ユーコンへ
【2000年 2月4日 アラスカ州】
輸送機から降りてすぐに寒さで震えた。
吐かれた息は白く、それは上へと上がって消えていく。同時にかけているメガネが曇った。
メガネを外して手袋で拭いて再びかける。
「寒い、とは聞いていたが。ここまでとはな……」
予想以上の寒さにナフトはもう一度震えると飛行機に繋がれたタラップを降り始める。
その下には二十代後半あたりの白人男性が敬礼をしてナフトを出迎えていた。
「お待ちしておりました。ナフト・アーリスト大尉。私はウルジア・ヴェリア曹長です」
ナフトも敬礼し、すぐに降ろした。それを見てウルジアも手を降ろす。
「ああ、ありがとう。すまないが暖かい場所に案内して貰えるか?ここの寒さはきつい」
「はっ、すぐにご案内します。こちらへ」
彼が勧める場所には一台のジープが停まっていた。
ナフトは勧められるがままそれに乗り込むとウルジアが基地の方へと向かってジープを走らせる。
ナフトは寒さで首を縮こませながらもこうなった経緯を思い出す。
◇◇◇
【2000年 1月20日 シンガポール】
国連軍ユーコン基地では各国の戦術機開発が行われている。
名目としては国連軍による開発場所の提供と試験運用が目的である。
だが、本質的には各国が自国の戦術機開発の技術力を見せつける場だとナフトは思っていた。
しかし思惑はどうであれ試験部隊が数多く配属され、そこにいる衛士たちの練度は群を抜く。
最新の戦術機が集まる場でありながら最優の衛士たちが集まる場でもある。
そのユーコン基地への異動届けがナフトの前に差し出されていた。
「……少佐殿。私に、後方へ下がれと仰るのですか?」
言葉は丁寧に、しかしそこには明確に憤りが感じられる。
ナフトが国連軍に入ってすぐに配属された部隊。その隊長である少佐の男性はゆっくりと頷く。
ナフトは歯を食いしばり、拳を握りしめた。
その辞令書には確かにいいことばかりが書いてある。それらに加えてテストパイロットという身分。
それになると言うことは名誉なことだ。少なくともなろうと思ってすぐになれるようなものではない。
それ故に己の実力が他者に認められたその証明でもある。
だが、ナフトは違うと叫ぶ。
どれほどの名誉、栄誉であれ自分の力はBETAに向けるためにある。
それにまだ自分は何も見つけられていない。それを見つけるまでは前線から下がるつもりはなかった。
「……申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
例えそれを愚かと罵られようともテストパイロットなどになる気にはなれなかった。
「貴官は何か勘違いをしているな……これは願いなのではない。命令だ。上から直々に言い渡された……な」
眉をひそめるナフトに男性はゆっくりと息を吐き肩を落とす。
「そう嫌そうな顔をするな。貴官は強い……しかし、強いだけでは大切な物を失うぞ」
そう言われ、浮かぶのは明星作戦の光景。
要撃級に吹き飛ばれたF-15Eとその胸部に突き刺さった長刀。
放たれた2発のG弾、残された荒野。
「もっと広い世界を見てこい。何か見つけられるやもしれんぞ。ソードマン」
結局彼はその命令に従い、ユーコン基地へと向かうことになった。
その条件の一つとして挙げられていた昇進を受け、ナフトは大尉となったが彼にとってはどうでもいいことだった。
◇◇◇
【2000年 2月4日 アラスカ州】
「どうかされましたか?大尉」
物思いにふけっているうちに目的地に到着していたらしい。ウルジアが不思議そうにナフトを見えた。
「いや、なんでもない。にしても––––」
ナフトはウルジアの後を歩きながらその建物を見上げる。
「いきなり、格納庫とはな」
「申し訳ありません。すぐに案内しろとのことでしたので。しかしご安心をここよりは暖かいですよ」
