セシリア・オルコットは慢心を捨てた。
先刻の織斑一夏との試合、あと一歩シールドエネルギーが空になるのが遅かったらどうなっていたかわからなかった。
結果的には勝ったが、過程に満足はしていなかった。
そして、待ちに待った憧れの人との試合。少しくらい華を持たせようと考えていた思考は取り払われ、ただ楽しんで勝つことに決めていた。
負けはプライドが許さない。けれど、あまり嫌われるのも本意ではない。ならばどうすればいいかと問うたところ、そもそも相手は手加減されて喜ぶ相手ではないのだから本気でぶつかればいいのだ。そう思い、アストルフォの入場を待ち、
–––絶句した。
入場したアストルフォはISを纏っていなかった。よく見れば、いやよく見なくても見覚えのあるコスチューム。ライブ時に着用しているシャルルマーニュのそれだった。最初の感想はまんまアストルフォ。直視した瞬間、直視出来なくなってしまったセシリアは口元を押さえて目を逸らす。
–––こんな嬉しいことがあってよろしいんですの!?
–––悶え殺す気ですか?そうなんですね?作戦なんですね?ご馳走様です。
とまあ、対外的には少しやらかしてしまったものの精神を精神で抑えつける。
元々、セシリア・オルコットはアストルフォの大ファンだ。ライブがあればその度にファンレターを送っている。テレビ出演の度にマメな感想を送ったりもしている。だからこそ、知らないと言われたことが悲しかった。キツく当たってしまった。ファーストコンタクトを間違えてしまった。
時は戻らない、けれど再出発は出来る。
この試合が終わったら謝ろうと決めていた。しかし、その前に相手の装備に度肝を抜かれてしまった。
一頻り堪能した後で、セシリアは心配そうにアストルフォを見詰める。
「あの……ISはどうしたんですの?」
「あー、そうだよね。これがISなんだ」
「……は?」
絶句した。あれがIS?そんなもの常識的に考えて違うと知識で知っていた。
「あ、うん、その反応だよね。ボクも訳がわからないんだけど、束さんが作ったらしいから心配は要らないと思うよ」
「篠ノ之束……?」
わかっているじゃないですか。じゃなくて、あれの何処がISなのか。未だに理解出来ないセシリアはライブでは見れない至近距離の生のアストルフォを見て、動揺する。愕然以外の感情は出せず、しかし歓喜をうちに秘めながらも平静を装ったがそれも無理な話だった。
「非常識ですわ!」
(目の保養になりましたありがとうございます!)
どうあれあの姿を見れただけでも試合をする意義がある。勝敗は二の次で、セシリアの心のシールドエネルギーはゼロを切った。悶え死ぬ一歩手前だ。
やれやれといった感じで肩を竦めるアストルフォ。
「束さんに常識とか通じないから意味はないよ?」
「今までのISの定義を覆してるじゃないですか」
「だから、これは異種系統だって。ただの気まぐれと趣味全開で作ったらしいんだ。武装の一部はまだ配達途中らしいから、そのうちハッチから投げ渡されるんじゃない?」
「……だとしても!」
「非常識も何も、ISの教科書は篠ノ之束なわけだから、ルールは束さんだよ」
ISについて篠ノ之束に勝てるものはいない。教科書なんて篠ノ之束がそうだと言えば大幅改訂は免れないだろう。絶対的権力を有しているのが篠ノ之束だと、諦めた方が賢明な判断である。
セシリアはこの論争に意味を感じなくなり、冷静になるべく頭を冷やす。丁度、目の前には目の保養になる人物がいるのだから仕方ないのかもしれない。現実逃避気味にブツブツと小言を言いながら心中はどうやってこれから仲良くなろうか模索していた。
『始めるぞ。準備はいいな?』
アリーナの拡声機を使い、千冬の声によって仕切り直し試合は開始する。
「正々堂々勝負しよ」
握手の代わりに友好的な言葉でお互いの位置に着く。
小細工なしの、真剣勝負。あっけらかんと言ってのけるアストルフォの力量をセシリアは測りかねていた。
何にしても、慢心はしない。先程、苦渋を飲まされたのは織斑一夏という一人の男によるものだった。結果的には追い込まれた先程の光景が蘇る。それが悔しくて同時に彼女の慢心を取り払う理由にもなった。
