あめのなかのりゅう   作:七紫野廉

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守沢千秋という概念を使ったファンタジー児童小説みたいなやつです。なんでも許せる人だけ読んでみてください。


雨の日のとある少年

ぴちゃん、ぴちゃん、ばちゃん。

 

雨の中、水たまりをわざわざ踏んで歩く。なんていったって今日は長靴なのだ。走りにくい長靴だけど、水たまりの上を歩けるから、少し楽しい。水の上を歩いているみたいでなんだかかっこいいんだ。

 

ぴちゃん、ぴちゃん、ばちゃん。

今日はようやく風邪が治って登校できたのに、午後から台風だからって全員早めに帰宅することになった。まだ小雨なのに、台風なんて来そうにないのに。おれが行ける日に限って台風が来るなんて、とか考えたくはないんだけど。

 

ぴちゃん、ぴちゃん、ざーーーーー。

 

「なんだ?あれ…」

 

少し大きな水たまりに勢いをつけて飛びこもうとランドセルを背負い直したところだった。その水たまりは明らかにおかしい。中心に雨が吸い込まれていく、ように見える。ゆっくり近寄ると水たまりの中心がなんだかこんもり盛り上がっているような……。

 

ざーーーーー、ぱちゃん。

 

おれは動いていないのに水たまりの中心が跳ねた。跳ねた?跳ねたってなんだろう。でも、カエルとかそういうのじゃなくて。雨が集まる中心に目をこらしながら、少しずつ近づく。

 

"それ"は、雨そのもので出来ていた。

細長い身体はとぐろを巻いて、静かに頭をあげる。

 

竜だ。まるで竜のようだ。水でできた身体は明らかに竜のような形を保っていた。

 

ぱちゃん、ざーーーーー、ぱちゃん。

 

ゆっくりと尾を揺らしながら、おれを見る。ほのかに緑がかっているように見える、透き通った瞳に吸い込まれるようにおれは足を踏み出した。

 

ばちゃん、ざーーーーー、ばちゃん。

 

「こ、こんにちは」

竜はこちらをじっと見ていたが動く素振りはない。いや、もしかして動けないのだろうか。この小ささなら親が近くにいるのかも。でももしかしたら空から落ちてきて迷子になっているのかも。

 

「迷子なのか…?空から落ちてきたとか、わからないけど困っているならおれが助ける!困っている人は助けなきゃな!」

 

ぱちゃん、ぱちゃん、ざーーーーーー。

 

竜はじっとこちらを見ていたが、やがて俯くように頭をたれた。迷子ってことでいいのだろうか?

 

「わかった!大丈夫だ!おれはヒーローになる男だ!見捨てたりしないぞ!」

 

とりあえず道端に放置しておくわけにもいかないので一緒に移動しようと手を伸ばし、抱えてみる。掴みにくく、結構重い。水そのものを持っているみたいで少し不思議だ。水なのに竜の形を保っていて、持ち上げてもその部分は下に流れたりしない。伸ばしたらおれの背丈より少し低いくらいの大きさなんじゃないだろうか。とぐろを巻いている状態で、大人のバスケットボールくらいの大きさがある。

 

「大丈夫、すぐに家に着くぞ。とりあえずおれの家で作戦会議だ!」

 

重たい水のかたまりを抱えて、よいしょよいしょとよたよたしながら歩く。カッパを着ていて良かった。もう傘なんてさせないので畳んでランドセルにぶら下げた。この竜が雨を少し引き寄せるので顔に雨粒が当たる。

なんとか家について洗面器に竜を移し、自分の部屋に急いだ。急な早退だったからお母さんはまだ家に帰っていないようだ。

 

「このままおまえを抱えていくのは少し大変だからな、持っていく方法とどこに行くかを考えたいんだ」

 

地図を持ってきて広げながら考える。この竜の親がもし、この子を探しているとすればきっと空からだ、と思う。飛べるなら飛んで探してるはず。小学校の屋上が1番身近にある空に近い場所なのだが、基本的に鍵かかかっていて簡単には入れない。建物の屋上で子供が一人で行って入れるようなところは少ないのだ。

 

