棺桶の蓋を開け、起きあがる。
なんだかおかしな空気だと思う。多種多様な種族を内包する紅魔館だと言うことを考えれば、周りがと言うより、自分の感覚が鋭くなっているのかもしれない。
ツンと鋭くなった嗅覚に汗の香りがして着替えなければと、手を動かす。
「はろー、でよろしいのかしら?」
突然の天井からの声に、驚いて見上げる。
「あら、お着替え中だったの? それはごめんなさい」
「のぞきの言い訳はそれで十分ですか?」
パジャマの前のボタンをはずしただけで良かったと思いながら、天井を透けて越えてきたのぞき魔を睨みつけた。
のぞき魔はあらあらといいながら扇子を取り出し、口元を隠してこう言った。
「眼福にはほど遠いわ。精進しなさい。牛乳なんてどう?」
「宣戦布告ですか!? 覚悟してくださいね。この不審者!」
戦いの火蓋は、侮辱から始まったのである。
日本の着物を纏ったゴーストに向かって、いくらか魔力弾を投げつけると、サッとよけてしまう。
「あらあら、お胸の高さと同じで沸点も低いのね」
「えぇい、あながち嘘じゃないのが悲しいっ!」
幽霊が扇子をひらひらと振るう度に蝶の形をした妖力弾が、部屋を飛び回る。
「触れたら即死よ。がんばってね」
「貴女みたいに厄介です!」
躱しながら魔力弾を放つが、一向に事態は好転しない。むしろ避けるときにすら扇子が振られて、蝶の数が増える。
これなら当たっても死なないフランシス・ヴァーニー・・・・・・いや、壁を貫通する幽霊に剣術が効くとは思えない。
いっそ、蜘蛛の如く絡み取れれば・・・・・・ん? 蜘蛛?
「触っても貴女なら死なないんじゃない?」
「分の悪い賭けはご遠慮します! 術式生成!」
さっきまでとは違う魔力弾をフェイクで投射しつつ、術式だけを設置していく。
私が一生懸命に術式を設置している間に、蝶はそろそろ避けにくくなるくらい部屋を飛び回る。
「術式稼働! 我が謀略にはっまれー!!」
設置した術式はエーテルや妖力、霊力を魔力に変換する物。蜘蛛の巣のように張り巡らせた術式に蝶はからめ取られるように動けなくなり、そのまま消滅する。
「形勢逆転ですね。私を馬鹿にした代償を払ってもらいましょうか」
部屋中魔力だらけで幽霊の使う妖力には再度変換しなければならない。だが、変換する分、魔力を使う私の方が早く攻撃できる。まさにチェックメイト。日本風に言うなら詰みと言ったところか。
私が、幽霊を縛り付けるにはどうしたらいいものかと頭をひねらせていると、部屋の扉が開けられ、見知った家族と知らない金髪の女性が飛び込んできた。
「「何ともなかった!?」」
二人同時に上げられた声に、私はどうしたものかと頬を掻いた。