いよいよ彼らの登場です。
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新選組。その名を聞いただけで皆震えあがる恐ろしい『人斬り集団』。
京の町を歩けば皆が道を開け、ひそひそと話をする。だが一方で見目麗しいその姿から女性には絶大な人気があった。
その筆頭である副長、土方歳三、一番組組長、沖田総司、三番組組長、斎藤一、八番組組長、藤堂平助、十番組組長、原田左之助、諸士調役兼監察方、山崎烝。彼ら6人は島原の帰り、京の町を屯所に向かって歩いていた。
新選組の最高機密である『変若水』。研究をしていた雪村綱道が突如行方不明になった。
外部に知られる訳にはいかない為、それぞれが躍起になって探していたが全く手掛かりが掴めず手詰まり状態。綱道の事にばかり時間は割けず、その間にも巡察やら捕り物やらでかなり疲れていた幹部達に『少し息抜きをしたらどうだ?』と局長の近藤自らが島原に行く事を提案した。
普段は二番組組長の永倉、原田、藤堂の三人しか行かないのだが局長直々の好意として監察の山崎含め皆で行く事になり、今に至る。
「はぁー眠い。いつの間にかこんな時間になっちゃった。僕芸子には全く興味ないから朝までお酒飲んでいたら横でしれっと眠っててさ…もう白粉の匂いが移っちゃってすごい不快。」
「総司、お前そこまでお膳立てされて何もしなかったのかよ…本当に男なのか?」
「僕は左之さんと違うんですよ。土方さんや左之さんみたいな女たらしのすけこましならすぐ手を出すんでしょうけどね。」
「総司…すけこましったぁどういう事だ!『据え膳食わぬは男の恥』って言うだろ?せっかく近藤さんが好意で行かせてくれたんだ。無下に断る訳にもいかねぇ。」
「何言ってるの?近藤さんは『女を買え』とまでは言ってないけど?あぁでもそこのむっつり二人組は分からないね。ねぇ一君と山崎君?」
「何がむっつりだ。俺も芸子は傍にいたが何もしていない。酌に付き合ってもらっただけだ。」
「自分もです。沖田さん、俺を巻き込まないで下さい。早々に帰ってもらいました。」
「うわっ。本当かよ、一君も山崎君も。まさか衆道の気が…。」
「平助…それ以上言ったら斬るぞ。素性の知れぬ女とその様な事をする気がないだけだ。お前と一緒にするな。」
「何だよ!俺だって基本酒飲むのが好きだから女なんて買ってねぇよ!楽しくおしゃべりして、酌してもらえば十分だ。」
「じゃあやっぱり土方さんと左之さんだけが見境なく手を出したって事だね…あぁ穢れた大人は嫌だなぁ…新八さんはそのまま酔い潰れて起きないし。だらしないよねぇ…。」
「何が穢れた大人だ。子供ばっかと遊んでるお前に言われたくねぇよ。新八はほっとけばいい。起きたら慌てて一人で帰って来るだろう。」
「左之さん仲良いんだから迎えに行ってあげればいいじゃない?あっ僕そこの茶屋寄って帰ろう。近藤さんがせっかく僕達の為に労ってくれたんだから。ここのお団子美味しいって言ってたし。お金は…あっ勿論土方さんが出してね。」
「ったく、現金な奴だな…仕方ねぇ。近藤さんの為だ。」
茶屋に入ると団子をいくつか見繕ってもらう。お代を済ませ店から立ち去ろうとするとまだわいわい騒いでいた6人の男達に一人の女性が声をかけた。その女性は沖田へ手ぬぐいを差し出し、柔らかく暖かい笑顔で言った。
「あの…これ貴方の物ではありませんか…?」
****
時が止まった。体中の血が昇り、電流が全身を駆け抜ける。
男達は言葉を失った。こんな綺麗で艶やかな女性を見た事がなかった。いや、華やかな女性なら知っている。先程島原にいた芸子達だって太夫クラスの美人ばかり。
しかし、目の前にいる女性は今まで自分達が出会った事のないタイプであった。純真で可憐で無垢。優美な佇まいで物腰の柔らかい落ち着いた雰囲気。肌は抜ける様に白く、大きな琥珀色の瞳は少し潤んでいる。
着ている着物は絢爛豪華な真紅の物で、彼女にとても良く似合っている。そう、その姿は小さい頃に聞いたお伽噺の『竹取物語』。まさにそこに出てくる月の姫の様だった。
「…かぐや姫…。」
ポツリと誰かが呟いた。茫然としている6人を段々不安そうに見つめる千鶴は戸惑いを隠せない。
「あっ、あの…違いますか?」
声をかけられ我に返った沖田はそのまま千鶴から手ぬぐいを受け取る。改めて見ると本当に可愛い。手渡された白い指はとても小さく、話す声音は鈴の音の様に綺麗だ。6人の男達は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
女性には慣れている筈の土方や原田までもが柄にもなく照れており、その千鶴の美しい所作に見惚れていた。