自分の今までの思考を破棄する。
二度目の反省を得て、目を閉じ呼吸を一つ。
–––試合開始の合図が鳴り、セシリアが目を見開いた瞬間だった。
「なっ!?」
「せいやぁぁぁぁぁ–––!!」
30メートル程の距離を一瞬で詰め、黄金の馬上槍を振りかぶったアストルフォが目前に迫る。驚愕と同時にスラスターを蒸し背後に飛び退ろうとしたが、その前に槍が咄嗟に盾にしたセシリアの主力武装《スターライトMK III》を貫いた。
小爆発により、シールドエネルギーが少量減る。
慢心はしていなかった。その筈なのに、とんでもない思い違いをしていた。それを至近距離に迫ったアストルフォの真っ直ぐな瞳を見たことで理解させられたのだ。
「クッ、主力武装が!」
相手は愚鈍な男ではない。織斑千冬という世界最強の妹でもない。かよわいアイドルでもない。見目麗しく、しかし己の内に獣を秘めた戦士だと。主力武装を代償に理解した。
「逃がさないよ!」
一気に勝負を決めようとアストルフォの連打が槍で放たれる。全開で逃げようとスラスターを再度点火すれば、今度はがっしりと肩を左手で掴まれた。
–––それもセシリアの肩に、直に。
「ほわあぁぁぁぁ!?」
乙女が発してはいけないような奇声を発し、動揺を露わにする。
–––あのお方のお手が肩に、肩に!
夢のような時間。されど、今は勝負事の真っ最中。不審な態度をとるセシリアにアストルフォは気づかずそのまま首に手を回して背後に回ると左腕でセシリアに張り付く。側から見たらハグというか、抱き着いているというか、ISがあっても誤解を招きそうな状況にセシリアは乱心して暴れ回った。
「なっ、なっ、なっ……!」
「ちょ、ちょちょちょ、オルコットさん、前、まえ!」
「ふぇ……アストルフォ様がわたくしに抱き、抱き!」
このまま張り付いて「無い」スラスターを補う戦いをしようと思ったが、アストルフォの思惑など露知らずセシリアはアリーナの地面に突っ込む。間一髪のところでアストルフォは飛び降りて脱出した。
ドガン、と大きな音と砂煙を上げるブルーティアーズの墜落した方を見て、引き剥がしにかかることを予想していたアストルフォだったが、思わぬ自爆に少し心配気味に声を掛ける。
「えと……大丈夫?」
「けほっ、けほ……問題ありませんわ」
声を掛けられたセシリアは立ち上がり直ぐに答えた。
名残惜しかったが、それを悟られるわけにはいかない。
冷静な自分を起こす。
主力武装は破壊された。近接戦闘は先程の一回で理解した。自分の勝てる間合いでは無い。それにブルーティアーズは中遠距離特化型の武装しか搭載されていない。御誂え向きに近接武器は一つ搭載されているが、そんなもの使ったことはないし無力なのだから。
ならば、距離をとって狙撃する。それが自分に出来る戦いだと意気込んで、空へと飛び立った。
「あっ……」
虚を突かれたアストルフォは地上に置き去りに。
空へと飛び立ったセシリアはBT兵器を散開させる。
BT兵器はビット型兵器であり、第三世代たるブルーティアーズの主力兵装の一つだ。
1、2、3、4–––。
ブルーティアーズから放たれた武装から、レーザーが放たれる。
慌てて、アストルフォはアリーナを走り回って回避行動に移る。
「これがブルーティアーズの本領! 例え、主力武装が無くなろうとまだ戦えるのです!」
「わっ、ジリ貧じゃんかこんなの」
逃げて、逃げて、避けて。
遠距離武装も、飛行機能も、何も持たないアストルフォは地面を駆け回った。
もちろん、セシリアがそんなことを知るはずもなく。
砂煙が舞う。しかし、アストルフォは飛べない。
警戒しながら攻撃するも、そんな事実に気づいたのは数分間地上で逃げ回るアストルフォをなんだか可愛いなぁと思い始めてからだった。
「どうしたんですの? 早くかかってきなさいな」
「言われなくてもやるよ、今は無理!」
