Fate/grace overlord   作:ぶくぶく茶釜

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#039

 act 39 

 

 精神的な疲労がかなり溜まっていたアタランテが次に目覚めた時は昼ごろだった。しかし、外の景色が見えるわけではないので時間感覚を掴むのは未だに難しい。

 目覚めてまず自分の身体を触って服装と部屋の様子を確認。それから広い室内に備え付けられている洗面台にある鏡で自分の顔を確認する。

 

「生きてるな」

 

 殺す事が目的ではないようだから当たり前かもしれない。

 服装は眠っていた時のまま。

 尻尾も獣耳もあった。

 ただ、顔色はかなり悪く見えた。疲労が溜まっているのか。精神的な疲れがまだ抜けていないのか。顔面蒼白、ではなく、ただ色白なだけ。

 

「……もはや生きている事自体が苦痛となるとは……」

 

 趣味の悪い生物に捕獲された時点で自分の運命はほぼ決まっていた。

 文句があるならば抗えばいい。

 サーヴァントの真の力を発揮すれば打破できない筈がない。だが、そんな自信が湧いてこない。

 生物的というのか本能が彼らに太刀打ち出来ない事を告げている。

 無駄に抵抗すればもっと状況が悪化すると。

 

「……食堂に居た膨大な数のサーヴァントを見た時点で自分達に抗うすべなど無かった……」

 

 血気盛んなサーヴァント達をまとめる場所だ。それぞれ無駄な足掻きをしないことにした。だからこそ、驚くほど平静な場所が出来上がってしまった。

 そう考えれば考えるほど納得してしまう。

 もちろんそれらはアタランテの一方的な思い込みだ。しかし、それが自分だけの苦悩なのか、他にも同じような悩みを持っている者が居ないのかと思ってしまう。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 顔を洗いつつ冷静になろうと必死に務めた。

 それから数分ほど瞑想し、朝食の時間になる頃にメイドが現れる。

 時間帯の指定はしていないのでメイド達の都合によるもののようだ。

 

「おはようございます。……こちらで食事をお取りになりますか? それともご自分の部屋がよろしいでしょうか?」

「……こちらで構わない」

「あ……、アーチャー様。監禁しているわけではないのであまり思い詰めないように……。転移のご要望があれば地上までも今は許可されております」

「……地上? そういえばそうだったな。……勝手に抜け出すとペロロンチーノが追いかけてくるのではないか?」

 

 項垂(うなだ)れるようにアタランテが呟くとメイドは両手を握り締めて彼女に近付く。

 部屋の主であるぶくぶく茶釜から元気付けるように言われているので、元気を無くしたままのアタランテの事がとても気になった。

 与えられた命令に沿ってメイドは行動を開始する。

 

「……それは……あるかもしれませんが……。ペロロンチーノ様のご趣味なので……」

 

 至高の存在の嗜好にメイドが口出しできるわけがなく、アタランテに対して言いつくろう言葉が思いつかなかった。

 複数の至高の存在の意見をそれぞれ尊重していくと矛盾が発生する。それをメイドが自分で解決策を見つける事は基本的に出来ない。そしてそれはアタランテには窺い知れない事だ。

 

「ぶくぶく茶釜様は外の空気を吸っても良いとおっしゃられたので……。たぶん大丈夫ですよ。それより何か食べませんか?」

「……昨日から食欲が湧かないのだ……。我が身がサーヴァントだからということもあるかもしれないが……。……いや、そうではなくとも……」

 

 ただの古代の英雄だとしても食欲はやはり湧かない。

 戦う事を取り上げられたサーヴァントの存在意義が疑われる事態なのだが、指針を示してくれる魔術師(マスター)の命令が今はとても欲しかった。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 気まずい時間が少しだけ流れた後、別のメイドがアタランテの服を持参してきた。

 洗濯をされて綺麗に折り畳まれた自分の服。

 そんな事をしなくても新たな服は魔力で生成できる。だが、それでも気遣いには感謝した。

 着替え終わってから食事を運んでもらう事にした。今は大勢の目から逃れて孤独を味わいたい気分だったので。

 そもそもでいえば、この世界に転移したのが謎だ。

 サーヴァントは戦う為に召喚される存在であるべきだ。それを無視した状況は理解に苦しむ。

 

「……そうだ。目的無く我らは何故……」

 

 ここに居るんだ、と。

 召喚された時代の記憶は自動的に備わる。その解釈が()()()()()()()()()()()この世界の知識を持っていなければならない。

 手に持つナイフとフォークの使い方も元々の時代にはなかった新しい文化。それを苦もなく使える事に疑問を抱きべきか、それとも最初から当たり前の事として納得していいのか。

 それらの疑問を独力で解決できる自身が今は無い。

 

 当たり前だ。

 

