「着いたよ!ここがフィーのオススメスポット、お化け屋敷で〜す!」
先導していたフィーこと木下姉が立ち止まり、こちらを振り返った。
その背後には廃ビルのような建物が建っており、他のアトラクションより離れた位置にあるせいか異質な雰囲気を漂わせている。お化け屋敷という立て看板が無ければアトラクションとも思わなかっただろうーーそのくらい、如月ハイランドの中で浮いた存在になっていた。
「わあ、雰囲気があってすごくこわいなあ。フィー、これはどんなアトラクションなの?」
「このアトラクションはお化けが出ると噂の廃病院を探検するアトラクションよ。どんな事が起こるかは入ってからのお楽しみなんだけどーー今日は特別なイベントも起こるみたいだから、楽しみにしていてね」
「へえ、そうなんだ。それじゃあ二人とも、楽しんできてね」
演劇が好きな秀吉の姉とだけあってか木下姉は上手いのだが……夏目がずっと棒読みなせいで着ぐるみ二人のやり取りはとてもちぐはぐだった。
微妙な目で二人を眺めていると、そうだ、とノインが翔子に近付く。
「その荷物は動きにくいだろう。良ければこっちで預かるぞ」
「……持てる?」
「俺ーーじゃなかった。ノインの腕に持ち手を通してくれ」
「……(こくり)」
ノインが並行に腕を伸ばし、翔子がそこに黒色の鞄を引っ掛けた。
……一応ここのマスコットキャラクターであろうに、その着ぐるみに対してそんな洗濯物の干し竿みたいな扱いをして怒られないのだろうか。
「横にしないように気をつけてほしい。溢れちゃうから」
「?わかった」
溢れる?あのデカい鞄には一体何が入っているのだろうか。
「……雄二、行こう」
「わかったからいい加減関節技を解いてくれ。そろそろ腕の感覚が怪しくなってきた」
「「いってらっしゃ〜い」」
着ぐるみ二人に見送られながら、横開きのドアを開き中へ入る。
「…もしもし、アタシよ。二人がお化け屋敷に入ったわ。……ええ、吉井君考案の作成を実行して頂戴」
ドアが閉まる寸前、木下姉のそんな声が聞こえた。
……へえ。明久考案の作戦か。面白い、受けて立ってやろうじゃねえか…!
蛍光灯の電気がぱち、ぱち、と不安定に瞬くだけの薄暗い室内を進んでいく。シンと静まり返った建物内には俺と翔子の足音だけが響いていた。
室内では冷房でも効かせているのか外よりも少し寒いように感じる。……明久の案なのか、それとも元からこういう演出なのかは不明だがーー雰囲気はかなり出来上がっていた。
「……少し怖い」
「珍しいな、お前が怖がるとは」
俺もそうだが翔子もこういったものにあまりビビるようなタイプではない。雰囲気にでも呑まれたのだろうか。しかし怖いと言いつつも特に何かをして欲しいわけでも無さそうだったので、気にせず順路の表示に従い進んでいった。
一階は何事もなく通り過ぎ、二階に上がり廊下を少し進んだところでーー天井付近に設置されているスピーカーから微かにノイズ音がした。
『ーーの方がーーよりもーー』
ノイズ混じりに音声が聞こえる。プツプツとところどころ途切れており明確には聞こえなかった。
……怨嗟の声とか、そう言った演出だろうか?
「……この声、雄二?」
「そうなのか?」
どうやら俺の声と似ているらしい。もしかして秀吉に物真似でもさせたのだろうか。……まあ、自分の声が聞こえるってのは怖いっちゃ怖いが明久にしては普通の演出過ぎるような
『姫路の方が翔子よりも好みだな。胸も大きいし』
「……雄二。覚悟は出来てる?」
「怖ぇっ!翔子が般若のような形相に!確かにこれはスリル満点の演出だ!!」
なんて恐ろしい事を考えるんだあの野郎…!俺をここから生きて出さないつもりなのか!?
なんてビビっていると、背後からバンッ!と仕掛けを作動させる音が聞こえた。ナ、ナイスタイミング!!助かった!!