砂煙が舞う。アリーナの地面を隠していく。セシリアの弾幕が、駆けずり回るアストルフォが、二つの効果によって砂煙が地面を隠し始めやがてアストルフォの姿が見えなくなった。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、とはこのことか。射撃を止めないセシリアに地面から何かが飛来するのをハイパーセンサーが捉えた。流石にそこは代表候補生か、最初の突進と比べてのろいそれに当たることもなく横にスライドするだけで回避。
「やはり、遠距離武器を隠し持っていたんですのね」
確信した。次の瞬間だった。
「え……?」
今度は、先程の遠距離武器とは違い、近距離武器の槍が土煙を切りセシリアを正確に狙ってきた。
咄嗟に回避行動をとった、それは誰しもが取る行動であっただろう。
それが命取りになるとは知らず、セシリアは一瞬、黄金の馬上槍に視線を向けてしまった。
「やっと届いた」
「……な、あなた!」
その一瞬の隙に、アストルフォはセシリアに再び肉迫し張り付く。
「いやぁ、もしかしてと思ったんだけどこの際だから答え合わせしてもいいかな」
「な、なんですの……?」
今度は、動揺せずちゃんと会話できた。
内心でガッツポーズするセシリアに変わらぬ笑みでアストルフォは淡々と独白する。
「オルコットさん、ビット操作している時は自分は動けないでしょ。その逆も然り」
「なっ、どうやってその弱点を……!」
「いやぁ、参ったよ。遠距離武器がないから確かめる為に嵐の中、石ころを探さなきゃなかったんだから」
「まさか、最初のは……!」
「そ、ただの石ころ」
「ですが、スラスターも無しにどうやってここまで……!」
「あぁ、そりゃ気づくよね。ほら、あれ」
アストルフォが指差してみせたのはブルーティアーズのBT兵器だった。ありえない。常識外れの戦法にセシリアは絶句した。ただその一瞬で、自分の弱点に気づいたアストルフォに賞賛の声を上げずにはいられない。
「もう逃がさないよ。本当は、降参して欲しいんだけど」
「ナメないでくださいまし。つい先程は取り乱しましたが、今度はそのような無様な姿は晒しません」
空中大サーカスばりのアクロバット飛行が始まる。
それでもアストルフォは引っ付いて剥がれない。
その途中、柔らかい何かを掴んだ気がしたが、騎乗スキルマックスで張り付いている彼にはそれを気にする余裕もなく、セシリアだけががくりと操作をミスった。
「ちょっ、ちょっと胸は卑怯ですよ!」
「わ、ごめん」
普通に男なら喜ぶ妙な幸運が働いたが、直ぐに謝り機械的部分に引っ付いたりセシリア自身に引っ付くあたり振りほどけないのが現状だ。あちら側も降りるわけにはいかない。そんなことをすれば勝敗は決してしまう。
「よし、そろそろいくよ」
「……はい?」
決意の言葉と共に、機体がぐらついた。
セシリアがブルーティアーズの操作を誤ったわけではない。
現にスラスターは平常運転。
しかし、背中に引っ張られるように重力が掛かった。
アストルフォが背中越しに勢いをつけて引っ張ったのだ。
この予想外の力には抵抗できず、空中で錐揉み大サーカスが始まってしまう。
地上に落とされれば、条件は互角、いや劣勢になる。
流石に今度はセシリアも地面に激突は御免だと打開策を練る。少し強引な手だが、決行することに決めた。
「堕ちなさい!」
「え?」
いつのまにかセシリアの元に戻っていたBT兵器がゼロ距離でアストルフォに牙を剥く。レーザー光が直撃し、一度は我慢なったものの二度目の射撃が放たれるのを察知したアストルフォはブルーティアーズから飛び降りた。
「もう今度は油断しませんわ!」
「だよね、わわっ」
「観念して降参しなさい。あなたにもう勝機はありません!」
「だからって、諦めるわけにはいかないよ!」
着地点にビット攻撃が着弾する。間一髪で回避したアストルフォはもう一度、縦横無尽にアリーナの中を駆け回る。機体性能で言えば誰が感じても劣勢だった。
ビットを足場にできないように上空からの攻撃に徹するセシリア、誰がどう見てもこの試合の勝敗は決している。
諦めていいのだろうか。いいや、ダメだ。
アストルフォにとって諦める事は、逃げる事と一緒だ。
奇策に奇策を重ねて追い込んだが、一歩間違えば劣勢へと早変わり。
普通の人なら、誰でも諦める勝負を投げる事はなかった。