 自分は戦う為に召喚されたアーチャークラスのサーヴァントだ。それ以上も以下も無い。

 アタランテは手に力を込めて食事に拳をたたきつけたい衝動を懸命に抑えた。

 側に居るメイド達に気付いたからこそ自分を止められた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 何を食べているのか分からないまま食事を終えた。既に味など記憶に残っていない。

 ただ、何らかの飲食物が喉を通って胃に落ち、その後はどうなるのか。

 ため息をつきつつせっかくの厚意に甘えて地上に向かう事にした。

 それからはただメイドに手を引かれて移動するだけの人形と化した。

 

「………」

 

 様々な場所を経由して地上のログハウスとやらにたどり着けば朝日が地上世界を照らし、新緑の匂いが立ち込めてくる。

 室内から外へと身体を踊り出せばより強く感じられる自然の全て。

 

「……こんなに自然豊かな場所で……自分は何をしているのか……」

 

 思い悩む自分の存在がいかに小さいか。

 世界はこんなに広大であるのに、と。

 子供達の姿は無いけれど、自由に遊ぶ彼らと共に遊びまわりたい衝動に駆られる。

 

「……聖杯にかける願望はそれら全てを叶えるものか……」

 

 叶えるのか。

 聖杯が。

 自分の何を。

 無数の疑問と怒りと良く分からない攻撃衝動が沸き立つ。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテは地上に両手を着き、尻を高く尽き上げる。

 視線は前へ。

 美しき狩人は獣へと変ずる。

 一歩前に身体を傾ければ、後はただ無心に駆け出す動物の本能のままに。

 元々は人型であったが神の怒りに触れて獅子へと変えられたアタランテ。その逸話より最も力強かった姿として魔術師(マスター)に召喚された。

 幾多の戦いを繰り広げ、結局は聖杯を手にすることなく消滅した。それで終わりの筈だった。

 今のアタランテは何者なのか。

 ただの獅子を模した人間モドキか。それとも。

 

「……はっ、はっ……。ぐぅ……」

 

 我武者羅に駆け回っているうちに呼吸が苦しくなってきた。

 自然と口が半開きになり、舌を出して涎が垂れる。

 途中、何回か転ぶ。

 肉体は人間。それゆえに獣的な振る舞いが出来にくい。

 骨格も四肢を地面に預ける形になっていないので難儀していた。

 花を見つけては愛でるより先に手を使わず口で引き千切り、味を確かめる始末。

 不味ければ吐き出し、次の獲物を物色する。

 そんな彼女を追いかけるものは誰も居らず。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 気が付けばログハウスからかなりの距離まで移動していた。

 獣のように振舞っていたアタランテはずっと意識を保っていた。いや、冷静な自分を客観的に分析できるほどに正気だった。

 なまじまともな思考であるがゆえに。

 自分が何をしているのか莫迦らしくて涙が出てくる。

 

「ぶくぶく~、ドリルっ!」

「ゲブッ!」

 

 突然の攻撃。

 アタランテの脇腹を何らかの物体がぶつかってきた。

 ただぶつけられた程度。

 人間を遥かに凌駕する身体能力を持つサーヴァント、の筈が全身の骨が砕けたかのごとくの大ダメージを受けた。否、そういう現象として知覚された。

 無様に吹き飛びつつ態勢を立て直そうとするのだが痛みが激しく身動きがなかなか取れない。

 すぐに自分の身体を確認しようとするものの不可解な現象に頭が混乱状態となった。

 

「見事なくの字ね。……今の攻撃でも即死しないとは……」

 

 暢気な声を出すのは赤い粘体(スライム)

 ただの粘体(スライム)が今の攻撃をしたというのか、と痛みに耐えつつ疑問を覚えるアタランテ。

 そんなバカな、というのが第一印象だ。

 

「……まあ、そんなもんでしょう。へいへい、サーヴァントっていう奴はその程度かい?」

 

 挑発してくる粘体(スライム)『ぶくぶく茶釜』は特別な武器を持っていない。という事は単なる体当たりだけでサーヴァントを圧倒したというのか、と。

 実際そうなのだろう、とアタランテは否定しなかった。

 それだけの実力を持っている。

 薄々とは感じていたが、不思議と納得できた。

 何故なのか。

 考えるまでもない。

 彼らは元より超上の存在だ。奇跡をなす魔法を自在に操る者達だ。

 

「見た目が弱そうに見えるけれど……。ギルドの中ではわりと上位ランカーなのよね、私」

 

 そう言いつつ何処からか巨大な盾を二つ出現させ、それを装備する粘体(スライム)

 それに合わせて不定形だったものが少しずつ人型へと変化していく。

 

「防御に厚く、また攻撃も出来る。お得意の弓矢でかかってらっしゃい」

 

