないで」

「聞いておいてそれは酷くない!?」

 身体をひねって、腕を枕にして顔を伏せた。せっかく良い言い分を思いついたと思ったのに……。やっぱり思い付きで行動はするもんじゃないな。

 沈黙が辺りを支配する。風が草を撫でる音だけが耳に届いた。それが数分続いたところで、高梨が口を開く。

「そ、そんなに私の事を見てたわけ?」

「……まあ、帰り道につい、目で追う程度には」

「それを命を賭けてまで続けたかった、と」

「……はい」

 否定はできない。そういう行動に出ていた事は事実だ。

「白瀬はケダモノだね」

「ケダモノじゃない。狼だ」

「だいたいあってるじゃん。品性の欠片も無いという意味では」

「うぐっ……」

 ごもっともだ。あんな言い訳を思いつく時点で最低な人間の一人である。ハカセの事も馬鹿にはできなかった。

「でも、そんなケダモノに助けられてしまったのも、不本意ながら事実なわけで……」

 不本意ながら、とか言わないで欲しい。泣きそう。

「だから、報酬を……、いや、なんか違う。褒美を……うーん。まあいいや、ご褒美をあげます」

「別に要らないよ。そんなの嫌なら貰わない。さっきも言ったけど、俺は見てるだけでも十分だ」

「だから、アンタのそういう所が気持ち悪い。頑張ったのに、求める物がチープ過ぎるの!」

「非現実的な贅沢はしない主義なんだ。それにもし、仮にだけど俺が高梨に変な要求をしたらどうする」

「それはそれで受け入れる! だって、一つしかない命を助けて貰ったんだから……」

 弱々しくなって行く言葉を咳払いで区切って彼女は続ける。

「ともかく、遠慮せずになんでも言って」

「なんでも、ねぇ……」

 上から下まで舐めるように彼女の体を眺める。ダメだ。自分の健全な所を見せたいのにも関わらず、エロい事しか頭に浮かばない。どうする? どうするよ……俺。

「後五秒で言わないと、本当に口利かないから」

 高梨は俺に釘を刺して、秒読みを始めた。数字が進むにつれて俺の眉間に力が入り、求めようとする要求を考えるもなんだかニッチな物に寄っていく。残り一秒となったところで、俺は意を決して口を開いた。

「わかった。要求を言うよ。後悔しても、知らないからな」

「……うん」 

 高梨は少し間を空け、頷く。

「俺は、お前の……お腹を、も、揉ませて欲しい!」

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