男の娘に目覚めたのはアストルフォのせい。
だけど、妹さえいればいい、のアニメ冒頭で吹いた俺は悪くない。
ただの息抜きですのでノリだけで頑張ります。
夜の帳、真っ黒なキャンバスが空に広がる。雲一つない冬空。優しい光の月と星。今にも降り出しそうな星の輝きの中、フランスのとある山脈のお花畑の上で一人の妖精が舞い踊り歌を唄う。長く美しいピンクの髪に小さな身体、その足からは光る羽のようなものが光っていた。
妖精というものは背中に羽がついているものだと思っていたけど私は感動的過ぎてその姿に見惚れて疑問にすら思わなかった。もっと近くで見たくてこっそりと近づいた。
綺麗で、可愛い、妖精さん。
近づいてよく見れば人間だということに気づいた。こっちがそれくらい近づくとあっちも気づくわけで楽しそうに舞っていた妖精さんとばっちり目が合う。
「ッ!?」
驚いた妖精さんは身を翻し逃げようとする。刹那的に逃走を察知した私は妖精さんを追おうとして駆け出す。
「ま、待って–––きゃっ!」
駆け出した私の足は絡れてすっ転んでしまった。涙目で顔を上げると妖精さんは振り返り戸惑ったようにおどおど上から見下げてくる。そして、悩んだ末にゆっくりと降りて来た。
「だ、大丈夫……?」
妖精さんはホットパンツだった。パーカーだった。猫耳パーカーだ。ついでにニーソックスに膝を隠して光る羽は靴から出ているようで私の幻想を打ち砕く。
–––妖精、じゃない……?
いや、しかし綺麗で、可愛い。まるで妖精さんという表現は間違っていない。こんな時間に夜出歩いている子供なんて殆どいない、まして山中のお花畑だ、ありえない。
差し出された手はまるで聖女のよう。
うん、でも少し怯えたように妖精さんは口元を気まずそうに歪めていた。
「ありがとう」
差し出された手を握り返して引っ張り起こされる。華奢な体躯からは予想もできない力強さと優しい力加減に私はひょいと持ち上げられるように軽く立ち上がれた。
「……」
「どうしたの?」
お礼を言っても言葉を発さない妖精さんに対して私は首を傾げる。私がお礼を言う前の心中をなぞるように妖精さんはこう言った。
「……聖女みたいだなって」
きょとんとしてしまう。言われたことに気がつく前に妖精さんは慌てて弁明した。悪気はなかっただとか、変なこと言ってごめんね、と申し訳なさそうにおろおろしはじめる。それも相まって私はぷっと吹き出した。
「ぷっ、あはは、私もさっきまで同じようなこと考えてた」
「ボ、ボクが聖女……?」
嬉しそうな複雑そうな顔。もしかして、迷惑だったのだろうか。
一人称からして、「彼」は男の子なのだろうか。そう意識するとなんとなくむず痒い気持ちになる。元々、山の中で暮らしている私にとって同世代の友達はいない上に男の子は初めてだったから、余計に意識してしまうと少し億劫な感情が目覚め始めた。いったい彼にどう接したらいいのだろうかとか、不安にもなる。
不安が顔に出ていたのだろうか、妖精さんは私の考えを肯定した。
「ぼ、ボクは男だよ」
「ごめんね、あまりにも綺麗だったからつい」
「いやってわけじゃないんだけどね」
「……だから、女の子みたいな格好をしているの?」
彼の格好はどう見ても女の子に見える。多分、ママが彼を見たらそう思うだろう。誰だって口を揃えて言うはずの事実に彼は少し間を置いてから気まずそうに話した。渋み100%の苦笑いで。
「これは姉さんの趣味。ボクは男の子のちゃんとした服を着たいのに、姉さんは昔の服で着せ替え人形にするし……それにボクの家は貧乏だから仕方ないんだけど。せめて弟も同じくらい冷遇を受けてもいいと思うんだ」
正当性のあるひん曲がった事実に私はなんとなく気になって聞いてしまう。他の服はないのだろうかと。
「お姉さんはワンピースとか着ないの?」
「……一着くらいはあるけど、絶対にあれだけはやだ。スカートなんてもうやだ。もう絶対に着ない」
何やら事情があるみたいだった。というか、もう一度着たんだ……。
少し見て見たかったな、なんて思うのと同時にちょっと同情してしまう。いくら貧乏を自称しているとはいえスカートを用意される男の子というのは私も聞いたことがない。私の男の人のイメージはズボンだった。
そこまで話して、私は彼を妖精さんと心の中で呼んでいたことを思い出す。そういえば自己紹介をしていなかった。
「私はシャルロット、あなたは?」
「ボクの名前は織斑春香。ハルカが名前だよ」
「はる、か……難しい名前」
