恋する麻帆良学園生の日常   作:プラム2

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方言について違和感があるかもしれませんが、なんとなくで書いてますのでご容赦ください。


08「出席番号05 和泉亜子の場合」

 

 

 

「はあー…」

 

 日も落ちかけ、部活動に精を出していた学生らも帰り始めた頃、和泉亜子は人知れず溜め息を漏らしていた。

 

「こんな調子じゃいつまで経っても駄目なんやろうなー…」

 

 亜子には悩みがある。

 それは実に思春期らしい悩みで、自身がマネージャーを務めているサッカー部の先輩に想いを寄せているというものだ。

 

 他人から見たらそれは実に微笑ましい悩みであるが、当人にとっては一大事である。

 

 どちらかというとやや弱気な性格な自分にとって、恋愛とは何事よりも臆病になってしまうもの。

 

 ウチより可愛い子なんてたくさんおる。

 こんなウチじゃあ先輩には相応しくない。

 

 そんな気持ちが亜子を余計に臆病にさせていた。

 そして何より自身の最大のコンプレックスである背中の傷が亜子の気持ちにストップをかけていた。

 

「「はあー……」」

 

 ゆっくりとした足取りで歩く亜子。

 いくら悩んでも悩みは解決しない。

 それどころかどんどん深みに溺れていく気がしてならない。

 

 野郎ばかりのサッカー部ということもあり、女子のマネージャーということでちやほやされることはあるが、恋愛対象として見られているかは別だ。

 恐らく相手は亜子の好意に全く気付いていないだろう。

 まあ、気付くも何もまだ何もアクションを起こしていない亜子の好意に気付けたらお前何処のニュー○イプとなるが。

 

 これが仲の良い佐々木まき絵や明石裕奈なら自分の気持ちに素直に正直に伝えるんだろうなと思う。

 というか自分のクラスメイトはその辺ハッキリと伝えるタイプの方が多い気がする。

 

 やはり年頃の女の子としては告白するよりはされたいのだが、それは高望みだろうか。

 やはり自分が積極的になるしかないのか。

 

「「はあー…」」

 

 三度目の溜め息。

 

 結局それが一番か。

 ほぼ無理矢理自分を納得させようとした時、気付いた。

 先程から同じタイミングで溜め息を吐いている人物がいることに。

 

 足を止める。

 どうやら向こうも気づいたようだ。

 しかも互いに余程考えに夢中だったのか、ほぼ隣合う形となっていた。

 

「「……んん?」」

 

 身長が高く年上かと思ったが、男子中等部の制服を着ており、ワッペンの色から同年代だとわかる。

 というより、目の前の少年、何処かで見覚えがある。

 相手もそうなのか亜子の顔を見て首を傾げている。

 見つめ合うこと数秒、先に気付いたのは亜子だった。

 

「……カザマくん?」

「あー…うん。えっと、そっちは……」

「和泉や。和泉亜子。ほら、前に喫茶店に4人でー」

「あー!そうだそうだ。ごめん、見覚えはあったんだけど名前が出てこなくて」

「しゃあないよ。あん時は一言二言話しただけやったし」

 

 風間英一。

 以前に会ったときは簡単な自己紹介のみであった上に、その一度の出会いから既に半年以上経っている。

 しかも目の前の男、以前に会ったときよりだいぶ身長が伸びている。

 それに顔付きやヘアスタイル、雰囲気まで以前とは異なっている。

 正直何があったと訊きたいレベルの変化である。

 何処かのツインテオッドアイの美術部員は認めたがらないだろうが、英一に関して深く知らない亜子にとっては素直に格好いいと思えた。

 

「和泉は部活帰り?」

「あっ、うん。そっちも?」

「……まあ、うん」

 

 なんだか煮えたぎらない反応だった。

 もしかすると先程の溜め息と何か関連があるのかと思ったが、大して親しくもない自分が踏み込むのは失礼だろう。

 が、相手はそこまで考えなかったようで、ごく当たり前のように亜子に尋ねてきた。

 

「さっき何度も溜め息吐いてたけど、なんか悩み?」

「悩みというか……」

「もしかして恋の悩み?」

「っ!」

「えっ、あっ、マジか」

 

 まさかの的中に思わず固まってしまう。

 英一も冗談半分に言ったのがまさか当たるとは思えず、またしても二人の間になんとも言えない気まずい空気が流れる。

 その空気を生み出した責任からか、この空気を打ち破ったのは英一だった。

 

「いやー奇遇だわ!俺も今恋の悩みを抱えていてね!まいっちゃうわHAHA!」

「風間くんも?」

「これがもう絶望的で笑っちゃうしかないというか自分の駄目さに死にたくなるというかさあ!……ああ、うん。我ながらアレはないわ。死ぬか」

「いやいやいや!?テンションの落差激しすぎるわ!?というか何があればそこまでなるん!?」

 