「部屋のベランダからではきっと低すぎるし埋もれてしまうだろうから…」

 

そうだ、埋もれない場所なら海の近くがいい。幸い、海なら近くにある。高いところなら海の見える展望台があった。きっと雨だから人は少ないはず。

 

「よし、ここの展望台に行こう!おまえの持ち運び方だが、一ついいことを思いついたんだ」

 

洗面器の中の竜に話しかけながら、大きめのスーパーの袋を探す。そのビニール袋を、中身を全部出したランドセルにセット。

 

「ふふん、これでお前を乗せて歩けるぞ!名付けてドラゴンライダーだ!竜はドラゴンで、ライダーは乗るという意味らしい。かっこいいだろう!」

 

洗面器からランドセルに移そうとした時、竜が少し小さくなっていることに気づく。バスケットボールくらいから、うーん、バレーボールくらいだろうか。とにかく少し縮んでいる。透明でわかりにくいが、心なしかぐったりしているような…

 

「まさか雨の中にいないとダメなのか!?待っていてくれ!すぐに外に出るぞ!」

 

大慌てでカッパを着て竜の入ったランドセルを背負い外に出る。ふたを開けて背中のあいだに挟んで背負い直した。少し背中がモコモコするが、おそらくふたを開けておいた方が雨をちゃんと吸収できると思う。

竜はランドセルから顔だけ出して雨を引き寄せながらキョロキョロとしている。少しは元気になっただろうか。そういえば慌てていてお母さんに書き置きを残してくるのを忘れてしまった。仕方がない、今はこの子を優先しなければ。

 

「なるべく急いでいくからな!」

「おい!お前こんなとこで何してんだ?」

 

竜に向けて話しかけていたら、突然どこかから声を掛けられた。

あわあわとまわりを見渡すと、男の子が2人。たしかクラスメイトだったような…。

 

「あ、えっと、あの…」

「お前体弱いんじゃねーのかよー?」

「というかお前、ランドセルの中に水入ってねーか?」

 

言い淀んでいると、クラスメイトの一人がランドセルの中を見ようと近づいてくる。

 

「あ、ごめん、おれ、急いでるから!」

 

慌てて逃げるようにその場を去る。背中から「早く帰れよ〜」と二人の声が聞こえた。悪い人達じゃない。わかってる。おれがもっとハキハキした、大きな声で、そうだ、ヒーローならきっともっと身振り手振りも大きくて強くて…。

 

ぽちゃん、とランドセルから水の音がした。

今はそんなことを悩んでる場合じゃない。ヒーローは弱みなんて見せないんだ。今、この竜を助けられるのはおれしかいないんだから。ちゃんと守るって決めたなら、最後まで貫き通さなきゃ。

 

走ると落としてしまいそうなので早歩きで展望台へと向かう。雨がさっきより少し強くなっていた。家から30分ほど歩くと展望台に向かう階段の下につくはずだ。一度行ったことがある。一人で歩いていくのは、初めてだけど。

 

「どうした?ふふっ、おれは大丈夫だぞ!ちゃんと歩ける」

 

おれの不安を察知したのかはわからないが、竜がぺちぺちとカッパのフードを叩いた。一人じゃなかったな。そうだった。不安が大きくなるたびにこの竜がまるで力をくれるようだった。ヒーローってこんな感じなんだろうか。守るものがあるから強くなれるのかな。

 

ようやく展望台のふもとまで着いた。なんだか少し暗くなってきて風も強い。遠く波の音が荒れているのが聞こえる。雨粒が叩きつけるようで、少し痛い。

「もう少しだぞ。この階段を登りきったら展望台だ!そしたらきっとおまえのお母さんが見つけてくれる。大丈夫、お母さんが来るまで俺が一緒にいる!おまえのことはちゃんと助けるから」

 

自分にも言い聞かせるように一歩一歩階段を上る。ランドセルからすっと顔をだして竜がこちらを見た。

 

「おまえ、少し大きくなったか?すごいな!成長が早い!」

 

少し元気になってくれたのが嬉しくて、声をだして笑った。

 

「おれもそれくらい早く大きくなれたらな。もっと背が高くなって強くなるんだ」

 

