「代表、アタシちょっとトイレ寄ってくから先行ってて頂戴」
「……………わかった」
第1回戦終了後、代表と別れて用を足す。
アタシに支給されたのはロングスカートのメイド服だったわけだけど、これで用を足すのがまぁ大変なことで。スカートは床は勿論、トイレの水に裾をつけないように気を遣わなくちゃだったし、服がかさばっているせいか、トイレットペーパーをとったり拭いたりも中々億劫だった。
本場の人はこれが毎日なんて、さぞ大変だろうなぁなんて思いつつ自分のクラスへ向かっていると、
「あのっ!」
小さな女の子に袖を引かれ、話しかけられた。
「どうしたの?」
流石にこの混雑した廊下でしゃがむのは迷惑だと思い、端に避けてから軽く屈み込み、話を聞く体制をとる。
こんなに小さな子が用とは何だろう。迷子だろうか、それとも文月学園に所属する、兄姉でも探しているのだろうか。
「バカなお兄ちゃんを知りませんかっ!」
一瞬、旧校舎の方角を指そうとしたアタシは間違っていないと思う。
「………えーと……そのお兄ちゃんのお名前はわかる?」
「…あぅ……わからないです…」
「何か特徴は?」
「えっと、凄くお馬鹿でしたっ!」
おかしい、そのお兄さんが馬鹿なことしかわからない。
兄、ということは何か身体的にも似ているところがあるだろうか、と、改めて女の子を観察してみる。
赤味のかかった茶色の髪。
強気そうな緑色のアーモンド型の瞳。
………ふむ。
「もしもし、アタシだけどーー」
思い当たる人物にコールしてみると、幸いにも
紺に近い黒色のロングスカートをたなびかせ、走ることで胸元の落ち着いた赤色のリボンが揺れる。横に流された赤髪の上には、フリルのあしらわれたフリルドレスがちょこん、と載せられていた。
「?誰だ、このちびっ子」
「…お、お姉さんの知り合いさんですか…??」
どうやら、夏目の妹ではないらしい。
………結構、自信あったんだけどなぁ。
「この子、誰か探してるみたいで…バカ、っていうからアンタかと思ったんだけど、違ったみたいね」
「俺はAクラスだが」
「知ってるわよバカ」
というか、女の子が
あまり目にも教育にも宜しくないし、さっさと帰って貰おうと声をかけようとした…けど、それより先に夏目がしゃがんで女の子に話しかけていた。
「その人捜し、俺達も手伝っていいか?」
「…!いいんですかっ!?」
「もちろん。歩くのも疲れたろう、大サービスだ」
そういうとしゃがんだまま、女の子に背を向ける。女の子は顔を輝かせ、
「メイドのお兄ちゃん、ありがとうですっ」
と、その背中に飛び付いた。
……子供が好きだったりするんだろうか。見たことのない、酷く優しい瞳に動揺する。なんだか、意外な一面を見た…というか、少し見直したというか。
「…さ、優子。案内してくれ」
「一応聞くけど、アンタ、心当たりは」
「ない!!」
見直した自分が馬鹿らしくなった。
「…とりあえず、Fクラスにでも行ってみましょうか」
「そうだな、わかった!」
夏目が(無駄に)元気良く返事をして歩き出し、アタシもその後ろに続く。
女の子は余程夏目が気に入ったのか、夏目にしきりに話しかけていた。夏目も時々素っ頓狂なことを言いつつも、女の子の話に応じている。
夏目と女の子の話に時々心の中でツッコミを入れながら歩いていれば、Fクラスにすぐ到着した。
扉というよりは…障子?その横には、『中華喫茶 ヨーロピアン』という看板が立てかけられていた。
……ヨーロピアン?
その名前に疑問を抱きつつも、障子を開く。
「ごめんなさい、少し良いかしら」
普段はボロボロのFクラスだけど…文化祭というだけあってか、派手ではないが飾り付けもされており、少しはマシな見た目になっていた。
「珍しいのう…どうしたのじゃ、姉上よ」
そう返事をしたのは、弟の秀吉だった。ウエイターでもしているのか、規定の制服に黄色い小さめの蝶ネクタイを着けた、ちょっとしたギャルソンスタイルだ。
「ええ、実は探してる人がいて…」
「あっ!バカなお兄ちゃん!」
「む、いたのか」
「はいっ!ありがとうです、メイドのお兄ちゃん!」
夏目がしゃがむと、女の子は律儀に一礼してからバカなお兄ちゃんーーもとい、吉井君の鳩尾にダイブする。
ぐえっ、と呻きつつもしっかりキャッチしている辺り、吉井君も中々紳士だ。
「……アキ、葉月と知り合いなの?」
「へ?……えーと、えーと……あっ!もしかしてぬいぐるみの!?」
「はいですっ!バカなお兄ちゃん、元気でしたかっ?」
「うん、元気元気…ってあれ?美波も…えっと…葉月ちゃん…だっけ?のこと、知ってるの?」
「知ってるも何も、妹よ」
「「「「えぇっ!?」」」」
吉井君だけでなく、様子を見ていた周りの人達も驚きの声を上げていた。
……言われて見れば、髪の色とか、勝ち気そうな緑色の瞳もそっくりだ。
「へえ…島田さんの妹だったのね」
「うちの妹が世話になったわね。ありがとう、優子、夏目」
アタシがそう呟けば、島田さんがこちらへ来てわざわざ頭を下げる。
「いいのよ、たまたま見かけただけだし」
「気にするな」
世話になった、とは言っても、ほとんど世話をしていたのは夏目だし。
「そう?…でも、せっかく来てくれたんだし、お茶くらい飲んでいかない?」
「…そうね、お言葉に甘えさせてもらうわ」
確か1回戦の後は休憩にしてもらったはずだ。もういい時間帯だし、お昼代わりに何か腹に入れておくのも悪くない。
その辺の適当な席に座る。そうすると、夏目も向かい側に腰掛けた。
「何が良いかしら…」
渡されたメニューをぱらぱらと適当に開く。胡麻団子に飲茶のセット…へえ、名前のわりにメニューはちゃんとしてるじゃない。
でかでかと書いてある辺り、一番のおすすめだろうしこれでいいか、と秀吉を呼びつけた。
「胡麻団子と飲茶のセットね」
「了解じゃ、夏目は?」
「俺もそれで頼む」
「了解じゃ」
秀吉はそう返事をすると、奥へパタパタと駆けて行った。
胡麻と飲茶のセット二つ、と厨房らしき場所へ声をかける。
……そういえば。
「吉井君、貴方を探してる人が」
と、言いかけたところで…がらがらと障子が開いた。
「こ、ここか……」
「凄く迷っちゃったね…」
なんて声と共に、メイド喫茶で会った久保君の弟、土屋君の妹さんと二人の女の子の四人組が入って来た。
「いらっしゃいまーー」
「何してんの馬鹿兄ーーーっ!?!?!?」
入るなり黒髪の女の子はそう絶叫し、
………へ??
