「でもでも、ナナはあっちのキレーなおにーちゃんだと思うー」
七耀暦1206年5月20日、ナナ・クロフォードの予言より

きっと、ユウナさんはクルト君に恋してしまうに違いない――「閃の軌跡Ⅲ」作中の様々なクルト×ユウナ要素を詰め合わせてみる短編集です。

※基本的には「閃の軌跡Ⅲ」本編に準拠します。


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Episode1 不可抗力の伝統

「ふふん、《モルジュ》のパンはクロスベルでも絶品なんですよ」

 

 夕暮れ時のクロスベル市西通り。その一角のベーカリーカフェ《モルジュ》のテラス席で、ユウナは自慢気に告げた。

 全く同じ事を既に昨日聞いているアルティナは、目の前のお月見マフィンの方に興味津々であったが、その他の面々――主計科Ⅸ組のミュゼ・イーグレット、そして、ユウナらの先輩にあたるアリサ・ラインフォルト、マキアス・レーグニッツ、エマ・ミルスティンは各々の反応を返した。

 

 反応に満足したのか嬉しそうにユウナに、昨夜の彼女を知る者達は揃って頬を緩める。

 

 

 クロスベルにおける結社《身食らう蛇》の企みを阻止した第II分校生達には、その労いも兼ねて一時の自由行動が許された。

 《灰色の騎士》が問題が解決してしまえば第Ⅱ分校は用済み――事後処理はクロスベルを統治する総督府の管轄――というのが実際の所だが、今ここにいる者にとってはそんな思惑よりも、総督府主導の《鳥篭作戦》の終了が決定した事の方が重要だった。

 

 

「えっ!? オスカーさんが帝国に?」

 

 マキアスの注文した珈琲を店内から運んできた、《モルジュ》の店主の娘ベネットの異様な落ち込みに、声を掛けずにはいられなかったユウナはその理由に驚かされる。

 

 なんでも、オスカーが職人として帝国のパン屋へ修行に出るというのだ。

 

 それをユウナらに教えている内に、ベネットは更に気落ちしてしまい、店内へと戻る彼女の悲壮感漂う背中を見送る。

 

「ちょっと気持ちは分かるわね……ずっと一緒だった人と会えないのは寂しいもの」

 

 まだほんのりと湯気が立つカプチーノに視線を落として、アリサはそう呟いた。

 そんな向かいの彼女の様子に、ユウナは自分の教官と親しいこの女性と初めて出会った昨日の事を思い出す。

 

 一年半ぶりの再会だったらしい。先月のラウラの時よりも熱のこもった二人の抱擁にクラスメイト一同大いに驚かされた。

 

「やはり、一年半も会えないと恋人としては辛いものでしょうね」

「わ、私はリィンとそういう関係じゃ……!」

「まぁ、違うのですか?」

「どうなんですか、アリサさん!」

「他意はありませんが、一応気になりますね」

「その……まだちゃんと言ってないっていうか……」

 

 ミュゼを皮切りに、矢継ぎ早に繰り出された後輩三人の追及に、アリサの声は徐々に小さくなる。

 

「……不埒ですね」

「あ、アル妬いてるー」

 

 年下の同級生のほっぺを指でつつくユウナ。リィンが絡むと彼女の感情が顔を出すのが、とても可愛らしく思えるのだ。

 

「違います」

 

 否定しながらも、斜め下、クローバーの生え茂る地面へと視線を逸らすアルティナ。

 

「で、でも、最初から仲が良かった訳じゃないのよ? むしろ逆にギクシャクしてた時もあった位だもの」

 

 仕切り直す様に続けたアリサの姿は、誰がどう見ても照れ隠しにしか見えなかった。

 

「はは……懐かしいな。入学したての頃は、随分と気を遣わされたものだが」

「マキアスだけには言われたくないわね……」

「ぐっ……」

「アリサさんもマキアスさんも”色々と”ありましたものね」

 

 顔を紅くしながら湿っぽい視線を送るアリサに、バツの悪そうなマキアス。そんな二人をエマが暖かく見守る。

 

「へぇ、アリサさん何かあったんですか?」

「え、えーっとね、入学式のオリエンテーリングでちょっとね」

「ふふ、今思えば本当に懐かしいです」

 

 訊ねたユウナは、先輩二人の反応の差に首を傾げる。

 

