【1998年 7月11日 滋賀県】
『––––先日決定された三軍共同防衛線の構築に伴い避難命令地域が新たに指定されています。避難地域は大阪府、滋賀県、奈良県、和歌山県、三重県、愛知県……』
琵琶湖近くに在日米軍が急遽建設した仮設基地。
その食堂ではテレビの音声が流れていた。ほとんどの者が日本語がわからないため表示される字幕を熱心に見ている。
そんな中でナフトはテレビの音声を聞きながら黙々と朝食を食べていた。
ほとんどの者が真剣な目でそれを見てはいるが心の中ではなんと思っているのだろうか。少なくとも目は笑っていることだけはわかった。
明日は我が身かもしれないと言うのに、呑気なものだ。
(……いや、俺もゆっくり食べてる時点で同族だな)
思いながら騒ぎ始めた者たちへと視線を向ける。
「んで、上の連中はどうするんだろうなぁ……」
「もう終わりだろ?こんな国の戦力でどこまでやれる?BETAに斬りかかるような奴らだぞ?」
「はははっ!!確かに!こうだろ?やー!ってな」
先ほどまでの真剣な表情は嘘だったのか、今は剣を適当に振るうような動きをしては笑いあっている。
彼らもまた不安なのだろう、この国が戦うと言うことは日米安保理を結んでいる自分たちも戦うということだ。
自国のために戦って死ねる。それならば死ぬとしてもまだいい。
せめて自国の土の上で死にたい。それが彼らの願いだろう。しかし、そんなことは自分たちにはできない。
在日米軍基地に配属された者であるのならば仕方のないことだ。
そう思いたい。
自国以外はどうでもいいなどと思っているわけがない。
そんな希望的観測をナフトはアーリードッグ中隊へと配属されてから繰り返している。
「おい。そこら辺にしとけ……」
騒いでいた1人がナフトに気がつき騒いでいた者を止め、彼らに気付かせるように指を指す。
「はぁ?何言っ……っち。わかったよ」
「悪かったなぁ!ジャップマニアぁ!!」
起こる笑い声の山。
最初こそ戸惑いはしたがもう慣れてしまった。
結局のところ彼らは言葉で言うしかない。暴力沙汰は絶対に起きない。
理由は単純だ。
ナフトは中隊の、基地のエースだからだ。
近接戦闘を得意としているため死ぬ可能性は高いがそれと同時にBETAにいち早く接敵する。
ナフトは他の者たちが弾を放つ前に長刀を使ってBETAを切り刻む。
他の者がその個体にサイトを合わせ、弾を放つ頃にはすでにナフトはそのBETAを切り裂いているのだ。
それ故に弱冠18歳でありながらキル数は常にトップ。
そしてその長刀捌きからついたものが【ジャップマニア】だ。
狂ったように長刀を振るい、狂ったようにBETAを切り殺す様からついた侮蔑の名がそれだった。
しかし彼がトップなのは間違いない。キル数に間違いはあり得ないのだ。
そのため、下手に怪我をさせてみれば上官たちから何を言われるかわかったものではない。
「……ここ、いいかな?」
「中隊長……」
アーリードッグ中隊、中隊長エヴァリス・バードウィンがナフトの目の前にいつの間にか立っていた。
男性軍人らしいがっしりと鍛え上げられた肉体、無骨な顔には髭が生え始めている。
反射的に敬礼しようと立ち上がったがそれはエヴァリスの手で止められた。
「構わんよ。前、いいかな?」
「はい。大丈夫です」
エヴァリスが座るのを確認してからナフトも席に着く。
「ジャップマニア……か。言われてるが、いいのか?」
その言葉にナフトは眉をひそめた。
上官たちはおそらく彼ら自身もそう思っているからだろうがナフトへの罵倒の言葉に対し何も言わない。
そしてそれはエヴァリスも同じだった。
だと言うのに何故わざわざ聞いてきたのか。
違和感を感じたが素直に意見を口にすることにした。
「……構いません。言うだけでしたら問題はありません。実戦での連携に支障もないですし、気にするだけ無駄と少ししてわかりました」
「そうか……戦闘の時とは違い、冷静なんだな。貴官は」
「お言葉ですが、中隊長。近接戦闘時の方が冷静でなければなりません。でなければ、すぐに死にます」
「ふむ。それはそうだな……」
