異能の鍵。【完結】   作:イーベル

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読んで下さっている方、感想を書いてくださった方、お気に入り登録をして下さった方に感謝しつつ、書きました。第四話です。どうぞ。


正当な報酬。

「ア、アンタ何言ってんの!? 訳が分かんないんですけど!」

 高梨は俺の力強い宣言に戸惑いながらそう言った。顔を真っ赤にして口元に手を当てながら、視線をあちこちに移動させている。

「なんでも言えって言ったのは高梨の方だろ。そこまで戸惑うなよ」

「それは、そうかもしれないけど。……なんだろう、予想していたベクトルからずれていたというか。その……もっとこう、『胸を触る』とか直接的な事を覚悟してたから、逆に恥ずかしいというか……

「え?」

「な、なんでもない! 好きにすれば」

 フン! と首を振って、顔を明後日の方向に向けた。

 好きにしろと言われても、何をどうしたらいいのやら……。『お腹を揉む』とは言ったものの、この瞬間を待ち望んで準備してきたわけでは無い。彼女が予想外だった様に、俺もこの要求が出て来たことが予想外だった。急かされ、唐突に思い浮かんだものを口にしただけ。

 だからと言ってここで、ボケっとしたままでいるのはどうかと思ったので、俺はゆっくりと彼女の腹部へと手を伸ばし始めた。

「――――失礼します」

「うん……」

 一言口にして気が付く。彼女はジャージ姿のままだ。魔物の攻撃によって所々破け、肌が見えているとはいえ、腹部はその生地にて覆われている。つまり地肌を触る事ができない。

 これは、頂けない。どうせ触るのであれば素肌の方が良いに決まっている。

「なあ、高梨」

「な、何! 触るならサッサとしてくれない?」

「ジャージ、たくしあげて貰ってもいいか?」

「な、何でよ!」

 自分の体を抱くようにして高梨は身を引いた。

「俺はジャージの上からじゃなくて、直接触れるつもりで言ったから……」

「そ、そんなの聞いてない!」

「高梨が遠慮するなって言ったんだろう? ジャージを触って妥協するわけないじゃないか」

 そう言うと、顔を正面に戻してうつむく。そして固く(まぶた)をつむったあと、覚悟したかのように見開き、上着の裾を掴んだ。

「わ、分かった。その代りなんだけど、触るのは後ろからにして。正面からは、やっぱり……恥かしいから」

「……了解」

 恥じらいとしおらしさが入り混じった彼女の表情に押されて、立ち上がり後ろに回って座る。そして持ち上がっている腕の隙間から手を伸ばした。

 彼女の腕が少しずつ更に上へと昇って行く。わずかながら衣擦れの音が届いて、それがまた俺の興奮を煽った。

「い、いいよ。触っても」

 日常でも発せられそうな何気ない一言のはずなのだけれど、今日はそれがとても色っぽく、官能的に感じられた。

 唾を飲み込む。一瞬だけ間を空け、右手人差し指からそっと放課後に眺めていた聖域に触れる。

 着地した人差し指から縦笛を吹くかの様に中指、薬指、小指と上から順番に動かし、逆の手も同じようにして手の平を密着させた。

 秋の陽だまりの様な(ぬく)もり、さらさらとした極上の触り心地が俺の手を通して伝わる。それを更に感じるために俺の指はプロスケーターの様に彼女の肌で踊った。

 表面を存分に味わい尽くしてからいよいよ本題。彼女のお腹を揉むために少し力を入れる。彼女がこらえていた声が少し漏れ出て、俺の興奮を更に煽った。

 指の腹には筋肉の弾力。手の平にはうっすらと浮き出た肋骨の固い感触。触っているだけで心臓は破裂しそうなほどに高鳴って――――

「ようし、その辺にしとこうか二人とも」

 二度手の平を叩いて俺達に水を差した人物がいた。ボサボサの長髪。ヨレヨレの白衣。その風貌は俺の記憶には一人しか当てはまらなかった。

「なっ、ハカセ! どうしてここに!」

「どうしてって……君が呼んだんだろう。怪我人が出たから車で来いってさ。それで来てみたらコレだろう……旬を過ぎたおばさんには目に毒だよ。場所ぐらい選んでくれないかな?」

