「ネーヴェお嬢様、おはようございます」
妖精メイドが掃除をやめて、こちらに挨拶をする。
私はおはようございますと返して、眠っていた間に起こっていたことを訊ねる。
「そうですね。最近当主様が入れ込んでらっしゃる魔女の住まう街に、疫病が流行り始めているらしいです」
「それは・・・気をつけねばなりませんね」
他のことは、館の土地が属する国家の近隣国家がきな臭いことや、不況がよりひどくなりそうなど、あまりよい知らせはなかった。
産業革命以降、神秘の力が揺らいでいるが、この館の存在が神秘を信じない者たちに知られてしまうのも時間の問題だろう。
「神秘の力も廃れて、最終的には私たちも消え去るとしたら、哀しいものですね」
ふと、脳裏に一つの可能性がよぎる。
掃除を終え、部屋を出ようとする妖精メイドに、私は声をかける。
「何でしょうネーヴェお嬢様」
「誰かを街に向かわせておいてください。なにかあれば即時の報告をしてください。あと、できるだけ町人の声を聞き逃さないようにお願いします」
特に、街の有力者の元には数人がかりでと付け加えて、妖精メイドを送り出す。
「不安定な情勢に、疫病・・・杞憂で済めばいいんですけど」
一抹の不安を頭の片隅に寄せて、気分を切り替える。
まずは、みんなに挨拶をしに行きましょうかね。
そう思ったとき、ちょうど扉をノックされた。
「この本がここで、この本はあっちね」
いくつかの棚を宝石の綺麗な羽を持った少女が行ったり来たりしている。
その手には数冊の本を抱え、記憶を頼りに元の本棚へ戻している最中のようだった。
「勉強は捗ってますか?」
私が声をかけると、宝石の羽の少女、フランが私の元に降り立つ。
「今は基礎から少し発展編に進んだところ!」
どんなのですかと訊ねるとフランは、にっこりと笑ってちょっと見ててねと息を深く吸い込んだ。
何だろう、確実にやばそうなことが起こりそうだと思ったが、止める時間はとうに過ぎていた。
フランは轟々と火の息を吐き出し、書物に火がつく前に、私がどうにか無力化する。
「ここは火気厳禁ですよフラン」
しまったという顔をした後、しょんぼりとうなだれたフランの頭を撫でる。
「でも、見事な魔術でしたよ。合格点です」
顔を上げたフランは、先程までのしょんぼり顔はどこへやら、輝く笑顔で本当かと聞き返す。
「本当ですよ。でも、次からは披露する内容と場所を考えてくださいね」
はーいと気の抜けた返事をしてフランは、私に抱きついた。