Fate/grace overlord   作:ぶくぶく茶釜

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#009

 act 9 

 

 時計では午後だと思われる時間になり、早目の夕食をとっていると見慣れない種族や異形の姿を多く見かけるようになる。

 特に目を引くのは骸骨兵。

 身長は二メートルを超えており、武器を持ったまま歩いていた。

 メイドから『死の騎士(デス・ナイト)』だと教えてもらった。

 波打つ武器フランベルジュという大剣と一メートルを超える大型のタワーシールドを持つ。

 全体的に黒ずんでおり、骸骨の身体を守るのは刺々しい装飾がたくさん付いた重厚な全身鎧(フルプレート)。兜にも鋭く尖った角のようなものが付いていた。

 

「ああいう化け物というのか、種族と言えばいいのか……」

「モンスターとかクリーチャーとお呼びするのが一般的です。死の騎士(デス・ナイト)などはアンデッド。またはアンデッド兵と呼ばれます」

「様々な種族が共存していれば呼び方も苦労するのではないか?」

 

 アタランテの指摘にメイドのトゥルーは苦笑する。

 しばらく死の騎士(デス・ナイト)の姿を眺めていると別のメイドにかち合い、何事か話しかけた。もちろん、話すのはメイドでアンデッドは呻き声というか苦悶の呪詛のような声しか出さない。

 会話が成り立たないようで相手の言葉を理解している節があり、アンデッドが何度か頭を下げる場面が見えた。

 

「……ああいう手合いに攻撃を受けたりはしないのか?」

「そんなものが居れば我々メイドはひとたまりもありませんよ」

 

 確かに愚問だった。

 それでも平然と接する風景には驚いた。

 

「……それにしても……」

 

 と、もう何度も驚いたのだが、改めて見ると尋ねずにはいられなくなる。

 アタランテの側に座るメイド達の食事風景について。

 それほど小食というわけではないのだが、メイド達の一度の食事量は大雑把だが自分の三倍近く。それ以上かもしれないけれど。

 それだけの分量の食事を三度続けてほっそりとした身体を維持している。

 運動量は家事全般程度しかしていない筈なのに。

 

「……しかし、良く食べるのだな……」

 

 食事が好きなメイドなら不思議は無いのだが、見て来たメイドの全てが大盛りだった。

 ほぼ全員と言ってもいいのではないかと。

 

「我々人造人間(ホムンクルス)は種族ペナルティとして食事量増大というものがありまして。そのせいで大量の食事を必要とするだけですよ」

 

 と、笑いながら答えるメイドのデストラクタ。

 だいたい三人チームで行動しているのでもう一人のメイドが近くに居た。

 彼女達は食べ始めると当たり前かもしれないが無言になる。一心不乱に食べる事は無く、無理のない速度で淡々と口の中に放り込んでいく。

 好みはあるようだが、ほぼ完食していく。

 

「その調子では食材の在庫が枯渇するのではないのか?」

 

 至極当然の疑問だ。

 今の調子ではいくら広大な施設を持つとはいえ一年くらいで倉庫を空にする勢いを感じた。

 もっとも、食材を収める倉庫が想像を超える規模ならば平気、という事もあるかもしれない。

 あくまで想像なので現実的とは言えないが。

 

「その辺りもご心配なく」

 

 やはり、というか平然と答えてきた。

 そういう予感はあった。

 

「我々の食事は施設のコストから言えば微々たるもの。一切、問題がありません」

「……?」

 

 また専門用語か、とアタランテは首を傾げた。

 メイドの言葉が時々理解出来ない。

 どこをどう見れば微々たるものだと言えるのか。

 メイド達の一日の食事量は少なく見積もっても城クラスの施設の三日分の消費量に匹敵する。

 

「……えっとですね……。……これ言っていい情報でしたか?」

「……う~ん。分からない時は言わない方が無難よ、きっと」

 