「日本名ってシャルロットには難しかったかな」
呼び辛くてむくれる私はさらにむくれる。意地でも呼んでやる。……練習してから。ということで、今は頭の方から略称しよう。
「ハルはどうしてこんなところにいるの?」
「束さん……姉さんの友達と材料の買い付けに来たんだけど、暇な時間ができたから観光だよ」
「その人が保護者なの?」
「ん〜〜〜、さぁどうなんだろう。まぁ、一応預かられている身だしそうなるのかな」
「ふ〜ん。でも、こんな場所観光に来ても面白くないよね。しかもこんな夜に」
「そうかな? 花畑も素敵でとってもいいところだと思うけど。何より人気もないし静かで凄く好きだな」
お気に入りのお花畑。それを共感してくれてなんだか嬉しくなってきた。彼は案外良い人そうに見える、けど何処か引き気味の腰は私と同じように緊張しているのか人に慣れていないようだった。
さぁ、本題だ。彼とは友達になりたい。なれるだろうかとかそういう疑問や不安は置いておいて、私はとても気になっていることがある。鳥のように空を飛ぶ彼はどうやって飛んでいたのか。
「さっき飛んでたよね、どうやったの?」
この瞬間、私のわくわくを凌駕する程顔色を変えた彼は目を光らせると、食い気味に私の手を握ってくる。初めて異性に手を握られた私は顔が熱くなると同時に少し足を退いた。彼はそれでも表情を緩めたまま私の手を握り続ける。
「それは僕が作ったこの“アンチグラヴィトンシューズ”のお蔭なんだよ!」
「アンチ、グラ……?」
「あっ、グラシュでいいよ」
そう言うと彼は説明をはじめた。重力に反発する粒子がどうだとか、それを利用しているとか、取り敢えずわけがわからないが飛行用の靴を開発したと彼は簡単に説明してくれた。
「飛んでみる?」
「えっ、いいの?」
「安全性は保証するけど、一足しかないから今日は抱えて飛ぶ感じになっちゃうけど」
「もう一つあるんだ」
「手元にはないけど、明日なら用意できる」
明日まで待とうか。男の子に抱えられて飛ぶ羞恥心と好奇心を天秤に掛けた結果、私は今日飛ぶことを選択した。
「それじゃあ、いくよ。しっかり掴まってて」
膝裏と背中に手を回されてお姫様抱っこへ。彼は軽々と私を持ち上げると「Fly」と叫んだ。靴から水色の羽が現れて、軽く地面を蹴ると身体がふわりと浮き上がる。ものの数秒で空へと飛び立った。
–––これが、空?
まるで鳥になったような気分だ。少し怖くて閉じた目を開けると眼下にはフランスの広大な山と街の景色が広がっていた。ここからは自分の家も見える。私はその光景に魅了された。こんなにも空を飛ぶことが素晴らしいなんて思いもよらなかった。
「……」
「気に入ってくれた?」
「本当にすごいよ。生まれて初めてこんな景色を見た」
「感激しているところ悪いけど、そろそろ帰ろうか。あまり遅くなると心配するだろうし」
「あっ、そうだね」
私は気づかなかったが十分くらい空を飛んでいたらしい。着陸するまでの間に彼はそれとなく経過した時間を教えてくれ、降りると同時に私を地面にゆっくりと下ろす。彼の肩を借りながらそっと降りると地に足がついた感覚が凄く不思議な感じがした。家を聞かれて前まで送ってもらったが彼は何食わぬ顔でいいよと返す。
「明日、約束だよ!」
「うん、またね」
「Fly」と唱えて空へと浮かぶ。夜空に帰る彼の姿を消えるまで見送った。
私は家に帰るなり自慢するようにその子のことを話した。ママは笑って聞いてくれて、今度連れていらっしゃいと言ってくれた。友達が私にできたことが嬉しいのだろう、とても満足そうな笑みだった。
次の日になって、彼は約束通りに私の家に訪ねてきた。前日に興奮し過ぎて眠れなかった私は寝起きで家の中に招待された彼とばったり出くわして少し面食らってしまう。慌てて顔を洗いに行く姿にママはあらあらと笑って見送った。なんで起こしてくれなかったんだろう。
「おはよー、シャルロット」
「お、おはよ、早いね」
「といっても昼だよ」
「えっ」
時計を見れば時刻は既に12時を過ぎていた。
顔が真っ赤になるのがわかった。本当にどうして起こしてくれなかったんだろう。
「早く食べちゃいなさい。どこか遊びに行くんでしょう?」
「うん。ごめんね、早く食べちゃうから」
「いいよ、ゆっくり食べて」
「ほら、君もシャルロットと一緒に食べちゃいなさい」
「いや、いい、僕は別に……」
「お昼まだでしょう。子供がお腹を空かせたままではいけないわ」
