それはきっと、奇跡では無くて。





※小説家になろう様にもマルチ投稿させて貰っております

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ちょっとだけ遅い『夏』の日の奇跡


夢想夏

「……ったく、本当にここは変わらず九月だってのに真夏みたくあっちぃわ山ん中にあるわで。二十も後半でデスクワークばっかの俺にゃちぃとキツいってもんよ」

 

 雲一つ無い晴天の下、白い夏用のカットシャツに薄地のジャケットスーツを手に持ち、それに合わせた薄い生地のスーツズボン……ちょっと決めて行こうと格好付けてみたものの、クールビズなんて当てにならないくらいドッと汗が出る蒸し暑さに襲われながら、俺は歩いていた。

 

 このドが付くくらいの何も無い閑静な田舎には俺の実家がある、所謂ちょいと遅い帰省みたいなもので。

 

 まあ実のところ俺自身、この帰省は五年ぶりになるのだ。

 俺も帰りたくなくてこんなに帰らなかった訳ではないのだが、仕事の大型プロジェクトチームに抜擢された都合で、この五年間ずっと海外赴任という形でアメリカの首都大都会ワシントンに拘束されていたのだ。

 

 と、まあこんな話は置いておこう、先月晴れて帰国してきた俺は有給を使い実家のあるこの地に戻ってきた。

 

 疲れきっていたせいで家族とは五年ぶりの再会にも関わらず最初に交わしたの言葉は簡単な挨拶だけで済ませてしまったが、朝・昼と懐かしい料理に海外等での話や海外で出来た友人の話に花を咲かせ、実に和やかに過ごせた。

 その間近所のおっちゃんやら婆ちゃん、悪友等昔からの顔馴染も混じってきたりと少々和やかでは無い場面もあったものの、それもまた一興と言える。

 

「景色も何も変わってねえなあ。はぁ……変わっちまったのは俺だけかね。やれやれ、歳は取りたくないもんだわ」

 

 そして秋だと言うのに燦々と照っていた太陽が漸く傾き始めた午後一時半現在、俺はとある奴に会いにわざわざ山道を登っている。

 

 二十年、いや十五年前まではただの悪ガキの如く走り回り、地元の高校を出るまでは間違いなくなんの苦労もせずに登れ、五年前最後の帰省の時も辛くはなかったこの坂が辛いとは、思いもしなかった。

 

 時の流れは存外早いらしい。

 

「ま、そりゃ仕方ないけど。五年も待たせちまったからなあ、アイツには」

 

 イタズラ好きで明るくて、それでいて寂しがり屋の幼馴染を思い出す。

 

 アイツは新しい物好きで、将来は都会に出てキャピキャピやってやると豪語してた癖に今でもこのドが付く自然が綺麗な以外に取り得の無いこの田舎にいる、いるしか無い。

 もう十年も同じ様なところでボケーッと俺が来るのを待ち続けているのだと思うと早く会ってやりたくなる。

 なんと文句を言われるのか想像するだけで苦笑いが出てくる。

 

「おたんこ野郎とか言われるんだろうなあ、懐かしい響きだけど聞きたい様な聞きたくない様な」

 

 聞けないのはそれはそれで寂しいもんだが、アイツのアホ面とセットで聞いたらと思うと色んな意味で泣けてくる。

 

「……お、見えてきた。ここも五年振り……だな」

 

 山道を登り十五分、噛み締める様に辺りを見回しふっと一息付く。

 それと同時に少しずつ鼓動が早くなってくる、こんな気持ちは十年と少し振りだ。

 

 我ながらまだ若い頃の気持ちが残ってるなんて、まだまだ俺も若かったのかな……なんて誤魔化し、ふと嘲笑を自らに向かい浮かべ、首を振り『よっしゃ行きますか!』と自分に色んな意味で喝を入れる様に頬を思い切り二回叩き、手に持っていたジャケットスーツを羽織り再び歩き始める。

 

「さて、どうしたもんかね……」

 