 と、相談を始めるメイド。

 秘密情報なら無理に聞こうとは思わないとアタランテが言うとメイド達はほっと一安心したように胸を撫で下ろす。

 それでも気になる問題ではある。

 メイドの食事は昨日今日の問題ではない筈だ。今までの期間に消費した分量を思うと背筋に冷たいものが落ちる。それを聞いてはいけない気持ちにさせるほどに。

 だが、それでも一時(いっとき)思ってしまった問題はすぐには抜けてくれない。

 キュッと急に胃が締め付けられ食事の手が止まる。

 今、これを食べれば明日の食事は無い、という警告のように。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 アタランテが急に止まったのでメイド達が心配して顔を近づけてくる。

 何か言わなければならないのだがお腹が苦しくて何も答えられない。

 自然と手が震えてナイフとフォークをテーブルの上に取り落とす。

 

「アタランテ様!? どうされました?」

「………」

 

 身動きが取れないアタランテの側に他のメイド達が集まってくる。

 苦悶の表情を浮かべる彼女を部屋まで案内し、ベッドに寝かせる。

 急激なストレスにより目に見える形でお腹が凹んでいく。その場所をメイドの一人が撫で付ける。

 

「どど、どうしましょう!」

「応援を呼んでくるわ」

 

 と言って部屋を出たメイドが数秒で引き返してきた。

 

「やや、やまいこ様がいらしたわ!」

「もうお帰りになられたの!?」

 

 一段と騒がしくなるメイド達。

 意識ははっきりしているがアタランテの頭の耳には騒音のように響いてきて、お腹に結構なダメージが伝わったような気がした。

 空きっ腹ではない筈なのに痛みを感じるのは腹に槍でも刺されない限り、ありえないと思った。

 入れ替わり立ち代わり、タオルや水の用意が整えられているが、まず最初に思ったのは静かにしてくれ、というものだ。

 ただ、声が出せない。

 呼吸は何とか出来るのだが、喉を締め付けられているように苦しかった。

 サーヴァントがこんな事で苦痛を感じるものなのか疑問だが、実際に感じているのだから疑いようがない。

 それから数分後に部屋に何者かが姿を見せる。

 メイド達以外はほぼ化け物。異形のクリーチャーとしか言えないのだが。

 背が高く、横幅も広い。

 両腕はかなり太く、それでも部屋の扉はモンスターの入室を受け入れるほどに大きい事を今更ながら気付く。

 いや、そもそも部屋の扉はこれほど横幅が広いものだったのか、と疑問に思った。

 

「は~い、みんな~。ちょっと()けてね~」

 

 図体の大きいモンスターは見た目とは裏腹に耳障りのよい声で迫り来る。

 見た目では分からないが女性だと思われる。いや、単にそう聞こえただけかもしれない。

 

「腹痛かな? ……まさか食中毒ってことはないでしょうね……」

「鑑定魔法にて再確認いたしました」

「後は……嫌いなものがあったとか? それなら不味いの一言で済むか……」

 

 今も腹の中は締め付けられるような痛みが満たされていて喋れないのだが、自分でも食中(しょくあた)りとは考えられない。

 

「メイド達。まずは状況説明を……」

 

 そう言われてアタランテと共に食事していたメイド達が顔を青くしながら詳細に説明を始める。

 普段は笑顔の絶えない彼女たちが震えながら喋るさまは圧政者を前にした奴隷か小市民のようだ。

 それでも暴力に出ず、何度か頷く大型モンスター。

 

「メイドの食事量の話しか……」

「申し訳ありません。話題として話してしまいましたが……」

人造人間(ホムンクルス)と聞いて問題が無いなら別に大丈夫でしょう。いやまあ、なんというか……。話題づくりは難しいわよね」

 

