バカな筋肉と優等生   作:にと‪ ꪔ̤

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第五問

 

『それではいよいよ本日のメインイベント、ウェディング体験です!皆様、まずは新郎の入場を拍手でお迎え下さい!』

 

園内に響き渡っているのではないかと思えるほどの拍手の音が聞こえて来た。何人かはサクラだろうが、どうやら釣られて一般客も拍手をしているようだ。

 

「坂本君。出番だよ」

「…………ケッ」

 

久保に促されるまま、トントン…と小さな階段を昇る。

久保はまだスタンガンを持っている可能性が高い為、ここは言う事に素直に従っておく方が懸命だろう。それより進行の最中で体調が悪くなったと訴える方が逃げられる可能性は高そうだ。例え仮病だろうが体調が悪いと言われてしまえば如月ハイランド側は企業イメージを損なわせない為にも中止せざるおえないだろう。

とにかくこの場さえ逃げ切ってしまえば後はどうとでもなる。

階段を昇りきり、ステージに上がるとその光景に一瞬眩暈がした。

 

「おいおい……。何だよこのセット……」

 

数えきれないスポットライトにライブステージのような観客席。スモークの設備の他、バルーンや花火まで準備されているように見える。向こうに見える電飾なんていくらかかっているのか見当もつかない。

 

『それでは新郎のプロフィールの紹介をーー』

 

ん?俺のプロフィール紹介か。まるで本物の結婚式だな。目的のシーン以外の部分もしっかり調べてあるようだ。きっと明久にでも聞いて細かく下調べを

 

『ーー省略します』

 

手ぇ抜きすぎだろ。

 

「ま、紹介なんていらねぇよな」

「興味ナシ〜」

「ここがオレたちの結婚式に使えるかどうかが問題だからな」

「だよね〜」

 

最前列に座っている連中からそんな声が聞こえて来た。

声の主は……ノインとフィーに絡んでいたチンピラカップル共だった。しかし最前列に座っておいてデカい声で会話とは。見た目相応のマナーしか持っていないようだ。

 

『……他のお客様のご迷惑になりますので、大声での私語はご遠慮頂けるようお願い致します』

 

「コレ、アタシらのこと言ってんの?」

「違ぇだろ。俺らはなんたってオキャクサマだぜ?」

「だよね〜っ」

「ま、俺たちのことだとしても気にすんなよ。要は俺たちの気分が良いか悪いかってのが問題だろ?な、これ重要じゃない?」

「うんうん!リュータ、イイコト言うね!」

 

調子に乗った、下卑た笑い声が一層大きく響き渡る。

主催側もイベントの邪魔になる要因は排除したいのだろうがーーあれだけ騒がれてしまうと手が出せないようだ。まあ、宣伝目的のイベントで悪評流されたらたまったもんじゃねえからな……。

 

『ーーそれでは、いよいよ新婦のご登場です』

 

心なしか音量の上がったBGMとアナウンスが流れ、同時に会場の電気が全て消えた。足元にはスモークが立ち込め、否応ナシに雰囲気が盛り上がる。誰もが、固唾を飲んで新婦の登場を待っていた。

 

……はは。これで翔子に花嫁衣装が似合っていなかったら興醒めもいいところだな。

 

脱出はひとまず後回しにしよう。せっかく来たんだし、翔子のドレス姿くらい見ておくのも一興だろう。

そんな事を考えながら待っていると、目が暗闇に慣れるより早く一条のスポットライトが点された。

 

『本イベントの主役、霧島翔子さんです!』

 

アナウンスと同時に更に幾筋ものスポットライトが壇上を照らし出す。暗闇から一転、眩く輝き出す壇上に思わず目を瞑ってしまった。

そして再び目を開けた時に飛び込んで来た姿にーー俺は一瞬、言葉を失った。

幼い頃から知り合いだったにも関わらず、今日初めて出会ったような錯覚に陥るほど見違えた姿。彼女は花嫁と呼ぶに相応しく嫋やかに佇んでいた。

……あれは、誰だ?