 高らかに笑い声を挙げたかと思えば次の瞬間にはその場に崩れ落ち、目のハイライトをオフにする英一。

 この様子だと話を合わせたというわけでなく、本当に相手も同じ恋の悩みを抱えているのだとわかった。

 だからだろうか。

 彼ともっと話をしたいと思ったのは。

 

「なあ、よかったら少し話さん?」

 

 気付けばそんな事を口に出していた。

 

 

◆◆◆

 

 

「ーーったく。本当に罪な女だよなあ近衛さんは」

「同意求めんといて」

 

 およそ一時間後。

 亜子と英一は閑散とした喫茶店にいた。 

 男子を自分から誘うなんて、こうして話している状態でも未だ信じられない。

 その積極性を先輩相手にも発揮出来れば話は簡単だろうに。

 まあ、それが出来ないからこうして悩んでいるのだが。

 

 幸いなことに相手も二つ返事で承諾してくれて、ならばとこの喫茶店まで案内された。

 

 そこである程度互いの悩みについて話したが、まさか英一の好きな相手がクラスメイトであるこのかとは。

 世界は広いようで狭いことを実感せざるを得ない。

 

「しっかし無責任なこと言うかもしれないけど、和泉は問題なくね?」

「え?」

「だって普通に可愛いじゃん。そんな子から好意を寄せられてる上に告白なんてされたら大抵の男子はOKすると思うけど」

 

 まあ、その先輩の好みがどうかはしらんけど。

 そう言ってカップのコーヒーを飲む英一

 

 ……真顔でさらりとなんてことを言うのだろうかこの男は。

 口説いてる?

 口説いてるのか?

 

 唐突な思いもよらない言葉に顔が熱くなる。

 

「せ、せやろか?」

「ああ。もし和泉が黒髪ロングでもうちょいイントネーションが京都寄りだったら俺もやばかった」

「それもうこのか」

 

 どんだけこのかが好きなんだこの男。

 これまでの会話からもこのかへの好意を隠すことなく、むしろ全面的にさらけ出している。

 そんな英一が亜子にとってはたまらなく眩しく見えた。

 

「……ウチも風間くんみたいになれたらなあ」

 

 不意にそんな言葉が出てしまった。

 呟くように発せられた言葉だが、その言葉はしっかり英一まで届いていた。

 

「やめとけって。俺なんて好きな人を目の前にして逃げ出した男だぞ」

「風間くんが?」

「情けないことになあー…。結局どんだけ自分を磨いても、気持ちと向かい合わないと駄目なんだよなあー…」

「気持ちと向かい合う……」

 

 そう言って再び負のオーラに呑まれた英一。

 そんな英一に亜子は訊かずにはいられなかった。

 

「やっぱり部活で直接謝るしかないのか。なら日本男児らしく土下座か?いやでも自己紹介から逃げ出した男に突然謝られても迷惑じゃーー」

「諦めようとは、思わんの?」

「…………はい?」

 

 亜子の問い掛けに目をパチクリとさせる英一。

 その考えはまるでなかったという顔だ。

 

「諦めたらそこで試合終り「茶化さんといて」……せめて最後まで言わせてくれよ」

 

 茶化してるわけじゃないんだけど、と困ったように頭を掻く英一。

 ふぅ、と一息。

 そして真剣な顔で言った。

 

「諦められるもんなら諦めてる。でも何度考えても、何時になっても諦められそうにないから」

「な、なんで?」

「好きだから」

 

 英一はそうはっきりと言い切った。

 

「近衛さんに嫌われない限り俺は諦めない。例え近衛さんに彼氏や結婚相手が出来ても俺は諦めーーいや、流石に結婚相手が出来たら諦めるか?いやいやそれまでに近衛さんのハートを射抜けば」

「…………ふふっ」

 

 悩みが解決した訳ではない。

 先輩に気持ちを伝える事を考えると、やはりまだ躊躇ってしまうだろう。

 

 それでも

 

 それでも

 

 決して諦めない彼の姿を見て、頑張ろうと思った。

 

「……うん。ウチも無責任なこと言わせてもらうけど、風間くんなら大丈夫やと思うわ」

「そう、恋はいつでもハリケーんん?なにが?」

「なーんも」

 

 きょとんとしている英一が可笑しくて仕方がなかった。

 

 

 

 

「青いわー…真っ青だわー……。客観的に見ると私もこうなのかしら」

「明日菜!?」

「おーす」

 

 いつの間にか亜子達の座るテーブルの横にこれまた部活帰りであろう神楽坂明日菜が、なんだか少し呆れた様子で立っていた。

 

「よっ。悪いな盟主。急に呼んで」

「別に構わないけど……てか盟主って何よ?」

「そりゃあ片想い同盟に決まってんじゃん。そんで、ほら。新たな加盟希望者」

「不名誉過ぎる」

「ちょちょちょっ、ちょっと待って。えっ、なんで明日菜がここに?てかエーイチって明日菜の彼氏の?でも風間くんはこのかが好きで、えっ!?」

「「違うっ!!」」

 