「馬鹿!!!もうほんと馬鹿!!!!信じらんないもう何でメイド服着てるの馬鹿!!!!!!」
「うちのクラスはメイド喫茶でな」
「メイド喫茶だからって何でお兄がメイド服着てるの!?!?目に毒過ぎるよ!?!?」
「泣くぞ」
「私の方が泣きたいもうヤダこの馬鹿兄…………」
黒髪の女の子が夏目に掴みかかったと思えば、そのまま膝から崩れ落ちる。
すると、今まで土屋君の妹さんの元にいた赤髪の女の子が黒髪の女の子の元へ行き、を慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。
……何だろう、このデジャヴは。
「……アンタ、妹いたの」
「ああ、中3と5歳だ」
「もしかして、前の魔法少女のって」
「妹が好きなんだ、俺も好きだが」
夏目がちらりと、赤髪の女の子のショルダーバッグにつけられたギャル娘のストラップに目をやる。
なるほど、通りで見覚えがあるわけだ。あのストラップを出していたのは夏目だったのだから。
「あれ?康兄いないなぁ?」
「夏目さん、手紙はいいのかい?」
土屋君の妹さんはきょろきょろと辺りを見渡し、久保君の弟君は崩れ落ちていた夏目の妹さんに声をかける。
夏目の妹さんはその一言で立ち上がると、慌てて鞄から手紙を取り出した。
「あの、吉井明久さんはいらっしゃいますか」
我関せず、と見ていたFクラス陣の目がギラリと怪しく光った。
「えーっと、僕に何か用?」
その空気を察してか、警戒気味に吉井君が名乗り出る。
「兄から、手紙を預かっていまして」
「「「手紙?」」」
兄、の一言で皆が夏目を見るが、夏目は首を横に振る。
ちなみに差出人が男とわかってか、張り詰めていた空気は一気に緩んだ。
「俺の上にもう二人いるんだ」
と、夏目が付け加えて説明した。
…納得はしたけど、でもどうして夏目のお兄さんが吉井君に手紙を…??
「兄が、文月に行くなら渡して欲しいって」
「夏目君じゃダメだったの?」
「……お兄に渡したら、渡るか心配だって言ってました」
「「「ああ…」」」
賢明な判断だ。
「…まあいいや、読んじゃおうっと」
吉井君がピリピリと封を切り、中身を読み始める。
すると読むにつれ、顔が目に見える程青くなっていった。
読み終えると深くため息をつき、手紙はポケットの中に乱雑に突っ込む。
「…………うん、わざわざありがとう」
と、吉井君はぎこちない笑みを浮かべて礼を告げた。
「何の手紙だったんだ、明久」
「…不幸の手紙だよ、夏目君のお兄さんがどうして知り合いなのかは気になるけどね…」
坂本君が尋ねるも、吉井君は疲れたようにそれだけ告げた。
どうして知り合いなのか、ということは、吉井君の知り合いの知り合いが夏目のお兄さんということ…?
なんて首を傾げて考えていれば。
「………………騒がしい」
何処か哀愁漂う吉井君を尻目に、土屋君が胡麻団子と飲茶のセットを持って来た。
「「ありがとう」」
「あっ康兄!遊びに来たよ!」
アタシ達がお礼を言って受け取る。
すると、土屋君の妹さんがにこにこと声をかけた。
「「「ムッツリーニに妹、だと…!?」」」
と、教室中がざわめく。
そんなに意外だったんだろうか。…まあ、アタシも驚いたけど。
「何だか今日は、ご兄弟の方がたくさんいらっしゃいますね…」
「そういう姫路さんはいるのかしら?」
「いえ、私は一人っ子なんです」
そう答えると、姫路さんは仲睦まじく話す土屋兄妹と夏目をちらりと見やってから寂しそうに笑う。
一人っ子は一人っ子なりに色々あるんだろうか。アタシなんて弟はろくでもないものだと思っているけど。
「兄弟とか、羨ましいなって思います。本音で話し合える人が身近いるって、とても素敵なことじゃないですか」
にこり、とアタシに向けて微笑む姫路さん。
だけどその視線は、何処か別のところに向かっているようなーーそんな気がした。
「……そう」
アタシはそれ以上何も言わず、少し冷めた飲茶を啜った。