かぐや姫は淡く光る月の様に    作:雪雪

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閲覧ありがとうございます。この回から新しい章になります。

早くも第四話です。千鶴が島原の芸子になります。
上手く正体がバレずに潜入出来るのでしょうか…?

廓言葉が難しかったので京都弁と混ざっていますが
ご容赦下さい。

それではご覧下さい。



鬼と新選組編
第四話 島原の『輝月』


『ねぇ千鶴ちゃん、貴女の微笑みは月の様に淡く優しい雰囲気だと思うの。それと昔話のかぐや姫にかけて『輝月』って名前はどう?輝く月と書いて『かぐや』。千鶴ちゃんはまさにかぐや姫だわ。』

 

 

千に命名され、島原で『輝月』として働く千鶴には噂が噂を呼び、次々と逢状が届く。その美貌と洗練された立ち振る舞い、気品で優美な所作と優しく落ち着いた雰囲気は会う男性を次々と魅了した。一方の千鶴はそんな魅力に気が付いておらず、ただ必死に綱道の手掛かりを探ってはいるが有力な情報は一向に掴めず。そんな時、あの組織から逢状が届く。

 

「姫様…これを…。」

 

「逢状?千鶴ちゃん宛でしょ?」

 

「はい、それはそうなのですが…届いた人物の名をご覧下さい。」

 

「…これ…新選組!?土方歳三って…副長が直々に?」

 

「とうとう耳に入ってしまいました。一介の隊士ならごまかせる事も出来たのですが、副長自ら逢状を出したとなると無下に断る訳にはいきません。新選組の皆さんは馴染みですし、変に断ったら逆に怪しまれます。」

 

「他6人って…幹部隊士全員よきっと。でも何でこんな大人数で…島原に良く来ていたのは確か二番組と八番組と十番組の組長だけよね?どういう風の吹き回し?」

 

「恐らく、多人数での接待となれば断りづらいとあちらも踏んだのでしょう。私も同席します。何とか千鶴様に耐えてもらい上手く場をしのげれば。用は千鶴様が綱道氏の娘であると言う事が分からなければいいのです。そしてなるべく、新選組には千鶴様に興味を持たぬ様気を反らせれば…。」

 

「菊、前者は可能だろうけど後者は難しいわ。千鶴ちゃんに興味を持たない男なんていると思う?いくら見た目が良くて女性になんて困らないあの新選組でも千鶴ちゃん相手じゃ無理よ。私も出来る限り気を付けて見ているわ。怪しい動きがあったらすぐに報告して。あっちも馬鹿じゃないんだから、わざわざ島原で問題は起こさないでしょう。」

 

****

 

 

土方率いる新選組一行は島原へ来ていた。普段なら来ない沖田、斎藤、山崎がおり、最近島原通いがご無沙汰だった藤堂、原田もいる。土方自身も滅多な事がないと姿は見せない。新選組の幹部が揃ってやって来た事に芸子達は浮かれていたが一同の目的は一晩で瞬く間に人気となり、一目会えるだけでも運が良いと言われる『輝月』である。

 

永倉以外の面々は期待と不安が入り混じった複雑な気分であった。その『かぐや』という輝く月の名前…一瞬で彼女を思い出した。同一人物なのか、違う人間なのか、もしも同じ人物であったら何故島原になどいるのか。

 

茶屋で見た時はどこかのお姫様だと思っていた。実際は違うのか。しかしここまでの人気に男達を魅了する美貌、可憐で清楚な振る舞い、噂だけだが当て嵌まりすぎている。彼女以外考えられない。きっと何か事情がある筈。それとも自分達の杞憂で終わるのか…。

 

個々に思考に陥っていると襖が開いた。そこには太夫である君菊が美しい笑顔で座っていた。

 

「皆はんようお越しござりんした。今宵男はんのお相手をさせて頂く君菊どす。ゆっくりしておくんなんし。」

 

「あぁ君菊さんよ…今日は輝月さんに逢いにきたんだが…。」

 

「土方はん、輝月はんはえろう人気で…まだ別の座敷なんどすの。もう少々お待ちしてくれはります?えらい申し訳ないですわぁ。」

 

