強化合宿二日目。
先日は色々ありどっと疲れた為か、あの話し合いの後部屋に戻ってすぐに眠ってしまった。
お陰でアタシは今、自習時間にも関わらずーー
「ちょっとちょっと木下さん!昨日夏目さんから告白されたってマジなんですか!?」
「………工藤から聞いた。何があったのか詳しく知りたい」
「わ、私も気になりますっ!教えてください!」
岡田さん、霧島素人さん、菊池さんに詰め寄られていた。三人の奥には同室だった愛子やジェシー、戦国さんもいて、三者三様の表情を浮かべている。噂を広めたであろう愛子はにやにやと、ジェシーは瞳を輝かせて身を乗り出さん勢いで、戦国さんはそっぽを向いているが気になるようで時折視線をちらちらとこちらに寄越している。
「……愛子」
「だって優子ってば帰ってきたと思ったらさっさと眠っちゃうんだもん。色々聞きたかったのにさ〜」
愛子が、怒ってますと言わんばかりにぷうと頬を膨らませた。
…全く、困ったことになった。告白されたなんて誤解は解いておきたいけど本当のことを話すわけにもいかない。どうしようかな、と視線をさ迷わせていると。
「おお、姉上。昨日は申し訳なかったの」
ぽん、と秀吉に肩を叩かれた。
わざわざ口を出してきたところを見るに、何か考えがあるのだろうか。とりあえず黙って様子を見ることにする。
「体操着をまさか取り違えておったとは。急いで準備したものだから気付くのが遅れたのじゃ」
「……本当よ、しっかりしてよね」
「面目ない。後で届けてくれた夏目にもお礼を言っておこう」
「そうしなさい。じゃなきゃアタシがいる部屋なんて分からなかったでしょう、アンタ」
「うむ。丁度夏目も来たところだし伝えてこようかの」
じゃあ、と秀吉が去っていく。
…なるほど。ちょっと強引だったけど何とか誤魔化せたようだ。アタシを取り囲んでいた皆はなぁんだとつまらなさそうな顔に変わる。
「ハイハイ。もう気は済んだでしょ?皆自習に移りなさい」
「「「はぁい……」」」
ちぇ、と皆ばらばらと解散していく。
その背中を眺めながらほっと溜め息を吐いた。
…さてと。落ち着いたところだし、アタシも取り掛かろうかな。
教科書を広げ、ノートを取り出したところで新たに近寄って来た人の気配に気が付いた。
「おはよう。代表、姫路さん、島田さん」
「…………おはよう、優子。ここ座ってもいい?」
「もちろん構わないわ。それにしても、三人共随分仲良くなったのね?」
「うーん、まあそれは否定しないんだけど……。ちょっと今困ったことがあって、優子にも相談に乗ってもらいたくて三人で来たの」
「アタシ?」
アタシの向かい側に代表と姫路さんが、隣に島田さんが座った。悩み相談というだけあり三人の顔は少しばかり暗い。
「…………優子は、昨日の騒ぎは知ってる?」
「……覗き騒ぎのこと?」
「そうそう!小山さんがカメラを見つけたんだけど、すっごく高そうなカメラで、もうこれは土屋しかいないって話になってアキ達にはお仕置きをしたんだけど……」
「……明久君や坂本君達が、それで止まるとも思えなくて……。それなので、木下さんのお力もお借りしたいんですっ!」
「あ、アタシの?」
代表がポケットから折り畳まれた紙を取り出して広げる。それは栞に挟まれていた館内図を拡大コピーされたもので、三階の角部屋から浴場に至るまでの道に赤い線が引かれていた。
「…………雄二達の部屋から浴場まで行くにはこのルートしかない」
「……吉井君や坂本君なら窓を伝って、って方法もあるんじゃないかしら」
「…………確かに、吉井達だけならするかもしれない。でも多分、今回雄二は人海戦術を取ってくると思う」
「どうしてそう思うの?」
「…………雄二達は、きっと先生達しか出てこないと思ってる。だからFクラス全員を動員して、人数差で押してくると思う」
「……」
「…………だから、こっちも人数差で押す。A、B、Cクラスの女子が入浴している間に、D、E、Fクラスの女子で迎撃しようと思ってる。……優子、どう思う?」
「いいんじゃないかしら。D、Eクラスの男子も来るならもう少し戦力が欲しいところだけどーーFクラス男子だけなら十分だと思うわ」
「…………ありがとう。今日のD、E、Fクラスの迎撃には私も行くつもり。だから優子には、万が一の場合の指揮をお願いしたい」
「わかったわ」
そう返事を返せば、三人の顔は少しだけ明るくなった。
随分と昨日の事を気にしている様子だけど……自分達に興味を持ってくれているのは嬉しいけど、裸を見られるのは困る、といったところだろうか。それとも他の女子の裸を見ようとしているのが複雑なんだろうか。
恋する乙女は大変ね、なんて他人事のように思う。
「じゃあウチ、早速D、Eクラスの子達に伝えてくるわ」
「あ、私も行きますっ!」
二人はそう言うなり立ち上がり、島田さんはひらひらと手を振って、姫路さんはぺこりと一礼をしてから場を後にする。残された代表は難しい顔をしたまま館内図と睨めっこをしていた。
「もしかして、配置がまだ決まってない?」
「……(こくり)」
「手伝うわ」
栞から名簿を抜き出してペンを取り出す。
結局配置の話だけでは止まらず、明日や明後日の予測の話もしているうちに自習時間はあっという間に終了してしまった。
⭐︎
入浴時間を迎えた脱衣所内は昨日より騒がしい。
それはそうだ。昨日覗き騒ぎがあった事はもう学年中に知られているし、代表から今度は本人達が直接来るかもしれないと話もあった。
皆頭の中はその事でいっぱいのようで、聞こえてくる会話は呆れているような、困惑しているようなものばかりだ。気持ちを落ち着かせる為か、会話に夢中で周りを見ていない人も多い。
つまり、皆の気が逸れているこの間ならちょっと変な事をしたところで目立たないわけだ。
「あーっ!ヘアピン落としちゃったー!」
わざとらしく声を上げ、床に屈み込んだ。
ごめんなさい、と心の中で謝りつつ、探すふりをしながら皆の尻を盗み見て回る。
……うう、何でアタシがこんな事を…!!