心なしか、雨が弱くなった気がする、と思ったら、竜が俺の頭の上に顔をだして雨を引き寄せてくれていた。そんなつもりは無いのかもしれないが、顔に当たる雨粒が弱まるだけで少し楽だ。

心細いけど、寒いけど、疲れたけど、でも大丈夫。俺は必ずこの子を救ってみせる。おれに出来ることは全部してやるんだ。

 

「着いたぞ!」

 

ようやく展望台の上だ。

灰色の雨雲が空を覆っている。海まで灰色で波は大きく荒れていて少し怖い。遠くでゴロゴロと雷が蠢く音がする。

 

展望台の一番海に近い端っこまで行って、海に向かって叫んでみる。

 

「おかあさーん、あなたの子供はここにいまーす!」

 

雨の音で、声もかき消される。もっと、もっと大きな声で。

 

「竜の子供はおれがあずかってるぞー!おーい!」

 

ピカッガラガラガッシャーン、と近くで雷が落ちた音がした。体が震える。心臓の動悸がドクドク聞こえてくる。当たらなくて良かった、そう思ったのもつかの間、ピカッドーンとゼロ距離の音が立て続けに2回。眩しさに思わず目を閉じる。

 

ざーーーー、しゅーーーー、ざーーーー。

 

規則正しく、雨が吹き付ける。規則正しく…?規則正しくって何だ。おそるおそる目を開ける。

目の前になにかいた。鼻の穴ですらおれの背丈ほどの、背負った竜とは比べ物にならないほどの大きさの、竜だ。大きな竜がじっとおれを見つめている。規則正しい雨風はこの竜の鼻息だった。こいつの身体も雨そのものでできていた。震える足に気付かないふりをして、声を絞り出す。

 

「あ、あなたが、この子のおかあさんですか」

 

ざーーーー、しゅーーーー、ざーーーー。

 

大きな竜は答えない。ただ俺の前に佇んでいる。少し口を開けるだけでおれなんか簡単に食べられてしまいそうだ。

 

「違うなら、違うなら渡せない。この子を迎えに来たんじゃないなら、この子を危ない目に合わせるなら渡さないぞ!」

 

またゴロゴロと雷が鳴る。まるでこの竜がぐるるると唸っているように聞こえた。恐れで声が震えているのか、寒さで声が震えているのか。情けない声で、それでもあとには引けなかった。

 

「おれが守る!そのために来たんだ!絶対におかあさんの元にかえすって約束したんだ!」

 

その時、しゅるりと背中の竜が腕に巻きついて顔を出した。さらにおれをくるっと一周したと思ったら腕の先から大きな竜の方に向かう。

 

「ちゃんと、お母さん、だったのか…?」

 

いつの間にかさっきよりさらに大きくなっておれの背丈ほどの大きさになっていた。巻きついていた部分が離れた。浮いている。飛べるくらい元気になったんだ。

一度だけこちらを振り返って、大きな竜に向かって飛んだ。雨風がまるで竜を護るみたいに吹き荒れる。一際強い風が吹いて、思わず目をつぶる。再び目を開いた時にはもうそこに竜の姿はなかった。

 

よかった。とにもかくにも、おれはやったんだ。竜の子をちゃんと、空に帰して…それで……。

 

 

そこでおれの意識は途切れている。気づいたら家のベッドで親に看病されていた。びしょびしょで家の外に倒れてたそうだ。ひどく心配されたし怒られた。

どうも風邪が治りきっていなかったようで、ひどい熱だったらしい。お母さんに今日あったことを話したけど、熱に浮かされてたのねとか、もう寝なさいとか全然相手にしてくれなかった。

 

でも、本当なんだ、お母さん。竜を助けられたんだ。

あの時、おれはきっと、ヒーローだった。

 

その夜、不思議な夢を見た。

大きな水に乗って、おれは空を飛んでいる。これは水じゃなくて竜だ。こんなに大きな竜なのに、あの親の竜じゃなくて、おれがずっと一緒にいた小さな竜だってなんとなくわかる。なんでだろう。

大きな竜は緑がかった目を優しげに細めて、おれをのせて楽しそうに空を飛び続けた。




竜目線のAnotherも書きます。
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