Fate/grace overlord 作:ぶくぶく茶釜
この世界に来て早二ヶ月以上。地下世界とはいえとても住みやすくて困っていた。
陰鬱な閉鎖空間ではなく、快適な娯楽施設が満載ときてる。
戦闘行為を諦めたアタランテは第十階層にある『
膨大な書籍が収蔵された施設で時間を見ては一冊二冊と読ませてもらっていた。
小難しい学術書ばかりかと思っていたが『マンガ』だの『ライトノベル』が多く、どれも自分にも読める文字で書かれていた。
いや、正確には何らかの翻訳魔法による効果らしい。
「テキストは容量が軽いので数が多いだけですよ」
親切な至高の存在の一人が教えてくれた。けれども『容量』は理解出来なかった。
「古今東西の英雄などの種本もここにはあります。……そういうシリーズがありましてね」
試しに自分の項目を開くとズラズラと詳細が出て来た。
ギリシア神話の逸話や出生から『アルゴナウタイ』の一員となるところなど。
後世の創作家達によって作られた『神話』の登場人物が自分である。そう書かれている。
つまり実在の人間ではない。
「……空想の産物については議論はしまい。……宝具という概念知識は結局のところ我の想像を超えたところにあるのは理解した」
アタランテの逸話は何らかの英雄に関わる程度で大きな偉業と呼べるものは見つからない。
世界を救ったわけでも国を統治したわけでもない。
単なる勇気ある女狩人というだけ。
「私に関わって死んだ男共の話しばかり……」
「でも、アタランテという名前は様々な分野に使われています。その点では立派な偉業を成したと思いますけどね」
変な尾ひれがついて後世の人間達によって好き放題に英雄として讃える様は気恥ずかしい思いだ。
他の英雄達も似たようなありさまだろうと思うと気の毒というか、かける言葉が見つからない。
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多くの蔵書はあるのだが魔術的な分野は殆ど無いとか。
魔法を嗜むのだから数冊はありそうなものだ。
「……本物の魔術書なんてありませんよ」
灰色の肉体を蠢かせる軟体動物。
頭から幾本もの触手を生やす存在が言った。
名前は『タブラ・スマラグディナ』という。
「貴女達から見れば意外かと思われますがね。ここは個人の趣味が凝縮しただけの施設です。ご大層なものなどありはしない」
親切な至高の存在その2である彼はアタランテに丁寧に解説を始めた。
この者はペロロンチーノのように身体を寄越せとは言ってこない。
ただ、代わりのものを要求された。
ステータスという言葉はアタランテも知っている。
繋がりを持つ
見せ方を知らないとも言うが。
個々のサーヴァントには宝具はもちろん各能力ごとにパラメータが備わっている。
状況やスキルによって変動もする。
それを赤の他人に提示する方法をアタランテは知りえない。
「……ステータスとやらは……、その……」
どう言えばいいのか。
両手を組んでモジモジするアタランテ。
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思えば敵と戦うばかりで一般人というか戦闘以外の会話を交わす機会が殆どなかった。だからかもしれないが、相手との対話がとても苦手のような気がする。
命令口調でいいのであれば出来なくはない。
汝は何者か、と言うだけだ。
胸を張って堂々とすればいいのか、跪いて教えを請うのか。それとも椅子に座るところから始めるのか。
とにかく、何もかもが分からない。
戦う以外にサーヴァントに出来る事は食事と風呂と就寝だけか、と。
「言う通りにしてくれるだけで簡単にステータスを見る事が出来ます。貴方はただ、了承してくれるだけでいい」
人間的な表情を持たないせいで感情が全く読み取れない。
声の感じでは普通の会話のように聞こえる。
「どのような方法か……。内容による。……腕とか切り落とすような事でないことを希望する」
「そんな物騒な方法ではありません。……ちょっと
聞く分には確かに簡単そうに聞こえる。
「礼のひとつになるのであれば……」
まず玉座の近くに行かなければならない。その場所は凄く近くにあるというので、タブラと共に移動する。
彼女の背後に二名のメイドが静かに付き従ってきた。
目的地は謁見の間。三メートルを悠に超える大扉が待ち構えていた。
天使と悪魔の彫刻が施された扉をタブラは押し開く。
「……そういえばアタランテさんは初めて来る場所ですよね?」
「ああ」
「中はガランとしてますが、どうぞ。この場所は各国の要人を招待する時に使われる場所です。特別、秘密めいたところではありませんので」
と、説明しながら奥に進む灰色の生物。
天井はとても高く、巨大なシャンデリアが中央から奥へと一定の間隔で設置され、両側には紋章のようなものが描かれた大きな旗が掲げられていた。
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部屋の最奥には巨大な壁があり、そこに玉座が鎮座していた。
今は誰も座っていないようだが、本来ならば施設の主たるアインズ・ウール・ゴウンが座る事になっている。
「……声が反響……しないな……」
室内空間は想像していたよりも広い。声がすぐに吸い込まれるように拡散してしまう。
謁見の間として相応しい荘厳さが感じられる。
大勢の配下が集まれば見応えのある光景が広がる。そういう風景をアタランテは幻視する。
そのまま百メートルほど歩いた先が玉座の間。
タブラは体勢については自由で構わないと告げてアタランテに了承の言葉を言わせる。
「……我は汝らの……仲間となる事を認める。……これでいいのか?」
「はい。意外と簡単な文言で済むので……。そのままお待ちください」
と、言いつつ玉座に向かったタブラは何事かを呟く。すると玉座のすぐに近くに半透明の小さな窓が出現する。それは遠目では確認しにくいものでアタランテの視力を持ってしても窓以外の情報は得られない。
なにやら色々と操作し、書き留めるタブラ。それを黙って観察するアタランテは背後に控えるメイド達に動いていいものか尋ねる。
「部屋から出ない限りは動いても結構ですよ」
「飛び跳ねたりして物を壊さないで下さいませ」
「了解した」
一歩後ろに下がってみたがタブラは一瞥だけして何も言わなかった。
この空間には小物の類は見当たらず。あるのは大きな彫刻ばかりだ。
柱や壁を触ったり、天井を見上げたりする。
高さは目算で二十メートルほど。中二階のようなものは無い。
人が居ないと寂しい空間だが、この施設にはサーヴァント以外にどれほどの人材が居るのか気になった。もちろん、異形も含めてだが。
少人数で管理しているとは思えない。そんな事を考えている内にタブラの用件が終わったようだ。
「では、今度は脱退の文言を言って下さい」
「うむ。……あー、我は汝らの仲間……の契りを解消する」
言った後でタブラが確認作業に入り、ものの一分後に問題なしと告げた。
「以上です。ありがとうございました。……ちなみに外で適当に今の文言を言っても無意味ですが……、気になった場合は何度か脱退の文言を言ってみてください。特に変な音は鳴らないと思いますけど」
「了解した」
よく分からないが丁寧な説明に感心する。
この部屋は見所が無いので退出する事にするが、その後寄りたい場所があれば善処すると言ってきた。
アタランテとしてはもう数日滞在してから外に出ようかと考えていた。