優子side
「アンタ達!いい加減葉月を放しなさいよ!!」
狭い室内に、ツンと響く島田さんの叫び声。
その声もむなしく、アタシ達を攫った男達はげらげらと下卑た笑みを浮かべた。
「離しなさいよ、だってよ~かぁ~わい~」
「なあなあ、この子達って好きにして良いんだろ?俺このピンクちゃんもーらいっ!」
「ハァ!?ズリーぞお前!」
「ま、落ち着けよ。ゆっくり出来るんだから」
アタシ達を縄で縛り付け、ニヤニヤと見下ろしている。
この人達の口ぶりからすると、誰かから頼まれてアタシ達を攫ったように思える。
…一体どうして?衝動的に攫ってしまった、というのであればまだ納得出来る。だけどアタシ達を攫ったことで何のメリットがあるんだろう。
そうして男達の下品な笑い声をBGMに考え事をしていると、不意にがちゃりとドアが開いた。
「ーーッ!」
出かけた声を慌てて飲み込む。
藍色の髪に小柄な体躯。間違いない、土屋君だ。
でも、どうしてここがーーと辺りをキョロキョロと見回していると、不意に秀吉の首元に、黒い何かが付いているのが見えた。…カメラ、いや、盗聴器…??
「…………灰皿をお取り替えします」
土屋君はそう言うと、こちら側に来て机の上に置かれたガラスの灰皿を取り替えた。
土屋君が背中に手を回し、何やら示した。
…えーと…何々?
『右』
『4』
右…はドアの方向…かしら。四、は四人来てる?それか、ドアの向こうに四人いる。問題は敵か味方か…だけど土屋君だけでここに来るとは考えにくいし…大方吉井君や坂本君辺りが助けに来てくれた、と見るのが正解だろう。
ちらり、と横を見れば葉月ちゃん以外はサインの意味が分かったのか、こくりと小さく頷いた。
「あ、あのっ!葉月ちゃんを放して、私達を帰らせてください!」
少しでもドアから意識を逸らせる為か、必死な形相で姫路さんが訴えかける。
「だってさ~。どうする?」
「それはオネーチャンたちの頑張り次第だよな?」
「やっ!さ、触らないでーー」
「ちょっと、やめなさいよ!」
「あーもう。うっせえ女だな!」
「きゃぁっ!」
チンピラの一人が島田さんを突き飛ばし、突き飛ばされた島田さんはテーブルを巻きこんで倒れた。
「み、美波ちゃん!!」
「アンタ達!いい加減にーー」
姫路さんが慌てて島田さんに駆け寄り、アタシが怒鳴ろうとしたその時。
「おじゃましまーす!」
ドアが勢いよく開き、吉井君が入ってきた。姫路さんと島田さんに目をやってから、チンピラを鋭い目つきで睨む。
ーーそれはもう、今まで見たことのない形相で。
「ハァ?お前誰よ?」
吉井君の雰囲気に気付かないチンピラの一人が、そう絡む。
「それでは、失礼して………」
そう言いつつ、吉井君はそいつの手首を握ると、
「死にくされやぁぁっ!」
股間を思い切り蹴り上げた。
「てっ、てめえ!ヤスオに何しやがる!」
ゴキ、と鈍い音を立てて殴られるけれど、そんなの関係ないとばかりに顔面にハイキックを叩き込んでいた。
「テメェら!よくも美波に手をあげてくれたな!全員ブチ殺してやる!」
「……アキ…」
そう吠える吉井君と、怖いような、でも嬉しそうな様子でそれを見つめる島田さん。
「コイツ、吉井って野郎だ!」
「どうしてここが!?」
「とにかく来ているのなら丁度いい!ぶち殺せ!」
テーブルを蹴散らし、吉井君に群がる四人のチンピラ達。吉井君も応戦するけれど、やはり複数人では分が悪いのか後ろや横からパンチやキックが次々に入り、ふらりとぐらついてしまう。
