織斑千冬。ボクの姉であり保護者とも言える彼女に連れられ、同じく小学校に上がりたての双子の弟、織斑一夏と一緒に篠ノ之神社へと引っ張られてきた。生憎、幼い頃から姉のお下がりを着せられているせいか他の男の子にからかわれることが多く当時のボクはとても億劫が祟り引っ込み思案な性格だった。
篠ノ之神社は剣術道場兼その名の通り神社である。
姉はここに師事しており、ボク達もまた姉と同じく師事するべく、男らしくなる為に門を叩く。普段から、可愛い、だとか男の子らしくない褒め言葉を授かっていたボクは自主鍛錬以外にも男らしさを磨く為に姉に連れられてきたのだ。
そんなボク達は門徒になる前に、とある人物と出会うことになる。
篠ノ之神社へと訪れたボク達の元へ、正確には姉のところにメカメカしいうさ耳のお姉さんが声を掛けてきたのだ。
「やっほー、ちーちゃん。その子達がちーちゃんの弟達?」
「あぁ、束か。今日から弟達も世話になる。タダで師事できる道場などそうそうないのでな、これを機にこいつらも強くなればと思って連れて来た」
「……」
「どうした? 束」
目線を合わせてじっとこちらを見てくる。姉も少し苦手だったボクは逃げ場をなくした。だから、のほほんと陽気な一夏の背中に隠れたボクは彼を盾にしたのだ。
「ね、ね、ちーちゃん家って妹もいたんだね」
「いや、そいつはそう見えて男だぞ」
「……嘘でしょ?」
「私のおさがりを着ているが、紛れもなく男の子だ」
「冗談だよね?」
「ふふっ、冗談だと思うほど可愛いだろう」
不敵に笑ってみせる千冬姉。
次の瞬間、ボクはいつの間にか姉の友達に抱き締められていた。
「ちょー可愛い! ね、ね、この娘ちょうだい!」
「貴様の嫁にするくらいなら私の嫁にする」
「えー、そんなこと言わずにさぁ。–––はっ!? 私がこのコと結婚したらちーちゃんももれなく私の家族にっ」
「だから、やらんと言っている」
そうそう。ボクは嫁ではなく婿なんだけどなぁ。とか言ってやりたいがボクにはそんな勇気はない。
「それより、おまえ助手が欲しいと言っていただろう?」
「うん、そりゃ欲しいけどさ〜。頭の固い奴とか金の為にしか動かないようなクズばっかだし、私をナメてる奴とか気持ち悪い目で見てくるような奴ばっかで足手纏いだし正直いない方がマシなんだよね。というか、ちーちゃんは私が他人に興味ないことは知ってるでしょ」
「なら問題はない。そいつは役に立つぞ」
ビシッ、と未だ腕に抱かれ続けるボクを指差して千冬姉は言った。
「家の壊れた家電製品を直しているのは春香だ」
「おおっ、小さいのにやるねー。でも、それだけじゃ役には立たないかな」
「見せてやれ。おまえの特技を」
千冬姉に命令されては逆らえない。ボクはパーカーの袖や内側から隠し持っていたドライバーを瞬時に取り出し、拘束から抜け出してメカメカしいうさ耳を文字通り、一瞬で解体した。バラバラと落ちるパーツを全て手で掬い上げるように空中で掴む。パーツ一つをなくせば元に戻すのは至難の技だ。
「いやんっ♡」
「……それで、どうだ?」
「もう、衣服を剥がれるって辱めを受けたのにちーちゃんはスルーですかそうですか。だけど、ふむふむまさか一瞬で解体してしまうとはね恐れ入った。束さんにはできない芸当だよ」
「おまえもあれくらいのスピードで解体できるだろ?」
「あっはっは☆ いくら天災の束さんでも無理無理、天災の束さんでもこれは違うベクトルの天才だね」
「どこが違うというのだ?」
機械バカにはかわらん。と、罵っているのか千冬姉は呆れた声を漏らした。千冬姉の友達である篠ノ之束はボクの手からパーツを摘み上げながら言う。
「技術というのは知識と技があって完成するんだよ。どれだけすごい発想をしようとそれを造れるだけの技術がなければ机上の空論なわけ。逆に技術はあっても具体的な設計図がないとそれは無駄なの。設計図っていうのはプログラムみたいなものかな」
「天災の考えることは私にはわからん」
「まぁ、見せてあげるよ。ね、ね、君の名前は?」
聞かれたので素直に答える。
織斑春香。それがボクの名だ。
「じゃあ、あーちゃん」
「……」
「イングランド王の息子にしてシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォに似てるから」
そんなにアストルフォとはボクみたいな感じだったのだろうか。こちらの心中も察せずマイペースに彼女は全てを手の中にすると、うさ耳パーツを広げて命ずる。
「解体したの戻してみて」
