如月グランドパークから如月ハイランドに修正しました。
清涼祭編の方を確認したら如月ハイランドの方にしていたので…。
雄二side
「……ぅじ、おきて」
誰かに、揺さぶられているような感覚がする。
もう朝なのか。だが今日は土曜日で学校は休みだ、わざわざ早起きする理由はない。
微かに開きかけた瞼を閉じる。
……それにしても土曜日に起こしにくるとは、おふくろのドジも大概にして欲しいものだ。…まあ、ウニとタワシを間違えて夕飯に出されるよりは百倍マシだが…。
「……………雄二」
「……んん、今日は土曜だろ…?まだ起きなくても別に、」
「…………起きないなら、一人で婚約届を出しに行く」
「おはよう翔子。今日はいい天気だな」
身の危険を感じ取り一瞬で目を覚ます。
あ、危なかった…。危うく知らぬ間に入籍させられるところだった…。
そう安渡すると同時に、ん?と頭に疑問符が浮かんだ。
「……翔子?お前何でここに」
学校がある日であれば、翔子が押しかけてくるのは日常茶飯事だ(と言ってもやめてもらいたいが)。
しかし繰り返すが今日は土曜。翔子がウチに、というか俺の部屋に押しかけてくる理由はない。
それに不可解な点がもう一つ。翔子の服装がやけに気合いが入っているように思える。
翔子は基本服に無頓着だ。ラフな格好でウチを彷徨いている時も多い(これもやめてもらいたい)。
それが今日はどうだ。上品さを際立たせる赤色のワンピースに薄紫色の上着。加えて胸元にはきらりと光るネックレス。まるでこれからデートにでも出掛けるような服装だった。
「(……いや、まさかな)」
一瞬頭に過った可能性を即座に否定する。
確か如月ハイランドのチケットに記載されていたプレオープンの日付は今日だった気がするがーーいやいやまさか。そもそもあれは明久が夏目に譲ったのだ、翔子の手元にあるわけがない。
「…………雄二。約束」
ーーしかし翔子が鞄から取り出しのは、如月ハイランドのプレオープンチケットだった。
「……」
「………………雄二?」
「悪い、ちょっと用が出来た」
枕元に置いていた携帯を手繰り寄せ、番号通知をオフにしてから明久の電話番号を呼び出す。
数秒後のコール音の後、奴は軽快な声色で電話に出た。
『はいもしもし』
「………………………………………………キサマヲコロス」
『えっ何何誰!?!?めちゃくちゃ怖ーー(ブツっ)」
明久の狼狽した声を聞きながら電話を切ると、少しだけ気分が晴れた。
直接的に渡したのは夏目だろうがーーそれでも大元を辿れば原因は明久にある。
まあ夏目が翔子に渡す事を知ってて渡したのか知らずに渡したのかはわからんが、どちらにせよ今俺の溜飲を下してくれるのは夏目の淡々とした声より狼狽える明久の声だった。
「…………雄二、行きたい」
無表情な奴にしては珍しく、きらきらと目を輝かせる。そんな翔子とは対照的に俺は額を抑え溜息を吐いた。
「…………雄二」
「いやだ」
「…………行かないなら結婚」
「ちょっと待て!?話が飛躍しすぎじゃないか!?」
「…………約束」
途端、ドバッと身体中から冷や汗が出た。
走馬灯のように頭によぎった記憶。そうだ、確かプレオープンチケットなんて取れっこないと鷹を括って適当に返事してた…ような。
突っ立ったままの俺をよそに翔子は懐から雑誌を取り出す。『ハネムーン特集♡』と浮かれたピンク色の文字が見えて軽く立ちくらみがした。
「…………雄二」
パラパラと雑誌を捲っていた翔子がふと手を止め、開いたページをこちらに見せつけて来た。
「…………ここがいい」
頬を赤らめながら見せつけてきたページ。そこには『ハワイのオススメ挙式プラン♡一生の思い出になること間違いなし!』という見出しと共に教会の写真と挙式の大まかなプランがつらつらと書き連ねられていた。
「…………雄二がいいなら、お義母さんにも話を」
「わかった。如月ハイランドだな?支度するからちょっと待ってろ」
翔子を部屋から追い出し、はぁ、と溜息を吐く。
行きたくはないが仕方がない。お袋にハネムーンの話が伝わり外堀を埋められるよかちょっとデートに付き合ってやる方が万倍マシだ。
……最近、ただでさえ翔子ちゃんとはどうなのと煩いのにハネムーンの話なんかしたら本当に逃げ場がなくなっちまうしな……。
適当に選んだ服に腕を通しながら、これからの事を思いまた深く溜息を吐いた。
⭐︎
「………………いい天気」
「そうだな。お前が腕を絡ませながら関節技をして来なければもっと穏やかなんだがな」
「………………雄二は照れ屋だから。逃がさないように」
「いだだだだっ!?逃げねえから更に締め付けるな!」
電車とバスを乗り継ぐこと数時間。俺達の眼前には如月ハイランドの門が聳え立っていた。
ようこそ如月ハイランドへ、という文字の横に青色と黄色のキツネのキャラクターが添えられている。おそらくコイツらが如月ハイランドのマスコットキャラクターなのだろう。
「……なあ翔子。悪いが少し腹が痛くて、」
「………(バチッ)」スタンガンをちらつかせる翔子
「なんでもない。行こうぜ」
「………(こくり)」スタンガンをしまう翔子
あ、あぶねえ!!危うく気絶させられてその内にウェディング体験どころか結婚させられるところだった!!
