【2000年 2月5日 アラスカ州】
YF-23ブラックウィドウⅡのハンガーにナフトが入ってきた。
昨日とは違い作業員が複数いて各々が作業を行なっている。
彼はしばらくあたりを見渡し、目的の人物を見つけると詰め寄りると手に持っていたそれを見せつけながら言う。
「こいつの開発者はなにを考えている!」
「……わ、私に聞かれましても……私たちはただ指示されている通りに動いているだけですよ!」
周りの視線を集める中、詰め寄られたウルジアはたじろぎながらそう答えた。
その状況になりナフトはようやく怒りを鎮めて息を吐くと、目元を抑える。
「す、すまない……取り乱した」
「い、いえ……私も同じようなことを思いましたから」
「全く……これを書いたものは酔っていたわけではないのだな?」
疑いの目で昨日穴が空くほど見続けた新型機の資料をめくる。
そこに並ぶ数字や文字はやはりふざけているとしか思えない。
「そ、そりゃ……流石にないとは思いますけど」
ウルジアの言葉にそれはそうだと思いながらもやはり信じられずに口に出した。
「こんな高性能な戦術機など見たことがない」
開発しようとしているその戦術機はまさに世界最強を余裕で唄えるほどの高い性能でまとまっていた。
YF-23の多任務万能戦術機としての特徴はそのままに各部関節の強度上昇、それに伴い各部大型化。
それのせいで落ちる機動力を補うように高められた跳躍ユニットの出力やエネルギーの効率化。各部に増設されているスラスター、空力特性を生かした設計。
さらに各部エッジ、指先には特殊カーボン製ブレード。脛の装甲ブロックにある大型マチェットに前腕部には短刀と仕込み短刀。
肩装甲ブロックに移設された兵装担架は片方2つずつの計4つ。
大まかな特徴をまとめただけでも常識を疑う。
それぞれならわかる。だが、その全てを混ぜようなどと普通は考えつかない。
理由は明白、一機作るのにいくらかかるかわかったものではないからだ。
確実に従来の3倍から5倍というところだろう。少なくとも正気の沙汰ではない。
それに加えて維持費や整備費も決して安くはないだろう。
「色々突っ込みどころはあるが、なんだこのブレードの数は。しかも速度は従来の戦術機よりも圧倒的に速いときた……これじゃあ空飛ぶ剣だぞ」
「空飛ぶ剣とは……いい例えですね」
「こんなことで褒められてもな……」
ナフトはめくっていた資料を閉じて目の前のYF-23を見上げる。
このままでも充分に完成されているというのに技術はさらに先をいけるらしい。
(まぁ、こいつもこいつで相当高いみたいだがな)
「まぁ、いいんじゃないですかね?量産する気は無いようですし……」
「当然だ。こんなものを量産したところで金もかかるし満足に使える者など30人もいないだろうからな」
だが、と区切りナフトはウルジアの方へと視線を移す。
「私があれほどまでここに行けと言われた理由がわかったよ」
複雑な政争が絡むこの機体。所属は米国だが運用は国連。
望むのは国連軍所属の米国人。さらに言うなら親日家であることも条件に加えたいところだろう。しかし、米国人でまともに戦術機で格闘戦ができる者かつ親日家といえば相当に限られてしまう。
まさにナフトのような者が適任だったというわけだ。
「ご理解が早くて助かりますよ」
申し訳なさそうに言うウルジアにナフトもどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて言う。
「すまない。邪魔をしたな」
「いえ、大尉のようになってしまうのは自然なことですよ」
ナフトがそれでは、と格納庫から出ようとしたところでウルジアが思い出しように声をかけた。
「あ、大尉。シュミレータに向かうんですよね?」
「ん?ああ。そのつもりだが……YF-23の特性を掴んでおきたいからな」
「でしたらそこで今回の件の副担当者がいますよ。あの方に聞けばもう少し詳しいことがわかるかも知れません」
「そうか……ありがとう」
ナフトは礼を言うと今度こそ格納庫から出た。
次に向かう先は予定通りシュミレータ。そこに副とはいえ責任者がいるとなれば自然と背筋が伸びる。
(さて、どんな者が現れるのか……)
ナフトは戦々恐々としながら強化装備に着替えるためにロッカーへと向かう。
◇◇◇
「あ、どうも〜。私、国連所属の
強化装備に着替えシュミレータルームに入ってきたナフトを出迎えたのはやたらと間延びした言葉遣いをする男性だった。
「ま、本当は日本の遠田技術ってところにいたんですがね〜。武御雷が完成して暇になったところを引っこ抜かれちゃいまして〜」
「そうか……ん?タケミカヅチ?」
聞きなれない言葉に反射的に聞き返すナフトに冬夜は素直に答える。
「もうすぐ実戦配備される斯衛の新型ですよ〜。OSはまだですけど〜、近接格闘戦だけならどんな戦術機にも負けませんよ〜」
「それは機密ではないのか?」
「このぐらいならどうせすぐに皆さんも知ることになるので問題なしですよ〜」
「そ、そうか……」
ナフトはそのゆったりおっとりとした冬夜に少したじろぎながらもすでに起動していたシュミレータの中へと入る。
「準備はいいですね〜?」
「ああ、いつでも……そう言えば少し質問いいか?」
その問いにやはり間延びした声で返事を返す冬夜にナフトは真剣な面持ちで構わずに聞く。
「あの資料に書いていた性能は本当か?」
その問いに対し冬夜はニヤリと笑みを浮かべて答える。
