【1999年 8月10日 カリフォルニア州】
明星作戦から5日が過ぎた。
ナフトたちアーリードッグ中隊はあの後、2日ほど敗走するBETA集団を追撃していたが損耗していたこともあり別の中隊と交代で昨日基地に戻ってきていた。
ナフトは格納庫でその戦場を駆け抜けた自分のF-15Eを見上げる。
整備兵が言うにはいたるところでガタがきているらしく今回の修理で集中的にオーバーホールするらしい。
見上げていた視線をポケットから取り出した物へと落とす。
それはシルヴィのドッグタグだった。
彼女は作戦前には必ずこれを整備兵に預け「もし私が戻らなかったら彼に渡して」と言っていたらしい。
遺留品の整理は別の者がしている。本当は全て自分が受け取りたかったが流石に全てとなると女々しいような気がしていた。
(でも……これだけは許してくれよ)
ナフトはそのドッグタグをポケットに押し込むと格納庫から出た。
◇◇◇
その日の夜エヴァリスに呼ばれた。
入って早々に渡されたのは一つの封筒。誰が書いたものかは問う必要がない。
「シルヴィ・エルヴィア」と言う名前が真ん中に書いてあるからだ。
これは間違いなく彼女の遺書だろう。
「申し訳ないが先に封を開けて読んだ。それは、君が持っておくべきものだと思ってな」
「……ありがとうございます」
ナフトはそれを受け取ると読んことなく真剣な表情でエヴァリスに言う。
「大尉。私は国連軍に移ります」
その言葉にエヴァリスは驚いたように目を見開いたがすぐに「そうか」とため息と合わせて言った。
彼には自分の考えに察しがつけられているのだろう。しかし、それでもきちんと言っておかなければならない。
「私は、もう米国のやり方についていけません」
今までの米国のやり方に違和感を感じていた。言い換えればまだその程度でしかなかった。
だが、明星作戦での無通告のG弾の投下。その光景を見てナフトは愕然とした。失望した。
結局は他国を切り捨ててでも自国の優位性を保ちたいだけなのだとようやく気がついた。
BETAと戦うために死ぬのはいい。しかし、そんな国の道具に成り下がって死ぬのだけはごめんだ。
それに加え、明星作戦でG弾の有用性は証明された。理由は定かではないが光線級がいても問題なくハイヴを消失させたのだ。
であればおそらく米国はそれを全世界のハイヴへと落とそうと言い出しかねない。
あんな兵器が周りにどんな影響を与えるかもわからないと言うのにだ。
もしかしたらそのせいで人類はまともに地球で過ごせなくなるかもしれないと言うのに目先の利益にすがりついている姿は醜く見えしまった。
「……わかった。どうにかしてみよう」
「どうにか、出来るものなんですね」
呆れを含ませながらナフトは言った。
(国連はやはり米国の傀儡か……)
それでもいい。名前だけでも違ってくれれば、米国のためではなく世界のために戦っているのだ。と自分に言い聞かせられる。
ナフトからは言うことはもうない。部屋から出ようと敬礼をして扉の方を向いた時にエヴァリスから質問が投げられた。
「貴官はBETAを恨んでいるか?」
「……私がするべきは復讐ではありません。生きることです」
ナフトはエヴァリスの部屋から出た。
頭に甦るのは彼女が最後に言った言葉。
––––生きて
ならば生きていなければならない。復讐に囚われたものがどうなるか。それは決まって同じだ。
そんなことはしない。ただ生き続ける。
しかし戦場に立ち続けることだけは許してほしい。
まだ自分は戦う理由を見出せていない。それを見つけなければそもそも死ねない。
ナフトはポケットからドッグタグを取り出すとそれを握りしめ、歩き出した。
◇◇◇
エヴァリスはここ5日間を思い出す。
確かに彼はいつも通りだった。
変わったのは整備兵からあのドッグタグを渡された時だけだ。その時にに浮かべた悲しげな表情が少し印象に残っていた。
(死者の
それは大概が復讐心へと至る。
だが恐らくナフトはそんなことにはならない。そんな気がする。
しかしそれは本当にいいことなのだろうか。
復讐。
それは託されたものを外へと吐き出す行為ではないのだろうか。残された者が自分を責めるための行為ではないのだろうか。
復讐しない。
それはただ背負いこむだけの行為ではないのだろうか。
外に吐き出すことなく背負いこみ続ける行為ではないのだろうか。果たして彼はそれを背負い続けられるのか。
(いや……考えるのはやめよう)
エヴァリスは息を深く吐き、椅子に体重をかけ、窓から見える夜空を眺めながらポツリと呟く。
「ソードマン……か」
その声はどこか哀れむようなものを感じられた。
◇◇◇
『 恐らくこの手紙をあなたが読んでいる頃、私はもうこの世にはいないのでしょう。
どうかこの手紙があなたに届いて、読んでいることを祈りながら私は筆をとります。
私は確信します。私は世界で一番の幸せ者です。
だって、私は憧れていた人に出会えて、同じ部隊で同じ時を過ごせて、しかもその人の彼女になれたのですから!
これほどの贅沢を私1人が受けて良いのでしょうか?なんて思っちゃうぐらいです。
今まで生きてて良いことなんてなかった。
母に何度も死にそうな目に合わさるし、保護施設でも暴力はないだけでとてもではないけど楽しい生活なんて出来なかった。
でもあなたに出会えてそんな人生は変わりました。
あなたと過ごせてとても楽しかった。悔しい思いも確かにしました。
でも、それ以上に私はあなたと同じ時を生きて、同じものを見れて、あなたに抱かれて幸せだったんです。
あなたは私の過去を聞いても私を認めてくれた。いつもと変わらない声で私に接してくれた。
本当に、嬉しかった。
どれほどあなたと同じ時を過ごせたのかこれを書いている私にはわかりません。でも、確信していることがあるので書きます。
素敵な思い出をありがとうございます。
私はこの世界のどんな人よりも本当に幸せでした。
P.S
あと、『バトルダンサー』ってダサすぎです。ネーミングセンスなさ過ぎです。
【ソードマン】の方がかっこいいのでこれからはソードマンと名乗ってください!』
「……どっちもそう変わらないだろ」
ナフトは彼女が残した最後のものを読むと呆れたような笑みを浮かべる。
その頬には涙がゆっくりと伝っていた。
作戦前にしていた賭けは当然ながらナフトの負けだった。
当たり前だ。11対1だ。勝てるわけがない。
あの時の賭けの報酬は「勝った者の言うことをなんでも聞く」。
そこに何個までと言った数については何も言ってない。
(ここに来て一本取られたな……)
ナフトは読んでいた遺書を机に置くと優しい笑みを浮かべて窓から見える夜空を見上げた。