孤高の異世界冒険譚   作:竜王零式

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もしかして最強?

 

 

 怪物は不思議に思っていた。

 昨日まで、この山頂には、きらきらとした奇妙な柱が生えていた。

 それが今日、こつ然と消えていたのだ。

 代わりに、沢山の人間たちが居た。

 人間はふつう「彼ら」を恐れてここには近寄らない。それだけに、滅多にお目にかかれない「ごちそう」でもあった。

 すぐに襲撃してやった。悲鳴を上げて逃げ惑う人間たちを容赦なく蹴散らし、死体を――食料を量産した。

 そのうちの2体を腹におさめて満足し、残る死体は放置して飛び去った。

 襲撃の途中、二体の仲間が「あいのり」してきたが、捨て置いた。すべてを横取りされる心配はない。あまり食べすぎて身体が重くなれば、飛び立てなくなるからだ。

 だが、それからしばらくして。

 仲間の鋭い咆哮が、この山から聞こえてきた。断末魔の、危険を知らせる咆哮だった。

 怪物は臆病な個体ではなかった。

 むしろ、人間ごときが調子に乗っているなら、早々に思い知らせる必要がある、と考えた。

 舞い戻ってみると、山頂はさっきとあまり変わらない。食い散らかされた死体が、いくつか転がっているだけだった。

 不審に思いつつも、まだ食べられそうな死体を腹におさめた時、異変が起こった。

 いきなり横合いから衝撃を受けたのである。それほど強いものではなかったが、まったく意識外からだったため、怪物は多少よろめいてしまった。

 何事かと身体をゆすり、尾を振るうと、確かに手応えがある。敵か、と周囲を探るが、彼の目も、鼻も耳も、長年の狩りで培ってきたカンも、何の存在も捉えなかった。

 かと思えば、額に軽い一撃、続いて翼の付け根にやや強い一撃を受けた。怒りに任せて咆哮するも、やはり周囲には何の気配はない。

 怪物は不思議に思っていた。

 いや、もはや不気味ですらあった。本能がやかましく警鐘を鳴らす。一刻も早くこの場を離れねばならない。

 岩肌の斜面を勢い良く駆け、翼で風を受けて飛び上がる。またたく間に、怪物は空の旅人となった。

 どんな得体の知れない脅威があろうと、空は彼らだけの庭だ。

 脅かされることは、ないはずだった。

 

 

「うほおおおお!」

 リョウは歓声を上げていた。

 いや、それはもう奇声と言えた。自分でも何がなんだか分からない。ただ圧倒的な感動と興奮だけがある。

「すっげー! 空! 空飛んじゃってるよ!」

 再び、吠える。

 正確には、空を飛んでいるのはリョウではなく、彼がまたがったワイバーンである。なんとかこれに痛打を与えられないかと、背に登って延髄に狙いを定めていたところ、急に走り出し、そのまま飛び上がったのだった。

 まったく予想外の出来事で、度肝を抜かれた。

 しかし、風を切る爽快感と、上空からの景色は格別だった。

 山々を遥かに見下ろす空の上。西の空は夕焼けに染まり、伸びきった山陰が、地上に幻想的な図柄を描き出している。

 いや、なによりも圧巻なのは、南の果てに見える巨大な山影だ。

「デカっ!」

 リョウは思わず叫んだ。

 それはあまりにも巨大だった。

 富士山など、いや、エベレストですら足元にも及ばないと断言できる。なにせ、頂上付近が空に溶け込んで見えないのだから。

「まさか、成層圏突き抜けちゃってる? 異世界だなあ――うおっ!」

 がくん、と急激な浮遊感があった。

 リョウは慌ててワイバーンの背にしがみつく。ここで振り落とされたら一巻の終わりだ。一気に肝が冷え、景色を楽しむ余裕も無くなった。

 そんな中でも、リョウはなるべく、眼下の地形を頭に刻んだ。最初の山頂から見えた街並みは、もう見えない。尾根を一つ越えたからだ。風圧から察するに、かなりのスピードで飛んでいた。

