雪銀の吸血鬼   作:ぱる@鏡崎潤泉

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お待たせしました…代償は小指でいいですか?


教会禁忌書庫

千九百三十年 バティカン市国 教皇庁

 

「いやぁ、大変でしたよシスターレネアフ。禁忌書庫の入室許可をとるのは・・・お礼の程よろしくお願いしますよ」

 

「えぇ、このお礼は後ほど・・・後で使いを出しますので、そのとき楽しく過ごしましょう?」

 

 うふふ、と使いたくもない妖艶な猫なで声を出し、蝋燭を持って先を歩く老爺に媚びを売る。

 なぜ妖魔に劣る『人』に何故媚びを振って、体を売りつけなければならないのか。怒りにまかせて目の前の好色神父を、この爪で引き裂いてしまおうかとも思うが、目の前の助平は枢機卿の一人、このままここで殺せば、この『シスターレネアフ』という教会の最奥に触れることが、できるまでになった存在を捨てることになる。だが、それは避けたい。それこそ自分の頑張りを水泡に帰して、最初からのチャレンジに変えるからだ。

 

 ひとしきり階段を下りると、古い木製のドアが現れる。

 重々しい雰囲気のドアは、威圧感を感じさせたが、その扉の雰囲気を出すのに一役買っていた錠前がはずれてしまうと、不思議と威圧感は消えた。

 それでは後でと助平爺はそそくさ逃げ始める。まぁ、調べ物についてとやかく言われる可能性が消えたのでそこはよいとしよう。

 

 

 

 数時間の後に、どうにか目当ての禁書を見つける。

 タイトルは『吸血鬼スカーレットレポート』作成時期は千七百年頃。分厚い羊皮紙十数枚に綴られる事件の顛末とその後の報告、また、対処するべき時に参考にすると思わしき推考が書かれている。

 

「我が主もわざわざ敵方にある自分たちの情報を欲しがるなんて・・・しかし、何故強大なスカーレット家への対処法にもなる書物を禁書として封印したんだ?」

 

 その質問は独り言として、周りの禁書に吸い込まれ、外に漏れ出すことなく音は消滅する。

 以降、私はレポートを読むのに集中した。

 

 

 

 台に釘で羊皮紙を固定し、一心不乱に読む。

 

 この書によると、事の起こりは、やはり教会側で、教会があの辺りの信者数を増やそうと躍起になったからのようだ。一部では捕まえた妖精を悪魔の徒として殺し、自分たちでも妖魔を殺せると思いこませる狂気の沙汰までしていたらしい。

 人間はやはり薄汚い・・・七つの大罪だとか言っておきながら、それら全てから離れることができないなんてお笑い草だ。

 襲撃の最中のことは書いてある内容と主たちの話が同じなため読み飛ばす。

 

 生き残った三体の吸血鬼について。その一文が読み飛ばしで散漫しかけていた意識を再度集中させる。

 

 万物は神が与えた。勿論派閥によっては否定もするだろうが、ここで置いておく。

 神が与えし万物に火は含まれなかったが、感情という物は含まれていたのだろう。人や獣にも感情という物は存在する。何故か人ならざる物にも・・・これは悪魔が与えたのか、神が人に試練として与えたものかはわからない。

 スカーレットの家名を名乗る吸血鬼の生き残りは、この感情というエネルギーを燃やして動く人形にすぎない。

 憤怒と悲哀と狂喜と命名された我々の敵は、この襲撃を起点として、感情を活力に報復活動を行った。

 

 さて、感情という物は一様に推し量れるものではない。もしこの書を読んだ者が、前述の三鬼に会うのならば、どれかに命乞いをすれば助かるという甘い考えは捨ててかかることを強く勧める。

 憤怒は自己に対する攻撃でもあるが、大概それは責める相手がいないからであって、怨敵がいればそちらをとる。

 

 悲哀は完全に自己批判を繰り返している。自暴自棄の攻撃もあるだろうが、その後に自己批判が待っているのが目に見える。だが、ここで面倒なのが、悲哀自身の自己否定が既に精神をむしばんでいるのである。ここで否定すれば、追いつめられた精神は被害妄想に近い怯えで、瞬時の反撃を行い、肯定すればそんなはずないと、自己否定を保つために相手を攻撃するのである。

 

 狂喜は文字では伝わりにくいが、狂気的なまでに歓びを求める・・・歓び依存症とまで言えるかもしれない。ともかく、狂喜は二鬼の姉と違い、その内側に潜む物は自己批判ではなく、欲求不満である。ああしたい。こうしたいという欲望の押さえこまれた物が詰まっている。限界まで押さえ込まれた物は、一度押さえが無くなれば甚大な被害をもたらす。勿論その押さえをはずした人物こそ最初の犠牲者だ。内にある物が全て外にむいた狂喜こそ一番危険といえるかもしれない。

