当主の部屋への扉がドンと大きな音を立て、扉にぶつかる衝撃に扉が軋む。
傷を負って意識のないお母様に寄り添う、私とお姉様は心配そうに顔を見合わせる。
「皆、武器を取れ、戦うぞ」
お父様が励ましながら、武器を生成する。
これから向かい合う敵へ向けられたお父様の厳しい横顔が、不思議と頼もしいように感じる。
私には、この絶望的な状況を生き残るヴィジョンは見えず、己の死を覚悟する。しかし、不思議と諦観はなく、最後に一矢を報いると言う気概に溢れる。
ふと、真横でスルリと衣擦れの音がして、私はそちらを向く。
「お母様?起きては体に障ります・・・」
視線を横に移行すれば、起きあがろうとするお母様が目に映り、つい窘める。だが、お母様は、寝ていてもどうせすぐに殺されるでしょう?一矢を報いてやらなければ・・・それが淑女と言うものよ。と聞く耳を持たない。
確かにここで休むか、戦うか、どちらに転ぼうとも死は免れないが・・・一矢報いて倒れるお母様を見たくはない。
そもそも、それは本当に淑女だろうか?
「さあ、レミリア、アルジェント・ネーヴェ、フラン、武器を手に取りなさい。ここが私たちスカーレット家淑女の強さを示す時よ」
空間に出現する魔導書は開かれ、術式の展開準備に入る。よく考えれば
お母様の戦う姿は初めて見た気がする。そう思っていると、横からお父様が耳打ちする。
「・・・アルジェ、お前のお母様は、こと魔術においては、この館随一の腕だ。と言うより、ここの魔術防壁等は全て、妻が一手に引き受けてるのだ」
それ今言うことですかと驚き混じりに返すと、知らないのはお前とフランくらいじゃないのかと言われる。(後に確認した結果、本当に私とフランだけだったようだ。)
朱槍を携えるお姉様と、魔力で適当に作られた棒を二振り持ったフランとともに、お母様を守護する構えで備える。
しばらくじっと待っていると、誰かが防壁が破られるぞと声高に叫んだ。そして、声の数瞬の後、バチンと何かが破裂したかのような音が響いて人間が侵入してくる。
「我は紅魔の今代当主、ドラクル・スカーレット! 此度の襲撃、見事である! ここまで我が一族を追いつめし栄光、とくと黄泉の世界にて誇るがいいッ!」
執務室として広すぎると思っていた部屋も、こうなった今では手狭に感じる。
なだれ込む人間は扉の広さ的に逐次投入となるが、積み重なる死体は、確実に私たちの行動圏内を狭める。
銀の弾丸と銀の刃の元に幾人もの妖魔が倒れる。
「「術式展開、広域支援、ヘイルムダムの笛発動」」
士気と肉体の耐久度を上げる術式を展開しても、銀の前には効果が薄い。
「魔女部隊!リビングデッドを!」
お父様が出す指示に死者蘇生を行う魔女たち。人間の数を有効に使う作戦ではあるが、使い道は盾が一番しっくりくる。
「我が姉妹の牙は抉るぞ!」
狭い場所では不向きなはずの朱槍が味方を傷つけることなく、的確に人間の心臓のみを穿っていく。そして、その横では、フランが次々と武器を奪っては切りつけ、壊れれば捨てることを繰り返して、屍の数を増やしている。
「術式設置!自動防御、フレイの剣!」
遠距離からの銀の弾丸を防ぐ術式を設置し、二人を近接戦に集中できるように配慮する。辺りのエーテルを自動で奪ってしまうのが難点だが、己の中に魔力が貯蔵できる量が私より少ない人間には有効な術式となっているのが幸いだった。
「我々の力を見せつけろ!妖魔の力がどれだけ恐ろしいか思い知らせてやれ!」
哮る声が響き、呼応するように人狼が野生の咆哮をあげる。
絶対的攻勢を崩してはならない、崩せば、そこが綻びとなって壊滅へと追いやる。そう誰しもが表層、深層的な意識を問わずに理解していた。誰かが足を止めればそこで終わる脆い何か。しかし、その何かしか我々には残されていなかった。
ふと、気付くとフランもお姉様も少し遠い場所に移動している。何故今そのことに気付いたのかと、いやな予感を感じて、止めてはいけなかった足を、一瞬止める。
不味いと即座に悟るが、別のことに気を引かれることが、戦場でどれだけ致命的か私は理解させられた。
「死ねッ!」
短くも力強い殺意の一撃が、お母様を貫く。
振り返った私の目に、死の光景が強く焼き付けられる。届かなかった不甲斐ない自分の腕が映り込んだ、その光景を・・・
崩壊は始まった。
館で随一の術者の死。これがどれだけ戦意に影響するかなんて、言うまでもない。
カランと武器を取り落とす者が数人、人間に押しつぶされて消える。
戦意の喪失は即ち、死しかない。
そして私も、戦意を失いかける寸前だった。
お母様を屠った人間が、こちらに向かおうとするが、その人間は朱槍の一投によって壁に縫いつけられる。
「しっかりなさい!その呆然を止めて、膝を曲げる前に前を向いて屠りなさい!」
私に一振りの剣を押しつけて、お姉様は一番近い人間を刺し穿った。
そして、その刺した人間から槍を引き抜くと、フランと共に私の前に立ち、名乗りを上げる。
「スカーレット家第一息女レミリアが槍は、変幻自在の朱槍!けして逸れず、曲がらず、折れぬ、思念の槍である!」
「同じくスカーレット家第三息女フランドールが一撃は、千変万化の一撃なるぞ!我が母の仇、数多の攻撃による死を持って償うがいい!」
堂々としたその名乗りに、最も近くで覇者の圧を纏う二人の名乗りを聞いた者を中心として、最大の支援者を失ったことで崩れかけていた士気は持ち直した。
血を分けた二人の勇者に追いつくように、私は立ち上がる。
「・・・同じく、スカーレット家第二息女アルジェント・ネーヴェ・スカーレットが魔術は、冥界神の権能であるッ!生を司るエーテルは我が手中に在り!死を待つ其の身は我が配下である!」
自分でも、追いつけたかなんてわからない。それでも、不敵に笑う私の姉妹には十分だったのだろう。
「「「いざ!いざ!その命、貰い受ける!」」」