「良かったです。落としてしまったら大変ですから。では私はこれで。お侍さん達のご武運をお祈り申しております。」
千鶴は6人に微笑んだ。その笑顔がまた美しく、すっかり心の臓を鷲掴みにされる。
普段京の民から『人斬り』と恐れられている自分達にお侍さんと言い、何の疑いも計算もない真っ直ぐな優しい言葉…朝の光が彼女の顔を照らし、後光が射している様だった。
茶屋の方へ踵を返す千鶴の髪の毛が揺れ、その瞬間とても甘く、花の様ないい香りがした。その香りに男達は引き寄せられ、脳天が痺れていく。
そんな男達の様子など全く分かっていない千鶴が茶屋に入ろうとしたその時、誰かが千鶴の腕を掴んだ。驚いて振り向くと先程いた男性の内の一人であった。
「…名前は…名前は何と言うんだ…?」
腰まである黒髪を一本に結い、紫色の袴姿。菫色の瞳の男性は真剣な表情で千鶴に聞いてきた。少し圧倒されつつ、千鶴ははにかみながら答える。
「…千鶴と申します…千の鶴と書いて…千鶴です…。」
「…千鶴か…いい名前だな…。」
「…ありがとうございます…。」
それだけの言葉を交わすと女性は茶屋の奥へ入って行った。まだ夢見心地の6人はフラフラしながら屯所へ帰る。その間、一切の会話はなかった。
「おぉ千鶴!悪ぃ悪ぃ。大丈夫か?誰かに何もされなかったか?」
「いえ、大丈夫ですよ。先程手ぬぐいを落とされた方に声をかけたくらいで特には…。」
「手ぬぐい?あぁならいいんだけどよ。ほら、これお前にやるよ。似合うと思ってな。」
「えっ…これ…すっごく可愛い…でもこんな高そうな物申し訳ないです…。」
「何言ってんだよ!お前の為に買ったのにお前が貰ってくれなきゃ捨てるだけだ。」
「そっそんな捨てるだなんて…ではお言葉に甘えて。欲しかったんです手鏡。」
不知火が小間物屋で買ってきた物は漆塗りの手鏡。桜が所々に描かれている。千鶴は嬉しそうに両手で手鏡を包み、満面の笑みを浮かべた。その笑顔が本当に可愛らしく、不知火は少しの間見惚れてしまった。
「風間ばかりに良い所取られちまってるからなぁ…俺も負けらんねぇ…。」
「何か仰いましたか?不知火さん。」
「あっあぁ…簪とかにしようかと思ったんだけど風間が煩せぇからな…これだったら持ち歩けるし、部屋の中でも使えるだろう?どうだ?気に入ったか?」
「はっはい!とっても嬉しいです!ありがとうございます!」
「風間の奴には内緒だぞ?あぁそろそろあの二人もこっちに来る頃だ。早いとこ団子食っちまおうぜ!もっと食いたかったらお持ち帰りしてやるぞ。」
「はい!ありがとうございます!」
****
一方、風間と天霧は新選組の屯所へ来ていた。普段と違いその静けさに二人は拍子抜けする。
「風間、今日は屯所がやけに静かですね…出かけているのでしょうか?」
「フン呑気な奴らだ。しかしこの様子だとまだ綱道は見つかっていない様だな。いくら監察が動いているにしても人間では限界がある。」
「急いては事を仕損じる。あまり焦っても仕方ありません。様子を見ましょう。」
「あぁ。だが千鶴の存在が奴らに分からぬ様にしないとな。あんな下劣な集団が千鶴の事を知ったら何をするか分からん。千鶴は高貴な純血の鬼だ。人間共の手に易々と渡っていい女ではない。あいつらには指一本触れさせん。用は済んだ。不知火の阿呆だけでは信用出来ん。早く行くぞ。」
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「なっなぁ…近藤さん…こいつらどうしちまったんだよ…何かあったのか…?」
「いやぁ俺にも何が何だか…島原から帰って来てずっとこうだ。心此処に在らずで…。」
「島原から?ほほぉ、さてはお前らついに馴染みでも見つけたのか?まぁ男たるもの芸子を囲う事も甲斐性の一つ…」
「新八ぃ!囲うだと…?あいつはそんな安い女じゃねぇ!一緒にするな!!」
「万年金欠でモテないガツガツした新八さんと一緒にしないでくれるかな?僕は女の子なら誰でもいい訳じゃないんです。あぁあの子にまた会えないかなぁ…。」
「新八…島原の女と一緒にするな。彼女は清らかで美しく…きっとどこかの姫だ。」
「永倉さん少し黙って頂けますか?彼女の姿が貴方のガサツな声で掻き消されてしまう。」
「しんぱっつあんには無縁の女の子だよ。可愛かったなぁ…すっげぇ肌白かった…。」
「新八…お前には死んでも分からねぇよ。あんな女、きっとこの先生きている内には二度と会えねぇ上玉だ。華奢でしなやかで優美だった。まさにあれは…」
「「「「「「かぐや姫だ…。」」」」」」
六人は屯所へ帰って来てからも夢から覚め遣らぬ様であった。
茶屋で出会ったかぐや姫。豪華な着物に身を包んだあの少女は本当にどこかのお姫様なのだろう。人斬りの自分達とは無縁の、美しく可憐な姫…どこの誰なのか分からない。けれど間違いなく彼女は内面も美しい女性だと思った。