 幼馴染のいる場所、その目の前までには来た。

 来たは良いがどうにも決心が付かない。

 

 ――おもむろに、紙袋の中身の箱……『桃色の胡蝶蘭』の入った箱を見返す。

 

 桃色の胡蝶蘭にはとある花言葉がある――『純粋な愛』だ。

 

 ……そう、俺は幼馴染の事が誰よりも大好きだった、この日本を離れ一人で暮らしていて、そして何度か告白を受け。

 二十も後半の俺としては結婚という言葉が現実味を帯びてくる歳の為に仲の良い同僚や友人で手堅くその後の生活を安定させるのも吝かでは無かったはずなのだ。

 

 それでも、どうしても。

 

 その度に幼馴染の笑顔が浮かんだ。

 幼馴染とバカしてる時の思い出がフラッシュバックしてきた。

 二人で過ごした何気ない毎日が頭を駆け巡り、巡り巡って俺に告白を了承させなかった。

 

 それで分かってしまった、俺はどうしようもない程に、ずっと昔から幼馴染が好きで好きで堪らなかったのだったと。

 

 ――その気持ちに、今もまだ嘘は無いか。

 

 確かめる様に一呼吸置き………………やがて諦める様に息を付き。

 

「久し振りだな」

 

 そう目の前の墓に語り掛ける。

 

 

 

「中々来れなくてごめんな」

 

「君にとってたまの楽しみだったと思うのに、ずっとこんな山の中で待ち続けてつまらなかったんじゃないか?」

 

「何より寂しかっただろう?」

 

「俺は……寂しかったかな」

 

 十年前、彼女は死んだ。

 

 不治の病だと医者から聞いていたが、彼女の死に顔は苦しんだ様子も無くそれはそれは穏やかなもので。

 危篤だと連絡が入り駆け付けた先で見た、息を既に引き取っていた彼女は、まるでただ眠っているかの様で悪質な嘘だと思ってしまったくらいだった。

 

 だが、彼女の死は嘘じゃなかった。

 突き付けられたのは『死』という至って簡潔で、それでいて何よりも残酷な言葉だった。

 

「……これからは毎年来るって。来なかったら俺の方が寂しいわ」

 

 何とか作った笑顔で語り掛けるけども、上手く笑えていた様には思えなかった。

 思い出したくない記憶が脳ミソを駆け巡り、声が震えて歯はガチガチ鳴り、今にも壊れてしまいそうになる。

 

 

 ――そうだとも。本来誰も見てないここで泣いたところで、まあ現実的に考えたらどうでも良いのかも知れない。

 だが俺は、どうしても、少なくとも今だけはアイツに泣き顔を見せたくなかった。

 

 そりゃそうだ……今から自分との想いに区切りを付けて、終わらせて、これからを生きる為にプロポーズしようと言うのに。

 そんな男が泣いていてはアイツに示しが付かない、またバカにされるのがオチになってしまう。

 それじゃあいけない、それじゃあ区切りなんて付けられっこないんだ。

 

 頬をつねり、もう一度彼女へと語り掛ける。

 

「……今更遅いかもしんねえけどさ」

 

「俺さ――」

 

 彼女との記憶が、走馬灯の様に流れる。

 物心付く前からずっと一緒で、何をやるにも彼女は欠かせなくて。

 イタズラしては悪友も巻き込んで一緒に怒られて、毎日遊べる時間は悪友よりも長く遊んで、笑い合って。

 そんな『当たり前』が俺の人生には無くてはならなかった。

 

 大きめの麦わら帽子と白いノースリーブのワンピースが似合う、そよ風に黒い長髪が靡く、そんな綺麗な君が――

 

「お前の事、ずっと好きだったみたいだ」

 

「当たり前過ぎて気付けなかったけど」

 

「それが大切で、無くなってからこんなにも苦しくなるなんて気付かなくて」

 

「皮肉だよな……無くなってから気付いても、遅いのになぁ……」

 