織斑一夏の機体・白式、超近接格闘系の機体に対して、此方は随分とコアな機体だ。もう機体と呼んでいいのか疑うレベルのIS、だけどそれでも篠ノ之束が作ったという事実が、間違いなわけない、と思う。
万策尽きて、空を見上げた時、不意に影が射す。
ブルーティアーズではない、別の何か。
鷲のような甲高い鳴き声がアリーナに響く。遥か上空からの意外な来訪者も、セシリアオルコットにとっては気に止める必要もないものだったのか此方を警戒しているだけ。
太陽光でハッキリとは見えないものの、身体の芯を温め、熱くする何かが疾る。
試合開始前に手に入れた武装は僅か3つ。
黄金の馬上槍。読めないマニュアルブック。黒の角笛。
スラスターも無ければ遠距離に対応もできない。
マニュアルブックみたいな謎の書物もあれば、閲覧しても中身はわからない。
フランスから貰った黄金の馬上槍が何故か武装追加されていたが、投げたせいで何処かに無くしてしまった。
最後の黒い角笛だが、機体情報がなければ使い方もわからない。
「これでフィナーレです!」
セシリアの制御により4基のビットが四方八方を塞ぐ。
空を見上げて立ち止まってしまった故に、絶体絶命の万事窮す。
笛の使い方を理解して、アストルフォの頬は吊り上がった。
「キュイィィ––––––!!」
角笛を鳴らす。ビットが爆ぜる。
何故だか、とんでもない思い違いをしていたアストルフォ。
いきなりの急展開に両者から仰天の声が上がる。
耳を抑えて頭を抱え始めたセシリア。観客も耳を抑えて蹲っている。
その隙に飛来した影が、アストルフォを攫う。
迷いなく飛び乗ると同時に幾千もの情報が身体中を駆け巡った。
誰かの経験と、機体の情報と、篠ノ之束からのメッセージ。
機体名《rider》
以下武装。
触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)
この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)
恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)
破×宣×(キャ×サー・×・×××スティ)
何故か、魔導書もどきだけ文字化けしている。
それでもいい。心強い味方が、側にいるのだ。
「……なんですの、それ……」
「説明すると長くなるんだけど、ボクの相棒かな」
「非常識ですわ!」
誰だってビックリするだろう。
騎乗している空駆ける馬のような鷲。
幻想の生き物、ヒポグリフ。
異形の生物が目の前にいて、対峙していれば、恐怖は芽生える。
未知に対して恐怖を抱く。
それはきっと、彼にはわからない事だった。
「行くよ、オルコットさん」
「ちょ、待って、お待ちください、まだ心の準備が」
「なに?」
「そんな生物ありえませんわ! ISとして認められません!」
「そう言われてもさ、ボクのISの本体はこの子なんだよね」
「ハァ……?」
織斑春香のISのコア。
それは、ヒポグリフの心臓となっている。
つまり、最初から不完全な状態で試合をしていたのだ。
スラスターが無いのも、飛べなかったのもそのせいで、唯一の飛行手段がこのヒポグリフ。
–––試合終了は間もなく。
織斑春香–––アストルフォの勝利によって幕を閉じた。
後日、校内に現れる現代の英雄と騒がれたとか騒がれてないとか。
暫く、ヒポグリフが見世物になったのは語るまでもないだろう。
普通にISしても面白くなさそうなので、普通に何もかもをアストルフォにしてみた。
よく考えたら、ISの世界では千冬と束に次ぐ最強ではないだろうか?
最初はねー、武装を他のロボット混ぜた完璧チートにしようとしたんだけど、容姿をアストルフォにしたんだから武装もそのままの方がよくね?(だがこの世界ではチート)という見解に至り。
自力では飛べないから、ハンデ背負ってるしいいよね。
魔笛がビット全損しようと魔笛が操縦者を失神させようと、チートじゃないもの。
そうだ、これはただの武装の再現。
因みに、ヒポグリフはちゃんとした生き物です。