 

「…………綺麗」

 

静まり返った会場から溜め息と共に漏れ出た、誰のものともわからない台詞。だが、その言葉は何に阻まれることなく俺のところにまで届いて来た。

余程入念に作り込んだのか純白のドレスには皺一つ浮かべる事なく着こなされている。スカートの裾は床に擦らないギリギリの長さに設定されているようで、アイツがステージの中央に来るまでの間、一度も裾が床に触れることはなかった。

 

「……雄二」

 

ヴェールに素顔を隠し、シルクの衣装を纏った翔子が、不安げにこちらを見上げる。

胸元に掲げている小さなブーケが所在なげに揺れた。

 

「……翔子、だよな?」

「……(こくり)」

 

翔子が小さく頷く。頬を赤く染めながら、恥ずかしげに口を開いた。

 

「……どう?……私、お嫁さんに見えるかな…?」

「安心しろ。少なくとも婿には見えない」

 

未だ動揺が抜けず、つい反射で答えてしまった。だが、頭が真っ白な今の状態では思考がまとまらず、それ以上の言葉は発せなかった。

 

「…………嬉しい……」

 

一呼吸間を置いた後そう呟くと、目の前の少女は俯き、胸元に抱えたブーケに顔を埋めてしまった。そして、それ以上言葉を発する事なく静かに震え出す。

 

『ど、どうしたのでしょうか。花嫁が泣いているように見えますが……?』

 

仕事を思い出したかのようにアナウンスが入る。

……泣いている?

言われてみて初めて気付く。俯いて肩を震わせてーー翔子は、静かに涙を流していた。

 

「お、おい……。どうした……?」

 

ヴェールとブーケが邪魔で表情が窺えない。なんで急に泣き出したんだ?

観客も少しずつざわめき始めていた。そんな中、彼女は小さな、だがハッキリと聞き取れる声で呟いた。

 

「……ずっと、夢だったから」

『夢……ですか?』

 

「……小さな頃からずっと、夢だった……。私と雄二、二人で挙式をあげること……。私が雄二のお嫁さんになること……。……私一人じゃ絶対に叶わない、小さな頃からの私の夢……」

 

口数が少ない翔子が懸命に紡いだ言葉は、俺に形容し難い何かの感情を換起した。

幼い頃のとある事をきっかけに抱かれた、コイツから俺への想い。それは罪悪感と責任感からくる勘違いの感情であるはずなのにーーどうしてコイツはこんなにも揺るがないのだろう。

 

「……だから、本当に嬉しい。他の誰でもなく、雄二とこうしていられることが……」

 

言い終わると翔子はまた俯き、ブーケに顔を隠してしまった。微かに肩を震わせているところを見ると、またはらはらと涙を流しているのだろう。

それに釣られるように会場のどこからか啜り泣く声が聞こえた。……随分と涙もろい奴もいたもんだな。

 

『どうやら嬉し泣きのようですね。花嫁は相当に一途な方のようです。さて、花婿はこの告白にどう応えるのでしょうか?』

 

どう応える、だと?そんなもの決まっている。

場所がどこだろうと、時間がいつであろうと、俺がやるべきことはただ一つ。コイツの勘違いを解いてやることだ。

……それしか、こんな事に長年を費やしてしまったアイツへの贖罪は果たせないのだから。

 

「翔子。俺は……」

 

そう、頭ではわかっているはずなのに。

後に続く言葉は何故か上手く出てこなかった。

 

「あーあ、つまんなーい!」

 

何を言うべきなのか。伝えるべき言葉を探している最中、観客席から大きな声があがる。俺は慌てて口を噤んだ。

……よくわからないがどこか安渡している自分がいる。ということは、これは俺にとって天の助けなのだろうか。

 

「マジつまんないこのイベントぉ〜。人のノロケなんてどうでもいいからぁ、早く演出とか見せてくれな〜い?」

「だよな〜。お前らのことなんてどうでもいいっての」

 

