ノックをする前に扉が開く。
「貴方、懲りないわね」
「招かれざる客を招くほうが悪いのよ」
本が並ぶ廊下を通り抜け、いつもの場所へ向かう。
この家の怖いところは、床に落ちた本や、積み重なった本の山がよく移動しているところだ。
そのせいで数回、埋められた。
「ここ数日こなかったのは、諦めたからだと思っていたわ」
「できるだけ早く来たかったのだけれど、少し読みたい本ができちゃって出かけられなかっただけよ」
パチェは淡泊の返事の後に、自分の椅子に座って、読みかけの本を手に取った。
しばらくはページをめくる音だけが部屋に響く。
「パチェ、ちょっと小耳に挟んだのだけれど、貴方は錬金術に秀でた二つの家の魔法使いの子らしいじゃない」
静寂を破ったのは私。
「そうね、サラブレットってやつよ」
「それで、この間の本の著者・・・貴方の父親ね?」
ギラリと普段とはかけ離れた眼光が私を射抜く。
招かれざる客は、家に土足で踏み込んだのだ。この場で消し炭にされても文句は言えない。だが、焼かれないところからすると友情の力で踏みとどまったのか、または、どこまで知ったのかを知りたいらしい。
「錬金術をしながら、魔女狩りの扇動・・・まぁ、疑われにくい立場を捜せばそうなるでしょうね」
あの日、妹たちが渡してきた資料は、魔女狩りの被害者一覧とスカーレット家の庇護下にいた魔法使いの一族の名簿。
私が役所に潜入して見た戸籍などの帳簿と併せて考えて導き出した答えがこれだった。
「なら、本のことならわかったでしょう? その口を閉じなさい」
「いいえ、もう少し開いておくわ」
ギリリと歯が軋む音がパチェの口から聞こえる。
「・・・貴方の父は、母親を告訴した。そしてその研究成果を奪った」
「閉じろと私は言ったわよ?」
「これだけは言っておくわ・・・この暗い家にいれば死ぬのは貴方よ」
「ここまできて勧誘? よくその台詞が言えるじゃない。人の過去を掘り起こしてまで言うことが私とともに住もう? ふざけんじゃないわよ!」
パチェの目に慈悲の色はなく、敵対に染まる瞳がのぞく。
「この家には思い出もあるかもしれない。動きたくない理由も他にあるでしょう。でも、私は何であろうと貴方を連れ出す」
「理由はなに? まさか、呪いでもあるって言うの? そんなものとっくに私が」
それは違うわとパチェの台詞を遮る。
私の意志なんか伝わってないだろう。パチェにわかるのは私が何か知っていることだけ。
まだ、襲いかかってこないだけの冷静さがあるのなら、説得してみせる。
「率直に言って、もうすぐこの家に暴徒がやってくる。理由としては社会不安と疫病かしらね」
この家は町から離れたところにある。そこに隠遁している女性は全く表に出てこない。これだけでも怪しさはあるが、そこに魔女の研究場所だったという歴史のエッセンスが加われば、魔女の家と噂が立つのもうなずける。
「街の有力者の子供たちの相次ぐ疫病、なかなかに科学が発達した世の中だけれどまだ、神秘を信じてしまう存在もいる」
あんなに科学的な大戦争から二十年も経ってるのに、未だに呪いなんかがあると思っているお花畑は、嬉しくもあるが、こういうときは恨めしい。
「私が、そんなことすると思うの? 第一、そういうのを信じてるのはごく一部」
「だから、魔女狩りなんでしょ。昔も今も同じ。社会不安からの吊し上げ。だからさっさと逃げるの、残り時間は少ないわ」
私はパチェの手を引っ張って外へ連れ出そうとするが、その手は払われる。
「私は残るわ。ちょうどいいじゃないの。そんな最後は魔女としてはある意味栄光でしょ」
「馬鹿! いいから、来なさい。あんたが死ぬと私は、妹との約束が守れないのよ!」
自分勝手な理論。いや、理論ですらない我が儘。
私はもう一度手を引く。
今度は払われなかった。
「ホントに貴方は自分勝手ね・・・相手のことを考えてちょうだいよ」
残り時間は、ほんの数時間。
その間に必要なものを運び出す。
・・・フランへのプレゼントとしてこの本役立つかしら?
「勝手に人の領域へ踏み込んで、荒らし回って最後には連れ出して・・・悪魔ってもっとスマートなものでしょう」
呆れた声で、荷物をまとめるパチェに私は言う。
「私は吸血鬼ですもの。吸血鬼は気に入った相手は多少強引にでもつれてくの」
「・・・貴方の妹とは苦労を分かち合える、いいお友達になれそうね」
ため息をついた魔女は、紅い館の住人となった。