「近衛さんとお近づきになるにはどうしたらいいんだろうか」
「…………はあ」
神楽坂明日菜は机一つ隔てて真剣な顔でそう相談してくる相手を見て、これで何度目か分からない溜息を吐いた。
授業も終わり放課後。本来なら帰るなり部活動に精を出すなりと学生らしい有意義な時間を過ごすはずだった明日菜は、何故かこの日は学園内にある喫茶店にいた。
男女が放課後に二人きりでお茶をする。
これだけ聞けばこれも実に学生らしい有意義な時間の使い方なのかもしれない。
ただ、残念なのは既に明日菜には想い人がおり、その相手は目の前の相手ではないということ。
そして、それは相手も同じ。
「……だから何度も言うけど、このかと仲良くなりたいなら私から紹介してあげるわよ?」
この目の前の男、風間英一という男は今年の春から始めた新聞配達のバイトで知り合った同い年の男性で、何かと気が合い日頃から仲良くしている。
言ってしまえば、こうして二人きりでお茶をするのも珍しくはない。
そして、そうなると決まってこの話題を口にするのだ。
「いや、だってそうしちゃうと下心丸出しなのがバレちゃうかもしれないじゃん?俺はこう……もっと自然な感じで出会いを演出したいんだよ」
「そう考えてる時点でもう自然じゃないわよ」
どうにも彼は以前見かけた明日菜のクラスメイトでありルームメイトでもある親友に一目惚れしたらしい。
最初は相手の名前すらわからない状態で明日菜は延々と「仲良くなるにはどうしたら~」といった話を聞かされていたが、彼から相手の特徴を聞いていくたびにまさかと思った。
そして、その予感は当たっていた。
まあ、彼女の親友で彼の惚れた相手は同性から見てもかなり可愛い部類に属するし、彼女の発するのほほんとしたオーラは見るものを癒してくれる効果まである。
こうして考えると彼が一目惚れしても仕方はないと思う。
これが碌でもない相手ならば明日菜は話を切り上げるなり、もう親友に近づくなと釘を刺しておくのだが、こうして交友を重ねて彼が誠実な人間であるということは理解している。
だからこそ、親友に迷惑がかからない範囲で彼に協力してあげようと思っているのだが……
「アンタねぇ……そんなこと言ってたらいつまでたってもこのかと恋人になるどころか仲良くなれないわよ」
明日菜は改めて彼を見る。
黒目黒髪に、身長は170には届かない程度。それでも中学一年生ということを考えれば長身に部類される範囲だろう。
顔のパーツ一つ一つ整っており、クラスメートの柿崎美砂が彼を見かければ声ぐらいかけるかもしれない。
もっとも彼の性格をよく知る明日菜からしたら、もはや彼が格好いい等という気持ちは一切抱かない。
敢えて欠点を上げるのならば、少し目つきが悪いというところだろうか。
初対面の相手からはしばしば怖がられることもあると本人がうんざりした顔で言っていた記憶がある。
明日菜からしたら彼が気にするほど目つきは悪くはないと思うのだが、本人が一番気にしている以上何を言っても無駄だろう。
「もう恋人なんて高望みはしない。中学三年間の間に義理チョコさえ貰えれば……」
「低っ!?アンタの目標低すぎるわよ!?」
いくら何でも奥手というかヘタレ過ぎる。
男女差別をするわけではないが、男がここまでヘタレ過ぎると呆れを通り越して苛立ってくる。
この男はもう少し積極性というものを身につけるべきではないのだろうか。
実際、明日菜も自分の恋愛に関しては英一と似たようなものなのだが、生憎なことにそのことを指摘するものはこの場にはいない。
「ただでさえ、このかは学園長のせいでこの年からお見合いもさせられてるのよ?学園長が選ぶ相手だから家柄は確かだろうし……このかが気に入る相手が現れでもしたらアンタお終いよ?」
「うっ……」
明日菜の一言に精神的に致命傷を受けたのか、英一倒れるように机に顔を伏せた。
自分で言っておいてなんだが、明日菜はお見合いでこのかが気に入るような相手は現れないだろうと半ば確信を持っていた。
何故ならこのか自身、恋愛に興味津々というわけでもなく、お見合いにも乗り気ではなく逃げ出すことも多々、というのが現状なのだ。
それに明日菜の見立てでは、世話好きのこのかには年上より年下が似合うように思う。
そうなると同年代の英一がこのかの好みに入っているか際どいのだが……まあ、そこら辺は本人の努力次第で道都にでもなるだろう。
「はあ……せっかく近衛さんと同じ図書館探検部に入ったのになあ」
「えっ、ちょっと待って。それ初耳なんだけど。アンタってさんぽ部だったでしょ」