君菊が場を繋いでいる間、千鶴は隣の部屋で千から指南を受けていた。

 

「千鶴ちゃん、相手は新選組の幹部達よ。少しでも挙動不審な動きをしたら怪しまれるわ。風間達にはややこしくなるからこの話はしていないの。何とか私達だけで切り抜けられる様頑張りましょう。千鶴ちゃんなら大丈夫!用意はいい?」

 

「うん。お千ちゃん、大丈夫。何かあったらさりげなく隙を見て逃げ出すから。今まで私も頑張ってやってきたから大丈夫だよ。心配しないで。」

 

千鶴は覚悟し、新選組がいる座敷の前に来た。平常心を保つ為心の中で自分に言い聞かせる。

 

「失礼します。お待たせして偉いすんまへん。今宵男はん達のお相手をさせて頂きます輝月どす。よろしゅうたのんます。」

 

顔を上げた瞬間、男達の顔に見覚えがあり千鶴は息を飲んだ。それは茶屋で出会ったあの日の男達だった…。

 

****

 

 

暫し沈黙が流れる。7人の男達は千鶴を見て固まっていた。千鶴の方も内心動揺を隠せない。

 

(この人達、いつか茶屋で出会ったあの時の…新選組の人達だったのね…もし顔が知られていたら…でも今はあの時と雰囲気もだいぶ違うし、私の事なんか覚えていない筈…大丈夫…落ち着いて対応すれば…何とかこの場をやり過ごせば…。)

 

どことなく互いに張り詰めた気まずい雰囲気。口を開いたのは君菊だった。

 

「輝月はん、そんな所におらへんでお酌してあげてちょうだい。新選組の皆はんを前にして緊張しはったんやろ?大丈夫。優しい人達どすえ。さぁ副長はんから順番にお注ぎしたって。」

 

千鶴はそろりと立ち上がり、土方の傍に向かう。

(菫色の瞳。この人…私に名前聞いた人よね…一番近くで顔を見られていたから…いえ大丈夫。落ち着いて…。)

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「あぁ噂の輝月さんか。島原には珍しいタイプだな…あんたみたいな人は。」

 

『新選組の副長は土方歳三。菫色の瞳が彼よ。鬼の副長って言われているわ。新選組の為なら手段を選ばない人。仇を成す人間には非情で、冷酷な人みたいね。』

 

千鶴は千から教えてもらった新選組隊士それぞれの特徴と情報を思い出していた。土方への酌が終わり、右の席へ移る。

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「へぇ~君が噂の…。こんな芸子隠していたなんて驚いたよ。君みたいな可愛い子なら僕毎日でも通っちゃうな…。」

 

千鶴の耳元で甘く囁く沖田に、千鶴の顔は赤くなる。

 

「へっ…あっ…あの…ちっ近いのですが…いや、近いどす…もう揶揄うのは止めてくんなし…。」

 

「ははっ可愛いなぁ~こういう所が人気なのかなぁ…?」

 

(翡翠色の瞳…この人あの茶屋の前で手ぬぐい落とした人よね…大丈夫かなぁ…何か聞かされていた情報とは少し違う様な気もするけど…うーん…でも人は見かけによらないからなぁ…。)

 

『一番組組長、沖田総司。翡翠色の瞳は彼。最も危険な人物よ。新選組の刀って言われていて、容赦なく平気で斬れる人間らしいわ。よく近所の子供達と遊んでいるらしいけど、何か掴めない人ね。』

 

そのまますぐ横に移動する。寡黙で落ち着いた佇まいの人。

(藍色の瞳。この人はあの日何だか驚いた顔で私を見ていたなぁ…物静かな人みたい。顔真っ赤だけどもう酔っているのかな…?)

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「あっあぁ…。あんたが注いでくれると上手いな…。」

 

『三番組組長、斎藤一。藍色の瞳が特徴よ。さっきの沖田さんと『新選組の双璧』なんて言われる程剣の腕が立つ人よ。任務に忠実で的確。人を斬っても顔色一つ変えないみたい。』

 

その隣の席には斎藤同様、落ち着いた雰囲気の男性。この人物も顔が真っ赤である。新選組は酒に弱い人間が多いのだろうか?

