ソードマンと呼ばれた者について   作:諸葛ナイト

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理由

【1998年 8月5日 滋賀県】

 

 珍しく在日米軍基地にあるバーのカウンター席にナフトの姿があった。

 いつ出撃があるかわからないためアルコールは飲めず、ジュースを飲むぐらいしかできないが自室で飲むよりは気分がまだマシなような気がしたのだ。

 

(やっぱり……ここに来ても何も変わらないか)

 

 しかし、やはり気分が晴れることはなかった。

 聞かれた質問が頭の中でぐるぐると回り続けている。

 自分に問うがやはり「これだ」と言える答えは返ってこない。

 

 これを飲んだら部屋に戻って眠ろう。そう思った時だった。

 

「ん?珍しいな。貴官がここにいるのは」

 

 声をかけて来たのはエヴァリスだった。

 反射的に敬礼をしそうになったが少し前の食堂の時のように手で制された。

 どこでも変わらないナフトの様子にエヴァリスは苦笑いを浮かべ、肩をすくめると隣に座る。

 

「どうかしたのか?」

 

 エヴァリスはおそらく整備班長から話を聞いているはずだ。

 中隊長として整備班長から衛士のメンタル面について話し合うようなところを見たことがある。

 ともかく、それでも聞いて来たと言うことは直接相談しなければそのことには触れない、と言う意思表示だろうか。

 

 黙っていたい気持ちが少しあったがナフトは素直に口にすることにした。

 とにかくこのモヤモヤを一度外に吐き出しておきたかった。

 

「……なぜ、自分が戦っているのか、軍に入っているのかがわからなくなりました」

 

「そうか……」

 

「はい。整備班長からは焦るな、とだけ……」

 

「まぁ、それが妥当だろうな。貴官はまだ若い。実力もある。少なくともあと10年は生きていけるだろう」

 

 不思議だった。

 今のは褒める言葉だったはずだ。称賛の言葉だったはずだ。

 

 ならばなぜ嬉しくないのだろう。

 こそばゆい気持ちは感じている。しかし嬉しいとはほとんど思っていない。

 

「私は、自分という存在がわからなくなりました。守りたいものも救いたいものもなく、ただ戦っているのが誰よりも劣っているように思って仕方がないのです……」

 

 エヴァリスの前にいつのまにか頼んでいたカクテルが差し出される。

 何があるのかわからないのにアルコールを取るのか、と少し小言を言いそうになったが自分は相談する側だ。今回は目を瞑ることにした。

 

 差し出された赤いカクテルを見下ろしながらエヴァリスはゆっくりと口を開く。

 

「私が任官して1年ぐらい経った時に大陸派遣する部隊に着任してな。そこで配属された部隊に君と同じようなものがいた」

 

「私と……ですか」

 

 1回しっかりと頷き、その光景を思い出すかのようにじっとカクテルを見つめながら話を続ける。

 

「彼は、強かった。君のように短刀や長刀を使うことはなかったが彼の機動は見てて惚れ惚れしたよ。あんな力強い動きがF-4に出来るのか、と舌を巻いた。とにかく強かった」

 

 エヴァリスが言うには彼も1回の出撃で200後半、多ければ400以上のBETAをたった1人で倒したという。

 確かにそれは今のナフトとほとんど同じだ。

 

「だがな。戦術機を降りたそいつはそんな強そうな印象はないんだ。軍人にしては少し細いようだった」

 

 戦術機に乗るだけの体力はあったのだろうが初見ではまず彼が400オーバーのキル数を叩き出せるものとは思えないような人相をしているらしい。

 

「そんな狂気じみた数字を叩き出す理由を知りたくて、私はそいつに聞いたよ『なんでそんな動きができるんだ?』ってな。そしたらあいつは臆面なく『欲と本能で戦っているから』って答えた」

 

「欲と、本能?」

 

 答えを聞いてイマイチわからない。

 欲や本能。たしかに人間にあるものではあるがそれが戦闘にどう作用するのだろうか。

 

 その答えはエヴァリスが与えた。

 

「ああ、なんでも人間は欲や本能……そんなものに従う方が強いらしい。そいつはな『破壊したい。殺したいって欲と本能を解放させて戦ってるんだ』って答えた」

 