 やがて、日もどっぷりと暮れたころ、とある山の中腹付近で、ワイバーンは飛行を終えた。

「どわっ!」

 着陸は荒々しいもので、リョウは反動で地面に投げ出されてしまった。

 本当なら怪我をしてもおかしくない衝撃だった。肉体の強化はほぼ間違いない。

「で、ここはどこ?」

 羽を休めるワイバーンに聞いてみても、当然だが答えはない。

 小さな泉のほとりだった。上も下も切り立っていて、ワイバーンの巨体には窮屈そうな場所だ。が、貴重な水場なのだろう。もしかしたら、この個体のねぐらかもしれない。

 リョウはひとまず水を飲んで一息ついた。

 それから、崖下を確認する。

 夜の帳が完全に落ちきる前の、薄明かりの中、目を凝らしてみれば、下もちょっとした泉になっている。この泉からちょろちょろと溢れた水が、10mはないだろう、という落差で注いでいる。その先は川になっていて、緩やかに、麓まで下っているようだ。

 その途中に、ほんのりと灯りが見える。

 察するに焚き火の灯りである。

「あそこに人が居る」

 リョウの胸に希望の火が灯った。さて、どうやってあそこまで行くか……。

 考え込む前に、ふと振り返る。

 ワイバーンは地面にうつ伏せ、丸まっていた。おそらく寝入っている。日が沈むなり就寝。健康的な怪物である。

 今なら。

 今なら、この怪物を倒せるかも知れない。空の旅のさなか、後頭部に柔らかい部分を見つけていた。あそこならハサミか彫刻刀が通るだろう。突き刺して掻き回せば、重要な神経系を痛めつけられるはず。

 クラスメートのカタキだし、そうでなくても人を襲って喰う怪物だ。寝込みだろうがなんだろうが、殺しておくのが正義であるはずだった。

 しかし。

「うーん……」

 リョウは唸った。

 なぜか、さっきのような熱い気持ちが沸いてこない。いや、もともと正義感なんて持ち合わせていないと自負している。さっきのほうがおかしかったのだ。

 それに、死んだみんなには不義理かもしれないが、この怪物は、一緒に空を旅した仲でもある。正直、寝込みを襲ってまで殺したくはなかった。

(結局、自己満足なんだろうしな。こういうのって)

 リョウはワイバーンの前に跪き、両手をあわせて黙祷した。平松の――死んだクラスメートたちの冥福を祈るためだ。

 この祈りはどこにも届かないだろう。

 人は死んだらおしまいだし、リョウが祈るべき神も仏も、きっとこの世界にはいない。

 それでも、リョウは祈りたかったのだ。やっぱりそれは自己満足なのだろう。

「さて、どうしよっか」

 立ち上がり、軽く伸びをしながら、再び崖の淵に立つ。

 もう少し明るければ、周囲の山肌を慎重につたえば、降りていけたかも知れない。でもこの暗さでは無理だ。明日の朝日を待っていたら、あの焚き木の主は居なくなるかも知れない。

「よし」

 リョウは決断し、服を脱いだ。下着も靴も脱いで一糸まとわぬ姿となると、身に付けていたものを余さずカバンに詰め、崖下の、泉のほとりに放り投げた。

 そして、水面を睨む。

 目測で10m弱。つま先から綺麗に着水すれば大丈夫だ。経験済みである。十分な水深はあるはずだ。ちょろちょろとした流れであっても、滝は滝だ。長年の水流に穿たれ、底は深くなっているはず。

「もしダメでも、夢から覚めるかも知れないしね。日浦リョウ、行っきまーす!」

 無意味に大声を張り上げ、リョウはダイブした。

 ばっしゃーん、と派手な水しぶきがあがる。

 つま先に結構な衝撃が来た。続いて、なんと水底に足がついた。一瞬焦ったものの、勢いのまま膝を曲げたら、軽く尻もちをつくだけで済んだ。

 水底を蹴り、一気に水面に出る。思った以上に浅かった。岸に向かって泳ぐ途中、鼓動がとてつもなく早くなるのが分かった。

「やばすぎ。下手したら死んでた」

 思わず口にして、それから自嘲する。それは何も、このダイブに限ったことではない。思えば目覚めてから、そんな場面の連続だった。

 そしておそらく、これから先も。

 岸にあがってカバンを回収する。衣類に挟んで詰めたはずのスマートフォンは、落下の衝撃で「ぐにゃり」と折れ曲がり、使い物にならなくなっていた。これにはがっくりきたが、幸いペンライトは無事だった。