「もちろんですよ〜。私が保証しますよ〜」
シュミレータのハッチが閉じる直前に冬夜も真剣な表情を浮かべると続けざまに言った。
「あれは、世界を変える戦術機。そのプロトタイプですからね」
ナフトの視界はわずかな明かりと網膜に投影されているウインドウのみになった。
「世界を変える戦術機……」
シュミレータが開始され、状況や条件が表示される。
その一つ一つを確認しながらナフトは思う。
(世界を救う戦術機、と言わないあたり何かある)
どちらにせよあれほどの性能があるのだ。救うことも破滅させることもあり得る機体であるのは確かだ。
シュミレータが開始されナフトの網膜に平原が広がった。
目の前には10体の要撃級。対するは
色々と考えるのは後にして今はシミュレータに集中するべきだ。
裏になにがあろうと自分が今やるべきことはあの戦術機を完成させることだ。
ナフトは操縦桿を握りしめて前を見据える。
◇◇◇
【2000年 2月25日 アラスカ州】
先程まで降っていた雪が止み、空に青空が広がり始める中、1機の戦術機がユーコン基地近くにある森林で立ち上がろうとしていた。
『よ〜し〜、んじゃ、起こして〜」
「了解」
ナフトは冬夜に支持されるままにYF-23を戦術機運送用の大型車から地面に立たせる。
しかし、立ち上がったそのYF-23の各所は少し形が変わっていた。
新型戦術機の外装は流用が多いがナイフシースや頭部モジュールの追加、装甲形状の変更が細かい部分であるため自ずと機動特性は変わる。
そのため先に実機で機動特性を掴んでおきたい、というナフトの要望に冬夜が従った結果の処置で各部形状が新型戦術機へとかなり寄せてある。
その外見はかなり日本製の戦術機へと近くなっていた。
大型の戦術機であるため四肢は少し太いが前腕部やスカートアーマーなどは不知火に、頭部や手先は武御雷に似ている。
ナイフシースのような部分もあるが形と重量を似せたただのハリボテであるため、初期装備としては何もない。
現在の姿は様々な戦術機のパーツを寄せ集めた状態であるためかYF-23PWブラックウィドウⅡパッチワークと呼ばれている。
(さて……かなり変わったこいつを私はどこまで扱えるか……)
このYF-23PWが組み上がったのは昨日のことだ。
それ以前にYF-23の実機演習をしたがそれからどれほど機体特性が変わっているか、シミュレータで少し触ってはいるがそれとどれぐらいの違いがあるのかも気になるところだった。
『聞こえますか?大尉』
ウルジスが声をかける。
それにナフトは機体の設定を確認すると頷き言う。
「ああ、問題なしだ」
『了解。試験開始します。
その通信ともにナフトの網膜に移されていた映像が森林から暗い洞窟、ハイヴの物へと変わった。
「ナフト・アーリスト大尉。これより YF-23PWの慣熟訓練を始める」
言うと跳躍ユニットに火を付け、少し浮くとそのまま前進を始めた。
(少し重いな……)
機体の方は問題がなくともF-15Eと比べれば一回りほど大きいのだ。
しかしこの程度の違和感はYF-23のシミュレータを初めて使った時にも感じたことで大きな問題ではない。
現実ではおそらく森を出たところなのだろう。上昇の指示が出された。
それに従いナフトは機体を高く上昇すると同時に気がついた。
「ッッ!」
(速いな)
急上昇をしたのは事実だが、思い機体であるのにも関わらず予想よりも挙動が早い。イメージよりも数コンマほどのズレがある。
予定高度よりも高く上がってしまったために少し高度を下げて前進、ゆっくりと速度を上げて行く。
指定ルートを進むがやはりシミュレータと実機とでは細かいズレがある。
(それに加えてやはり如実に現れたな……)
日本機の特徴はなんといっても稼働時間を向上させるために考案されたナイフシースや頭部、脚部や手腕までをも利用した機動制御だ。
YF-23の頃はまだ米国機らしく跳躍ユニットを用いた機動制御だったが、このYF-23PWは違う。
前腕部、膝装甲ブロックのナイフシースや頭部、脚部と手腕の形状をより日本機に似せることでその機動特性を大きく変えている。
ナフトもシミュレータでその感覚をつかもうとしてはいたがやはり完全にその感覚を得ることはできていない。
ナフトは冷や汗をかきながらも舌を巻く。
(すごいな……日本人はこんなものをああも簡単に使うと言うのか)
目の前に壁が迫るのを見て左へ大きく曲がる。その後すぐに再び現れる壁、今度は左へと曲がりながら降下。
次に現れた壁は右へと曲がりながらの上昇でかわした。
「ふぅ……」
一連の動作を終えてナフトは無意識に息を吐く。
確かにF-15Eでも機体の機動特性と重心を考えながら動いてはいたが日本機とはそもそもの特性が違うため、先ほどの動作だけでもかなり苦労を強いられる。
しかし彼は知らない。
もともと74式長刀を自在に扱っていたため日本機の特徴も体がなんとなく感じていることを。
事実、アメリカ人である者が始めて日本製の機動特性を持つ機体に乗りここまでまともに扱える者はいない。
直進が続く中、マップに予定進路を表示させて見るとそこにはいくつもの曲がり道がある。
視線を前へと向けてナフトは操縦桿を握りしめた。
これから始まる本格的な慣熟訓練に気を引き締めるように唾を飲み込み、速度を上げて仮想のハイヴを進む。
それから実機を使っての訓練が始まったが、開始から10日経つ頃には自在に空を舞う YF-23PWの姿があった。