いくら目立たないとはいえ、何が悲しくて四つん這いで移動しながら女子の尻を盗み見なければならないのよ!
惨めな気持ちと罪悪感でいっぱいの、やり場のない気持ちを押し殺して確認していく。
……それにしても、尻に黒子がある子はちょくちょくいるけれど、火傷跡がありそうな子は見当たらない。火傷跡なんて目立つはずだからすぐに見つかるかと思ったのだけど……。
「ヘアピンって、これ?」
目の前に差し出された手。そこには黒色のヘアピンが二つ置かれていた。
「おーい、優子?」
「……愛子」
顔を上げる。愛子がアタシと同じように座り込んで、にこにこと微笑みながらヘアピンを差し出していた。
……アタシはヘアピンを落としたフリをしただけだから、ヘアピンが出てくるはずがない。それにいつも一緒にいるはずの愛子ならよくわかっているはずだ。……アタシがいつも付けているヘアピンが、白色だってことくらい。
愛子の真意が分からず、じっと見つめる。しかし愛子は怖い顔してどうしたの?、なんて笑みを浮かべたままだ。
「……ありがとう」
とにかく、このままでは愛子にだけではなく周りの子達にも不審がられてしまう。
ヘアピンを受け取ろうと手を伸ばした途端、愛子がアタシの手を自分の方に引き寄せ、よろけたアタシの耳元に口を寄せた。
「……二列目の棚の一番上の左端」
「あんた、」
「たまたま見つけちゃっただけ。だから誰が仕掛けたのかはわからないんだ、ごめんね」
愛子がアタシを抱き止めてゆっくり立ち上がる。呆然と立ち尽くすアタシの肩を軽く二度叩き、もう落とさないように気をつけてね〜、と手を振ってその場から立ち去った。残されたのは、事態を飲み込めないアタシだけ。
「ユーコー!突っ立ってたら風邪引くヨー!」
「……あ、うん!今行くわ!」
ジェシーの声でハッと現実に帰る。
とりあえず、今この人目の中では確認は出来ない。風呂の時間も限られているしさっさと入ってしまおうーーと中途半端に脱いでいた服を取っ払い、脱衣所を後にした。
⭐︎
「カメラは見つけたわ。でも火傷跡のある女生徒はいなかった」
『了解。じゃあ明日は人員補強してA、B、Cクラスの女子も引っ張って風呂に入る組を変えさせるか』
「……一応、Dクラスに頼めそうな当てがあるから大丈夫だけど……ただ、代表は明日はD、Eクラスも引き連れてくるかもとは言ってたから人が少ないと不自然かもしれないわね」
『お見通しかよ、クソッ。……まあいい、あくまでこっちは犯人の気を引く為の陽動だからな。犯人探しは頼んだぜ』
「ええ、じゃあまた明日」
通話を切り、ガラケーを閉じてポケットに仕舞い込む。時刻は21時少し前。あと少しで消灯時刻になるこの時間にもなれば、今いるこの脱衣所に当然人気はなかった。
「二列目の棚の一番上の左端。……まさか、本当にあるとはね」
愛子に言われたその場所を確認しに来たのだけど……そこには小さくて分かりにくいが確かにカメラが取り付けられていた。
本当なら今すぐにでも壊して捨てたいところだけど、次のカメラを仕掛けられるのも厄介だしこれ以上犯人に警戒されてしまうと尻尾が掴めなくなってしまう可能性が高い。盗撮を気付かないフリをして見過ごさなければならないのは気に食わないが、ぐっと気持ちを堪えて写真だけ撮って脱衣所を後にする。
……それにしても、一体犯人は誰なのだろう。
商売の為かもしれないが、
そう思うと私用で撮影している可能性が高いが……土屋君のような男子ならともかく、女子が普通女子の裸を趣味で撮るだろうか?
これはもしかしたら、今ある材料から犯人を推察していくより犯人を見つけてから動機を推察する方が早いかもしれない。
幸い今日のあれでA、B、Cクラスの女子に火傷跡のある女生徒がいない事はわかった。後は明日、あの子に頼んでD、E、Fクラスの女子を確認してもらえれば誰かわかるだろう。
「遅かったな、木下。何処に行ってたんだ?」
「ごめんなさい。トイレに行こうと思ったらちょっと迷っちゃって」
部屋に戻ると、もう消灯時刻を過ぎていたにも関わらず戦国さんが入口で待っていてくれた。
気を遣って付けてくれていたのであろう、薄暗いライトを消して床に着く。
たくさん脳を動かしたからか、本日も布団に入るなりすぐに眠ってしまった。