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「あっあぁよろしく頼む。俺はあまりこういう場は慣れていないが…君の様な人に出会えた事は嬉しく思う。今宵は来て良かった。」

 

「ありがとうござんす。うちもお会いできて嬉しいどす…。」

 

(蓮華色の瞳…この人茶屋でずっと俯いていたな…でも時々チラッと私を見てまた反らして…何かついていたのかなぁ…?)

 

『監察方の山崎烝。蓮華色の瞳なら彼だわ。主に諜報活動や情報探索が彼の仕事で戦ったりする事は少ないみたいだけど、人に言えない汚い事もやっているらしいわ。』

 

席を立ち、左側へ進む。とても優しい表情で千鶴を見つめるその男。

(鼈甲色の瞳…彼は…この赤い髪の毛覚えてる。すごく柔和な表情で私を見ていた…今もすごく見つめられている様な気がするけど…。)

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「そうかお前が…こりゃあ人気の芸子だって頷けるぜ。本当に綺麗だ…。」

 

「あっ…あの近…近いどす…。」

 

「へぇ、反応が初心だなぁ…こりゃ新鮮でいいな。」

 

『十番組組長、原田左之助。見た目は優しくて穏やかな感じだけど怒ると手がつけられないみたい。女性に優しくてうちの芸子も熱上げているくらい。彼は槍使いで鼈甲色の瞳を持った人よ。』

 

すぐ隣には千鶴と年齢の変わらなさそうな少年が口をパクパクさせながら千鶴を見ていた。

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「あっ…あぁ。俺…どんな人かなぁって気になってたからずっと会いたかったんだ!名前通りかぐや姫みてぇだ…。」

 

『八番組組長、藤堂平助。喧嘩っ早くて『魁先生』なんて異名を持つわ。確か新選組の中では最年少だった気がする…彼は若草色の瞳が特徴よ。』

(若草色…あまり年齢は変わらない感じかな?この人が一番あの時挙動不審でずっと口開けていたり瞬きもしないで動かなくなってて…話した感じは普通みたいで良かった。)

 

最後、頭に緑色の鉢巻きを巻いた男らしい感じの人。

 

「輝月と申します。よろしゅうたのんます。」

 

「おぉ!君が噂の『輝月』さんかぁ…いやぁかなりの別嬪さんだなぁ~輝月さん見ちゃったら他の女の子霞んじまうな~今日は幸せだぁ…酒も上手いし、綺麗な子はいるしよぉ~あぁ俺はいつ死んでもいい!輝月さんの傍で死ねたら俺は本望だ!」

 

『二番組組長、永倉新八。一見だらしのない感じに見えるけどかなりの剣の腕前みたい。力もあるから武術にも長けているそうよ。空色の瞳の持ち主が彼ね。』

(この方はあの時茶屋にはいらっしゃらなかったな…豪快で明るい人…。)

 

一通り酌が終わると千鶴は邪魔にならない様そっと隅の方へ座る。土方は千鶴の方をじっと見つめゆっくりと口を開く。

 

「輝月さん、何だってあんたそんな隅の方へいるんだ?俺達はあんたに逢いたくて来たんだ。なぁ君菊さん悪ぃけど今夜は席を外してくれねぇか?こいつらも皆輝月さん目当てでよ…。」

 

「えぇ…でっでも輝月はんはまだ見習の身どすえ、大事な新選組の皆はんに失礼があったら面目たちませんしなぁ…」

 

「大丈夫だよ。もう一月もやっているんでしょ?僕達純粋に輝月さんとお話ししたいだけだから無理な事はしないし。」

 

「えっえぇ…でも…」

 

「何だ?随分過保護なんだな?君菊さん。そんなに輝月さんは大事な子なのか?そうだよなぁ…太夫の君菊さんが直々に見習の娘と一緒に座敷に上がるなんざ初めてじゃねぇのか?」

 