 それから、Tシャツをタオル代わりに、何度か絞りながら全身の水気を拭き、手早く服を着る。

 そのさなか、カバンの底に腕時計を見つけた。防水防塵高耐久の、黒いデジタル時計だ。高校の入学祝いにと、生まれて初めて父から貰ったプレゼントだった。学校では目立つから身に付けなかったが、いつも持ち歩いている。リョウの一番の宝物だ。

 それを左手にはめると、何か気持ちが引き締まった気がした。

 表示時刻は21時を回っている。さっき日が沈んだばかりだから、日本との時差はそれなりだ。まあ、明日にでも南中時刻を特定し、調節してやればいいだろう。

「それじゃ、行こうか」

 森の香りに包まれながら、川沿いを歩き、要した時間は10分ほどである。

 焚き木のそばに腰掛けていたのは、大柄な男だ。筋肉隆々とした巨体に、なにか獣の毛皮を着込んでいる。傍らには弓と矢筒が立てかけてある。狩人、というやつだろうか。

 ちらりと見やれば、少し離れた木の枝に、鹿のような獣が吊るされていた。すでに息はない。あれが今日の獲物だろう。

「あの、すいません」

 恐る恐る呼びかける。反応はない。

「ちょっと、そこのナイスガイ!」

 今度は耳元で叫んでみたが、やはり反応はない。軽く肩を叩いてみると、埃でも払うように(はた)かれたが、リョウに気付いた様子はなかった。

 何か真剣に作業をしているなと思ったら、魚の鱗を削いでいたらしい。見れば、串刺しにした魚が一尾、すでに火に炙られている。

「えーと。これ、頂いてもいいですかね?」

 リョウはため息を吐きつつ確認を取る。むろん、反応がないのは知っていた。確認は取ったぞ、という自己弁護のためである。

 とにかく空腹だった。

「お。狩人さん、コレ塩味効いててめっちゃ美味いっス!」

 リョウは勝手な感想を述べつつ、焼き魚をぺろりと平らげた。

「ん?」

 異変に気付いた狩人が、目元を険しくした。串刺しの魚が立てかけてあった、今は何もない場所を凝視している。

「なぜだ。どこに消えた……?」

「犯人すぐそばに居るんですけどねー……」

 うめく狩人に、恨みがましく答えるリョウ。むしろ今すぐ自分を殴りつけて欲しいくらいだった。

 でも、狩人はこちらを見向きもしない。

(間違いないなコレ……ぼくはモンスターだけじゃなくて、人間にも認識されない)

 はあああ、と頭を抱える。

 見えないどころではない。リョウが発した音も、臭いも。

 そしてこの熟練らしい狩人が、毛ほども反応しないところを見ると、第六感的なものですら、リョウの気配を感知できないようだ。

 テンプレ通りなら、異世界勇者が授かるチート能力というやつだろう。

 誰にも存在を気付かれない――考えようによっては最強かも知れないが、誰とも交流できない以上、永遠の一人旅(ソロ・プレイヤー)だ。村人から冒険のヒントを得るのも難しい。異世界美少女とのロマンスも起こり得ない。

「いや、まだ分かんないし。世界のどこかに、ぼくを見つけてくれるヒロインがいるかもだし?」

 負け惜しみで気を紛らわせ、再び狩人に視線を向ける。

 何者かに晩飯を奪われたことについては、ひとまず忘れることにしたらしい。また魚を火にかけ、今度は矢尻の手入れを始めた。

 ヒマだ。

 構ってもらえそうもないので、リョウも何か暇つぶしをすることにした。

 カバンからノートとペンを取り出し、さっき上空から見た景色を地図に書き起こしていく。

 スタート地点の山の麓に街があった。生き残ったクラスメイトがいるなら、きっとあそこに向かっているはず。

 この辺りは山岳地帯のようで、周囲の地形は険しかった。ワイバーンの翼で運ばれてきたが、人の足で一直線に向かうのは無理だろう。

 あの街について、何か情報を得られないだろうか……。

 リョウはしばらく考え込み、「はっ」と思いついて、地図を書いたページを破り取り、狩人の膝下に置いた。

「ん? これはなんだ?」

 狩人がそれに興味を示すと、リョウは「よし!」とガッツポーズ。もしかしたら筆談も可能じゃないか、と思い立ち、文章を書いている途中で気がついた。

(ってか、日本語通じるわけ無いし。ぼくは何でこの人の言ってること分かるの?)