「兼部することにした」
「…………」
ーーしれっととんでもないこと言ったぞコイツ。
数え切れないほどの部や会が存在する麻帆良学園では決して兼部は珍しいことではない。
けれど、英一ほど不純な動機で兼部する学生は他にはいないのではないのだろうか。
事情を知らない人間からしたら英一がさんぽ部に所属しているのは意外に思うだろう。
この男、さんぽが好きというわけでなく、放課後に学園を歩き回っていればこのかと会う可能性もあるという理由だけで入部したそうだ。
それなら部活に入る必要はなかったのではと指摘したことがあるが、堂々と歩き回れる理由が欲しかったと真顔で答えられた。
……ああ、そうだ。
確かその時も今と同じように呆れかえって何も言えない状態になったのだった。
図書館探検部にはこのかも所属している。
つまり英一が図書館探検部に入った理由はそういうことだろう。
ドン引きである。
それでいて、人数が少なく、二人きりになる時間が多いであろうこのかが図書館探検部の他に所属している占い研究会にはヘタレて入れないからときた。
ストーカー一歩手前というか、もう立派なストーカーではないだろうか……と明日菜は思ったが、自分も美術部には似たような理由で入部を決めたため何も言えなかった。
恋愛のスタンスが駄目な部分で似ている二人だった。
「……さて。空のようだけど、お代わりはどうする?」
「あー……今日はこれぐらいで帰りましょ。そろそろ日も沈みそうだし」
窓の外を見れば、いつの間にか空は茜色に染まりきっていた。
明日菜としては放課後のちょっとした息抜きのつもりだったのだが、随分と話し込んでしまったようだ。
「マスター」
二人は席を立ち、カウンター内で新聞を読んでいたマスターに声をかける。
通い慣れたおかげか、それだけで察してくれたマスターはゆったりとした動きでレジに向かう。
それに続く形で二人は出入口前のレジに向かうのだが、明日菜はその際ふと店内を見渡す。
繁盛していないのか、それとも時間帯が悪いのか喫茶店内には明日菜と英一以外の客の姿は見られない。
ただカウンター内の椅子でのんびりしていたマスターの姿を思い返すとなんとなく前者の気がしなくもない。
店の経営を心配していると、英一が一人で会計を済まそうとしていたので明日菜も慌てて財布を取り出そうとする。
が、鞄に伸ばそうとした腕を押さえられた。
「今日は私も払うわよ」
「いいって。わざわざ相談事に付き合ってもらったんだし、こういうのは男の甲斐性だしな」
「でも……」
「聞きませーん。マスター、コレで」
反論しかけた明日菜を軽く流して英一は強引に会計を済ました。
毎回お約束の用にこのやりとりが行われるのだが未だに明日菜の意見が通ったことはない。
バイトをしているとはいえ、ほとんどを学費のために回している明日菜としては正直ありがたいことではある。
英一もそれを知っているからこそ金を出しているのだろうが、こう何度も奢られては申し訳なくなる。
とはいえ、英一は決して明日菜から金を受け取ることはないので、明日菜としてはこう言うしかないのだ。
「……ありがと」
「いーえ」
この気遣いや強引さを少しは恋愛面に活かせたのなら今とは違った状況になったのだろうが、そういった所がある意味で英一の長所かもしれないと明日菜は思う。
「うしっ、明日こそは近衛さんと仲良くなろう」
店を出て、お互いの寮までの別れ道を歩く中、英一はそう言った。
おそらく明日菜に向けての言葉というわけでなく、自分自身に言い聞かせた言葉だろう。
それでも、明日菜は自然とこう答えていた。
「まっ、頑張んなさいよ」
「おう」
ヘタレだしストーカー気質な男ではあるけれど、応援するぐらいは構わないだろう。
英一の横顔を見ながら、明日香はそう思った。
「あれー、明日菜ー?」
「っ!」
「あっ」
聞き慣れた声が背後から聞こえてきたのと同時に、これでもかというほどに隣にいる英一の身体が強張った。
そんな英一の状態なぞ知るよしもない相手は主を見つけた飼い犬の如く嬉しそうに小走りでこちらに近づいてくる。
ーーうん、これは確かに可愛いわ。
親友の可愛いらしさを改めて実感する。
とてもじゃないが自分ではこれ程までの可愛いらしさを出すことは出来ないだろう。
近衛木乃香。
明日菜の親友でありルームメート。
そして、英一の惚れた相手である。
「このか、あんた部活は?」
「今日はもう終わりやよー。明日菜こそ何してたん?」
「ちょっと寄り道しててね」
これはまたとない絶好のチャンスではないか?