途中介入と同時にママが彼の分も用意していたのか皿を置いた。ただのサンドイッチだけど、彼は全力で遠慮しているのがわかった。なんとなく彼の人間性を察してしまう。
「一緒に食べようよ。おいしいよ」
「いや、でも……」
次は、悪いしと言うのだろう。
なんとなくわかる。
「出されたものは残さず食べるのがマナーだよ。お皿を引くわけにはいかないんだから」
「あら、じゃあ今日からニンジンはたくさん入れても大丈夫なのね?」
「うっ……」
ママからの受け売りをそっくりそのまま返すととんでもない援護射撃が飛んでくる。そこはほら、空気を読んでこっちの味方になってほしい。彼は人に遠慮する性格なのだから……たぶん。
まだお皿に手をつけない彼を見かねて、私は自分の皿に乗ったサンドイッチを掴むと無防備な彼の口へと突っ込んだ。もきゅって変な音がしたけど大丈夫なはずだ。彼は突っ込まれたサンドイッチをもきゅもきゅと咀嚼する。飲み込んだ頃には複雑そうな顔でこっちを見てきた。
「もう一回食べさせてほしい?」
「わかった。わかったから、食べるよ」
「わかればよろしい」
そして彼は、ものの数秒で完食した。食事が終わるなり私は彼の手を引いて外へと駆け出す。友達と過ごすことがそんなにも嬉しかったのかはわからない。ただ、引っ込み思案な性格の彼を放って置けないような気がしたのだ。
それから……。何日も彼と遊んだ。空を飛ぶのもそうだけど、お花を摘んだりピクニックしたり泥だらけになって夢中で遊ぶだけの日々を繰り返す。それでも彼の引っ込み思案な性格は治らない。私に遠慮ばかりしていて人が近くにいると隠れるまである。
その日は、生憎の雨の日。晴れ続きだったためか家の窓から空を見上げた。振り続ける雨に来るだろうかと不安になる。遊びたかったのと会いたかったのと両方の気持ちが強く残っていた。それだけ彼との時間が楽しかったらしい。
風が強く吹いた。子供の私なら普通に飛ばされそうな暴風。ガタガタと揺れる窓に私は少しビクつきながら外をみる。流石にこんな日は来ないかな、なんて思いながらも密かに会いたいと思っていた。
きっとそれは、叶った。
外に人影が見えた。小さな人影がこっちを見ていた。雨の中を佇んでいる姿は踏み出すかどうかを迷っているようでポツリと悲しげにそこにいるだけの影となっていた。
それを見ていると、不意に扉を叩く音が木霊する。彼が来たのかもしれない、と思うかもしれないが私は外の影から視線を外さずにいた。むしろあれが彼じゃないんだろうか。そんな気がしてママが玄関へと出る音だけを聞いていて、やはり視線だけは外の影へと向けたまま私はのんびりと待つ。
「何ですか貴方達は!」
そんな時、ママの荒げた声が部屋へと響き渡る。私は咄嗟に出て行ってしまった。否、勝手に私の足は動いてしまった。
「逃げなさいシャルロット!」
「娘を探す手間が省けたな。って、あっこら待て」
「逃すな、追え!」
三人組の男達がいた。脇をすり抜けて外へと出る。靴を履くのも忘れて雨の中を裸足で走る。けれど、家から数メートル離れたところで男に捕まってしまった。
「助けて、ハル!」
「大人しくしろ。手間かけさせるんじゃねぇ」
暴れて噛み付いて、必死に抵抗する。
一瞬だけ、その一瞬だけ隙ができた。男が痛みに呻いて私を振り払ったのだ。
それだけで十分だった。
すぐに追いかけて来た男に捕まる直前、ローズピンクの閃光が私の横を駆け抜け槍のように敵を突く。
直撃した男は苦しげな呻きを上げて、家の方へと吹き飛ばされて行った。ドゴン、という音の跡に残ったのは蹴りを放ったであろうハルが着地する姿だけ。
「大丈夫、シャルロット?」
「えっ、あっ、うん……」
「話は後かな。あと2人いたよね」
それだけ言うと家の中へと入っていく。
数秒後、大の男2人を引き摺る春香が出てきた。
ママに抱き締められる私は男三人を誰かに引き渡す彼の姿を遠目に眺めていた。
◇◆◇
日常も、非日常も長くは続かない。彼が日本に帰る時がやってきた。
私は涙ながらに笑顔で見送った。空の向こうでは彼も元気にやっているのだろう。
それから月日が流れ、私と彼の関係は変わらず電話やメール、手紙のやり取りをする程には仲が良かった。毎日、彼との話を楽しみにしたり日常が退屈なく過ごせているのだが、彼は唐突にこう言いだした。
「ねぇ、聞いてよシャルロット。ボク、アイドルになるらしいんだ」
……よし、グッズは全部買おう。
一体全体どうしてそうなったのか、私は密かに心に誓った。
ここから数話時間が遡ります。