綾瀬夕映にとって、世界とは限られた人物達によって構成された狭きものであった。
入学当時、尊敬していた祖父を亡くした夕映には、世界の全てが下らないもので出来ているように感じた。
そんな夕映を変えてくれたのが、クラスメイトであり、中でも親友である宮崎のどかや早乙女ハルナ。近衛木乃香といった存在であった。
それからは、ただただ幸せな日々だった。
こんな日々がずっと続けばいい。
口には出さないが何度そう思ったことか。
が、そんな日々を壊さんとする者が突如現れた。
風間英一。
突然現れ、自分達の世界に土足でずけずけと踏み込んできた男。
はっきり言ってしまえば、夕映は彼の事が嫌いであった。
◆◆◆
「協力してくれ」
放課後。
図書館探検部の活動開始と共に俺はそう言い放った。
俺の話を聞くのは三人。
ブスッとした表情で得体の知れないジュースを飲んでいるでこっぱち少女、綾瀬夕映こと夕映っち。
いつも目元を前髪で隠している引っ込み思案な少女、宮崎のどかこと本屋ちゃん。
触覚少女の早乙女ハルナ。
「なんだか今とっても失礼なこと思わなかった?」
「気のせいだよジョージ」
「誰!?」
普段はここに近衛さんを加えた四人で活動を行っているそうだ。
近衛さんが占い研等で活動に参加しない時に友好を深めた結果、図書館探検部内における俺の頼もしい協力者となってくれた。
「私は協力するのはやぶさかじやまないけど……」
二人は?と、ジョージが先程から黙っている二人に目を向ける。
黙っているといっても本屋ちゃんは単純に恥ずかしくて。
夕映っちは……わからん。
どうも初対面の時から会話が弾まないんだよな。
「わ、わた、私は「そうか協力してくれるか本屋ちゃん!いやー助かるよ!本当ありがとうな!!」は、ハイ……」
「酷い押し売りを見たわ」
無事に本屋ちゃんの協力も得れた。
外野が何か言ってるが気にしない。
「のどか、嫌なら嫌と言っていいのですよ」
「い、嫌ってわけじゃー…。か、風間くんには色々と助けられてるし……」
本屋ちゃんは極度の恥ずかしがり屋で人見知りである。
特に異性への耐性が限りなく0に近い。
そこでジョージ曰く害のない俺で耐性をつけ、少しでも異性に慣れとこうとなったわけだ。
と言っても、俺がしていることは探検部の活動中になるべく本屋ちゃんと話すというものだけ。
最初はジョージや夕映っちがいないと会話にならなかったが、今では二人きりになってもなんとか会話できるぐらいにはなった。
ただ未だに目はまともに合わせたことがない。
最近では本屋ちゃんは魔眼でも持ってるから目を合わせないのではと妄想を膨らませてる。
「夕映っちは?」
「気安く呼ばないでください」
夕映っちとの一向に友好度が一向に上がらない。
近衛さん以外との恋愛フラグを建てるつもりはないが、知り合った以上は仲良くなりたい。
「……二人が協力するというのなら私も構わないですよ」
「ツンデレキマシタワー」
「殴りますよ」
謝るからその振り上げた哲学書を下ろそうか。
「でも協力っても結局エーちゃん自身が毎回ヘタれるからなあ」
「うぐっ!?も、もうヘタれたりはしねーから。それに今回はしっかりとした作戦を元に行動するから」
「作戦?」
「絶賛募集中」
「他力本願かい!」
何度か近衛さんとの接点を持たせてくれようと色々と便宜を図ってくれたジョージが痛い所を着いてくる。
「作戦も何もエーちゃんが思い切って一言声をかければ済む話なんだけど」
「ロマンが足りないから却下」
「この男は……!」
正直ここまできてしまった以上、普通に声をかけるというのが一番ハードル高い気がする。
一度逃げてるわけだし。
なので俺としては何とか偶然を装いたい。
その後、皆で色々な作戦が(主にジョージから)挙げられるが、どれもピンと来ない。
すると、おずおずとした様子で本屋ちゃんが口を開いた。
「ほ、本を手に取る時に誤って手が触れてしまったーとかはどうでしょう?」
「のどか、アンタねぇ……ベタというかなんというか」
「というかそれを意図的にやると最早セクハラじゃないですか」
その様子を脳内でシュミレートしてみる。
…………うん。
「非常にいい。考えただけでキュンキュンする。それでいこう」
「えぇー……」
「……そもそもその作戦をこの図書館で行うのは無理があるですよ」
夕映っちに指摘されて気付く。
周囲を見渡せば、そこには本、本、本、本。
何処に視線を向けても本がある。
それもそのはず。
この学園の図書館はかつての大戦中、戦火を避けるため世界中から様々な貴重書が集められた。
どんどん増えていく本に伴い地下に向かって増改築が繰り返された結果、現在では全貌を知る者がいないまでとなったとのこと。
馬鹿だと思う。
んで、その全貌を調査する中・高・大合同サークルこそ我らが図書館探検部である。
近衛さん目的で入った活動であるが、これが入ってみると意外と面白いもので、この図書館の地下には魔法の本やそれを守るドラゴンがいるなんて噂がある。
うん、それもロマンだね。
まあ、地下に行ってみてもいるのは胡散臭い司書さんだけだが。
わざわざそれを皆に言い触らすのは野暮というものだろう。
話が逸れた。
とにもかくにも、この図書館には膨大過ぎる量の本があり、その中から偶然的に同じ本を手に取るなんてことは漫画の世界でも起きない奇跡だろう。
だが、奇跡とは起きるものではなく起こすものなのだ。
