Fate/grace overlord   作:ぶくぶく茶釜

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#003

 act 3 

 

 無駄話しをやめて歩いた距離は分からない。だが、とてもゆっくりとした歩みなので十キロメートルも進んだのか怪しいところだ。

 既に何度か夜空を見たような気がする。

 身体の不調は一向によくならない。おかしいとは思っている。

 おそらく知りたくない、という意識が働いて回復不能のケガを負っている、ということもあるかもしれない。

 例えば自分の両足が膝しか無い、とか。背中に大穴が開いていて、魔力による縫合と出血量が拮抗しているとか。

 空腹を満たす為に無意識で腕を食べては吐いてを繰り返している、とか。

 身体のあちこちが腐り、一日で一メートルしか進んでいない、とか。

 

「……幻覚だと思い込んでいる事を認めたくない……」

 

 鏡があれば自分が今、どういう状況なのか知ってしまう恐怖。

 いや、そんな事は無い。

 現に地面についている手は無事だ。

 無事の筈だ。

 

「……いかんいかん。またおかしな思考に……」

 

 何度も幻覚に負けそうになる。

 どうせなら山に行きたい。こんなだだっ広い平原はもう飽きた。

 湖に飛び込みたい。

 雨よ、降れ。

 そんな事を思いながら歩き続け、時には這うように進んだ。

 とにかく真っ直ぐに。

 いずれ風景に変化が生まれることを祈って。

 そして、何度目かの夜が明けた頃、遠くに小さな物体が見えた。幻かと思ったが、幻でもいい。(すが)る思いで進む。

 身体が硬直したように自由が利かず、なかなか進まなかったが懸命に身体を動かした。

 それはもう手足をもがれて芋虫のように成り果てたように。

 夜が三度ほど明けた頃には目標の物体はかなり大きく見えていた。

 それは木造建築の家。平原にポツンと場違い感はあったけれど、そんな事は些事に過ぎない。

 それが夢幻(ゆめまぼろし)でなければただひたすらに進むのみだ。

 尽きない魔力で満たされているとはいえ、身体的には限界を迎えている。

 英霊としての機能を失えば消滅する運命だ。それがどういう理屈で維持されているのかは分からないが、奇跡は何度も起きるものではない。それは女性とて理解している。

 手を伸ばせば届く距離に幸せがあるならば、それを掴む事は悪だろうか。それともなりふり構わず意地汚い自分を受け入れるべきなのか。

 

「……英霊とて己が望みを叶えたい願望がある。……それを思って何が悪い……」

 

 少ない回復量が希望を削る。

 楽して死ねると思うなよ、と世界があざ笑っているようだ。

 これが抑止力ならば自分にはどうすることも出来ない。けれども抗わずにはいられない。

 自分の本能は前に進めと言っている。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 少しずつ前に進んでいる筈だ。それなのに後退しているようにも思える。

 その繰り返しを続けているうちに何度目かの眠りに落ちる。

 サーヴァントとて眠る。人というか人間のように。

 普段であれば契約しているマスターの記憶などが見えるが、今は特別変わったものは見ない。

 気がつけば朝になっている事が多いから。

 衰弱死しないサーヴァントという自分の身は呪いの様に思える。だが、今更な話しだ。

 様々な魔術師が英霊(ゆかり)の触媒を用いてサーヴァントを現世へと召喚する。この時、選ばれる英霊は聖杯によって振り分けられ、時にはマスターの意に沿わない英霊が現れることがある。

 その奇跡をなす聖杯が選択して決めた事に自分(サーヴァント)が抗える事などあるものなのか。

 生きよ、というなら生き続けるしかない。そこに意味など無くとも、奇跡がそう願うならばサーヴァントはただひたすらに従うだけだ。

 そうして次に意識が回復する頃には耳元で自分以外の声が聞こえた。

 最初は幻聴だと思った。

 多くの出会いで聞き取った声の反響は珍しくない。

 

「……この方は……獣人(ビーストマン)なのでしょうか?」

「そうであれば顔も獣でなければ……」

「ボロボロだった服が自然に治るのはマジックアイテムだからでしょうか?」

 

 耳障りのよい他人の声。声質は女性的だ。

 どうやら自分の衣服や外見について会話しているようだ。

 確かに自分の外見は普通の人間からすれば奇異に映るかもしれない。

 半神半獣のようなものだから。

 

「最初はモンスターかと思ったが……。見たことが無い姿だよな」

 

 次は少し渋めの男性的な声が聞こえた。これも聞き覚えが無い。

 

弓兵(アーチャー)獣人(ビーストマン)はギリシア神話系だと思うけれど……。緑色は……誰か知ってる?」

「近い逸話ならいくつか出ると思うけれど……。当人に聞くのが早いよね」

「……寝ている女性の側で騒がれますと……」

 

 その言葉の後で小声になり、聞き取り難くなる。けれども内容は大体分かった。

 既に意識がある自分の事について議論しているのだと。

 だが、目蓋はまだ開けられそうに無い。ひどく身体が重く感じるので。しばらく起きたくなかった。

 

「ペストーニャ様。お食事はどういったものが良いのでしょうか? ……人間の肉の在庫を使うのか、と料理長が……」

「肉類よりはスープ類です。……わん。いきなり食べさせたら胃が驚いて嘔吐しますよ、わん」

(かしこ)まりました。では、そのように伝えておきます」

 

 食べ物、と思ってふいに身体を動かそうとしたが頭が急にグルグルと回りだし、身動きが取れなくなった。

 空腹による目眩(めまい)のようなものだ。

 目を瞑っていても感じる不快感。

 

「あらあら、意識がおありだったのですね。ですが……、もう少しお休み下さい……、わん」

 

 その後、意識が急激に穴の中に落ちるように吸い込まれていき、会話が聞こえなくなった。

 

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