Fate/grace overlord   作:ぶくぶく茶釜

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#006

 act 6 

 

 少しずつ食欲が戻り、部屋の中を歩き回れるようになったのは三日ほど後だった。

 それでも前みたく素早い動きは出来なかった。

 今なら誰にも負けそうなほど遅い。

 

「お早い回復ですね。この調子なら部屋の外も出られるかもしれません」

「そなた達の手厚い看護のおかげだ。……いんすとーる、だったか?」

「インクリメントにございます、お客様」

 

 そう名乗ったメガネをかけた気難しそうなメイドは丁寧にお辞儀した。ついつられて女性も頭を下げる。

 どのメイドもそうだが丁寧な対応をする。一人くらい個性的な暴れん坊とか、お調子者とか居るものと思っていたが、見当たらない。

 インクリメントを含めたメイド達はしっかりとした教育を受けているようで感心する。

 それにしても毎回、違うメイドが来るので担当者一人に絞らないのか、と尋ねると仕事を均等に振り分ける為の処置と答えてきた。

 

「……ま、まあ我が色々言っても詮無いことだが……。うむ、ここまでお世話になっておいて名乗らないのは失礼だな」

「あ、いや、無理にプライベートの事はおっしゃらなくて結構ですよ」

 

 手を左右に振りつつメイドは慌てる。

 だからといって、はいそうですか、とはいかない。

 

「……真名を告げることに……、(いささ)かの抵抗は……あるのだが……。我はクラスで言えばアーチャー……」

 

 聖杯戦争を終えたとしても何者かの襲撃があるかもしれない。いや、それはもはや愚問かもしれない。

 そう思うのだが、やはり礼節に(もと)る事は出来ない。

 

「……今はただの行き倒れ……。今更(わだかま)りを抱えても仕方がない」

 

 もし希望があったならば自分はまた前に進めるのか。

 進めるならば次に何をすべきなのか。聖杯が無い中で。

 地元に溶け込み消滅まで人生を歩むのも悪くはないかも。

 ここまででも充分な奇跡だ。これ以上は贅沢な悩みだ。

 

「……我は……アタランテ。世界に取り残された流浪の旅人だ」

「ご丁寧にどうも。では、以後、アタランテ様とお呼び致します」

「……もうしばらく厄介になる」

 

 名乗りを終えた途端に気分がすっきりした。

 アーチャークラスとして召喚された純潔の狩人アタランテ。

 外に出たら何をしようか。それともこのまま監禁される運命か。

 どちらにせよ、新しい指針が無ければ前にも後ろにも進めない。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 食事療法と適度なマッサージを受けて体調が戻り始めたのは五日程経った頃だ。

 魔力供給が滞りなく(おこな)われたことと自身がサーヴァントである事が幸いしたのか、常人なら数ヶ月のリハビリが必要だと言われてもおかしくない衰弱状態を思えば驚異的に早い回復だ。その上で身体の機能低下も(いちじる)しかったのだが。

 手厚い看病が無ければ短期間での復帰など絶望的だった。

 

「食事量は随分と増えましたね」

「お陰さまでな。こちらの果物も実に美味だ」

 

 好物の林檎もあると聞いた時は小躍りしそうになった。もちろん、比喩ではなく、本気で。

 

「では、そろそろ運動に入られますか?」

「いいのか? ここまで手厚く……、いや……断るのも悪いな」

 

 捕らえた獲物を肥え太らせた後で搾取するモンスターかもしれない。そして、自分はそれを享受した。

 ならば彼らの要求は出来る限り応えるのが礼儀だ。

 我が身で返せる礼ならば。

 汚れてもいい服装に着替えてメイドに案内された場所は第六階層と呼ばれるところなのだが、そこはどう見ても地上世界だ。

 広大な森林があり、空には青空が広がっていた。

 見たこともない動物たちが所狭しと闊歩している。

 

