Fate/grace overlord   作:ぶくぶく茶釜

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#002

 act 2 

 

 当てもなく歩き続け、ここが何処なのか結局のところは分からない。

 少なくとも自分の知識には無い世界なのは確かだ。

 再召喚とも思ったが肝心の魔術師の姿が無い。

 英霊を召喚できるのは『魔術回路』と呼ばれる資質を持つ者だけだと言われている。もちろん、例外もあるようだが。

 どのような時代背景があろうとも召喚された英霊はその時代に合わせた知識が組み込まれる。ゆえに言葉の壁という障害は起き難い。

 

「……空気というか……世界が綺麗なのか? 溢れる魔力も謎なのだが……」

 

 誰も居ない世界で自然とこぼれる独り言。それを聞く者は居ないが、今は何か喋っていないと落ち着かない。

 

 まるで、自分自身に話しかけているようで滑稽極まりない。

 

 それでも言わずにはいられない。

 この世界の素晴らしさを。

 自然と躍るように回り始める女性。しかし、空腹の為に膝が折れ、へたり込む。

 

「……飢餓に苛まれバーサーカーのようになるとは思えんが……。何か食べ物が欲しい……。……草は苦い……。……ぐぅ……」

 

 無理して食べれば胃を少しの間は黙らせる事は、出来るかもしれない。けれども、言いようの無い不快感は消せない。

 なにせ、自分の知識に無い草だ。腹を壊しては余計に危険だ。

 

「……照りつける太陽……。気温に問題なし……。……砂漠地帯でなくて良かった」

 

 雨が降った場合はどうすればいいのか。

 周りに身を隠せるような森が見当たらない。雪の場合はどうするか、色々と対処方法を考えつつ歩み続ける。

 走りたくても無駄に体力は使いたくないので我慢。

 いざという時に動けなくては困るので最低限度の動きしか出来ないのは辛い。

 

「人の往来は無いのか……。そろそろ、独り言も辛くなってきた」

 

 一歩踏み込むごとに空腹によるダメージが入るようだ。

 少し無理をして走りこみ、景色を変えるべきか。

 他のサーヴァントの姿は無いようだが、自分ひとりだけ現界しているのか。

 思考が段々と鈍るどころか鮮明になる。

 無駄な雑念がなくなっているからだと思われる。

 

「……サーヴァントか……」

 

 今もそうなのか、正直に言えば自信が無い。

 では、実体化している今の自分は()()なのか。

 英霊は実在の存在以外にも認証力の強さによっては()()()()()であっても召喚される事がある。

 どういう基準で誰がサーヴァントを決めるのか、という仕組みはさすがに女性も窺い知れない。

 それでも確かにここに現界しているのだから不思議な事だ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数時間は歩いただろうか。日が暮れ始めてきた。

 薄暗くなる風景を見て気持ち的に安堵する。時は動いている、と。

 今のところ動物類の姿は無く、道も獣道しか見当たらない。そう見えるだけで自然に出来た溝という線もある。

 空に鳥無し。地に獣の気配無し。遮るものの無い平坦な草原。

 相当広大な平原に飛ばされてしまった、と考えるのが自然か。

 戦場としては相応しいかもしれないが、そうでなければ人が生活するには生きにくい場所と言える。

 水源の無い地域は特に。

 

「野宿する……には問題は……無さそうだけど……」

 

 喉が渇いて喋り難くなってきた。目眩(めまい)はまだ起こさないが、いつまで歩けるのか心配になる。

 見える範囲に敵性体の姿は無かった。

 いや、今更まだ戦う理由などあるのか、と。

 

「……疲れた。……はあ……」

 

 不眠不休で時間の感覚は無かったけれど、自分は何時間歩いたのか。気がつかないだけで数日はさまよっていたりしないのか、と自分に尋ねる。しかしながら自分の問いに答えられる自信は無い。

 体力は人一倍あるとしても疲労しきった状態からのスタートでは思考力も鈍る、かもしれない。

 手荷物が弓だけの軽装は運がいいのか、それともこれから悪くなるのか。

 一度座り込めば次に立ち上がるまで物凄い時間が掛かりそうだ。

 いや、いっそ獣のように四つんばいで移動しようか。

 