 視界がボヤけて『彼女』が良く見えない。

 割り切っていたはずだった、もう十年も昔の話なんて今更思い出してもここまでになるなんて思いもよらなかった。

 でもそれだけ彼女の事が大切だったのだと、実感する。

 

 俺は涙を拭い、持ってきた袋から桃色の小さな胡蝶蘭を取り出す。

 そよ風に揺られる胡蝶蘭は、まるで彼女を思わせる様に生きていた。

 

 その花を彼女の墓に差し、俺は目を閉じ一言。

 

 

「貴方の事が好きです。誰よりも大好きで、大切な存在です――」

 

 

「結婚してください」

 

 

 

 ――これで良い、そう思った。

 

 答えは返ってこない、当たり前の事だがそれを確認出来ただけでも良いと。

 

 今度こそ踏ん切りを付けて、帰ろうと目を開ける――

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

『――――返事も聞かずに帰るなんて、イジワルだね』

 

 

 

『このオタンコ野郎がっ』

 

 

 嘘だと思った。

 その声は俺が一番聞いた声だった。

 一番側でずっと聞いた声だった。

 ずっと聞けると思ってた声だった。

 今一番聞きたい声で。

 今一番聞きたくない声で。

 でもやっぱり聞きたいと願って。

 でも叶うはずが無くて。

 もうあの声は聞けないはずで。

 彼女はもう死んでいて。

 幻聴だと思った。

 誰かのイタズラとも思った。

 

 ――でも、その声の人を知りたくて。

 

 帰ろうと墓に背を向けていた自分は、いつの間にか振り返っていた。

 

 

『お久、十年振りだねぇ』

 

「……………………あっ、え?」

 

 そこには確かに、俺が一番会いたい人がいた。

 大きい麦わら帽子と、ノースリーブの純白のワンピースが似合う、黒くて長い、綺麗な髪を靡かせたアイツが。

 十年前の、元気な時の姿でそこにいた。

 

『んもぉ、やっと会えたのにそんな反応なんて許さんぞー!』

 

「いや、その、だって……だって……」

 

 俺は現実を受け止められないでいた。

 死んだと思っていた彼女は目の前にいて、プクーッといつもの様に頬を膨らませている。

 だが俺は見たんだ、受け入れられないと何度も言っていたが俺は彼女の死はしっかりと見ていたんだ。

 

 何を言って良いのか分からず、混乱する。

 

『うーん……実のところ、アタシも分かんないんだよね。プロポーズの返事…………ね、したいって。もう一度で良いから貴方とお喋りしたいなって願ってたら、こうなってた』

 

「本当に……お前、なんだな」

 

 彼女は眉を下げながら、それでいて頬を染めながら俺の下手な言葉に答えてくれた。

 それで一瞬落ち着くが、プロポーズを見られていたと聞いて胸の鼓動の高鳴りが早くなる。

 

『えへへ……神様が、ほんの少しだけ『時間』くれたのかも』

 

「……変わんねえな、お前の笑顔…………そしてずっとずっと聴きたかったんだ。その声を、さ」

 

 そんな鼓動を落ち着ける様に、彼女に語り掛ける。

 彼女の仕草や笑顔は、やっぱり十年前のままだった。

 だからこそ俺は、この状況を信じてみようと思った。

 

『へっへーん! アタシの笑顔は天下一品だからね!』

 

「……本当に変わらない。十年前に戻ったみたいだ」

 

『ホントにねえ』

 

「…………戻りてえよ、お前のいた時に。お前と過ごした時に」

 

『それは無理だよ』

 

「分かってるよ! 分かってても、お前の事……ずっと……なのに……こうやって、後悔しか出来なくて……」

 

 涙が止まらない。

 会えたから。

 会えてしまったから。

 今まで心の奥底に沈めていた想いが止まらない。

 止めどなく溢れてくる。

 

『――――だから、アタシはプロポーズの答えを言いに来たの』

 

「……」

 

