Fate/grace overlord 作:ぶくぶく茶釜
湯上りの後は一杯の果実水を飲む。
食べ物も豊富だが飲み物も豊富だった。ただ、酒類はあらゆる種類を取り寄せているわけではない、というのが残念なところだと酒好きのサーヴァント達は不満を漏らした。
全てのものが貯蔵されているわけではないので当たり前、というか仕方が無い。
食堂に向かうと数十人のサーヴァントが居た。
いや、一般人も居るかもしれない。
このところ判断力が鈍ってきたような気がして思考が定まらない。
「相席いいかな?」
アタランテが座った対面に見慣れない人物というかモンスターが現れた。
それは言うなれば
顔は仮面で隠されていたが身体には羽毛がびっしりと生えていて鎧の武具のようには見えない。
背面に大きな鳥類特有の翼が四枚あり、腕は人間のような形だった。
鳥というより鳥人間だ。
「……あなたもサーヴァントか?」
「俺はこの施設の関係者の一人。早い話しが君を拾った張本人というところだ」
「……はっ? あ……、で、では、恩人……なのだな。これは失礼した。今まで礼が言えなくて……」
声質は男性のように聞こえた。
アタランテは席を立って深く頭を下げた。
「ほぼ監禁状態だから礼を言われる資格は無いさ。まあ、座って」
「あ、ああ……」
その鳥人間の近くにメイドが一人座った。
「我々としては君たちを監禁するつもりは無かった。ただ、人数が多くて……。まさかこんなに増えるとは、と皆が困惑しててね」
「その辺りは聞いてる」
アタランテが席に戻り、鳥人間は何度か頷いた。
その彼の隣りに得体の知れない物体。言うなれば赤い
更にメイドが一人、現れた。
何も無い空間から出て来たわけではなく、椅子を持参してやってきた。そして、
「……色んなモンスターが……」
と、言いかけたところでメイド二人の表情が怒りに染まる。
どうやら彼らをモンスターと言ってはいけないようだ。いや、侮辱するような呼び方をしてはいけない、だった。
ここではモンスターが最上位の存在のように君臨している、というのは何となく理解したのだが徘徊している骸骨の騎士は彼らとは扱いが違うようで混乱する。
何が違うのか。それを今まで尋ねなかった自分が悪い、ともいえる。
「君たちは自分たちで名乗りを控えているようだから俺達もどう声をかけたらいいのか分からなかった。君は俺を見た通りで呼んでもいいし、それとも自己紹介しようか?」
「我らサーヴァントは真名は気軽に明かすな、というルールに縛られていた。罰則は無いが敵に弱点をさらすことになる。そういう事で言い難かった」
「……うん。なんとなくは分かったけれど……。アーチャーさんとしよう」
「助かる。……既に真名は何人かに明かしてしまったが……。こちらはどう呼べばいい?」
「俺たちはサーヴァントという
「……はっ? そ、そのスライムがか?」
大人しくしていた
「いや、マジだから」
と、
「不定形だから知性が無いと思ったら大間違いよ。とはいっても喋る
流暢な女声で喋る
初めて感じる意外性。
「わぁ!」
驚いたアタランテは何も考えずに
それでもまだ少し距離を取ることを選んだのは危険な獲物に対する危機意識のなせる
弓を出現させ、
「撃ってみなよ。特別に許可してあげる」
と、鳥人間が言った。この声色は会話していた時のまま。聞きようによっては楽しげであるかもしれない。
弓を引き絞り、数秒は
自分は何をしているんだ、という事に気付いたからだ。
「撃たないのか? ちょっと残念だな。……少し期待してたのに」
「……何に期待してたのか気になるな、弟」
と、
「……驚かす気はなかったのよ」
優しげにアタランテに声をかける
それに対し彼女は苦笑する。
ここは自分達が知る世界ではない。喋る
戦いの日々が常であった為に身体はサーヴァントらしく反応してしまう。
己はきっと平和が嫌いなのだ、と。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
倒れた椅子などはメイド達が整えていく。
それらを呆然と眺めていくと鳥人間の姿が近くにあった。
気配を感知出来なかった、という事に気付き、数歩後ずさる。
「中々俊敏な人のようだ」
「エロ魔神だと気づいたか?」
という
話しぶりから姉弟だとすぐには理解出来なかった。確実に知り合いである事は少しずつ理解してきた。
こんな生物が存在しているのか、という驚きがまだ少し大きい。
「言うの忘れていた。この世界は俺たちのようなモンスターみたいな生物が結構住んでいる。もちろん人間も住んでいる。亜人という種族が国を治めていたりする。ということをまず覚えておいた方がいい」
「……ああ。……あ、驚いてばかりで申し訳ない。どうも我は戦いから離れられないようだ……」
「他の人も似たようなものだったよ。別に慣れろとは言わない。危機意識を持つ事は大事だ。さ、席について食事の続きをどうぞ。……後、喋る
ペロロンチーノに諭されてアタランテは赤い
知性ある
知識に無い生物ほど恐ろしいものは無い。それは狩人としての感覚だ。