「ぐっ……」

 ド正論だ。非の打ちようもない。ハカセを呼んだのを忘れてしまうほどに高梨が俺の心をかき乱したのもあるが、それでも俺はもっとしっかりとすべきだっただろう。

 だけどその反省をする前に一つ気になる事があった。

「というか、いつから見てたんだよ。いたなら声をかけろよ!」

「いつから、いつからねぇ……確か、『俺は、お前の……お腹を、も、揉ませて欲しい!』ぐらいからかな」

「最初から寸分たがわず記憶してんじゃねぇか!」

「だって面白そうだったから見ておきたくてね。思わず見入っちゃったよ。まさか君にあんな性癖があるとは……。一緒に暮らしていて気が付かなかったなぁ」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべつつ、彼女は話を続けた。

「まあともかく、怪我人もいるみたいだし、さっさと行こうか。さっき、話損ねた所も話しておきたいしね。(れん)はお嬢さんを車まで連れて来て。治療もそこでやってしまおう」

「……分かったよ」

 頷く。自分に非があるのも、調子に乗っていた事も分かっていたし。危機からは脱したとはいえ、彼女が怪我人であることは変わらない一刻も早く治療を受けさせたかった。

 ハカセが先を歩いて行ったのを見つつ、俺は立ち上がって彼女の目の前にしゃがみ込んだ。

「ほら高梨、行くぞ。おぶってやる」

「嫌。今のアンタに体を密着させたくない。この、ケダモノ……」

 力のない否定だった。お腹を腕で隠しつつ、うつむき顔を逸らした。髪の隙間からわずかに見える頬は紅潮しているのが見える。余程ハカセに見られたのが恥かしかったらしい。

「だから、ケダモノじゃない。狼だ」

「やっぱり大して変わらないじゃん」

「違うさ。有象無象の獣の中でも、狼は跳びぬけてカッコイイ」

「自分で言うんだ……」

 呆れた態度で、ため息をつきながらそう言った。

「で? おぶるのが駄目なら俺はどうやってお前を運んだらいいんだ。お姫様抱っこ、とか?」

「それは勘弁。肩を貸すだけで良いよ。片足は無事だし」

「了解」

 そう言って隣に立ち彼女の肩に手を回した。高梨は俺の体に体重をかけて立ち上がる。思ったよりも近くに止めてあったワゴン車に向かって歩く。

 先に歩いていた博士は車の鍵を開けて、トランクを開放していた。たどり着いた俺はその淵に彼女を座らせる。

「ハカセ」

「分かってるよ。治療する。本当は治療費をぼったくってやりたい所だけど、残念ながらそれをやると漣、怒るだろ?」

「当たり前だ。誰のせいでこうなったと思ってる。ハカセがあんな冗談言わなかったら高梨は……」

「はいはーい。分かってるって。そんなわけでお嬢さん。足、見せてくれないかい?」

「は、はい」

 高梨はハカセに歯形が残る右足を見せる。魔物から逃げ切った後、持っていたタオルで血を拭き取ったものの、傷跡は痛々しく残っていた。

「成程、聞いていた通りだ。この程度なら治せるよ」

「本当ですか!?」

「ただ、しばらく安静にして貰うけどね」

 そう言いながら、救急バッグからビンを取り出した。中身は透けて毒々しい濃い緑。その不気味な色の軟膏を傷口に磨り込む。染みるのか高梨は顔を歪めた。ハカセは慣れた手つきで真っ白な包帯を巻く。

「じゃあ走るのは……」

「うん。止めといた方が良いね。三日ぐらいは寝る前に傷口にこれ塗って、包帯を巻く事。今回は特別に両方タダにしておいてあげる」

「は、はぁ……」

 高梨は押し付けられたビンと包帯をおずおずと受け取る。そしてハカセはその隣に座った。

「んじゃ、治療も終わったところで話の続きといこうか、お嬢さん」

「はい。でも、今度は嘘を織り交ぜるのを止めて下さいよ」

「まあ、考えておくよ。さてまずは準備から始めよう」

 そう言いながら白衣の胸ポケットから一つの鍵を取り出した。鈍い銀色のそれを手の平に差し込む。

能力開放(アンロック)鍵の製作者(シール・クリエイター)