「ここは第六階層……。ジャングル地帯です。この先に闘技場がありまして、身体を動かすには最適なところですよ」

「ここは……地上ではないのか……?」

「いいえ。ここは地下施設の階層です。空の風景は『至高の御方々』によって作られた人工のもの……。初めて見る方は大抵驚かれます」

 

 口元に手を当てて薄く笑うメイド。

 自分達の主が作り上げた施設に驚いてくれる事はとても喜ばしい、と言いたげに。

 アタランテは目の前の風景が地下施設だとはとても信じられなかった。

 誰が見ても信じない。それ程現実離れしているというか、地上世界そのままにしか見えなかった。

 

「……う~む。ま、まあ、とにかく自由に使わせてもらっていい、という話しだったな?」

「いえいえ。使っていい場所は赤いロープで囲っているところのみです。そこから先はお客様には危険な場所となっておりますので……。それと魔獣達はお客様を襲わないように命令されております。万が一の時はすぐにこちらまでお逃げくださいませ」

「……ますますこの洞窟というのか、施設が分からなくなった」

「驚いてもらえた事に至高の御方々もきっと喜んで下さることでしょう」

 

 何度か唸りつつもアタランテは軽く走りこみをする。

 確かに横目に魔獣らしき凶悪そうな生物が顔を向けてくるが襲い掛かってくる事は無かった。

 あの可愛いメイドの命令に従順というのはとても信じられない。

 自分は一体何処に来たのか、と。

 

「見張られた状態だとくすぐったいな……」

 

 特に魔獣は命令が解除されれば即座に襲い掛かってきそうな雰囲気を感じる。

 それでも久しぶりの走りこみは気分がいい。ただし、緊張の為に数十分の一くらいの速度だが。

 

「……赤いロープ……。おお、確かにあるな。……なら、これが切れたらどうなるんだ?」

 

 木々の間を一本の太目の赤いロープが確かに結び付けられていた。

 潜ろうと思えば小さな動物には容易く、魔獣達にとっては簡単に乗り越えたり、噛み千切られそうに見えた。実際に数匹ほどロープに噛み付いていた。

 

「どうもしないよ」

 

 と、頭上から声が聞こえてアタランテはすぐに立ち止まる。

 魔獣の気配に隠れていたのか、と条件反射的に身体が動いてしまった。

 

「な、何者だ!?」

「何者だと聞かれては応えない訳にはいかないよねっと……」

 

 高い木の枝から飛び降りてきたのは金色の短髪に褐色の肌。長く尖った耳を持ち、左右色違いの瞳を持つ小柄な人物。

 整った白い上着の両肩から手首までを覆う鱗状の中着が見えた。

 下半身も白い足首まで隠れるスボンだった。

 その子供らしき人物はアタランテに微笑みかけつつロープに噛み付いている魔獣に向けて手を軽く振る。それだけで魔獣達はロープから離れていった。

 

「この階層を管理するアウラだよ。えっと、お客さんと呼んだ方がいいのかな?」

「我は……、アタランテという。子供が一人でこの階層とやらを管理しているのか?」

「質問を質問で返さないの。……全く……。そうだよ。でも、一人じゃないけどね」

 

 口元を緩ませて微笑むアウラという少年とも少女ともつかない子供。

 魔獣が居る中を自由に行き来しているところから只者ではない。溢れる気配は確かに異質だ。

 それを言葉で表現するならば小さな悪魔だろうか。それに匹敵する不穏なオーラを感じた。

 

「あたしが張ったロープをこの子達が間違って切ったとしても設定した区域に不用意に入り込む不届きな子は……、たぶん数匹くらいよ」

「……数匹も居るのか」

「血気盛んな魔獣だから仕方がない。……でも、お客さんを傷つけることはないよ。あたしより怖い人を怒らせる事になるから。だから、安心して使っていいから。本当は闘技場も使わせたいところだけど……。いきなり向こうまで行くのは大変だと思ってね」

 

 親切な子供の説明を何処まで信じればいいのか。

 だが、答えてくれた事には感謝しなければならない。

 元よりここは他人の施設だ。

 


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