けれど、 俯いた顔からちらりと覗く瞳は全く死んでいなかった。
「お前ら全員、絶対ブッ飛ばす……!」
「チッ!舐めてんじゃねえぞーーぐほぉっ!!?」
「やれやれ……少しは頭を使って行動しろっての」
吉井君に突っかかっていたチンピラが、鋭い蹴りでノックダウンされる。
ドアを開けた坂本君の横で、
「雄二!夏目君!」
「貸しイチ、だからな?」
坂本君が間髪を入れず近くのチンピラを殴る。夏目もズカズカと室内に入ると、手当たり次第チンピラ達を殴る蹴る。
「大丈夫か?」
そして、アタシ達の方には樋野君がやってきた。手にはカッターを持っていて、アタシ達を縛り付けていた縄を次々と切っていく。
「ありがとう、助かったわ」
「いやいや、無事でよかった」
にこり、と微笑む樋野君を見て、心の中に安堵感が広がる。チンピラ達に手を下す吉井君、坂本君、夏目らに視線をやると、そんなアタシを見て樋野君は先程までの微笑みから一転、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。
「な、何よその笑い方」
「いやあ…惣司郎の奴、凄かったなって思ってよ。お前が校内に居ないと分かった時の焦りようと言ったらーー」
「動くなよテメェら!!」
その声で、ピタリと動きを止める。声の方へ視線を向けると、チンピラの一人が葉月ちゃんに刃物を向けていた。
小さい子を人質に取るなんて、なんて卑怯なの!!
「葉月っ!」
「大人しくしねえと、ヒデェ傷をーー」
「………負うのはお前」
「ごはぁっ!!」
チンピラは白目を剝いて倒れる。その後ろには、クリスタルの灰皿を振り切った土屋君が佇んでいた。
「お姉ちゃん!!」
「葉月!怖かったよね…?無事でよかった…!」
ひしりとお互いを抱きしめる、島田さんと葉月ちゃん。うーん…美しきかな姉妹愛…。
ちらり、と秀吉に目をやれば、まぁ当然だけども怖がる素振りはなく、吉井君や坂本君と話している。アイツが一番触られていた気もするけど、全く気にした風でもない。
少し複雑な感情で秀吉を見ていると、夏目がこちらに寄ってきた。…尚、服に付いた(恐らく鼻血など)血痕からは目を逸らす。
「無事で、よかった」
アタシの体を一回り見て、安堵したようにため息をつく。余程慌てていたのか、額から玉のような汗が流れていた。
「当然でしょ」
何だか恥ずかしくなって、ハンカチを渡してそっぽを向いた。視線だけ少し戻せば、ハンカチを握り小首を傾げている。
「汗!汗出てるのよ暑苦しいからさっさと拭きなさい!」
「そうか、ありがとう」
そう言うと遠慮なくアタシのハンカチで顔を拭き始める。……まぁ、察してはいたけど……本当に配慮というかデリカシーがないのねコイツ…。
「お前な…せめてちゃんと洗って返せよ?」
「??ああ」
呆れたように樋野君が声をかける。夏目も頭上にはてなマークを浮かべつつも頷いた。
「…それで?どうするのさ、この有様」
「んー…とりあえず出てサツに通報するか。帰るぞ、お前ら」
代表に腕を絡められ、辟易としてる坂本君が先頭をきって部屋から出て行く。その後にボロボロな吉井君と吉井君を支える秀吉が続き、心配そうな姫路さん、島田さん、葉月ちゃんも部屋から出た。アタシ達も続けて部屋から出る。
「お客様、お会計はーー」
「ああ、ツレがまだ中にいるんでな。ソイツらが払う」
「はぁ、かしこまりました…」
……金払いを押し付けるなんて、坂本君はちゃっかりしてるわね。
回らない頭で、そんなことが頭をよぎった。