「ふふ、アリサさんとリィン教官の馴れ初め、興味深いです。是非、参考までに事細かく教えては頂けないでしょうか?」

「アンタは何の参考するのよ、何の」

「勿論、リィン教官へのアピールに決まっているじゃないですか」

 

 頬の横で両手を合わせ満面の笑みで湛えるミュゼに、すかさずツッコみを入れるユウナだが、腹黒お嬢様が止まる事はない。

 

「ホント、ブレないわねぇ……」

「相変わらずですね」

 

 呆れるⅦ組の二人だが、自分達の担任教官の関わる話に興味があるのは、この場にいる後輩組の総意ではある。

 

「ちょ、ちょっと抵抗があるというか……」

 

 恥ずかしい自分の過去に躊躇うアリサだが、期待の眼差しを向ける後輩達に押され、すぐに小さな溜息を吐いた。

 

「……はぁ、まぁ本人もいないから、少しだけよ?」

 

 

 二年前の入学式の出来事を、所々両隣の二人の補足を交えながらも語り終えたアリサ。その頬がほんのりと赤みを帯びているのが、西通りに射す夕焼けのせいではないのは、誰の目が見ても明らかであった。

 

「まぁ、入学式からそんな濃密なスキンシップを、ふふ」

「《パンタグリュエル号》での一件から予想はしていましたが、学生時代から不埒な人だったんですね」

 

 驚くというより嬉々としてるミュゼ、それに対して表情こそ薄いものの呆れた様子のアルティナ。

 

「やはり女の武器は積極的に活用するのが重要なのですね」

 

 間違いなく故意的に、徐にアリサの豊満な身体の一部に視線を投げるミュゼ。

 

「そ、そんなのじゃないから! あれは偶然で……!」

「まぁ。それでは女神様の悪戯という正に運命的な――」

 

 四歳も年下の後輩に良い様に弄ばれるアリサの向かい、先程まで期待の眼差しを向けていた筈のユウナが珍しく静かな事にアルティナが気付いた。

 

「ユウナさん?」

「……へ?」

「どうかしたのですか、先程から」

「あ、え、えーっと……その、なんか、心当たりがあるっていうかー……ないっていうかー」

 

 ユウナにとっては、アリサの語った話はとても身に覚えるのあるものだった。

 

「そういえば――」

「ス、ストップ!! アル!!」

 

 何かを思い出したアルティナを、ユウナは身振り手振りを交えて必死に制止する。

 

「??」

 

 少々過剰なその反応にアルティナは首を傾げる。

 

「あの一件に関してはユウナさんも和解されていたと記憶しているので、特に問題は感じませんが?」

「い、いや、そういう問題じゃなくって……!」

 

 ユウナにとっては、何とも言い難い恥ずかしさがあった。

 そんな二人を見て今度はアリサ達三人が首を傾げ、ミュゼが含みあり気に微笑む。

 

「ふふ、いいじゃないですか、ユウナさん」

 

「よくない!」、喉元まで出かかった言葉が空振りする位、ミュゼが続けたのユウナにとって大きな爆弾だった。

 

「分校だと誰もが知っている事ですし」

「……え、なんで!?」

 

 あの場にいたのはⅦ組の面々だけだった筈。なんで、Ⅸ組の彼女が知っているのか。

 ユウナの反応に満足気な笑顔を浮かべたミュゼが、すぐにその理由を明かした。

 

「ユウナさんの乙女心が篭ったクルトさんの頬の紅葉。それはもう見事な物でしたので」

 

 驚きのあまり、言葉を失い、声を出そうにも出ない状態に陥るユウナ。

 

「入学式初日から噂が立ってましたもの」

「あぁぁぁ!?」

 

 やっとの事でユウナが発したのは言葉にならない叫び。実家の至近という事すらも忘れたその叫びは、夕暮れの西通りに響いた。

 

「ふふ、なんでもユウナさんが暗がりでクルトさんを押し倒してしまい、その豊満な身体を預けてしまったとか――」

「違う! あれ、合って……違うからね!?」

「状況説明としては概ね正しいのですが、如何わしく聞こえるのは何故でしょうか」

 

 お月見マフィンの残りを飲み込んでから、あの場に居合わせた目撃者の一人であるアルティナが呟いた。

 