 う~ん、と唸りつつ巨大モンスターはふと自分の手を見る。

 大人ほどの人間の胴体よりも太い腕。それはそういうガントレットだと言えば信じそうになるが、重量的に装備できるとは到底思えない代物だった。

 その巨大な腕として形成している装備を外す。すると驚くほどほっそりとした腕が見えた。

 もちろん巨体に見合った太さなのでアタランテよりは幾分太いのだが。

 

「それ、片付けておいて」

(かしこ)まりました」

 

 一つのガントレットをメイド二人掛かりで運び出す。

 見ている分には軽々と持ち上げているように見えた。

 

「……ボクの予想では……、ストレス性胃腸炎ってところかしらね」

「………」

 

 聞いた覚えがありそうで良く分からない単語だった。

 それにしても状況を冷静に分析している大型モンスターはいったいどういう存在なのか。

 痛みを紛らわせる為に分析するのだが、自分の記憶には無い。

 あるとしても大型ゴーレムだ。それよりはまだ生物的であると言える。しかも喋っているのでゴーレムではない、はずだ。

 思考が混乱する事で色々と痛みも軽減されてきた。

 

         ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 しばらくお腹をさすってもらい少しだけ落ち着いてきた。けれども呼吸はまだ苦しい。

 熱を帯びた頭を冷やす為に額に濡らしたタオルを置くメイド。

 

「食べ物を大事にする人ほどメイドの話しは結構キツイらしいわよ」

 

 と、ゆっくりと話し始める大型モンスター。

 帽子を被っているせいか、顔は見えない。服装は十字架をあしらった装飾品があったので聖職者かなと思った。

 

「……お客様に詳細をお伝えするべきか……、迷ってしまいましたので……」

「その辺りは確かに……、判断に迷うところよね。ましてシステムを理解していない……、または違う概念を持つ人にはさっぱり意味不明だし」

「も、申し訳……ありません」

 

 謝罪するメイドの頭を骨に似た刺々しさを持つ手で撫でる。

 それはおそらく彼女と思われるモンスターの本来の手なのだと。

 ガリガリと皮膚を削るような事はなかった。

 その後で頭部が犬のペストーニャが訪れた。

 

「やまいこ様。お帰りなさいませ、……わん」

 

 スカートを摘んで丁寧に挨拶するメイド長。

 

「ただいま。早速だけど……、治癒魔法をかけてみて。ボクがやってもいいんだけど……」

「是非っ! お任せ下さいっ!」

 

 と、両手を組んで鼻息荒く獰猛な獣のような勢いでペストーニャはやまいこというモンスターに迫った。それと尻尾が激しく動いていた。

 

「顔が近いぞ。……見立てでは低位規模ってところだ」

「畏まりました……、わん」

 

 ふん、とはっきりアタランテにも聞こえるような鼻息。

 

中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)

 

 アタランテのお腹に置いたペストーニャの手が怪しく光る。

 そこから温かい魔力の本流が体内を駆け巡る。

 先ほどまで苦しかった喉が糸が解けるように楽になった。

 

「……あぁ……ふー」

「お加減は如何ですか? ……わん」

「……いきなり楽になった……。治癒魔術か?」

「魔法です」

「……はっ?」

 

 魔術と魔法は違う。それは何となく分かるアタランテ。

 奇跡を現世に起こすのが魔法だ。そして、それは長い年月の内に失われ、多くの魔術師達が再現に苦慮している。

 聖杯というものも奇跡を起こす魔法の一つである事はサーヴァントの誰もが知っている。

 

「ここでは魔法という概念が通じる。ただそれだけ。ご大層な理屈は無いよ」

「……確かに痛みを消すのは……。いやしかし……。なんだ、それは……」

 

 苦しみから解放された途端に溢れる疑問を口にするアタランテ。

 その様子を見たやまいこ達は元気になって良かった、と思いながら苦笑する。

 

「魔術と魔法が違う話しはだいたい分かるけど……。この世界の(ことわり)は魔法で満ちている」

 

 確かに大地から湧いて出る魔力には驚いたが。

 神代の世界だから、なのかと。

 


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