どうやら俺の窮地を救ってくれたのは最前列を陣取る馬鹿二人組のようだ。会場が静まり返っていたおかげで発言者がはっきりわかる。

 

「ってか、お嫁さんが夢です、って。オマエいくつだよ?なに?キャラ作り?ここのスタッフの脚本?バカみてぇ。ぶっちゃけキモいんだよ!」

「純愛ごっこでもやってんの?そんなもん観る為に貴重な時間割いてるんじゃないんだケドぉ〜。あのオンナ、マジでアタマおかしいんじゃない?ギャグにしか思えないんだケドぉ」

「そっか!これってコントじゃねぇ?あんなキモい夢、ずっと持ってるヤツなんていねぇもんな!」

「え〜っ!?コレってコントなのぉ?だとしたら、超ウケるんだケドぉ〜!」

 

口々に文句を言い、終いには翔子を指差してせせら笑う二人組。すると、舞台裏からガタガタッと大きな音がした。

 

『んだとテメェらっ!もういっぺん言ってみやがれ!!』

『あ、明久君落ち着いてください!ステージが台無しになっちゃいますっ!』

 

マイクが音声を拾っていたのか、そんな放送が流れ出す。どうやら何処ぞの馬鹿が暴れ回っているようだ。

どこで暴れているのやら、と観客席から舞台裏へ視線を移した、その一瞬の間に。

 

『は、花嫁さん?花嫁さんはどちらに行かれたですかっ?』

 

 

忽然と、翔子は姿を消していた。

先程まで立っていた場所に、ヴェールとブーケを残して。

 

 

「……」

 

やれやれ、と溜め息を吐く。

何処に隠れていたのやら、如月ハイランドのスタッフがわらわらと現れては慌ただしく駆け出す。霧島翔子さん、と懸命に呼びかけているが勿論返事はない。

……ふむ。どうやらイベントは中止のようだ。

全く、如月ハイランドも大々的に準備していたイベントがこんな形で潰されるとは……とんだ災難だな。

 

「さ、坂本雄二さん!貴方も一緒に探してください!」

「断る。俺には関係ないことだ」

 

そうだ。アイツの思いは勘違いで、俺はそれに巻き込まれただけ。その事でアイツが何を言われようと俺には関係ない。そう、関係ないのだ。

 

「……ったく、面倒くせぇな……」

 

壇上に残されていたヴェールを何となく拾い上げる。それは羽のように軽いはずなのに、涙で湿っていて少し重たかった。

バタバタと慌ただしく動き回る人の波の合間を縫い、壇上から降りると、俺を待ち構えていたのか島田と木下姉と秀吉が居た。

 

「ね、ねぇ、坂本!心当たりは無いの!?」

「無い。……悪いが便所に行きたいんだ、通してくれ」

「坂本君、アンタねぇ「あ、姉上落ち着くのじゃ!便意は仕方なかろう!」」

「あ、ちょっと坂本!」

 

秀吉と木下姉がわちゃわちゃしている間を通り抜ける。……悪いがこんなところで足止めを食っている場合じゃない。

通路を真っ直ぐ進む事数分。退場客の列と合流し、そのまま進む。すると、五分も経たずに目的地が見えて来た。あまり遠くでなくて助かった。

 

「いや〜、さっきのマジでウケたな」

「うんうん!……私……結婚が夢なんです……。どう?似てる?可愛い?」

「似てる似てる!けどーーキモいに決まってんだろ!」

「だよね〜!」

 

……さて。それじゃあとっとと用事を済ませるか。

ゆっくりと歩み寄り、背後から声を掛ける。

 

「なぁ、アンタら」

「ぁあ?ンだよ?」

 

二人組が真っ茶色な顔を向けてくる。

……俺には関係ない事だから、決してアイツのためではない。ただーー俺個人が腹が立って仕方がないので、憂さ晴らしがしたいだけだ。

 

 

「ーーちょっとそこまで面貸せや」

 

 

借り物の上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。

準備運動は一つもしていないが、不思議と体は温まっていた。

 




次回、如月ハイランド編最終話です!
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