 試しに「あんたはバカ」と大きく記したページを裂いて渡す。ついでに「You are fool」とも書いておいた。

 狩人はその紙を手に取ったが、特に反応はなかった。すぐに地図の方に注意を戻し、何事か考え込んでいるようである。

(うーん。やっぱ分からないのかな)

 その時、不意に狩人が立ち上がり、恐ろしい形相で後ろを振り向いた。

「うわ、何!?」

 見れば、狩人の手元にはいつの間にか、野太いナタのような刃物が握られている。

 彼が睨みつけた闇の中から、おどけた声が聞こえてきた。

「待てよ、俺だ。その物騒なもんをしまってくれ」

「貴様か」

 狩人は「ふー」と息をつき、再び腰掛けた。歩み寄る男に、皮肉げにこう言う。

飛竜(ドムラス)に食われでもしたと思っていたが」

「そう言いつつも、待っててくれたんだな。感謝するぜ」

 新たに現れた男は「軽戦士」とでも呼ぶべき格好だった。腰に剣を下げ、厚皮の部分鎧を、胸部や小手、すねなどに当てている。

(傭兵ってやつ?)

 まさにそんな印象だ。

 傭兵は狩人の隣に腰掛けるなり、吊るされた獣に目をとめて「ヒュウ」と口笛を鳴らした。

「あれが今夜のご馳走か?」

「村への土産だ。貴様はこれでも食っていろ」

 と、こんがり焼けた魚を手渡す。狩人さんはツンデレだな、とリョウは思った。

 それにしても。

 彼らの会話を聞いていて、あることに気付いた。

 彼らは日本語を喋っているわけではない。意味不明な発音の群を並び立てているのは、しっかりと耳に届いている。

 だが同時に、その意味を脳が理解しているらしかった。気づかないうちに、超高性能な同時翻訳機でも埋め込まれたような、そんな感じだった。

(これも異世界転移特典かな。便利だけど、筆談は無理そう)

「ところで、あんたが持ってるその紙はなんだ?」

 傭兵が、二枚のノートの切れ端に興味を示した。

「分からんが、さっき拾った。風にでも飛ばされてきたのだろう」

 と、狩人は二枚とも手渡す。

 それを見るなり傭兵はうなり始めた。

「なにか分かるか?」

「かなり上等な紙だな。このへんの技術じゃねえ」

(そっち!?)

 傭兵の答えにがっくり来ていると、彼はさほど間を置かずに続けた。

「一枚はこの辺の地図だな。この印は『デルナ』に違いない。いったん街道に出てから『アルノア』を経由して――」

 と、ご丁寧に道順を語り始めた。山地を大きく迂回するため、一週間と少しの道程になるらしい。

 貴重な情報である。リョウは小躍りしつつ、傭兵の言葉をメモした。

「もう一枚はどうだ?」

「こっちは分からん。文字のようにも見えるが、こんなものは見たことがねえ」

(やっぱりかー)

 リョウは肩を落としたが、それほど期待していたわけでもない。

 引き続き、ふたりの会話の内容を、メモを取りつつ聞く。

 情報は玉石混交だ。でもすべてメモする。狩人の話にはところどころサバイバル生活の知恵みたいなものが混じっているし、傭兵は流れ者らしく、いろんな噂話をしてくれる。どこかで役に立つかも知れない。

 そんなことをしていると、不意にふたりの話し声が止んだ。

 不審に思って顔を上げると、狩人も傭兵も表情が硬い。

 何かに警戒している?