そもそもボクが解体したし、あとで戻すつもりだったからもう一度ドライバーでメカうさ耳を組み立てていく。ものの数秒で完成したそれを見て頭に装着。感度を確かめると彼女は自分で元に戻ったばかりのそれを解体する。
「むむ、確かに元通りだ。だけど残念、元通りではないっ!」
またネジを締めて篠ノ之束は頭に装着する。
瞬間–––。彼女の纏っていた衣服が消失した。
「–––束さん以外の何者かが中を弄ろうとすると自動的に初期化するプログラムを組み込んでいたのだぁ! その反動で、服はこのうさ耳格納庫に強制収容されちゃった」
「意味がわからん!」
「いやぁ〜、服を着るのが面倒だから試作開発した技術で着替えられるようにしたんだけど、そのプログラムも初期化したから」
「いいから早く服を着ろ!」
取り敢えず、ボクは一夏の目を塞いでおいた。
「私の名前は篠ノ之束。よろしくね、あーちゃん」
これが後に歴史に名を残す天災との出会いだった。
ボクは英雄譚のような軌跡を共に歩むことになるのだ。
ボクの毎日は劇的な変化を遂げた。これまでやっていた千冬姉の苦手な炊事、洗濯、掃除の家事は変わらずボクが続けることになっている。千冬姉ってば米を洗剤で洗おうとしたり、洗濯だけで洗濯機を壊したり、掃除だけでも脱ぎ捨てることが多い千冬姉の洗濯物やら掃除するというだけで部屋を散らかすのだ。
千冬姉が女の子としてのなんやかんやに興味がないのも忙しいせいなのではあろうと思うがそれはボクにとっても好都合である。スカートばかり買われては堪ったものじゃない。シワ寄せは全部ボクに来るのだから。別に千冬姉がスカートを履くんだったらボクも履いても構わないけど、それを言えば悪手な気がする。
ここまでは日常の一部。
増やしたのは、篠ノ之神社での剣術修行……と。
「もぉーっ、またこんなに散らかして!」
怠惰な篠ノ之束のお世話だ。篠ノ之神社の地下には彼女が独自で作ったラボがある。そこが彼女の根城であり研究施設であり家であり、上に帰ることも少ない。服を脱ぎ散らかすは掃除はしないは食事は栄養補給食品で済ませるは、年頃の少女がするような生活ではない。
せっかく綺麗なんだし女の子だから気を使えばいいのに……。おおよそ生活習慣とは無縁な生活を送っている彼女世話を焼くのは嫌ではないのだけど、ボクはお母さんじゃない。
「お腹空いたー、ご飯作ってー」
「お家に帰って食べなさい。どうせ上で準備してあるんだし」
「えー、めんどくさーい」
ここで上に帰すととても嫌そうにするのが篠ノ之束だ。両親というものに関心がない彼女は家族というものをあまり重要なものとは考えていないようで、頓着がない。唯一彼女が心を許しているとすれば篠ノ之箒という妹さんくらいだ。他には例外として千冬姉と一夏とボクが挙がるが……思春期の親をうざがるのとはちょっと違う気がする。物心ついた時から親を知らないボクが言えることではないけど。
だから、ボクは–––。
もっと家族と仲良くして欲しいって思う。
「じゃあ、ボクが抱えて行ったら食べる?」
「……」
「あまり顔を合わせたくないのはわかるけどさー、お母さんの手料理を食べられるなんて今のうちだよ?」
「それより私はあーちゃんの手料理が食べたいなー」
そのあーちゃんの手料理も篠ノ之母の手解きを受けていて、再現するが如く作っている。おそらく束さんの舌がバカでなければ気づいているはずだが。
ちょっと厳しめの視線を束さんに送ると困ったように顔を顰める。
苦渋の決断を迫られるのは、一瞬だった。
「じゃあさ、毎日ちゃんとご飯を上で食べる代わりにあーちゃんがスカートを毎日履いてくれるなら!」
「……ダメだ姉さんが二人いる」
人間の常識とか諸々ぶち破った猛者だ。生活破綻者な上にこんな要求ばかり、千冬姉の誕生日に一度のスカートを強要されているボクは頭痛に頭を抱えた。
結局、意識は変わることはないのだろうけど。
それだけでも、今は十分だ。背に腹はかえられないのはどちらも一緒だ。
「まぁ、それなら……」
「いぇーい束さん大勝利ー!!」
ガッツポーズして子供のように大喜びではしゃぐ束さんは備え付けのクローゼットを開ける。振り返った時には、その手に握られていたものを見てボクは唖然としてしまった。
「じゃあ、早速これを着てご飯食べに行こう!」
「謀ったな!」
「天才の束さんには先を読むのは造作もないことなんだよ」
いや、どう考えてもマッチポンプだよ! なんて、ボクはひらひらした衣装を受け取りながら心の奥に感情を仕舞い込んだ。
