Fate/grace overlord 作:ぶくぶく茶釜
小難しい話しは色々あるが、それらを一度に理解するのはおそらく無理だと判断した。それに詳細な情報を聞く必要があるのか、疑問がある。
大事なことなのは
思考が混乱してきた時は風呂に入るに限る。
様々な店や娯楽施設がある第九階層と呼ばれる場所には『スパリゾートナザリック』と呼ばれる風呂施設があり、男用女用合わせて九種十七浴槽がある。
既に何度か利用させてもらったが、快適の一言に尽きる。
中には危険な風呂もあり、覗く事も危険だと教わった。というより危険な風呂が何故、存在するのか疑問だ。
定期的に掃除するメイド以外の利用者と出会った記憶は無い。
「お客様はリハビリの最中なので遠慮してもらっていただけですよ」
と、裸足になって掃除をしていたエイスというメイドが教えてくれた。
数人で一つの風呂を掃除しているので他にインラインとプラグマが居た。
アタランテのお気に入りはサウナ風呂と岩盤浴。
熱を冷ます為の水風呂も使う。
「獣耳のお客様が苦手とするお風呂はありますか?」
「……う~ん。妙な薬を入れた風呂かな。特に臭いのきついものは……」
おそらく『ゆず風呂』だとメイドは思い至り、他のメイドに耳打ちしていく。
猫は柑橘系が苦手。そういう認識で相談しているようだ。
「……猫系の『るし★ふぁー』様は男性だから……」
「……残念ですね……。……でも、混浴を良しとされるならば……」
という小声が聞こえる。
「アタランテ様は人間のようで
「う~む。わ、我の事はあまり面白いとは思えないのだが……」
生れ落ちてすぐ親に捨てられた人生などメイドに聞かせても詮無いことだ、と。
暗い話しが多く、明るくなるものがすぐには浮かばなかった。
何度も唸るのでメイドは無理に詮索しない事を伝えた。
「……そうだな。種族で言えば……英雄か女神……に近い存在といったところか……」
「……そうすると神性属性の種族……。
専門用語についてアタランテは分からなかったので首を傾げるのみだ。
本来なら召喚された世界や時代背景に合った知識が自動的に備わるものなのだが、メイド達が時折口にする専門用語は何故か記憶に備わっていないようで理解出来なかった。
説明されると理解出来るようになるので、ここは素直に一つずつ尋ねることにする。
ただ、メイド服に縫い付けられている名札の文字は
泡風呂や水浴びが中心だった時代とは違い、多種多様な浴室があるのはとても興味深い。
大量の水を温めるのは贅沢の極みだ。
獣の部分はあるが人並みの感覚はあるので身体を沈める事自体に嫌悪感は無い。
「……いや、しかし……。文明の利器というものはとても侮りがたし……」
アタランテの顔は自然と綻んでいった。
口元はきっと波型に歪んでいる。
耳の裏を洗ってもらう時は特に至福の瞬間だ。
「……のぼせる事も構わぬ温かさ……」
湯から腕を引き上げればきめ細かい肌が露出する。
誰に見せても恥ずかしくない程に。
「髪を洗わせて頂いてもよろしいですか?」
「うむ。ぜひとも頼む」
腕まくりして用意万端整えたメイドに頷きで答える。
ここしばらく任せているが、とても丁寧な仕事に感心する。
もちろん尻尾も洗ってくれる。
「前面だけ緑色の髪の毛なんですね」
「……これか? ……まあ、色々とあったのだが……。不恰好で恥ずかしい……」
「いいえ。緑色もお綺麗ですが……。獅子の部分も素敵ですよ」
「動物的な部分は頭と尻尾くらいだが……。当時は化け物と恐れられたり、
神の罰により動物に変えられる話しはよくあった。
アタランテの時代の人間にとってみれば最大級の屈辱であり、尊厳を踏みにじられる行為だ。
それでも神々の罰なので文句は言えないけれど。
出来る事なら呪いに似た部分を消し去りたい、と思わないでもない。
それから言葉無く髪や身体を洗ってもらった。
メイド達はとにかく仕事をしている事が幸せだと言うので任せてみた。
奴隷文化は珍しくはないのだが、彼女達は仕事を苦痛だと思わないものなのか。
「我々は被造物ですから、至高の御方々の役に立つ事が至上の喜びです。それを苦痛だと思うメイドは一人もおりません」
「……だが、時には手厳しい罰を受けたりするのでは?」
「多少のお叱りはありますが……。それもまた愛だと確信しております」
ホムンクルスの存在意義についてアタランテには窺い知れないが、使役されることを喜ぶ者に否定の言葉は無粋だと思った。
しかしながら感情表現が豊かなのは戦いに使用する目的は無く、愛玩目的なのか疑問に思った。いや、それは違う気がすると思考が混雑してきた。
家事全般をメイドに任せているだけかもしれない。
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考えればきりは無いのだが、そろそろメイド達の主に会いたくなってきた。