 そのうち、傭兵がゆっくり立ち上がり、剣の柄に手をかけた。

「魔物の気配がするぜ」

「バカな、この山にそんなものはいない」

 狩人の嘲笑には応えず、傭兵はただ注意深くあたりを探った。

 やがて、闇の中から大きな影が現れた。

 それは、一言で言えば大きな熊だった。褐色のヒグマだ。体長3mはある。

「これが魔物だと? ただの熊だろう。確かに厄介だが」

「あんたの知ってるただの熊は、あんな目をしてんのか?」

 大熊はぎらぎらと目を輝かせている。比喩ではない。不気味な赤黒い光を放っているのだ。

 狩人は舌打ちし、弓に矢をつがえた。

「どっちにしろまともに相手していられん」

 宣言して矢を放つ。それは狙い違わず熊の鼻先に命中し、何かの粉を撒き散らした。

 途端、熊は地面を転げ回った。何かの刺激物だろうか?

「さ、いまのうちに逃げるぞ」

「あぶねえ!」

 狩人が傭兵を返り見て撤退を促したのと、傭兵が警鐘を鳴らしたのはほぼ同時。

 一瞬の後には、熊の巨体が狩人の眼前に迫っていた。

「ぐふっ!」

 巨獣の突進をもろに食らって、大柄な狩人の身体が跳ね飛ばされた。

「くそっ!」

 傭兵は果敢に剣を振り上げた。

 狩人はうめいて地面を転がり、熊と距離を取ろうとしている。

 それを尻目に、傭兵と熊が激突する。

「くそっ、毛皮が分厚くて剣が通らねえ!」

 傭兵が叫ぶ。

 リョウは感動していた。己の倍以上ある猛獣を相手に、至近距離で切り結ぶ。異世界戦士の勇敢さに感服していたのだった。

「早く逃げろ! 剣なんぞでどうこうできる相手じゃない!」

 狩人が弓を構えつつ怒鳴る。つがえた矢尻を彷徨わせている。この混戦では狙いが定まらないのだろう。立ち上がらないのは、足をやられたからだろうか?

「あんたを置いて行けるか、アネットになんて言えばいい!?」

 傭兵が怒鳴り返す。余裕があるようには見えない。いつの間にやら胸甲には鋭い引っかき傷が着いていて、左腕からは流血している。

(これは……なんていうかこう、感動する)

 リョウは「ほけっ」としながら考えていた。危機感はまったくない。

 現にいま、こんなに近づいているのに、熊はリョウを気にもとめない。

「ごめんね。キミに恨みはないんだけど。この人たちがやられちゃうのは、ぼく的になんか違うっていうか」

 そんな台詞を述べつつ、リョウは手に持った焚き木の炎で熊を炙っていた。

「なあっ!?」

 誰のものやら、驚愕の悲鳴。

 次の瞬間には、熊が火だるまになっていた。

 分厚い毛皮は思った以上によく燃えた。熊は一瞬、呆けて立ち尽くしていたが、すぐに地面をのたうち回った。土や砂をこすりつけて火を消そうというのだろう。

 やがて、その目論見は上手くいった。いや、確かに火は消えたが、全身の毛をことごとく燃やし尽くされた巨獣は、一回り以上も小さくなっていて、さっきまでの威厳は無くなっていた。

 だが、目は未だに赤黒く、不気味な光を放っている。

「今なら!」

 驚愕からやっと立ち直った傭兵が、再び剣を構えて突進する。

 熊も身を起こして迎え撃つが、動きは精彩を欠いた。見る見るうちに身体を切り刻まれていく。

 だが、どれも浅い。そのうち傭兵も目に見えて息が上がってきた。

 リョウは少し焦れて、狩人が手落としたナタを持ち、四足をついた熊のすぐ隣で振りかぶった。

(魔物って言ってたけど、脳髄壊したら死ぬでしょ)

 そして全力で振り下ろした。

 狙い(たが)わず、巨獣の後頭部が割れる。

 一撃だった。

 脳漿(のうしょう)を撒き散らし、断末魔すらなく、大熊は絶命した。

「な、何が起っている?」

「……」

 狩人が呆然とうめき、傭兵はしばらく難しい顔で、死骸を睨みつけていた。

「こっちが知りたいよ……」

 リョウはぼそりと呟いた。もちろん、答える者はなかった。

 

 

 

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