「えっと、それは大変でしたね……」

「きょ、教官が悪いんです! 床が抜けるとか! 不意打ちにも程があるっていうか!」

 

 エマからの深い同情の篭る視線に、咄嗟に自らの教官に理由付けで無実を主張するユウナ。もっとも、彼女自身、リィンが床のギミックに無関係であった事は知った上なので、照れ隠しそのものである。

 

「全く同じじゃない……」

「……まったく、そこまで踏襲してるとはな」

「ふふ、こういう所もⅦ組らしいですね」

「まったく、有り得ないけど因果律操作でも疑いたくなるわね」

 

 先輩の三人は懐かしさの方が勝り、そこにはあまりネガティブな感じはない。二年前の学院生活、その始まりのあの日の想い出は、彼女らにとって大切な想い出なのだ。

 一匹の黒猫は少々呆れ気味ではあるが。

 

「ふぅ、私でしたら満足のいくまで教官に身体を委ねてしまいますのに。はぁっ、張り手でふいにしてしまって半月も避けてしまうなんて……絶好のチャンスですのに」

「アンタはやめぃ! いちいちヤラシイのよ!」

「……相変わらずですね」

 

 小さく息を吐いて、首を左右に振るアルティナ。

 

「コ、コホン! でもまぁ、私が素直じゃなかったのよね」

 

 咳払いをしてから頬杖を付いたアリサは、市外へと続く街道に目を流す。

 過ぎ去った遠い日に思いを馳せるその姿は、後輩達から見れば正に大人の女性のものであった。

 

「リィンが悪くない――ううん、むしろ私を守る為に身を張ってくれたって事は、最初から分かってたから」

 

 小さく、そして、少し照れくさそうに顔を緩めるアリサ。

 そんな彼女を見てユウナは、先々月のあの小要塞での事をもう一度頭の中で描いてしまう。

 

 もしかして、クルト君も、実は……、そんな考えが頭に過った時だった。

 

「はは……あの時は本当にすまなかった」

「って、リィン!?」

 

 懐かしい回想をしながら幸せに浸っていたアリサの背中に声を掛けたのは、リィン。そして、その隣にはもう一人の不可抗力の当事者であるクルトの姿もあった。

 

「教官! って、クルト君も!?」

「……君に恥をかかせてしまった事は今でも申し訳ないと思ってる」

「そ、それについては、受け身が取れなかった私もだし……」

 

 リィンに続くようにいきなり詫びを告げるクルト。まさかの不意打ちに、ユウナの視線は左右に揺れる。

 どうしてか、直視が出来きなかったのだ。彼の真っ直ぐ過ぎる薄青色の瞳を。

 

「……私も悪いのに、『一発張り飛ばしてくれ』って言われるがままに叩いちゃって……ごめん」

 

 いつものユウナらしくない声が、小さく紡いだ。

 

「へぇ……教え子の方が潔いみたいね、リィン、教官?」

「……なんか、アリサ、ちょっと含みがないか?」

「別に、『災難』とか、『厄日』とか、言われた事なんて全然気に……ぁ」

「……はは」

 

 思わず飛び出てしまった二年越しの本音にアリサがハッとして口を塞ぎ、苦笑いを浮かべるリィン。

 

「本当に君たちは……」

「まったく、ハタチ超えて何やってるんだか」

 

 マキアスとそれに同調する黒猫の呆れに、リィンを交えた昔のⅦ組の面々から笑いが零れる。

 

 そんな彼らの姿に、まだ熱を帯びたユウナはいつの間にか自分達の将来の姿に重ね合わせてしまう。ああやって笑い合えるかけがえのない仲間に、今のⅦ組はなれるのだろうか。

 比べてしまえば、まだまだ自分達の付き合いは短いし、乗り越えた経験だって少ない。でも、きっとなれる。そんな確信がどこかにあった。

 

「ユウナさん、少しよろしいですか?」

 

 賑やかな中、他には聞こえない位に近付いて告げると、ミュゼはユウナの耳元へと顔を寄せた。

 

「アリサさんの教官への想いとなった原点――偶然とは言い難い、全く同じを経験をした二人――ふふ」

 