「私は––––」
「大尉殿はこうおっしゃりました『暖かい場所に連れていってくれ』と……」
してやったと言わんばかりにニヤリと笑うウルジアにナフトは肩をすくめて小さく笑った。
「これは、してやられたな……」
「このような者は嫌いですかな?」
ナフトに聴きながらウルジアは操作して格納庫への扉を開く。
「いや、むしろやりやすい」
「それは良かった。私もノリがいい方で良かったです。さ、こちらへ」
ウルジアに言われるままに先に進む。
入った格納庫には戦術機は何も入っていなかった。
ただぽっかりと空いたハンガーが3つ並び、コンテナがいくつか積まれているだけだ。
そのことを聞こうとしたナフトにウルジアが答える。
「ここはただの偽装用です。もうしばらくすればフェイクの戦術機を搬入しますがまだ書類上は動いていない計画ですので……」
「なるほど、曰くしかない部隊な訳だ」
「部隊、と呼べるのか少々疑問に思いますが……衛士はあなただけですし」
言いながら格納庫の奥に来ると隠されるかのようにあるパネルを開いた。
パスワードを入力、ポケットから取り出したカードを読み込ませると壁が開いた。どうやらエレベータらしい。
「これだとまるでニンジャヤシキだな」
「申し訳ありません。私で開けられる場所はここぐらいしかなくて……大尉はもう少し自由ですのでお気になさらず」
どこか申し訳なく言いながらウルジアはその中へ入る。
(嫌いでは、ないんだがな……こういうものは)
ナフトもその後を追いエレベータへと入った。
2人が入るとエレベータの入り口がふさがれ、偽装用格納庫には静寂が訪れた。
◇◇◇
エレベータが着いた場所も戦術機用のハンガーだった。だが、こちらは地上とは違い一機の戦術機がある。
「これは……」
「YF-23ブラックウィドウⅡです。ロックウィードのYF-22との正式採用勝負に負けた“世界最強の戦術機”です」
通常の戦術機と比べて一回りほど大きい戦術機が彼らの前のハンガーに固定されていた。
「世界最強とは……大きくでたな」
「事実ですよ。こいつとYF-22とのスコアは14対18、ドロー5、無効3でこいつが勝ってます。G弾、とかいうやつのせいでこいつは落とされたんですよ」
「なるほど。戦術機はG弾でBETAを吹き飛ばした後の掃除役。無駄な性能は必要なし、と……」
「ええ、その通りです。そういえば大尉はオペレーション・ルシファーに参加していたんでしたね」
ナフトは「ああ」と答えて再びYF-23を見上げる。
開発はアメリカのようだが明らかに日本製戦術機のようなシルエットも合わせ持っているように見えた。
「大尉にはこいつをベースとした新しい戦術機のテストパイロットをしていただきます。詳しい資料はすでに部屋の方に用意していますのでそちらを確認してください」
「新型を?待て。アメリカはそのYF-22を量産するはずだ。何故わざわざ新しく作る」
当然の疑問だ。
もう正式採用は決まっている機体があると言うのに新しく戦術機を作る意味はない。他国から依頼された、と言うのも考えにくい。
超がつくほどの自国主義であるあの国が技術流出があり得るそんなことを許すわけがない。
「まぁ、結構複雑なんですよ。書類上は技術検証試験機という扱いで開発は日米国連共同、っていうことになってますが所属は米国、開発費は国連持ちで日本も当然ながら技術提携と……割とごちゃごちゃしてますから」
確かに聞く限りではいつもの面倒な政争が起こっていそうだ。
政争は政治家たちだけでしていろと思ったが口に出すことはない。ただの衛士が言ったところで変わりはしない問題だ。
ナフトはYF-23を見つめて一つ呟く。
「……テストパイロット、か」
考えることは戦術機に関することだけではないらしくテストパイロットもそれはそれで大変なのだな、とどこか他人事のようにナフトは思っていた。