獲物を知らなければ死ぬのは自分だ。
「サーヴァントの力は一般人より強力だという話しだったが……。それらが徒党を組んで俺たちに牙を剥くかもしれない。そういう懸念から外に出す是非を議論してきた」
淡々と喋り始めるペロロンチーノ。
表情は窺えないが落ち着いた雰囲気は感じた。
「永遠に監禁することもできない。とまあ……うちの慎重なボスが色々と悩んでいるわけで、こちらとしても困っている。いい案は無いものか、とね」
危険分子だからとてサーヴァントを皆殺しにする案はペロロンチーノとて選びたくない。なにせ、貴重な人種だ。
アタランテなど猫耳に尻尾つき。
中には狐も居たけれど。
見目麗しい女性は全て守りたい、と思っている。
男共は関知しないがな、と。
「牙を剥くのは……、狂化されたバーサーカーくらいでは?」
「傭兵として雇われれば結果は同じだ」
「なるほど、確かにぺ……ペロロンチーノの言う通りだ」
「個なら問題は無いが……、群は厄介だ。剣からビーム出す人が結構居るそうだし……」
「びーむ? う~ん……」
衝撃波とか光りの事かと色々と思い浮かべる。
それぞれ色々と名前がある中で『びーむ』という名称には聞き覚えが無かった。
そういう知識は残念ながら備わっていなかったようだ。
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だいぶ
不定形なので動く事自体は問題ではない。
人間の手のようになったりアタランテの顔を再現し始める。ただし、色は付かなかった。
「
ペロロンチーノの言葉にアタランテは素直に頷いた。
「さて、自分達の拠点防衛の為に君達を拘束するのは本意ではない。では、どうすればいいのか、何か意見があればどうぞ」
相手の立場なら危険なサーヴァントは拘束、または殺害が基本だ。
自分の陣営に引き入れるのは一時的なもので、実際は存在している事自体が厄介だ。
サーヴァントも望みを持って戦う存在だ。時にはマスターにすら牙を剥く。
従順な使い魔でいるのは令呪がある時だけ。
命令権の無いマスターの言葉に素直に従う者は居ない、とは言わないが、殆どいない筈だ。
「自由の身となったサーヴァントだとしても新たな望みが無ければ動きようがない。マスターが居ない。聖杯が無い。なればそれ以外の目的探し以外に考えられない」
自分は狩人だから国を治めるような目的は恐らく湧かない。
ローマ皇帝のサーヴァントは彼らの敵になる可能性がある。
サーヴァントを倒せるのはサーヴァントだけ。というのが通説だが、この世界でも同一のルールがあるのかは未知数だ。
現に見知らぬ土地で見知らぬ罠にかかった。
魔力があろうとも歯が立たない事態があるという証明ではないのか。
「……我では有益な解答は出せそうにない……」
「全員が同じ意見かと思っていたが……。やはり個人差があるか……」
それは単に同一存在のサーヴァントだからでは、と首を傾げつつアタランテは思った。
自分の別クラスの姿は確認していないが、仮に居た場合は同じ悩みを持っているよりは自分の別の一面が強化され、それにちなんだ願望が現れるかもしれない。
アヴェンジャーのアタランテならば反転した英霊として子供たちを憎み、殺戮するとか。
極端な例だがありえないとは言い切れない。
「いつまでも待機させる気は無いが……。もう少し待っていてほしい。我らの組織は多数決を重んじるので重要な案件は気軽には決めたりしない」
「承知した」
「長くて一ヶ月……。それ以上は近くの村に案内するよ、誰かが」
「既に外に出ている者が居るという話しだったが……。本当なのか?」
「本当だよ。同じ顔が居るからこちらも混乱するんだけど……。平和的に暮らす気がある人を優先的に出しているよ。君たちの中で互いに恨みを持っている人とかはどうしようかと……」
英霊によってはライバルや
その場合は周りに迷惑が及ぶことになる可能性が高い。
サーヴァントの宝具は規模に差があるが結構な破壊力を有するものがある。アタランテも広範囲に被害をもたらす宝具を持っているので、なんとなくだが理解した。
単なるケンカで済まないところがサーヴァントの厄介な点と言える。
だからこそ、彼らが慎重になる理由も理解出来るし、外に出すことを
「……それはそれとして……、サーヴァントというものを詳しく知りたい俺に教えられる事柄は無いかな?」
情報の対価という意味でなら話さないわけにはいかない。けれども、召喚された知識が何処まで正しいのか、はたまた詳しいのかはアタランテ自身には分からない。
何世代にも渡って
「例えば、君の身体をバラバラにして保存し、それからゆっくりと調査する事に同意するか、とか」
「……う」
「もちろん一つ一つ治癒魔法をかけて癒すから、君自身は死なない。……そういう悪趣味な方法があったらどうする?」
腕を切断し、それを保存。切り離された部分は魔法で再生する、という意味だと脳裏に浮かんだ。
別に魔法でなくとも魔力で自己再生が出来るサーヴァントならば可能かもしれない。けれどもおぞましい方法に同意をするのは強制的でもない限り、拒否したい。
