異能の鍵。【完結】   作:イーベル

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後日譚。

 翌日。俺は大幅に寝坊した。ハカセと車で高梨を送り届けた後、何を血迷ったか寝てしまったのだ。寝坊するのは分かり切っていただろうに。まあ、それすらも判断することができない程に精神をすり減らしていたともいえるか。

 眠い目を(こす)りながら人通りの少ない通学路を歩く。住宅地を抜け、田んぼに囲まれた校舎が見えてきたところで、反対側の通路から数時間前に分かれた彼女の姿が目に入った。

 昨日の様なジャージ姿では無く、高校の制服姿。ひらひらと動くスカートから覗く生足は、昨日のスパッツ姿とは違った魅力を感じた。

 彼女は俺より早く気が付いていたようで大きく手を振っている。俺はそのまま歩を進めて彼女と合流した。

「おはよう高梨。奇遇だな。お前も遅刻か」

「そっちこそ。あれだけ私に釘刺した癖に、白瀬も堂々と遅刻とはね」

「いや、俺は悪くない。最近布団が気持ちいいのがいけないんだ」

「何? その言い訳、頭悪いよ」

「ああ、違いない」

 そう言うと高梨は口元に手を当てて笑い出す。確かに俺はそこまで学は無い。だけれど、何もそこまで笑わなくてもいいだろうに。

「でも良かったのか?」

「何が?」

「朝練とかあったんじゃないのか? 陸上部のエースがこんなに堂々とサボってちゃあ、他の部員に示しがつかないだろ?」

「……まあ、いいんじゃない? たまには。文句言って来たら黙らせればいいよ。「この脚に言え!」ってね」

「それこそ頭悪いだろう。話し合いとか無いのか?」

「駄目だね。やっぱり白瀬は頭悪いよ。運動部ってのは、口より先に体が動く奴らだから。頭は飾りだよ」

「飾りって、使ってないじゃんか。悪い奴より酷いぞ、それ」

「そう言われればそうだね。ああ、駄目だ、自分で言ってて面白くなって来ちゃった……」

 お腹を押さえて、数時間前に俺が揉みしだいたお腹を押さえて、またまた笑い出した。彼女の笑いのツボは意外と浅いらしい。こうして話してみるまで気が付かなかった。

 そんな彼女を見ながらふと思う。

 こうして誰かと学校に来るのはいつぶりだったろう? 

 下らない、しょうもない話で笑ったのはいつぶりだっただろうか?

 ハッキリと思い出せない。

 俺は他人とは距離を置いてしまっていた。もちろん、表面上の付き合いはある。だが同時に、彼、彼女らとは根幹の部分で分かり合えない事も自覚していた。

 自分の抱え続けている秘密を共有できないのだから。価値観が違う。それは、理解していた。

 だから俺がこれまで本気で信頼を置けたのは、育ての親であり、同じく使用者(プレイヤー)であるハカセだけだったのだ。

 だから、彼女の笑いが収まったところで、一縷(いちる)の望みをかけて、願望を口にすることにした。

「なあ、高梨。もし、さ。良かったら俺と、その……友達に、いや、知り合いに……なって貰えるか」

「へ?」

 その発言を聞いて、高梨はポカーンと口を開けて立ち止まった。それにつられて俺も立ち止まる。彼女をしばらく見つめても返答は帰って来やしない。勇気を振り絞ったのにも関わらず、その返答が沈黙だとは、あんまりではないだろうか。

「なんか、言ってくれよ」

 会話の空白に耐えかねて俺は返事を急かす。

「あ、ゴメン。急に訳分かんない事言ってくるからさ」

 俺の言葉に対してはっとして、再び彼女は話し出した。

「友達ならまだしもさ、クラスメイトの時点でもう知り合いだし。そもそも、昨日あんなことをしてきた時点でそんな段階すっ飛ばしているよね。圏外だよ」

「そうか、俺は知り合いですら、嫌か……」

「いやいや、そうじゃな無くてさ。うーん、いいや。説明めんどくさいし」

 顎に手を添えて、少し考える仕草を見せたが、腕を頭の後ろで組んで歩き出した。

「なんだよそれ。気になるだろ」 

 雑な対応に文句をたれる。俺にに対して高梨は呆れたよう顔で応対した。

「だってさ、そんなの聞かなくたっていいじゃん。恋人とか彼氏彼女関係ならまだしもさ、友達って気が付いたらなってる物でしょ?」

「これが、コミュニケーション能力を極ぶりした人間と振らなかった人間の差か……。俺にはそんな事できないよ」

 だって友達と思っていたのに、「へ? 知り合いでしょ?」とか言われた日には軽く一日休めるぐらいに傷つくだろう? そんな目に会うぐらいなら、最初っから付き離して欲しいと思うのは、きっと俺だけでは無いはずだ。

「ふーん、意外。そんな小っちゃいこと気にするんだ? ケダモノだからもっとガツガツくるものだと思ってた」

「未知には臆病なんだよ。それと、ケダモノじゃない。狼だ」

「うん。知ってた」

 この数時間でもはやお馴染みとなりつつあるやり取りをすると彼女は微笑むと、小走りで俺の少し前に出てから振り向いた。

「もし私が昨日までの私だったら、白瀬なんて教室の隅でボケっとしてる変な奴ぐらいの認識でしかなかっただろうけど」

「いきなりヒドい言い様だな」

「口を挟まないでよ」

「はいはい」

「返事は一回にして」

「はーい」

「伸ばさない!」

「分かったよ」

 高梨は腰に手を当て、ため息をついてから続ける。

「それがさ、ケダモノやら、医者の息子やら、性癖が斜め上だ、とか……」

「……もっと良いイメージは無いのか?」

「今すぐ自分の行動を思い出してみたら?」

「――――すいませんでした」

「分かればいいの」

 うんうんと俺の認識に頷く。その後「じゃあ話を戻すよ」と言った。

「でもこうして話して、意外と面白い奴だなーとか。思ってみたりしてさ」

「そりゃどうも」

「だからさ。そんな奴と友達になれて良かったなぁ、なんて思ってたのに、その矢先にあの『知り合い』発言だよ。拍子抜けというか、がっかりするよね」

「そうか」 

 俺の考える友達、彼女が思う友達。その齟齬(そご)の結果があの表情だったわけか。納得した。あまり人付き合いが無いとこういう事になってしまうから困る。

 ともかく、友達と言うのはそこまで難しい事では無いらしい。考えを修正しておこう。

「ありがとう、高梨」

「うん? 何が?」

「言いたかっただけだ。自分の中でいろいろと解決したからな」

「そっか」

「ああ」

 再び横並びに歩いて、校門にたどり着く。今の時間は授業中で人が少ない。右左へと首を動かして誰も見ていない事を確認すると声をかけた。

「じゃあ高梨。これからもよろしく。その……友達として」

 真横に手を差し伸べると、彼女はそっと握り返した。

「ん、よろしく」

 すべすべとした白魚の様な指。その感触が神経から伝わる。その感触を味わいつつ、俺は校内に足を踏み入れた。

 新しくできていたらしい友達と一緒に。

 

『異能の鍵。』 完




そんなこんなで今回はここまでです。読んで下さってありがとうございました。
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