第一問
久保side
春の肌寒さも消え、夏に向け少しずつ暑くなり始めたこの頃。
僕は休日にも関わらず、ちょっとした荷物を抱えて学園へと足を運んでいた。
「おはよう、久保」
「おはよう、安田君」
校舎には向かわず、広々としたグラウンドの中心に行けばもうクラスメイトがちらほらとやって来ているようだった。疎に立っているクラスメイト達の少し奥にはバスが五台ほど並んでいる。
「珍しく遅かったね」
「ああ。勉強合宿とはいえクラスメイトと合同の泊まり行事だからな。落ち着かなくてあまり眠れなかった。おかげで寝不足だ」
「あはは。僕も同じだよ」
そう。何故休日に学園へ登校しているのかといえばーー卯月高原にて行われる学力強化合宿に参加する為だ。卯月高原というのは少し洒落た避暑地であり、暑くなり始め、何となく怠くなり始める今頃に気分をリフレッシュさせる為に行かせるのだとか。
「もう皆バスかな?」
「……みたいだな。一部の奴は人を待っているようだが」
確かに、バスの外にいるクラスメイト達は岡田さんだったり霧島さんだったり半田君だったりーー皆特定の人を待っているように思う。
その人達にも軽く挨拶を交わし、特に待ち人もいない僕らは一足先にバスに乗ることにした。
バス内は既に賑わっており、空いている席も限られている様子だ。さて、どこに座ろうかと一歩進んだところでーー右手側から、力強く手を掴まれた。
「……夏目君?」
「久保、頼む。隣に座ってくれないか?」
「え?僕が?」
とりあえず、後ろにいる安田君の邪魔になってしまう為、一旦席に座ることにした。
安田君は夏目君にも挨拶をした後、奥の方へと進んでいく。その後ろ姿が見えなくなったところで夏目君に向き直った。
「てっきり君なら木下さんと座りたがると思っていたんだけど……本当に僕でいいのかい?」
「ああ。お前がいい」
「そ、そう?」
……何というか、少し照れるな。
夏目君とはまだ出会って数ヶ月だけどーーこんなに僕のことを好く思ってくれているなんて思わなかった。……まあ、夏目君は良くも悪くも表情があまり変わらないから、感情がいまいち読み取りにくいというのはあるけれど。
気付かない間に育まれていた友情に少し感動していると、ちょんちょん、と後ろから腕を叩かれた。
「あー……久保。これ渡しとく」
「?樋野君?」
叩いてきた主は樋野君だった。その隣には笂さんが顔を覗かせている。
「エチケット袋?アンタそんなもん持ってたの?」
「まあな。でも、久保も持ってるだろ?」
「まあ、一応……」
「うんうん。なら足りるだろ。んじゃ頼んだぜ」
何を?、と樋野君に聞き返す前に後ろからおはよう、と声をかけられた。振り返ると、入り口側にいつの間にか木下さんと霧島さんが立っている。
「あ、あぁ…。おはよう、二人とも」
「姿を見ないと思ったら、二人とも早かったのね」
「まあな。それより入り口付近はまだ混み合うから、早く先に行くといい」
「……?えぇ、そうさせてもらうわ。行きましょ、代表」
「……(こくり)」
じゃあね、と手を振り木下さんと霧島さんは奥へと消えていく。
「…………」
「……どうした、久保」
「……夏目君。何か隠し事をしていないかい?」
じと…、と夏目君を見つめる。
今日の夏目君は何だかおかしい。木下さんの隣に座りたがらないのは勿論、(これは木下さんに限らずだけど)あんなにすげない態度を取ることは滅多にない。
「……実は、「全員乗車しましたか?確認の為、点呼を取ります」……また後で話す」
夏目君が何か言いかけていたが、タイミング悪く高橋先生に遮られてしまった。
夏目君は僕から視線を外すと窓の外を眺める。僕も何となく気まずくて自身の膝へと視線を落とした。
「……全員いますね。それでは出発します」
高橋先生がバスの運転手に声を掛け、自身も座席に着席する。ブロロロ……と大きな音を立ててエンジンがかかったところで、夏目君が口を開いた。
「……実は俺、乗り物が苦手なんだ」
そういうことは早く言って欲しい。
⭐︎
「風が気持ちいいわね」
「……(こくり)」
バスに乗車してから五時間ほど。
映画を付けてもらったり、カラオケをさせてもらったりしている内にあっという間に目的地の卯月高原へと到着した。
危うくカラオケで自分の出番が来るところだったから、本当に着いてくれて良かった…!