そもそも霊体で出来ている筈だから切り離されたら光りの粒子などになって空中に飛散するのではないのか、と疑問に思う。
試していないから実験する、事もあるわけだ。
「我でなくとも誰かが同意するかもしれない。その条件はとても難しい」
平和的な交渉から強引な強制に変わっても驚きは無い。
過去の英霊を調べたいと思うのは研究者であれば当然だとも言える。
かといって獣耳と尻尾ならいいです、とはならない。
解放条件にされるのは困るが返答も難しい。
昏倒した時にバラバラにすべきだった、という場合はどうなるのか。
ペロロンチーノという者と平和的に交渉できるとは思えない。少なくとも信用は今よりももっと低くなる。
「拷問は趣味ではないけれど、他の仲間はどう出るか分からないよ」
「胸においておこう」
自分でなくとも対象はまだ他にもたくさん居る。
きっとペロロンチーノや他の者は次の者に同じような交渉を仕掛ける。では、自分はそれを止めるのか。それとも他人は他人として切り捨てるのか。
仲間ではないし、サーヴァントという共通項だけしか無い。それに普通なら敵同士だ。
「殺しが趣味ではない事を祈る」
「もちろん。保管して観賞するのが好きなのさ。出来れば全身保管がいいけれど……。命の扱いは繊細だからね」
全身保管。それはどういうものなのか。
監禁した者を
話しの種として聞いてみようか、と思った。ここから出られなかった時の冥土の土産として。
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ペロロンチーノ達が使う魔法の中には人体を再生させるほど強力な治癒魔法が存在するという。
それを応用したものが物騒な話しの正体となる。
重要なのは命の扱いだ。
首を落とせば死ぬ。心臓を潰しても死ぬ。
それらを回避しつつ生きたまま搾取する方法が鳥人間ペロロンチーノが求めるものだ。
「簡易的な
「そんな奇跡のような方法があると……。……いや、あると仮定しよう」
「うん。生きている人間などは成長する。剥製にするのとは違う。出来るだけ中身そのまま永続的に飾る。それをするには相手を殺してはいけない事になる。たった一つの命は大事しないとね」
相手を殺さず、身体全てを手に入れる。
アタランテの想像では心臓と脳を取り出して、残りを保存容器などに入れる。そこに治癒魔法を加えれば必要な部位を切り離して再生していく。
「意識はどうなる?」
「片方には宿らない、事になっている。脳がもう一つ出来ても本体しか目覚めない。片方は自我の無い肉の塊だ」
自我のコピーは無理だ、という理解で納得するアタランテ。しかし、聞けば聞くほどおぞましい。
殺人快楽主義者とは違うおぞましさだ。
だが、命を大事にしている部分はなんとなく分かった。
相手を殺す意図は無く、おそらくは美しい女性の身体が欲しい、とかいう趣向なのかもしれない。
この変態野郎が!
という気持ちが湧く。しかし、ペロロンチーノはそれを分かって説明していると思う。
むしろ潔く我欲を話してくれる方が好感が持てる。けれども内容は受け入れがたい。
いや、安易に命を散らす者よりかは優しいのかもしれない。
命を粗末にする者が偉そうな事を言えた義理ではないけれど。
「君たちの武具は君たちと一心同体なところがあるようだから貰う事は無理だと思う」
場合によれば譲渡が可能かもしれない。少なくともアタランテの知識には無い事だ。
「……汝らは……何者だ? おそらく誰もが思うかもしれないが……」
異形の存在たるペロロンチーノ。やまいこ。ぶくぶく茶釜。
聞いた事の無い名前だが英霊という感じがしない。
特に
「単なる
「……弟の言う通り、それほど大したものじゃないよ、うちらは」
本人達はそう言っているが得体が知れない相手は侮れないものだ。
見知った英霊の数からいって、それだけの者達をつなぎ止めておくのは不可能に近い。
「物騒な話しは先にした方が楽かと思ったんだけど……。俺は女性には優しくする男だ。地上に出られるまででもいいから仲良くしてほしい」
「普通に考えて、話しの流れから仲良くするのは無理だろう」
と、ペロロンチーノの言葉にぶくぶく茶釜は呆れながら言った。
それはアタランテも同じ気持ちだ。
「奇特な女性も居るかもしれないよ」
「不思議な人だ。……だが、身体の報酬に関して……、本当にそれが事実で、それが目的である、というのならば我に拒否権は無い」
話しぶりからも少し本気である事は感じ取れた。
明らかに変態の言葉にしか聞こえない。
表情が見えないところがまた曲者だ。だが、仮面を外したとしても異形の顔の表情の変化は読み取れない気がする。
「……いや、これ以上は不毛だな。我とて命は大切だと思っている。それをあなた方が尊重するというのならば……、それを信じたい」
相手を信じること。今のアタランテには出来そうにない事だ。
それを分かっていながらもペロロンチーノ達を信じるしかないのは残念でならない。
自分は既に囚われてしまったのだから。