 二人して同時に否定する。

 先程の英一の熱意からこのかへの想いは本物だとわかっているが、一時期あれほどクラス内で騒がれたエーイチという名に混乱してしまう亜子であった。

 

「ーーなわけで私と英一の間に恋愛感情は一切ないから」

「はあー…なるほどなあ」

 

 その勢いのまま二人の関係について説明された。

 常日頃からあれほど高畑先生に恋い焦がれている明日菜が同年代の男子に恋をするなどおかしいと思ったのだ。

 その亜子に勘違いされた英一だが、何やら腕を組んで黙りこんでいる。

 

「…………」

「……なに?どうしたのよ急に黙り混んで」

「いや。明日菜の言う通り恋愛の対象としては見れないけど性欲の対象としてはどうかなって考えてた」

「……サイテー」

「……ウチもそれはどうかと思うわ」

「脳内会議の結果、満場一致で無理だった」

「コロス」 

「明日菜、顔ヤバい」

「……仲ええなあ」

 

 腕を振り上げる明日菜を必死に止める英一。

 この場にもし亜子がいなかったらカップルがイチャついてるようにしか見えないのではないだろうか。

 これで互いにそれぞれ想い人がいるというのだから世の中見た目だけではわからないものだと思う。

 

「ま、まあ三人集まればなんとやら。せっかくだし目標でも決めるか」

「アンタヲコロス」

「片想いの!片想いの目標だから!」

「……目標?」

 

 RPGのキャラの如く同じ言葉しか繰り返さなくなった明日菜をスルーして、亜子は英一に聞き返す。

 

「そーそー。俺らみたいなタイプは目標でも決めとかないと何時まで経っても進展しないだろ?」

「それは確かにそうやけど……」

「そうだな……うん、学園祭だ。今年の学園祭で明日菜と和泉は相手に告白しよう」

「こ、告白っ!?」

「告白するならイベント時期に。これ恋愛の鉄則なり」

 

 妙案と言わんばかりに満足気に一人でどんどん話を進めていく英一。

 

「……待ちなさい。私と亜子ちゃんは、って英一はどうすんのよ」

「……俺はあれだよ。学園祭で自己紹介する」

「目標低っ!?」

「そこはアンタも告白でしょーが!!」

「ふざけんな!こちらとまだ相手に自己紹介すらしてない言うなら恋愛の舞台にすら立っていない状態なんだぞ!?しかもこないだのファーストコンタクトでは顔を見て逃げ出しちまったし!ふざけんなよ俺!」

「あー…なんかごめん」

「そこは自分にキレるんやな……」

 

 もはや情緒不安定じゃないかと疑わしい英一は明らかに勢いに任せてそのまま言葉を続ける。

 

「いいぜ、こうなったら学園祭で告白してやろーじゃねーか!二人がしないと言っても俺はやるね!」

「あー…英一。私も悪かったから落ち着きなさい」

「そうと決まれば早速行動に移さねーと。まずは計画を一から練り直して……くそっ、時間が惜しい!」

「あっ、ちょっ、英一!」

 

 明日菜の言葉を振り切るよう勢いよく立ち上がり、そのまま店から出ていく英一。

 暴走しているようにしか見えなかったが、机の上に三人分の料金を置いている辺り、ある程度の理性は残っているらしい。

 というかいつ置いた。

 

「……えーと、いつもあーなん?」

「……そうなのよ。人を呼んでおいてこれなのよ」

 

 怒濤の展開に置いていかれていると、いつの間にか二人きりになっていた。

 クラスメイトであり元々顔見知りの間柄だからよかったものを、これが初対面の相手同士ならたまったものではないだろう。

 

「まあ、ウジウジしているよりはよっぽど英一らしいんだけどね」

 

 はあ、と面倒くさそうに溜め息を吐く明日菜であったが、亜子にはそれがどことなく嬉しそうに見える。

 

 窓の外に目を向ける。

 日は落ち、既に辺りは夜の静けさが訪れている。

 

 確証はない。

 

 それでも、何かが変わる。

 

 そんな予感がした。

 

 後日

 

「てか和泉。俺の事は英一でいいよ」

「えっ、あっ、でも」

「……友達は全員そう呼ぶからなんてありきたりな事言わないでよね?」

「いや、和泉から風間君と呼ばれるとイントネーションが近衛さんと似てるせいで心臓に悪い」

「ほんとブレないわねアンタ」

「じゃ、じゃあエーちゃんで」

「おう、改めてよろしくなアッコちゃん!」

「その呼び方は色々とアカンっ!」

 

 寂れた喫茶店にまた一人常連が増えたとか。 

 


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