「ッッ!!?」

 

 ナフトの中で繋がって欲しくなかったものが繋がってしまった。耳を塞ぎたくなったがそれでもエヴァリスは話を続ける。

 

「そいつは本能で戦っていた。欲でBETAを殺していたんだ。たしかに戦闘中のあいつはわかりにくかったが……少し笑っていたんだ」

 

 そこまで言われナフトはカウンターを叩きながら叫ぶ。

 

「違うッッ!!俺は……俺はそんなもので戦ってなんかいない!」

 

 無意識に言葉が荒くなる。

 欲で戦っているはずがない。そんな自分勝手な感情で戦っているのではない。

 本能で戦っているはずがない。そんな人ではない、殺すだけの獣ではない。自分は人間だ。

 自分には目的があり。目標があるのだ。

 決して欲や本能で目的もなくがむしゃらに戦っているわけがない。そんなことがあるわけがない。そんなことであって欲しくない。

 

「俺は守りたいから、救いたいから戦っ––––」

 

「では、貴官が守りたいものとはなんだ?」

 

「それは!……ッ、それ、は……」

 

 答えを返せなかった。

 ただ歯を食いしばり拳を作るしかできなかった。

 

「何も、私は君が彼と同じとは思っていない。君は彼とは少し違う。君にはまだ理性がある。しかしそうでありながらもおそらく本能に従い殺している」

 

「……何が違うんですか?結局はほとんど本能で動いているような物です」

 

 そのナフトの言葉にしかしエヴァリスは首を振る。

 

「君は少し前に言ったな。『機体の空力特性と重心を意識して動かしている』と……」

 

「……はい」

 

 そのことは覚えている。

 まだ京都までの進行を許していなかった頃、基地の食堂で「あの動きはどうしている?」というエヴァリスの問いに対してした答えだ。

 

 しかし、思い出しているというのに言わんとしていることに行き当たらないナフトにエヴァリスは少し呆れたように肩をすくめた。

 

「それが君の理性が残っている証拠だ。彼の動きは力強かったし、凄まじかった。だが、それだけで綺麗とは言えなかった」

 

 エヴァリスはまるでその衛士の動きをカクテルの液面に見るようにしていたがそれを飲んだ。

 半分ほど残ったカクテルに今度はナフトの動きを見るようにして語り出す。

 

「しかし、君の動きは彼とは正反対にある。綺麗なんだよ。君の動きは……」

 

 カクテルに写しているその光景を見てエヴァリスは目を細める。

 

「本当に、踊るように君のF-15Eは動いている。無理やりじゃない。流れがある。そんな動き、本能や欲でできるわけがないだろう?」

 

「そんなことが、理由ですか?」

 

「十分だ。戦術機の動きにはその者の特徴や癖が必ず現れる。何があろうとも絶対だ」

 

 それはまさに長年実戦に身を置いているからこそ出た言葉だろう。不思議な説得力がある。

 

「……本当に、そうでしょうか」

 

 例え動きがどれほど綺麗であっても、どれほど誰かを魅了できたとしても結局、振り回すのは剣であり、振りまくものは死だ。

 どう綺麗な言葉で飾ろうともそれだけは変わらない。変えられようがない。

 

「まぁ、なんであれ答えは君が出すしかない。私たちはどこまでいっても他人でしかないからな」

 

 エヴァリスは言うとカウンターのマスターに別のカクテルを注文した。

 そのタイミングでナフトは質問を投げる。

 

「……その衛士は今、何を?」

 

 ふと気になっただけで深くは考えていない質問だった。

 生きているのならばその衛士と話してみたい。死んでいるのならばなぜ死んだのかを聞きたかった。

 

「……死んだよ。大陸派遣中にな。BETAと密集戦やって戦車級に喰われた」

 

 なんとなく察していた。

 エヴァリスの声音や雰囲気はなんとなく死者を話すようなものだったからだ。

 

「最後まで、笑ってたよ……」

 

 ナフトは「そうですか」とだけ答えてジュースの液面に視線を下ろす。

 ふと自分が死ぬときは一体何を言うのだろうか。その時までには戦う理由が見つかっているのだろうか、と思った。

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