 最後に、店頭の鉢植えのライラックと同じ色の瞳が片方だけ閉じられる。

 くすぐったく耳元で小さく囁いたミュゼの言葉の意味。

 それを理解するのに、ユウナは少しばかり時間を要したが、彼女が理解した証拠をミュゼはすぐに知る事が出来た。

 先程よりも静かに、そして、遥かに鮮やかに彼女の顔が染まったから。

 

 

 ・・・

 

 

「そういえば、教官。アッシュさんはどちらに?」

 

 二、三度辺りを窺う仕草をした後、不思議そうにアルティナがリィンに訊ねた。

 

「え」

「さっきまで一緒に居たはずなんだが……」

 

 辺りを見渡すクルトだが、日暮れの西通りにアッシュの姿は見当たらない。

 

「ふふ、アッシュさんが単独行動で行きそうな場所といえば……」

「裏通り――いや、この時間なら歓楽街のカジノか」

 

 ミュゼに続けるようにあっさりと目星を付けたリィンが、小さく溜息を付く。

 これから少々面倒な仕事になる訳だが、リィンとしては別段嫌な訳ではない。自分の担当のクラスではないが、ここにいるⅨ組のミュゼと共にアッシュは何かとⅦ組を助け、支えてくれた生徒だ。

 世話焼きだのお人好しだの言われても、それが自分にとっての”教官”という存在だと、信じているのだから。

 

「みんな、少し待っていてくれるか? 俺が連れ戻してくる」

 

 そう告げて、リィンは身を翻す。

 

「待って、リィン」

 

 二歩ほど歩んだリィンが片腕に抵抗を感じて振り返ると、その白いコートの袖をしなやかな女性らしい指が掴んでいた。

 

「私も手伝うわ」

 

 一年半前よりも大分下で、大人びたアリサの顔がリィンを見上げる。

 

「そうですね、良いかしらセリーヌ」

「しょうがないわねぇ」

 

 アリサに続くエマ、テラスのテーブルで伸びをするセリーヌ。

 

「まぁ、君一人で夕方の歓楽街なんて行かせたら何が起きるか分からないからな」

 

 とは、マキアス。

 

「不埒な教官でしたら十分ありえるかと。監視という意味で私も同行します」

 

 それに同意する様に、アルティナも席を立った。

 

「僕の不注意でもあります。ユウナは――」

 

 

 ・・・

 

 

 ミュゼの囁きに速くなる鼓動。

 クルトの薄青色の瞳がユウナへと向かい、二人の視線が重なる。

 こちらを見下ろす瞳に吸い込まれるように、ユウナは彼から目を放す事が出来なかった。

 

 もしかして、もしかすると……。

 

 ――ユウナ、君の踏ん張り所は”ここ”じゃないのか?――

 

 今朝の出来事が、あの時の言葉が、肩に触れたクルトの手の温もりが、呼び起される。

 胸の奥底から湧き上がる何かを感じたユウナは、それから逃れようと無心で勢い良く頭を振るう。

 

「あーもう! アイツはほんと集団行動出来ないんだから!」

 

 そして、何もかもを吹き飛ばしてしまわんばかりの大声を張る。

 

「いきましょ! クルト君、アル! 教官! 皆さんもお願いします!」

 

 それに応じる皆の威勢の良い声が、西通りの日没間近の夕空に上がった。

 

 

 ・・・

 

 

「おい、どうしたんだよ」

 

 所変わり、クロスベル市歓楽街――第Ⅱきっての問題児ことアッシュ・カーバイドは、突然足を止めた連れに不満気に声を掛ける。

 

「大して時間もねぇんだから、さっさと入って一山当てちまおうぜ。てめぇが誘ったんだろ、アランドール」

「いや~、なんか面倒くさそうなのがいっぱい来そうな気がしてなァ」

「……あん?」

 

 レクター・アランドールはこれから起きるであろう出来事に、気が抜けたように首を左右に振った。




こんばんは、rairaです。
個人的な軌跡熱が下火になっていたこともあり、新キャラクターに関してはノーチェックで「Ⅲ」に挑む事となったのですが、エステルとヨシュアを彷彿とさせる二人の微笑ましい姿に完全にハマってしまいました。

さて、今回は「閃の軌跡」と「Ⅲ」の両方をプレイした方なら誰もが知る、あの場面のお話でした。序章からニヤついた方も多い筈。
個人的にはリィンが内心で「落ち着いてるな……」と零していた所がツボでした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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