 鍵を回すと肉体に呑み込まれて、手の甲に錠前の紋章が浮かぶ。

「能力……? でも白瀬のに比べるとなんだか地味、ですね」

「ハハッ、正直だね。まあ、私のは体質を変化させる訳じゃ無いから、漣と比べて地味なのは当たり前さ。準備もできた所で話そうか。君が飛び出す前に言ったけれど、能力を使用すると『命』をすり減らす。さっきは面白そうだったから嘘を付いたけれど、その『命』は補充されることは無い」

 その説明を聞いて高梨は頷く。

「さっき漣はガソリンと車で例えていたからそれに習うけど、エンジンかけっぱなしの車はガソリンを消費し続けるように、能力の使いっぱなしは――」

「『命』を削り続ける。ですか?」

「御名答。呑み込みが早い。いいねぇ、若いのは。たまにいるよね、若い芸能人が才能を惜しまれながら見送られる……みたいな。あれは無意識に能力を使い続けた結果だったりする」

「でも……じゃあ、能力者はそのまま、命を削り続けて早く死ぬって事ですか?」

「そうだね。否定はしない」

「そんな……」

 表情が暗くなる高梨。相変わらず分かりやすいのだがハカセも人が悪い。あからさまに不安を煽るような言い方をする。これから話すことをある程度理解できている俺からすれば、ハカセの行動はマッチポンプもいいとこだ。

「だが、安心していいよ。この私にかかればそんな問題は些細な事さ」

「些細なって、解決方法があるんですか?」

「完全な物ではないけれどね。まあ、見てておくれよ」

 錠前の紋章のついた手を宙にかざすと、そこから半透明で何の装飾もされていない鍵が出現する。それを手に取って彼女にかざした。

 これが彼女の能力。人間の持つ異能力を制限することができる鍵を制作する力だ。それによって鍵をかけられた使用者(プレイヤー)は能力を封印され、疑似的な無能力者となる。無能力者と言う事は当然のことながら、命の使用は大幅に削減できる。俺も普段からこれによって能力を押さえつけていた。

「……といった感じで君の能力に鍵をかける。能力を使う時は私のよう能力名を宣言して、自分の体に差し込み回す。本当は使わないのが理想なんだけど、今回みたいにそうは言ってられないときもあるからね」

 ハカセも同じように説明を終えて、彼女に鍵を渡した。

「えっと、どうすれば……」

「どうすればって、決まってるじゃない。鍵をかけるの。体の好きな所に差せばいい。本当ならお代を頂戴したいところだけど出血大サービス、それもタダってことに……」

「それは、気が引けます。意地でも払わせてください!」

 高梨はハカセの言葉を遮った。俺のときもそうだったが、こいつは施しを嫌うというか、一方的にされっぱなしなのは好まないらしい。

「ふーんじゃあ、一千万」

「え?」

「一千万円って言ったの。払える?」

「それは……」

 それに対して法外な値段を要求したハカセ。戸惑う高梨を見ながら話を続ける。ハカセは自己中心的な性格なのだ。思い通りにいかないとこうやって強引にでも話進める。その癖を俺は小さい事から良く知っていた。

「払えないだろう? だから学割を適応してタダ……はやっぱ止めとこう。やって貰いたい事があったのを思い出した」

「な、なんですか!?」

 高梨はその言葉を聞いてハカセに食いつく。

「アイス、買って来てくれよ。バニラで。漣の奴、拗ねてさ。しばらく買って来てくれそうにないんだ」

 ハカセの言葉に耐え切れず。俺は割り込む。

「本人の前で言うか、それ。別に拗ねてねぇよ。ただ、自分の悪い所を見ようとしない態度にイラついただけだ。あと、そんな使い走りみたいなこと他人にさせんな!」

「正当な報酬だよ。漣だって貰ってたじゃんか! ずるだよ、ずるー!」

「ガキかアンタは! 少しは大人になれって!」

「フフフッ……駄目だ。耐えられないや。ゴメン」

 いつもの様に言い争っていると高梨が笑い出して、俺は口を止めた。見られ慣れていないだけあった何だか恥ずかしかったのだ。一瞬高梨を見て、すぐに視線を逸らした。

「分かりました。今度は私一押しのアイスもってお邪魔しますよ」

「ふふーん。物分かりいいね。気に入った。この鍵は君の物だ。遠慮なく使っておくれ」

「はいっ」

 元気よく返事をすると、彼女は笑顔で右手の甲に鍵を差しこむと、自身の能力に鍵をかけた。

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