そう思い、明日菜は英一に目配せをした……したが、意味がなかった。
英一の顔は夕焼けでも誤魔化せないほど真っ赤になており、腰はこれでもかと引けている。
正直、先程上げた英一の評価をなかったことにしたいぐらい情けない姿だった。
「じゃ、じゃあ明日菜!お、おおお俺はここで用事があるから帰りゅな!」
「あっ、ちょっ!」
おい。
思わず心の中でJCあるまじき突っ込みをしてしまう。
ここは私という共通の友人を通して、お互いの自己紹介をするべきだろうが。それが無理でもせめて一言挨拶ぐらいしてから帰るべきだろうに。
自分が現れた瞬間に挨拶もなく走り去られては避けられてると思われてもおかしくはない。
しかも本人はパニクって気づいていないだろうが、かなりひどい噛み方だ。
出会いを演出するどころか初っぱなから印象マイナスになりかねないことしてどうするんだ。
「……うち、なんやお邪魔してもうた?」
「あー…そんなことないから全然気にしないで。いや、アイツ的には少しは気にしてもらったほうがいいのかしら…?」
「?」
凄まじい速度で遠ざかる英一の背を見送りながら、状況がいまいち把握できずコテンと首を傾げてる可愛らしい親友。
「今の、確か風間くんやよね?」
「あれ、知ってたの?」
「うん。最近図書館探検部に入ってきたんやけど、うちとはあんまし話してくれへんくて…」
…どこまであの男はポンコツなんだ。
「……むこうは覚えてへんのかなあ」
「ん?なにか言った?」
「ううん。なんでもあらへんよ」
ボソッと何を呟いたのかは気になるが、何でもないと言っている以上無理に聞き出すこともないだろう。
英一の恋路を応援する身としては、このかが英一の名前を知っているだけでも現状から進展ありとして良しとするべきか。
…このかの印象がどうなのかはさておいて。
そんな前途多難であるもう一人の友人の恋路の少しでも助けになるよう、明日菜は気になっていたことを尋ねる。
「ちなみにこのか。突然だけどアンタってどんな男性がタイプ?」
「ほんまに急やね?…んー、あんまし考えたことなかったなあ」
「…まあ、そうよね」
ついこないだまでランドセルを背負っていたばかりで、ただでさえ異性との出会いのない男女別の学校。
その状況下で色恋に悩む英一や明日菜が特殊であって、一般的な同年代の人間ではまだまだこんな反応が当然なのかもしれない。
まあ、明日菜ならこの問いには即「ダンディなオジサマ」と答えるのだが。
「ただーー」
「ん?」
「一緒にいて、楽しい人がええなあ」
「……ふふ、それもそうね」
その点に関してなら明日菜は太鼓判を押せる。
なんだ。見込みが全くないというわけではないかもしれない。
明日菜は英一が走り去った方向を見て、思う。
ーー頑張んなさいよ、青少年。