そう頷くとエヴァリスはパンをかじり、スープを飲む。
やはりよくわからない。なぜ彼が自分に声をかけたのか。戦闘の時以外は無視すれば良いというのに。
そんな心情を読み取ったのかエヴァリスは息を吐いてから口を開いた。
「いや、なに。少し前に格納庫に行ったときに貴官に伝えてくれと頼まれてな」
「伝言、ですか」
「ああ、『機体を大切にしてくれてありがとう』だそうだ。聞いたぞ。接近戦をしていると言うのに消耗部品の数がかなり少ないそうじゃないか」
言われたが特別なにもしていない。
無理な動きをしなければ良いだけだ。動きに流れを作り、それを崩さなければ良いだけだ。
それを繰り返していれば自ずと殺す順位が決まる。
あとはその順番通りに動いて殺せばいい。
そんなことを言うとエヴァリスは驚いたように、感心するように生えかけたあごひげをさする。
「……貴官は本当に人間か?」
「それ以外に、何に見えるのでしょう?それとも、私がBETAとでも?」
「い、いや、そう言うわけではない。貴官が我が中隊に配属されて一週間。互いにわからんことが多いからな。少し話すついでに探りを入れたのだが––––」
エヴァリスは深く息を吐きこれはダメだとでも言うように首を横に振る。
「あわよくば真似てやろうと思ったのだが、とても出来そうではないな」
「そう難しくはありませんよ。機体の空力機特性、重心の移動を意識すれば誰でも出来ます。私はそのサイクルの中に攻撃を加えているだけです」
アメリカ人であればまず思いつかない発想だった。
空力特性も多少は意識しているがそれを攻撃にまで生かそうとは考えていない。そもそも殆どの衛士が跳躍ユニットでの方向転換をしている。
それに重心の移動というがその操作はコンピュータが自動でするはずだ。それを操作するとは?
疑問が絶えないそれらを平然と言い切るナフトにエヴァリスは目と耳を疑った。
だが、彼の実績はそれが出来ていることを証明している。
でなければ彼はすでに死んでいたことだろう。
「貴官は、それを誰かから習ったのか?」
「いえ。ご存知のとおりアメリカでは長刀は命知らずのバカが使う物として有名ですからね。誰も知りませんでしたから独学です。強いていうのであれば日本の戦術機の動きから自分で考えました」
「……なぜそこで日本だったんだ?たしか東ドイツにもいただろ?長刀使い」
東ドイツで長刀使い、と言われて浮かぶのはある1人の女性衛士だろう。
彼女は相当に有名だ。なにせ
その者は第1世代機であるMig-21バラライカとは思えないような動きをする。その動きもまた参考にできたはずでは?
エヴァリスはそう聞いているのだ。
「確かにあの動きには眼を見張るものがありました。ですが、攻撃はやはり力任せの一撃ばかりで、動きが単調でした。77式はトップヘビーの長刀であるため威力は確かにありますが、どうしてもそうなります」
ナフトは頭の中で映像で見たその女性衛士の動きを思い出しながら「しかし」と言葉を区切り続ける。
「BETA戦は密集戦です。一撃の威力より、切り返しのしやすい物の方が良いと思っていました。それは74式の特徴であり、それを使っているのは日本だけでしたから自ずとそうなっただけです」
やはり彼が言うことはアメリカ人らしくない。ここまで柔軟に対応できる者などいるのだろうか?
先入観ばかりで判断しているものが多い中では確かに彼と言う存在は浮くだろう。
なにせ考え方がまったく違うのだ。他の者たちからしてみれば相当異質に映り、彼をジャップマニアと罵倒するのもわかる。
その考えに至ったと同時にある懸念がエヴァリスの中に芽生えた。
「……貴官は、本当にここに、米軍に来て良かったのか?」
「……わかりません。ですが、私は顔も知らない者のために死ぬのはごめんです。せめて家族を守って死にますよ。失礼します」
ナフトはいつのまにか朝食を食べ終えていた。
盆を持ち席を立つと一礼してからエヴァリスの前から去った。
彼にはその背中はとても小さく見えた。
「目的無き最強、か……」
ふと浮かんだ言葉を口ずさむ。
彼が言った「家族を守る」。それはとても薄っぺらく聞こえた。