「原田まぁそう言うな。君菊さんも心配なんだろうよ。しかしあれだな、まるでどっかの『姫』と護衛役じゃねぇか。別に取って食おうなんて思っちゃいねぇよ。『可愛い子には旅をさせろ』って言うだろ?」

 

原田と土方の援護射撃が続く。何となく嫌な予感がした。もしかしたらこの人達は茶屋で自分と出会った事に気が付いているのかもしれない。このまま押し問答していたら余計に怪しまれる事を懸念した千鶴は君菊の方へ向いた。

 

「きっ君菊姉さん…皆はんこない仰ってくれはりますし、うち一人でも大丈夫ですわ。重々失礼のない様お相手させて頂きはります。」

 

千鶴の決死の覚悟を感じ、君菊は表面上にこやかにその場を後にする。去り際、耳元で君菊が囁いた。

 

「千鶴様…くれぐれもお気をつけて…。」

 

****

 

 

君菊が去り、一人きりになった座敷。正面には7人の男達。なるべく平常心を保とうとしていた千鶴だったが緊張から手が震えそうになる。そんな千鶴の動揺を目の前にいる男達はとっくに気が付いていた。

 

「まさか…また会えるとは思わなかったな…しかもこんな場所で…なぁ?『千鶴さん』?」

 

「本当だよ。この間の着物も綺麗だったけど、今日の芸子姿もいいね。君なら何でも似合うよ。でも何で、君がここにいるのかなぁ?」

 

「茶屋の前で会ったあの雰囲気からするとあんたはどこかの姫だと思っていた。島原で芸子をする様な人間ではない。何か事情でもあるのか?」

 

「なっ、なぁ千鶴さん…俺達の事知ってるんだよな?新選組だって。京の事なら詳しいし、何かあるなら力になってあげられるかもしれねぇしさ。」

 

「これも何かの縁だ。初めて見た時から何か惹かれる物があったんだよ。放っておけねぇんだ。良かったら話してくれよ。」

 

「一人では解決できない事でも我々であれば解決できるかもしれない。力になりたいんだ。君は何者なんだ?教えてほしい。」

 

「俺もこいつらから話聞いてよ…こんな別嬪さんが一人で何かを背負い込んでるなんて黙って見過ごす訳にはいかねぇよ。俺達に出来る事なら何でも言ってくれよ。」

 

たった2回しか会った事のない人達にここまで言われ、千鶴の瞳には自然と涙が溢れてくる。顔を上げ土方達を見つめる。綺麗な真珠の様な雫が頬を伝う。その泣き顔にまた男達は美しすぎて見惚れてしまった。

 

「なぁ千鶴さん…俺達は皆から恐れられ、道を歩くだけで忌み嫌われる『人斬り』だ。あの時茶屋の前でお前は『お侍さんのご武運を祈っています』と笑顔で俺達に言ってくれた。あの優しい笑顔は心からの物だ。泣いちまうくらい、今の状況が辛いんじゃねぇのか…?」

 

「ねぇ千鶴ちゃん、きっと話したらすっきりするよ。僕達じゃ頼りない?君の本当の気持ちを聞かせてほしいんだ。本当は誰かに縋って、甘えたいんじゃないのかな?」

 

土方と沖田の優しい言葉に千鶴の瞳から一層涙が溢れる。そう、本当は自分が人でないなんて信じたくなかった。自分の父は恐ろしい化け物を生み出す薬を作っていた。

 

そしてその研究に加担しているのは目の前にいる男達…自分の里を滅ぼした幕府に仕えている新選組。けれど、この人達の仲間も羅刹になり研究の犠牲となっている。

 

素性が知れて自分の父が綱道だと分かれば殺されるか、拷問にかけられ利用されるであろう。この優しい言葉も、笑顔も全て掌を返したかの様に。

 

雪村家の頭領としての重圧、父親の犯した罪に対する責任と使命、全ての真実を知った自分には今まで通りの幸せで平穏な生活には戻れない。

 

ずっと父と二人で診療所をやっていきたかった。守りたかった。自分だけの居場所を。けれどその父は居ない。江戸には戻れない。

 