男達は願った。もう一度会いたい…会ってせめて自分の気持ちを伝えたい。身分違いでも、盲目と言われても、この激しい感情は止められない。
しかし、そんな脳内お花畑の男達を現実に突き落とす人物が呆れながら広間へ現れた。
「貴方方は全く…この非常事態に何を呑気にしているんですか。目を覚ましなさい。局長、綱道さんの事について新たに分かった事がありました。」
「何!?本当か山南君。」
「えぇ。どうやら綱道さんには娘がいるらしいのです。我々と研究をする前に江戸で診療所をやっていた様でして、まだそこにいるのではないかと。」
「なるほどな…そうと決まれば江戸に向かわねぇとな…。」
「土方君、しかし江戸のどの辺りにあるのか、どんな女性かまでは判明していません。まだ情報が揃うまで不必要に動いてしまうのは良くありませんよ。少し様子を見ましょう。薩長の動向も知りたいですし、あちら側に綱道さんが人質として囚われている可能性もある。そうなったら厄介です。」
「しかし…本当に娘がいるとしたら誘き出す為には使えるな…父親が突然いなくなったんだ。行方を捜している可能性もある。」
「確かに、左之の言う通りだ。もしかしたら京にいるかもしれません。雪村綱道を探している女がきっと…その娘かと。」
「斎藤の言う事も一理あるな…。総司、平助、明日は一番組と八番組が巡察だったな。巡察中綱道さんを探している様子の女がいたら屯所に引っ張ってこい。何が何でもだ。山崎、引き続き監察の方でも行方を探してくれ。」
「…御意に…。」
「はいはい。あぁ面倒臭いな…ねぇその子斬っちゃダメなんでしょ?」
「総司!何言ってんだよ。大事な人質だ。殺しちまったら綱道さんの事聞けねぇじゃねぇか。」
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就寝の時間になるも男達はやはり、茶屋で出逢った姫の事が気になり眠れずにいた。
土方は溜まった仕事を片付けるべくいつもの様に書状を書くが何度も筆が止まる。
筆を置き自身の手を広げる。あの少女を掴んだ時の華奢な細い腕のぬくもりが未だ残っていた。
(千の鶴か…外見通り美しい名だ…一体どこの姫だ…?女なんかに不自由した事ねぇが何が何でもあの女が欲しい…。秘密裏に探ってみるか…。)
沖田は布団に入るが頭が酷く興奮し眠れない。こんな事は初めてである。
もしかしたらまたばったり会うかもしれない。そう思うと普段退屈な巡察も胸が躍る。
(千鶴ちゃん…あぁ君に会いたい…本当に可愛くて、いい匂いがした…。女性なんかに興味はなかったけど君は別。僕はもう君しか見えないよ…。)
斎藤はまだやり残した仕事をしていた。一つ溜息を尽き物思いに耽る。
集中しなければならないのに頭に思い浮かぶのはあの茶屋姫の事。
(あんなに美しい女性を俺は初めて見た。いや、まだ年若い少女の様だった。しかしあの聡明な雰囲気と綺麗な所作、育ちの良さが伺える…。あの様な娘が島原にいたら毎日でも通うのだが…いや、俺は一体何を考えている…。)
藤堂は珍しく島原には行かず、自室で酒を飲んでいた。
思い出すのは茶屋で出会った少女の事。考えるだけで気分が高揚し、胸が高鳴る。
(あぁ可愛かったなぁ…あんな子が俺の傍にいてくれたら…俺はもう何もいらねぇ。でもきっとどこかのお姫様なんだろうな…俺とじゃ釣り合わねぇか…でも、もう一度会いてぇな…。千鶴…。)
原田も藤堂同様島原には行く気になれず、やはり自室で一人酒を煽っていた。
いつもの酒よりも上手く感じるのはきっとあの少女の事を思い出しているからだろう。
(クソッ…何とか俺の物にしてぇ…きっと身分違いの恋だ…だから余計に欲しくなる。もう一度偶然出会ったらその時は逃がさねぇ…千鶴か…いい名前だ…。)
山崎は自室で医学書を読んでいた。手を休めては天を見上げる。
本の内容は頭に全く入らず、ついつい違う事ばかりを考えてしまう。
(本当に美しかった…。今まで色々な女性を見てきたがあんなに可憐で純真な女性は見た事がない。笑顔も可愛らしく思わず抱きしめてしまいたかった…千鶴さん…君は一体誰なんだ?もう一度だけでいい…会いたい…。)
男達の想いは夜の闇と一緒に溶けていった。
新選組の登場です。彼らにとって、千鶴はとても洗練された
女性として映ったのかもしれないですね。普段男所帯ですし
接触するとしても町娘か島原の芸子さんくらいですから、とても美しく
可憐な姿に一瞬で恋に落ちてしまった…という感じです。
鬼は元々人を惹きつける魅力があるらしいので、千鶴の甘い香りは
フェロモンみたいな物だと思って下さい。
ここまでお読み頂きありがとうございました!