如月ハイランド側も今回のウェディング体験を通して最終的には俺達をここで結婚させようと狙っているだろうし……と思うと背中が粟立つ。今日はいつも以上に油断が出来ない日になりそうだ。
「イラッシャイマセ。チケットを拝見シマース!」
覚悟を決めて門扉を開くと、右手側のチケットカウンターからカタコトの日本語でチケットを要求された。顔立ちこそアジア人のようだが、どこか違う国から来たのだろうか?
翔子が鞄からチケットを取り出し、スタッフに渡す。すると受け取った瞬間スタッフは顔色を変え、俺たちに背を向けると尻ポケットから無線を取り出した。
「ーー私だ。例の客が来た。例のプランの手筈を進めろ」
「おい。なんだその物騒な通信は」
「オーウ……。ワタシアマリニホンゴワカラナイネ」
「嘘つけ。さっき流暢に喋ってただろうが」
HAHAHA、などわざとらしく口に出して笑うスタッフ。いや全く誤魔化せていないが、とツッコミを口に出す前に「デハ、記念の写真撮影に移りマース!」と強引に流されてしまった。少し開けた場所に案内され、立たされる。
「……こちらカメラです」
「オーウ!アナタが持って来てクレタノデスネ。ワザワザアリガトウゴザイマース!助かりマース!」
やって来た別のスタッフに対し頭を下げてカメラを受け取る似非外人スタッフ。
……コンビニとかならともかく、こういったアミューズメントパークの場で、しかも客の目の前でスタッフ同士が気を遣うことなどあるだろうか。
それに帽子を目深に被っていて顔こそあまりわからないが、なんだかあのスタッフから馴染み深い間抜けな雰囲気をひしひしと感じる。……試してみるか。
「ちょっと失礼」
「?ドウゾ」
携帯を取り出し、非通知設定で「吉井明久」宛に電話番号を呼び出してみる。
Prrrrr!Prrrrr!
「あ、すみません。僕ですね」
ほぼ同時にカメラを持ってきたスタッフが尻ポケットから携帯を取り出し、電話に応じた。
「…………いよう明久。てめえ随分と面白そうな事してるじゃねえか……!!」
「人違いですっ!!」
ダッ!