不安と焦りと孤独に苛まれる日々を、どうやってこの先過ごしていけばいいのだろう…。

 

「…めんなさい…ごめんなさい…。」

 

千鶴が絞り出す様な声で泣きながら皆に頭を下げる。男達は驚き千鶴に駆け寄った。

 

「何で謝るんだ?なぁ本当に何があったんだ?お前は一体誰なんだ?」

 

「…言えないんです…。特に貴方方には。私と貴方方とは相容れない関係…だから…もう金輪際、会わない方がいいです…もうお店にも来ないで…お互いにとって、それが一番いいのです…。」

 

「…相容れないってどういう事?何で会えないの?意味が分からないよ!ねぇ教えて!君は誰なの!?」

 

土方と沖田が千鶴に詰め寄る。千鶴はただ泣いて謝るしか出来ない。

 

「まだたった2回程しかお会いした事のない私に優しい言葉をかけて頂いて…本当に感謝しています…。正直、噂で聞いていた新選組の方とは全く違う印象で驚きました。京の治安を守ってくれている皆さんが…誇りと立派な志を持って堂々としている皆さんが羨ましいです…。私にももう少し『覚悟』があれば、こんな風に泣いてしまう事もないのに…。弱い自分が情けない…。ごめんなさい…お気持ちだけ受け取ります…今宵はもう…お忘れ下さい。私の事はお忘れになって下さい。」

 

千鶴が座敷から出て行こうとするその腕を、斎藤が制した。

 

「そんな簡単に言うな。忘れろと言われて忘れられる訳などない。あんたが拒んでも俺達はあんたの事情を知りたい。あんたは真っ直ぐな心根の持ち主だ。解決策はきっとある。」

 

「その言葉は君が心から言っているものではない。今だってそうして一人で泣いている…必死に耐えて我慢して…そんな君を放って置ける筈ないじゃないか。」

 

「千鶴さん…俺嫌だ…。そんな強がった姿見ちまって見過ごせねぇよ!千鶴さんをこんな目に遭わせているのは誰なんだよ!そんな奴俺が…!」

 

「忘れるなんて、無理だ。もう出会っちまったんだよ…男は女を守るのが使命だ。特にお前の事は…守らせてくれねぇか…俺達に。」

 

原田が千鶴の涙を指先で拭う。千鶴は自分を思いやる皆の言葉に胸が痛み二の句が継げない。

 

(もういっその事全て正直に言ってしまえば…楽になれるのかもしれない。)

 

覚悟し口を開きかけたその時、座敷の襖が思い切り開いた。

 

「…何をしている…宴は終いだ。帰るぞ…。」

 

「かっ風間さん…何故ここに?」

 

「何故だと?俺がここにいては都合が悪いのか?早く来い!いつまでこんな所にいるんだ!」

 

風間が強引に千鶴の腕を掴む。その反対の腕を掴み、風間を睨みつけたのは土方だった。

 

「おい、何勝手な事してるんだ?輝月さんを指名したのは俺達だ。てめぇはすっこんでろ!」

 

「汚い手で触るな。これは俺の女だ。お前らの様な薄汚い犬共が手にしていい代物でない。せいぜい安い女でも抱いているんだな。」

 

「ねぇ何この下品な金髪野郎…お前こそその汚い手離しなよ。この子嫌がってるじゃない?」

 

「…何者だ?彼女とどういう関係だ…?」

 

「お前ら如きに教える義理はない。人の物に手を出すなと言っている。これ以上歯向かう様ならただでは済まぬ。全員殺すぞ。」

 

「いい度胸じゃねぇか…新選組に盾突いて生きて帰れねぇのはてめぇの方だよ!」

 

「お前が…お前が千鶴さんを泣かせた奴だな!!さっさと手を離せ!」

 

「彼女はお前の所有物じゃない!物の様に扱うな!お前みたいな奴に彼女は渡さない…。」

 

「こんな可愛い輝月さんを泣かせるなんざ男として最低の野郎だな。殺れるものなら殺ってみろ!!」

 