「道案内が居ればまだ……、何とかなるのに……」

 

 せめて立て看板でもあれば気が楽になる。

 さすがに生物の居ない世界では無い筈だ、と思いたい。

 それから更に歩いた後、ついに諦めた。

 時間はまだ深夜では無いと思うけれど、歩き通しでは体力が持たない。

 疲労を感じるサーヴァントなどが存在するのか分からないが、気持ち的には疲れた。それは事実だ。

 大地に寝転がり、遮るものの無い満天の星空に顔を向ける。

 

 全天が(きらめ)く星。

 

 疲れ切った今の状態ならば朝まで眺めていられる気がする。

 空腹は星の観賞では満たされないけれど、しばらく思考を休める。

 次に気付けば少し冷えた気温を感じる。

 空の星も既に無い。

 黒から藍色へと色身がかってきた。

 

「………」

 

 多少は寝ていたようだ。いつ眠ったのか分からない。

 何の危機感も無く眠ったのはいつ以来かと。

 それより一つ問題が生じた。いや、気付いた。

 迂闊に寝転がった事により方角を見失ってはいないかと。

 ここは周りに目立つものが無い平原だ。

 動物的感覚などがしっかりしていればだいたいは分かるのだが、それが鈍っていれば来た道を引き返す羽目になる。と思ってても、その来た道すら分からなくなり、グルグルとさまよい続ける結果は想像したくない。

 

「……無駄に広いのも考えものだ……」

 

 人の手が入っていない未開の土地に不満をぶつけてはいけない。

 女性は立ち上がり、辺りを一望する。

 特徴的なものは無いが今まで付けた自分の足跡を確認し、向かうべき場所に顔を向ける。

 ここが砂地や荒野でなくて良かった。

 言葉無く移動を再開し、空腹に耐えつつ数時間ほど進んだと思う。

 肉体的にはとうに飢餓を感じても不思議は無いがサーヴァントだったお陰か、それとも別の理由でもあるのか、何とか歩けている。

 迂闊に寝転がると一日があっさりと過ぎる気がする。既にこの地に来て何日経ったのか、覚えていない。

 実際は二日目の筈のようで四日は過ぎたような曖昧な感覚に戸惑う。

 風景がほぼ変わらない。

 空腹と疲れで二日ぶっ通しで眠ってしまっていても信じられるほどだ。だから時間や日数の感覚が掴めない。

 

「このまま飢えるのか、我は……。それとも今の状態を維持したまま延々と歩き続けるのか……」

 

 飢餓を抱えたまま未来永劫さまよい続ける刑罰。

 時間の感覚が既におかしい気がするので、既に自分は脱出不可能な牢獄に捕らえられている、という事もあるかもしれない。

 走ればいいだけなのは頭では分かっている。歩いているから風景に変化が付けられない。それも分かっている。

 

「分かっているなら走れ、私……」

 

 分かっていても早くならないのは聖杯をめぐる戦いに敗北し、希望を失っているからだ。と、身体や精神が諦めを選び、思うように事を進められない。

 確かに願いは叶えられなかった。

 勝利者になれなかった、が正確か。

 自分達が思い描いた願望器が幻想であった失望、絶望感などに打ちのめされ、その満たされない気持ちが形となったのがこの世界だと言われれば信じそうになる。

 伸ばす手の先には何も無い。

 新緑があるのは希望なのか、それとも結果としての事象なのか。

 

「……空腹で良くない考えが浮かんでいるだけだ……。そうでなければ……」

 

 あの美しい夜空は何の為に自分に見せてくれたのか。

 絶望ならば毒の沼や青空を覆う厚い雨雲がお似合いだ。

 ここはまだ幸せを感じられる。

 それこそが絶望なのかもしれないけれど。

 歩みを止めるのは簡単だ。

 

「進んでいるならいずれは……。何かが見えてくる」

 

 世界は丸いのだ。

 林檎のように、とは言わないけれど。

 


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