「……ここ最近の近衛さんの読書の流れとしてファンタジー、恋愛、占い、恋愛、ファンタジー、文学ときている。となると次は占い系の本が来るのではないかと俺は思う。その占いのジャンルから更に絞り込めれば或いは」
「……うん。冗談で言うことはあるけど今回はマジだわ。お巡りさん、この人です」
「私達もしかしなくとも犯罪の片棒を担いでないですか」
「違う!俺のは犯罪という名の純愛だから!」
「犯罪じゃん!?」
無実の罪を着せられそうになったので、無視して話を続ける。
「占いとなるとなんだ?星占術?タロット?水晶?いやいや風水という線も……まさかの奇門遁甲か?」
「詳しすぎるんですけど」
「どうせアレよ。このかと共通の話をするために必死になって調べたのよ」
「…………」
「図星かよ」
二人がやけに俺に厳しい気がする。
先程から何て言っていいか分からずあたふたしている本屋ちゃんだけがこの場における俺の唯一の癒しかもしれない。
「……まあ、このかもエーちゃんの顔知ってるわけだし、上手くいけば手が触れなくても声ぐらいかけてくれるかもね」
「それはそれで心の準備が」
「ほんと面倒くさいわね!?」
もう付き合ってらんないわー、と本屋ちゃんの手を引いて何処かに行こうとするジョージ。
「何処行くんだよジョージ」
「私の呼び方それで固定させるつもりなの。……仕方ないからこのかをエーちゃん近くまで誘導してきてあげるわよ」
「それなら私もー」
「夕映はエーちゃんが土壇場でヘタれないよう見張っといてー」
「ちょっ、ハルナ!」
「「…………」」
本当に行ってしまった。
よりによって俺と夕映っちを置いて。
沈黙が痛い。
下手な事は言えない空気だ。
「……二人きり、だね」
「……最悪です」
下手こいた。
◆◆◆
鬱陶しい。
先程から目障りなほどソワソワしだして英一を見て、夕映は思わず溜め息を吐いた。
夕映の様子に気付いているのか気付いていないのか、英一はそんな夕映にお構い無く話しかしかけてくる。
「なあ夕映っち。これによると乙女座の俺は運勢MAX。気になる相手との距離が縮まるってさ。これはもう間違いないよな?センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられないよなあ!?」
「知らないです」
「あー、もう抱き締めたいな!」
もうこいつが会話する気ないだろ。
というかここ図書館。
そう思わずにはいられないほど英一は一方的に話しかけてくる。
「貴方は」
「ん?」
「貴方は何で馬鹿げた事にそんな真剣になれるのですか」
それは出来心だった。
不本意だが、出会って日の浅い夕映でさえ英一がこのかに喋りかけようとして挫ける場面を何度も見ている。
だが、一向に諦めない。
懲りずに何度も何度もこのかに話しかけようとしている。
何がそこまでこの男を駆り立てるのか。
何故だか知りたくなった。
「んふふふふふふっ」
「……ただでさえ気持ち悪い行動ばかりなのに笑い方まで気持ち悪くなってますよ」
「辛辣っ!?」
人によっては怒りかねない夕映の言葉に、英一は怒るどころか嬉しそうな顔をする。
……何だか腹が立つ。
今の言葉の何処にそんな顔になる要素があるというのだ。
「いやーだってさー、よーやく夕映っちが自分から話題振ってくれたんだもん。それにまさか俺の事について訊いてくるなんて」
「なっ、ち、ちがっ。別に深い意味なんてなく、ただ貴方の馬鹿げた行動理由が少しばかり気になっただけで」
「なんであれ俺の事を知りたいって思うことは無関心だった当初からの大きな前進なわけですよ」
そう言って引き続きニヤニヤとだらしない表情をする英一。
英一にその気はないのだろうが、その顔がまた夕映の神経を逆撫でる。
「んー、んなこと訊いてくるあたり夕映っちて初恋まだだったりする?」
「セクハラですよ」
「今ので!?」
いいから早く答えてくれないだろうか。
このままでは日がくれる。
「おほんっ」
英一もそれを察したのか姿勢を正して夕映と向き合う。
そして目を見開き言った。
「恋はいつもハリケーン!」
「は?」
「オーケー俺が悪かった。だからその振りかざさした分厚い本を下ろそう。当たりどこ関係なく死ぬから」
ここで仕留めた方がいいのではと割りと本気で思い始めてきた夕映である。
「でもふざけてるわけじゃないぜ?」
「はあ」
「止めようにも止まらないのが恋なんだって。それに自分の気持ちに真剣(マジ)にならないでどーするって話よ」
「…………」
「まあ、夕映っちも恋をすればわかるようになるって」
ポンっと頭に手を置かれたので直ぐ様手を叩き落とす。
「……ここは黙って撫でられて頬を染めるところじゃないのか」
「通報しました」
「既に!?」
周りからしたら仲の良い会話というかここ一応図書館だから静かにしろよと内心突っ込んでいるところ、英一の携帯にハルナから連絡が入る。
確認するともう間もなく館内に入るから上手いことしろと。
英一からしたら何をどう上手くするか教えてほしいところである。
「よよよよ、よーし!そんじゃあ恋愛初心者の夕映っちに馬鹿げたことの素晴らしさを教えてやるとするか!」
「どもってますよ」
「他の奴にも啖呵切っちまったしもう怖じ気ついてるわけにはい、いかんのですよ」
「口調変わってますよ」
口調だけでなく動きまでロボットの様になってしまった英一だが、その足は確かにこのかの元へ向かわんと動いている。
この様子では今回も毎度お馴染みの結果になるのが目に見えている。
ただ、何故だろうか。
「……まあ、骨ぐらいは拾ってあげるです」
今回だけは、そう思った。