 きっとこの時間は有限だ。

 せめて最後に聞く彼女の言葉は、表情は逃してはいけないと、グッと堪えつつ彼女へ目を移す。

 

 

『…………一つ』

 

 

『――これからの人生を、アタシに縛られないで生きる事』

 

 

「……」

 

 

『約束して?』

 

 真剣な目だった。

 プロポーズの返事じゃないのかと少しだけ肩透かしを食らったが、彼女ら一度も見た事の無い様な目をしていた。

 だから俺も彼女をしっかりと見つめて。

 答えた。

 

「――お前以上の女がいないから、お前の事を忘れて他の奴と結婚しろってのだけは無理、だけどな」

 

『……そこは分かったって言うとこでしょーに』

 

「そこだけは……何があっても譲れないんでな」

 

『はー……分かりました、変わらないなあそう言うとこ…………』

 

 彼女は諦めた様に笑い、俺も今出来る限り最大限の笑顔で返した。

 もうそろそろ消えてしまうと直感した恐怖と悲しさを押し隠す様に。

 

『じゃあ約束通り……花でプロポーズされたんだし私も花でお返し……ねっ?』

 

「これ…………」

 

 貰った花を見て、我慢していた涙が、また止まらなくなった。

 最後は笑って別れようと思ったのに、これじゃあ出来ないじゃないか。

 

 そして、彼女を見返したのと同時に、彼女から光が漏れ出した。

 

『ギリギリだったみたい、だね……』

 

「待ってくれ……!! お、俺は……俺は、まだ伝えたい事、話したい事、あるんだよ……!!」

 

 それが『アイツが消える寸前』だと察するには時間は要さなかった。

 分かっていても、どうしても別れたくない、ずっとずっといたいなんて伝えてしまう。

 こうして会えただけでも奇跡だと言うのに、それ以上を求めてしまう。

 

『アタシだって……アタシだって離れたくないよぉ!! 嫌だもん!! ずっと好きで、ようやくお互い言えて、ホントならそれからがあるのに!! ………………でもね、もう無理なの。アタシ消えちゃうの。だから……せめて』

 

『せめて、最期の時は――――貴方の腕の中で、ね?』

 

 震える彼女を目の前にして、もう生きている間は二度と会えないと確定している彼女を目の前にして断れる訳がなかった。

 

「――分かったとも。お前が笑顔で逝ける様に、いっぱい抱き締めてやる」

 

 そっと抱き締める。

 彼女には間違いなく温もりがあった。

 暖かい心の温もりがあった。

 

『ねえ……キス、して。やっぱり最期の時は貴方と繋がっていたいの』

 

「バーカ……さっきと主張違うじゃねえかよ……」

 

「ああしてやるとも、成仏してもずっと俺の事を忘れられなくなるくらいにしてやるよ……」

 

 泣きながらのキスは、ちょっとばかし滑稽だったかも知れないけれども。 

 

 それでも俺は――

 

 

 

 

 

 

『大好きだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んー?」

 

 気付いたら俺は、墓の目の前で寝てたらしい。

 残暑が響く中こんな場所で寝るなんてとんだ間抜けだと思い腰を上げる。

 

「ったく、こんな間抜けな姿お前に見られてたら爆笑してただろうなあ」

 

 パッパッとズボンを払い上着を脱ぎ、倒れていた空の紙袋を拾い上げる。

 もう夕暮れだ。

 

「じゃあな。今度は正月に来るから待っとけよ」

 

 夕陽をバックに、彼女へ約束する。

 

 そして俺は過去最大級の笑顔と共に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「愛してるぜ!!」

 

供えられた桃色の胡蝶蘭と白いカーネーションが、寄り添う様に揺れていた。




白のカーネーションの花言葉:『私の愛は生きている』







ご都合主義が過ぎる?
ご都合主義ってそう言うもんでしょ(投げやり)

お陰様で短編日間14位獲得しました
オリジナルなのに載れたのはまた別の嬉しさがありますね


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