ずっと会わずに生活する事は無理だ。メイド達に一応面会の許可をもらうように頼んでおいた。
風呂上りの数時間後、滞在している部屋にメイド長が顔を見せに来た。
声は既に聞き及んでいたが姿を見るのは
ペストーニャ・
という名前のメイド長は彼女だと思うが姿は異質だった。
首から下は一般メイドと同じ人間だが頭部は犬。
人間の頭部と取り替えたとしか言いようが無い。そして、その頭も左右半分ずつだったものを縫い合わせたような目立つ縫い跡があった。
垂れ耳の可愛い犬で人語を解する。それと尻尾があった。
「だいぶ回復されたようですね……、わん」
「お陰様で」
魔獣の凶悪な顔に比べればメイド長の姿は幾分可愛らしく驚きに値しない。
メイド達自体、人間ではないのだから当然と言える。
「そろそろ主に挨拶がしたいのだが……。お目通りを願いたい……。誰か話しを通せる方は居ないのか?」
「はい、……わん。その点につきましては運が悪い事に都合がつかなくて……。主も日程を合わせようとしておられます。あと……三日ほどはお待ちくださいますか?」
「待つのは構わないのだが……。それよりもずっとここに滞在していて我には礼が出来そうにないのだが……。見知らぬ土地に放り出された身ゆえ」
「メイド達のお世話が立派に対価となっております。主は金銭よりもお客様の健康を第一に願っておいでです。……たぶん、大丈夫では無いかと……」
たぶんでは困るのだが、と言いたいところだったがアタランテは言葉を飲み込む。
この施設の主にとって客の事よりも忙しい仕事がたくさんあるという事だ。
確かに得体の知れない行き倒れに会わなければならない緊急性は無い。アタランテにとってはそうかもしれないけれど。
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忙しい主に会えるのが三日ならば待てない事は無いし、急がなければならない理由は今のところアタランテにも無い。
あるとすれば世界のこととか、これからの身の振り方だと思う。
ペストーニャと別れ、一人部屋にこもり瞑想するアタランテ。
忙しく駆け回った戦場の日々は遠い昔のことの様に思えてきた。
次の日、朝から運動と食事に風呂を堪能していると一メートル足らずの生物と出くわした。
「ご機嫌よう、お客様。お元気になられて私はとても嬉しく思います」
正確には男性使用人と呼ばれる者の小脇に抱えられた小さな生物なのだが、
人語を解する生物はここでは珍しくない。とはいえ新たな生き物は新鮮な気持ちを呼び起こす。
「鳥? 貴公は……どんな種族なのだ?」
黒い蝶ネクタイをした鳥のような生物を抱えている男性使用人達は『イー』しか言わず、メイドと違って会話が成り立たない。ただし、命令には従う。
頭まで黒い服で包み込んだとしか思えない彼らは人間的な姿なのだが、どう見ても使用人には見えない。では何だ、と疑問に思うがメイド達もよく分からない生物ですよ、きっと。と、曖昧な答え方で苦笑していた。
「私の種族は
「その鳥の事はあんまりお気になさらずに……。エクレア様は仕事にお戻り下さい」
立場的にはメイドより上のような気がしたが扱いが意外とぞんざいで驚く。
エクレアと呼ばれる小さな鳥は抱えられたままどこかに行ってしまった。
行った、というよりは連れて行かれた、が正確のようにも思えるけれど。
「みんな……人の言葉を喋るのだな……」
「全員ではありませんが……。それよりお客様の服は不思議な素材で出来ていますよね」
「不思議と言えば……、そうもしれないな」
サーヴァントが現界する時は裸が基本という訳ではない。
服装一式と武器がセットになっている。
魔力供給がある限りケガ同様に服装も自動的に修復される。あと、武器に使う弓矢もほぼ無尽蔵だ。もちろん、一本一本魔力で生成するから魔力がある限りは、だが。
「服は脱ぐ事が出来て、着る時は一瞬……。では、他の服は着られなくなるんでしょうか?」
「そういうことはない。戦闘時以外は一般人と変わらない」
半獣人のような姿だが手足に肉球は無い。
「洗濯しなくていい、という部分は便利だが……。精神衛生的には少し気になるところだな」
女の子としては、と胸の内で言うアタランテ。
戦いの日々において服の洗濯などしている暇は無い。であれば、ずっと同じ服を着ているので汚れたり、臭くなっていると思われても不思議は無い。
だが、全身が魔力で構成されているようなサーヴァントは普通の生物とは違い、新陳代謝とは無縁、だと思う。
その辺りまでアタランテは考えたことは無かったが、言われてなるほどと感心する。
常に清潔かもしれないが風呂はやはり気持ちがいい。