 

 

 主たちの考察に、多少の共感を持ちながら読み進めると、一カ所の『追記』と言う物に目が止まる。

 

 

 追記

 少し前に一番の危険は狂喜と書いたが、それは間違いだった。我々にとって真に危険なのは悲哀だった。

 観察していた信者が言うには、悲哀の顔半分と片足が、反対側の肌の色を否定するかのように青かったらしい。これは不味い、非常に不味い。我々の信仰を揺るがすものかもしれない。天に主は無く、地に亡者の国があるとでも言うのか。断じてそれは認められない。

 

 突然の内容に、とうとう作者の気でも狂ったかと思ったが、吸血鬼の考察をここまで残している時点で狂人だと思いだし、既に狂った人間がこれ以上狂うわけもないと、真剣に受け止める。

 追記を全て本当だと受け取れば、つまり主の一人、アルジェント様は教会にとって最も忌むべき存在だったと言うことになる。主は、アルジェント様を殺そうとしていないのはよくわかるが、これ以上はアルジェント様を殺す算段しか書かれていないだろう。無力化は教会にとって下策・・・と言うよりこの世からの抹消以外に教会は、方法を選ばないだろうから。

 もう少し手がかりを求めて書を読むが、書かれていたキーワードらしき文言は少ししかなかった。

 

『確認された神造兵器は二振り』『主の否定』『青い肌』

 

 レポートは、紅魔館の消失についての記述を最後に終わっていた。恐らく禁忌書庫入りしたのもこの頃だろう。対応策が必要なくなったのだから、こんなやばそうな物は目のつかないところに置いておくに限る。

 数百年続いているので、数人が引き継いでいることが分かるが、どれも死後の世界に旅立った後では情報は聞きだせない。

 

 

 羊皮紙を机から剥がし、元の場所に戻して、禁忌書庫の扉を堅く閉ざす。

 このことを早く手紙にしたため主の元に送らなければと、急ぎ足で地上にあがる。

 

 

 扉を開けると共にカチャと聞こえた音が、私に冷や汗を流させる。

 

「一体全体なんだと言うんです?このスイス傭兵の皆さんは」

 

 助平枢機卿とその横に、枢機卿の中でも一番の堅物と言われているもう一人の枢機卿ジョージが、幾人かの傭兵をつれて立っていた。

 

「なに、この主に背く助平を捕まえたところにちょうど君が出てきたところだよ」

 

 にこやかに告げるその言葉に、しくじったと痛感する。

 どう見ても傭兵の銃口は、助平ではなく私に向いている。どう考えても言い逃れできる状態にはさせてくれなさそうだ。

 時間も一時を回った程度で陽が高いうちは、コウモリなんかには変身できない。

 

「・・・そ、そうでしたかカーディナル・ジョージ。では私はこれで失礼いたします」

 

 一か八かにかけて、そそくさとその場を離れようとするが、ジョージ枢機卿は、にこやかな笑顔のまま、君も関係者なんだからどこか行かれちゃ困るなと、白々しくのたまう。

 本当の目的は私なのは見え見えだ。チラリとスイス傭兵の装備に目をやればSBと横に綺麗な銀色の装飾が見える。Sはシルバー、Bはバレット。つまりは銀の弾丸である。

 

 逃げれば死ぬのは分かってるが、連れて行かれた先で、夜を待つのは不可能だ。どう考えても、夜になる前に殺される。

 

「・・・どうしたのかな。シスターレネアフ?」

 

 笑顔の枢機卿を気取っているらしく、笑顔を崩さずに訊ねてくるが、はっきり言って、その目は笑っていない。

 

 ついて行くより、逃げる方が生存の確率は高い。

 そう覚悟を決めて、全力で逃走する。陽がある内はそれほど力が出せないと言っても、そこは吸血鬼の端くれである。そこそこのスピードで走って逃げる。

 

「主の真名によって命じる。悪魔よ、その場に止まれ」

 

 だが、悲しいかな。私の健脚が生かされることはなく、足が急に止まる。

 近づいてくるジョージ枢機卿を見ながら私は思いを固める。

 なに仕方ない。主の安寧を妨げる不出来な従僕は死ぬべきだ。

 

 

「・・・自害を選んだか。その死に様まで神に背く心意気はまさに反逆だ」

 

 龍を退治した古の聖人の名を洗礼名にした枢機卿は、罪深き存在に祈りを捧げることなくその場を去る。

 死者を裁いた後は生者を裁く番だ。

 


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