「……すまない久保。たすかっおろろろ」
「はいはい。部屋に行く前に医務室に寄って行こうか」
密かに胸を撫で下ろしていると、ふとそんな会話が聞こえて来た。
気になって声のした方に視線をやる。すると、バスの入り口付近ぐったりしている夏目とその背中をさすっている久保君がいた。
「……珍しく静かだと思ってたら、そういうことだったのね」
「……その声、優子だな?俺はこの通り元気いっぱいだーーぅおえ゛ッ」
「全く。久保君に迷惑かけてんじゃないわよ」
俯かせている顔はどう見ても真っ青で、とても元気そうには見えない。様子を隣で眺めていただけの代表も察せたようで、水をもらってくる、と駆け出して行った。
「まあまあ。夏目君なりに気を遣ってたみたいだしそんなに怒らないであげてくれないかい?僕も特に気にしてないし」
「でも……」
「本当に気にしていないんだ。だって、弱ってる姿を木下さんに見せたくないなんて理由で隠そうとしていたんだから、可愛いもんだろう?」
「……久保。お前本当は怒っているだろう」
「あはは」
夏目が睨み付ける横で久保君は涼しく笑っている。
……久保君が夏目と関わるようになってから、アタシの中の久保君のイメージは随分と変わったような気がする。取っ付きにくいイメージを持っていたけど、案外そんなことはなくて。他の生徒よりも少し真面目で頭がいいだけの普通の男子高校生なんだな、と思うようになった。
……もしかして、アタシも昔はそうだったのかな。ふと、そんな事を思った。
夏目と出会う前の、誰にでも優等生の仮面を被ったままだったアタシ。……別に仮面を被っていたことを後悔しているわけじゃない。間違ったことをしているわけじゃないと、それは夏目自身も言っていたことだし、アタシもそう思っている。
でも、昔のアタシより今のアタシの方が好きだ。それはきっと、ありのままのアタシも好きだとたくさんの人が教えてくれたから。このままでもいいと気付いたから。
……まあその代わり、
「……ふふ」
「木下さん?」
「何でもないわ。そろそろ代表も戻ってーー」
「い、急いで部屋に運び込むのじゃ!」
「クソッ!どんどん顔が白くなっていってやがる…!一刻の猶予もねぇぞ!?」
「…………AEDを借りてくる」
「「任せたっ!(のじゃ)」」
視界を横切っていった今の騒がしい一団はーー問題児でおなじみのあの四人組のようだ。
……吉井君が担架で運ばれていたみたいだけど、一体何があったのかしら……。心配、というより何をやっているのやら、と呆れ半分に眺めていると代表が水を片手に戻ってきた。
「……惣司郎。これ」
「助かる。いくらだった?」
「…………このくらい気にしなくていい。それより、今のは雄二達?」
「みたいね」
「……部屋割りが姫路と島田と一緒だったから、探してくる」
「姫路さんと島田さんとかい?」
「……Fクラスは女子二人だけだから。交流も兼ねてAクラス二人と同じ部屋にしたって高橋先生が」
「なるほどな。早く行ってくるといい」
「……また後で。お大事に」
パタパタと去る代表の背中をしばらく見守った後、アタシもそろそろ行こうかなと思い二人に声を掛ける。
「じゃあアタシも行くわね」
「うん。僕達も部屋に行こうか。だいぶ良くなっただろう?」
「そうだな。念の為袋だけもらっておこう。バスの中で使い切ってしまったしな」
じゃあ、と互いに手を振って二人と別れる。
四泊五日の短い間だけど、皆と長い時間を過ごせる。一体どんな思い出が出来るのだろう、とわくわくしていたのだ。
ーー少なくとも、この時までは。
夏目の乗り物酔いを知っているのはムッツリーニと樋野君の他は家族くらいです。普段から乗り物に乗らないように生活をしています、彼は。