 ガチンガチンと盾を打ち合わせて挑発してくるぶくぶく茶釜。しかし、最初の一撃でほぼ戦意を喪失し、尚且つ身動きが取れなかった。

 腹に顔を向けると上半身と下半身が言葉通りにへし折れ、骨や内臓が零れていた。

 だから、動けば動くほど二つに分離してしまう。既に下半身は全く動かなくなっている。

 尋常ならざる攻撃力には驚いたが、ここから起死回生はほぼ不可能に近い。

 大気に充満している魔力を取り込み、懸命に肉体を修復しようとしているようだが、かなり時間が掛かりそうだ。

 大怪我にも関わらず生きていられるのは、やはりサーヴァントだからか、と疑問に思う。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 数分経っても動かないアタランテに業を煮やしたのか、それともやり過ぎたと思ったのか。即座に攻めて来る事は無かった。

 ぶくぶく茶釜はログハウスに向かって手招きをする。もちろん盾の一つを地面に置いて。

 それから犬頭のメイド『ペストーニャ』と褐色肌で赤い髪の『ルプスレギナ』が駆け寄ってきた。

 

「軽く癒して。それと貴女達は別命あるまで控えるように」

「畏まりました」

 

 それからアタランテは癒しの魔法により復帰する事が出来た。だが、戦闘意欲は撃沈したままだ。

 こんな状態で戦いなど出来るわけがない。なのにぶくぶく茶釜はかかって来い、と言う。

 全く訳が分からない。

 

「敵だぞ、サーヴァント。アーチャーらしくかかって来いよ」

「……無茶を言う……。それより何故なんだ?」

 

 戦う意味が無い。

 単なる試練とでもいうのか。

 アタランテはまだ少し、いや、物凄く混乱していた。

 

「正直に言うとね」

 

 と、可愛らしい声で話し始めるぶくぶく茶釜。

 急に態度が変わって、またも驚くアタランテ。

 

「この先に厄介な敵の情報が入ってね。即席で君を増強しようと思ったわけ。このまま行くと普通に死ぬよ、確実に」

「……はっ?」

「既に戦闘は始まっているんだけど、これがまた厄介な相手らしくてね。新手の敵なんだけれど……。説明するのも面倒臭い奴で……」

 

 その前に軽く殺されかけたアタランテとしては何が何だか分からない。

 新たな敵が現われたなら屈強なぶくぶく茶釜たちが迎撃すればいい。自分達は襲われれば対応するかもしれないが、勝手な理屈で戦いは始めない。

 まだ少し身体に違和感が残るが、唐突な事件についていけない。というより動くと血を吐きそうなほど気持ち悪い。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 ぶくぶく茶釜は粘体(スライム)とは思えないほどの硬さと突進力があり、確実に身体をへし折ってきた。

 正直に言えば数刻も経たずに死ぬだろうな、と思った程だ。

 癒されたとしても戦う意欲は湧かない。

 

「……う~ん」

 

 お腹を押さえつつ唸るアタランテ。

 敵なんかどうでもいい。今はお腹がとても痛い。それが一番重要だ、と言いたかった。

 

「理不尽な暴力に屈する気?」

「……我はとうの昔に屈している。己の責務以外はとんと覚えがない。殺したければ好きにするがいい」

「そんな事言ってると弟に身体を貰われるわよ」

 

 今はそれも選択の一つかもしれない。

 目的が見えない自分にとって誰かの役に立つのであれば、と。

 聖杯にかける望みが無いわけではないけれど、それは無謀であり都合のよすぎる願望である。

 それに敗北者たる自分が今更何が出来るというのか。

 

「……あっそ」

 

 という言葉の後で巨大な盾が水平に振るわれ、アタランテの胴体を今度は()()()両断していった。次いで下げられていた両腕も切断されたようだ。

 あまりにも迅速。

 あまりにも呆気なく(おこな)われた攻撃にアタランテは意識する暇さえなかった。

 

 ドサッ。

 

 普通に上半身とその他の肉塊が地面に落下する。ただし、下半身は立ったまま。

 人間よりも強靭な肉体を持つサーヴァントが呆気なく二つ。いや、それ以上に分裂した。

 

「………」

 

 自分に起きた事が信じられずに呆然とするアタランテ。

 彼女が黙っているうちに控えていたペストーニャ達が何やら近寄ってバラバラになったアタランテと肉塊に魔法をかけ始める。

 下半身だけになったものは持ち去られ、地面に残った上半身は傷口がすぐさま塞がる。ただし、再生はしていない。

 

「何だ? な……何っ? んっ!?」

 

 何故、再生しない。

 いや、そうではない。

 アタランテは不可解な現象にまたも混乱する。

 

「……また。またか。……何なんだ、汝らは……」

 

 癒しては肉体を持ち去る不可解な存在たち。

 役目を終えたサーヴァントに関わらないでくれ、と無言の叫びをあげる。

 無様な姿と成り果て、みっともなく泣く純潔の狩人アタランテ。

 戦いに参加するほどの意欲も決意も既に無い。それなのに理不尽な環境が全てを許さない。

 これは神からの罰なのか、と。

 


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