「しょ、翔子!!何か出て来たぞ!!」
音のした方向に顔を向けると、そこには先程までは無かった場所に突如あるものが現れていた。それはーー
「……気が利いてる」
……釘バット?
「畜生っ!よりによって処刑道具まで用意してくるとは!趣旨は全く違うが最強に恐ろしいお化け屋敷だっ!!」
「……雄二。逃がさない」
その後、釘バットを持った幼馴染に追い回される斬新なアトラクションを一時間近く楽しむ羽目になった。
……しかし、明久はこれで俺と翔子がくっ付くと本気で思っているのか?
少し明久の頭が心配になった。
⭐︎
「えーっ!いいじゃん、アタシらも案内してよぉ」
「オレ達もオキャクサマなんだからサービスしろよ、あぁ!?」
「申し訳ございませんお客様。こちらはスペシャルプランのお客様のみ対象でして……」
スリル満点のお化け屋敷から出てくると、ノインとフィーがチンピラカップルに絡まれていた。
……何というか、着ぐるみが丁寧語で話しながら頭を下げる姿は少し痛ましく感じる。それは翔子も同じだったのか、フィーに駆け寄ろうとしたところをーー俺が腕を掴んで止めた。
「……雄二、放して」
「落ち着けよ翔子。その内違うスタッフが来て何とかするだろ」
「……でも、」
翔子が反論しようとしたところで、「きゃあ!」と悲鳴が上がる。どうやら煮え切らないフィーの態度に苛立ちを覚えたのか、チンピラカップルの男がフィーの腕を乱暴に掴んだようだ。
「ーーッ!!」
ノインが男目掛けて拳を振ろうとした、その時。
「どうかなさいましたか、お客様」
妙な仮面を付けたギャルソンスタイルのスタッフが間に入った。
目元を隠しているが焦茶色のショートヘアと、仮面の隙間から覗く緑色の瞳にはとても見覚えがある。……秀吉だ。
「おうおうおう、こいつらがよぉ、ガキカップルには案内してやってんのに俺達には出来ねえっつうんだ」
「ねー、これってヒイキってやつでしょ?アタシらも同じオキャクサマなのに、ひどくない?」
「申し訳ございません。こちらはプラス料金をお支払いいただいたプレミアムチケットのお客様にのみ実施しているサービスでして。代わりといってはなんですが、レストランの特等席にてランチの準備をいたします。いかがでしょうか?」
「おい、特等席だってよ」
「いいじゃん!いくいくー!」
「かしこまりました。それではご案内いたします」
すっかり上機嫌になったチンピラカップルを連れて秀吉が場から去っていく。
……それにしてもよく口が回るもんだ。プラス料金が発生するプレミアムチケット、と言われてしまえば扱いに差がある事も納得出来るし、そこで終わらせず代わりのサービスを素早く提供する事で気を逸らす二段構え。
秀吉は普段こそ大人しい良識人だが、たまに息を吐くように嘘を吐くなど大胆不敵な一面がある。
その大胆さが秀吉のいいところであり厄介なところでもあるわけだがーー今回に関してはいいところと言うべきだろう。
「……ところで特等席とやらはあんのか?」
「アタシよ。今から秀吉が面倒な客を連れていくから二階にあるあの無駄に豪華なテラス席に通しなさい。特等席って札も付けて置いといて。ーーそれから、今から二人も連れて行くから準備お願いね」
「おい。堂々と不穏な通信をするな木下姉」
もはや隠す気も失せたのか、チンピラカップルに絡まれたせいで張っていた気も削がれてしまったのかーー俺達の目の前で無線連絡を入れるフィー、もとい木下姉。
「ということで二人とも。そろそろランチタイムだしレストランに案内するわ。着いて来て頂戴。」
「……あ…」
「どうした翔子」
「……何でもない。ランチ、楽しみ」
一瞬、翔子の表情が曇ったような気がしたがーー翔子はすぐにいつもの無表情に戻り、俺の手を引いて早足でフィーに続く。
「……」
翔子に引き摺られながらちらりとノインを見やる。
ノインは俺の視線に気付いたのか、俺も知らんぞと言わんばかりに首を横に振った後、俺達の後ろに続いて歩き出した。