一触即発の雰囲気。このままでは本当に斬り合いになるかもしれない。店の中で騒ぎを起こす訳にもいかない為、千鶴は必死で間に入り取り持とうとする。

 

「ちっ違うんです…泣いていたのは風間さんの所為では…かっ風間さん!ここで騒ぎになってはいけません!お願いです…一旦ここは皆さん引いて下さい!お願いします。」

 

「フン。こんな丸腰の奴らと斬り合いする程俺は馬鹿じゃない。『忠告』をしたんだ。立場を弁えろと。お前らがいくら逆立ちしてもこの女には到底手が届かない。壬生浪風情のお前らと高貴な姫では釣り合いが取れぬ事くらい分かるだろう?それに先程本人が言った様に我らは相容れない関係。この女がお前達に会う事はもう二度とない。さぁ行くぞ。」

 

風間は土方の手を千鶴から無理矢理離し、千鶴を横抱きにし連れて行く。悔しそうに見つめる7人に対し、風間は不敵な笑みを浮かべながら土方達に言った。

 

「俺とは近い内にきっとまた会う。その際に今日の事はきっちりと返してもらおう。」

 

****

 

 

『…言えないんです…。特に貴方方には。私と貴方方とは相容れない関係…だから…もう金輪際、会わない方がいいです…もうお店にも来ないで…お互いにとって、それが一番いいのです…。』

 

『私に優しい言葉をかけて頂いて…本当に感謝しています…。京の治安を守ってくれている皆さんが…誇りと立派な志を持って堂々としている皆さんが羨ましいです…。私にももう少し『覚悟』があれば、こんな風に泣いてしまう事もないのに…。弱い自分が情けない…。』

 

『お忘れ下さい。私の事はお忘れになって下さい。』

 

島原の帰り、男達は皆黙ったまま屯所へと帰る。千鶴の言葉と涙が脳裏に焼き付き離れない。幹部緊急会議が開かれ、全員が広間に集まる。議題は勿論、千鶴の事であった。

 

「ねぇ『相容れない関係』って言ってたけどどういう意味かな…もしかして薩長側の人間とか?」

 

「あり得ない事はない。しかし…全面的に加担している様には思えん。あの金髪の男が妙に気になるな…。」

 

「あいつは一体何なのでしょうか…?千鶴さんを自分の所有物の様に呼びつけて…。」

 

「あいつ…千鶴さんはきっと脅されているんだ!いかにも悪人面って感じだったしよ!」

 

「でもあの野郎…『近い内に会う』とか言ってやがったな…。何者だ?」

 

「『特に』貴方方にはっつってたよなぁー…となると、新選組と関係があるんだよな…。土方さんよ、さっきからダンマリだけどどう思うんだ?」

 

永倉の問いに土方の表情が曇る。暫く考え込んだ後、土方がゆっくりと口を開く。

 

「あの金髪野郎が薩長の人間である可能性は高い。千鶴さんは何か事情があって奴の所に世話になっている。そういうい意味で『相容れねぇ関係』って言ったんじゃねぇかと俺は思う。とにかく千鶴さんの素性と、あの金髪が誰だか調べる必要があるな。」

 

「ねぇ土方さん?もしも、千鶴ちゃんが薩長の人間だったらどうするの?斬っちゃう?それとも屯所に連れて帰って拷問にかけるの?」

 

「…総司!?お前…千鶴さんにそんな事出来るのかよ!!」

 

「あれぇ?何言ってるの?僕らは新選組なんだよ。今まで薩長の連中を斬り殺してきたじゃない。それを自分が好きになった女の子だからって情けかける訳?新選組に仇成す者、近藤さんの邪魔になる物は容赦しない。例え千鶴ちゃんでも、僕は許さないよ?まさか皆絆されちゃったの?じゃあもし、彼女の話が全て嘘で、僕らに近付く為に騙していたとしたらどうする?ねぇ平助?」

 

「何で千鶴さんが俺達を騙そうなんて思うんだよ!彼女の涙見ただろう?あれは嘘なんかじゃねぇ!俺達の誇りや志が羨ましいって。自分を忘れてくれなんて、そんな事わざわざ言わねぇだろ!」