「あ、こら待ちやがれ!!」
脱兎の如くその場から逃げ出す明久。後を追おうとしたが似非外人スタッフに阻まれた。
「マアマア。落ち着いてクダサーイ」
「邪魔するなこの野郎!!」
「彼女ハ山田・クリスティーヌ・花子(三十歳)。幼い弟のタメニ出稼ぎにキタ家族思いのヤサシイ子デース。吉井ナントカさんではアリマセーン」
「黙れ!!人種性別年齢氏名全てにおいて嘘を吐くな!!ついでに変な御涙頂戴エピソードを盛るな!!あと俺は吉井なんて一言も言ってねえからな!?」
そんなやりとりをしている間に、明久の姿はすっかり見えなくなってしまった。
クソ、と歯軋りしながら思考を回す。
どういう経緯かはわからんが俺が思っていたよりどうやら話がデカくなっているらしい。でなければただの一学生が如月ハイランドのスタッフとして働くことなどないだろう。
……そういえばババア長がウェディング体験の企画書を出せとか言ってたな?……なるほど、プランを練る代わりにスタッフとして参加させろと学園側が交渉でもしたんだろうーーババア長も腕輪のことで明久に借りがあるからな、頼まれたら断れまい。それに、この程度で済ませてくれるならババア長からしても願ったり叶ったりってわけだ。
……そして。この話に噛んでいるのはおそらく明久だけではないはずだ。明久は企画書を夏目に届けているーーつまり夏目や木下姉も関わっている可能性が極めて高い。……一つ、確かめてみるか。
「おっと、ムッツリ商会にも出回っていない貴重な明久の寝顔写真をうっかり落としちまった」
「「「……!!(ガバッ)」」」
三人の、帽子を目深に被ったスタッフが顔を上げーー慌てて俯く。遠目からで顔は見えなかったがおそらく姫路、島田、久保だろう。
久保がいるという事はやはり夏目や木下姉もいるに違いない。それに加えて姫路や島田もいるとなると、ムッツリーニや秀吉も間違いなく噛んでいる。……あンの大馬鹿野郎、面倒な事にしやがって……!!
舌打ちをし、写真を拾おうとしたがーーその前に翔子がその写真を拾い上げた。
「……翔子?」
「……浮気は許さない…!!」
「は?何言ってーーぎ、ぎゃあああ!!顔が陥没するかのような痛みがあぁっ!!?」
「……やっぱり、雄二は吉井の事が」
「ご、誤解だ!!これは使えるかもと思って家に泊まった時に撮っておいただけで別に他意は、」
「……許さない。私は雄二とお泊まりしたことないのに……!!」
「ぐぎゃああああ!!」(ペキッ)
「オーウ、ラブラブなお二人デスネー!お写真お撮りシマース!サン、ニ、イチ……」
パシャ、とフラッシュが焚かれる。
ぐうぅ……!!アイアンクローをかけられている光景を見てラブラブとか抜かしやがったあのスタッフ、頭がおかしいんじゃないだろうか。
「印刷してくるのでお待ちクダサーイ!」、とスタッフがチケットカウンターの奥へ消えていく。
一方、翔子といえば「ラブラブ」という単語で機嫌を直したのか頬を赤く染め、ようやく俺を解放した。
……顔の骨格が歪むかと思った……!!
「お待たせ致しマシタ!こちらお写真デース!サービスで加工もしておきマシタ!」
と、戻って来たスタッフから渡された写真には、俺が翔子にアイアンクローをされている姿がバッチリ写されていた。その周りがハートで囲まれており、下部は「私達、幸せになります」という浮かれた文字と共に天使のような格好をしたキツネのキャラクターが添えられている。
……これを見て幸せな結婚を連想する奴はおそらくまともではないだろう。
「トッテモお似合いデース!デハデハ、引き続きパーク内をお楽しみクダサーイ!」
似非外国人スタッフに見送られながらチケットカウンターを後にする。と、同時に、青い狐の着ぐるみがズカズカと近付いてきた。
「こんにちは。ぼくはノイン。とってもすてきなラブラブカップルのおにいさんとおねえさん。ぜひ、ぼくにパーク内を案内をさせてほしいな」
「……着ぐるみらしくもう少し愛嬌と抑揚を付けてから来い、夏目」
「む?何故気付い「こんにちは!私はフィー!!私もぜひご一緒させて欲しいな!!」」
ノインこと夏目の声を遮ったのは何処からか駆けつけて来た黄色い狐の着ぐるみだった。……この(夏目に対する)フォローの速さはおそらく木下姉だろう。
「……(こくり)」
「おねえさんありがとう!それじゃあ、オススメスポットに案内するから着いて来てね!」
「……大人しく着いていくから腕を組むついでと言わんばかりに関節技を決めるのをやめてくれ、翔子」
「一連の所作に一つも無駄がない流れるような締め上げだった。流石ラブラブカップルだな、息ピッタリだ」
「……ラブラブカップル……(ポッ)」
「いだだだだだ!!おい夏目余計な事言うんじゃねぇっ!!!力が更にこもったじゃねえか!!」
舞い上がった翔子に俺の声は届かず、結局目的地に辿り着くまで関節技を外してもらえなかった。
夏目は一夜漬けで渡された台本を覚えて来ました。
このタイミングでこのセリフを言う、というところまでキッチリ決められている為、台本にないことを話す時は普通の口調になってます。