夕餉の時間、フリルいっぱいのメイド服に着替えたボクは束姫をお姫様抱っこして地上へと上がる。年齢差とか諸々による体重の差についてはノーコメント、御法度というのはボクでも知っている。千冬姉に最近太った?なんて愚かな発言をする弟なんてボクは見てないし知らないのだ。
玄関を開いて家族の居間へ。ちょうど夕餉に手をつける前だったらしく父親の柳韻さんと母親(名前は知らない)、妹の箒ちゃんがいた。
「姉さん!」
「やっほー、ほーきちゃん」
「むっ、そっちの奴は……」
「春香君だな、いらっしゃい」
道場で顔を覚えていてくれたのか柳韻さんはすぐにボクをわかってくれた。
「織斑一夏の姉か。何故ここにいる」
「あのねぇ、ボクは姉じゃなく兄だってば」
「? 織斑一夏よりも女々しいのにか?」
「剣で負けたからって他で当たらないでくれる」
「スカートは女が着るものだぞ。……まさか道着で目覚めたのか」
確かに道着はスカートに見えないこともないけどそうじゃなく。あとボクは好んでこんな格好をしているわけじゃない。今回に限っては束さんのせいだ。
「あっ、師匠、今日から束さん夕食はここで食べるからよろしく」
「そ、そうか!」
あからさまに嬉しそうな顔の柳韻さん。お母様が炊飯器にご飯を装う。ボクはその間に空席の座布団に束さんを設置して準備完了だ。
「君は食べていかないのかい?」
「いや、悪いしボクは家に一夏と千冬姉の分と自分の分とちゃんと作り置きして来てるから」
「全部君が……?」
「姉さんは色々と忙しいからね。道場に行った後は疲れてるだろうから先に作って置いてるんだよ」
尤も、千冬姉はボクが帰るまで絶対にご飯に手をつけない。だから、ボクが帰るまで一夏もお預けだ。
「子供なのに大変だろう。……特に今は」
視線が束さんに向く。
「結構楽しいよ。料理したり、掃除したり、洗濯したり、慣れてくると一時間で家事が終わっちゃうんだよね」
「……いや、この娘の世話は大変だろう、という意味でな」
「何人増えようが一緒だよ。姉が……いや、妹が増えた感じかな」
弟より手を焼くとは言えない。遊び盛りのあれはあれで危機迫るものがあるが、ボクらを育てようとしてくれるだけ千冬姉の上には上がいると知ったのはつい最近だ。
「もう帰るのか?」
「束さんを下に戻してからね」
「今更言うのもなんだが君の筋力で大丈夫か」
「ご心配なく。ボクだって鍛えてるんだ」
バッチリとウインクを決めてみせた。
束さんを地下に戻して篠ノ之神社を出ると門前に二つの影があった。夜目でもはっきりとわかる。その女性のシルエットは少なくとも自分が尊敬する人物の一つだった。鳥居に寄り掛かり腕組みする姿、間違いない。
「千冬姉」
「遅かったな」
「ちょっとボクわがまま言っちゃって」
「珍しいな。私には一度きりだったのに」
「家事のこと? あれは見てると危なっかしかったからね。それより千冬姉はなんでここにいるの? 一夏は?」
「一夏は家で留守番だ。私は可愛いおまえが暴漢などに襲われないか心配でな」
わぁっ、カッコいい。
「一夏を一人で留守番させてていいの?」
「今時の子供は一人で留守番くらいちゃんとできる」
「それはそれとしてさ。女の子なんだから姉さんの方が危ないよ。夜に一人で出歩くなんて。ボクは一夏ほど貧弱じゃないし心配してもらうほど弱いつもりはないよ」
「何を言うか。弟の心配をしない姉が何処にいる? それに私が強いのは知っているだろう」
世界で一番おっかないのが千冬姉だ。もちろん勝てたことはないし、喧嘩なんてしたこともない。一夏とは喧嘩するが確実に両成敗で終わる。
「じゃあ、一人で留守番して一夏が泣き喚く前に帰ろうか」
「そうだな。あいつは案外寂しがりだからなぁ」
さりげなく握られた手を握り返しながら帰路に着く。
織斑家へと帰ると、扉を開けた音だけで一夏は駆け寄って来た。まるで仔犬のようだなって感想は心の中に仕舞っておくとして、開口一番に一夏は言うのだ。
「遅いよー、千冬姉、春香姉。お腹減った」
「だからボクはお兄ちゃんでしょうが」
「いや、だってスカートはいてるもん」
はっ、しまった、メイド服着たままだ。だから千冬姉は上機嫌だったのか。妙に素直だったのは納得だ。
「まぁいいや、ご飯温めるから食器の準備して」
「はーい」
「なぁ、春香」
「なぁに? 千冬姉」
「着替える前に写真を一枚いいか?」
……もういいよ。勝手に撮りなよ。
ボクは今日もまた、姉と弟の世話を焼く。
この頃の箒ちゃんはお姉ちゃん大好き。
一夏にデレるのはまだかね? まだだね。
アニメ見てWikiとか検索してきただけだから原作買わなきゃ。
こんだけ浅い知識だとボロが出るだろうけど、温かい目で見てくれると助かる。