 

「君は女性という物が分かっていないからそんな事言うんだよ。あれだけの美貌を持ってるんだよ?いくらでも男なんて落とせるよ。僕達だって、まんまと彼女に落ちたじゃない?あの金髪の指示で近付いたっていう事もあり得るしさ。」

 

「…俺は…俺は千鶴さんを信じる…!絶対に彼女はそんな人じゃねぇ!!」

 

藤堂は広間から飛び出す様に出て行ってしまう。沖田が溜息を尽くと斎藤が話しかけた。

 

「…素直じゃないな…お前は。あまり平助を揶揄うな。」

 

「なぁに?一君、分かった様な口聞いちゃって。」

 

「ったく、平助に当たってんじゃねぇよ!そんな女じゃねぇ事はおめぇが一番良く分かってるだろ?」

 

「土方さんまで平助庇うの?何か、あまりにも純情だったからつい、ね。可哀想じゃない。あんなに想ってるのに結ばれないなんて。あっそれは皆もそうか。残念だったね。でももう千鶴ちゃんの運命の人は決まっているから。」

 

「「「「「……はぁ?」」」」」

 

何を言われているかいまいち要領の得ない5人は首を傾げる。

 

「僕だよ。彼女の運命の人は。誰にも渡さない。肝心な事言ってなかったから宣戦布告しようと思って。」

 

5人は黙って沖田を見つめる。しかしその目は誰一人冷静でなく殺気立った冷たい瞳。不穏な空気が広間を包み込む。

 

「総司…てめぇ何言ってやがる…誰が千鶴さんの運命の人がお前って決まったんだ?寝言は寝てから言いやがれ。俺だってお前達なんかに譲る気はねぇ…副長命令だ。お前達は諦めろ。」

 

「土方さん、恋敵に上司もクソもねぇんだよ。俺は一目見た時から千鶴さんに惚れちまったんだ。諦めるなんて選択はねぇよ。斎藤、山崎、尊敬する副長様の命令だ。お前等は潔く諦めるんだな。」

 

「左之勝手な事を言うな。俺は任務の為なら副長の指示に従いますがこの様な個人的な物の命には従えません。俺も諦めるつもりも、渡すつもりもない。」

 

「原田さん、一人でも恋敵を少なくする為にそういう言い方するのは止めて下さい。副長も卑怯です。俺だって諦めませんよ。無論、あの金髪で赤目の男にも…彼女は渡しません。」

 

「おっ俺だって輝月さんの力になりてぇんだから諦めたりなんか…」

 

「はいはい、新八さんは黙っててね。それに彼女は『輝月』じゃなくて『千鶴』ちゃんなの。全く皆しつこいよね。千鶴ちゃんも可哀想。こんな厄介な人達に好かれちゃって。」

 

「「「「「一番厄介なのはお前だろ!!!!!」」」」」

 

自室に戻っていた平助は一人考えていた。どうしたら自分の手で千鶴を守れるのか、千鶴を助ける事が出来るのか。絶対に理由がある。彼女は自分達に仇成す様な、そんな女性ではない。彼女が流した涙の意味を知りたい…もっと彼女に寄り添いたい…。

 

(俺が千鶴さんを…絶対に守る…!)

 

 

翌日、巡察から戻って来た永倉が騒々しい音を立てながら広間にいる幹部達に声をかけた。

 

「新八煩せぇぞ!何だってんだ一体…」

 

「ひっ土方さん!それどころじゃねぇんだよ!!今京中が偉い騒ぎで男達が嘆き悲しんでたから何事かと思ったらよぉ…輝月さんが突然辞めちまったらしいぜ。」

 

 

またしても忽然と姿を消した『少女』。

疑問と謎だけを残したまま、男達は愛しい想いを馳せるしかなかった――――。




何ともあっさり正体を見抜かれ終わってしまいました。

次回から戦闘シーン含み、風間と新選組が直接対決します。

個人的に戦闘シーンは苦手ですが、また引き続き読んで頂ければ嬉しいです。

ここまで見て頂きありがとうございました!!
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