「–––付き合ってください!」
日常とは毎日同じことの繰り返しだと誰かが言った。
何度、同じ光景を目にしただろうか。体験しただろうか。
何十回目の告白を受けてボクは精神がだいぶ廃れて来たのかもしれない。成長したとも言うけれど、麻痺した、とも言える。
学校に通えば恒例行事の様に毎回、何処かしらに呼び出された。その結果がこれである。ボクは真摯に受け止め、だけど少しだけいつもの雰囲気を混ぜて和かな笑みを浮かべていた。
差し出された手をどうしていいかわからないが。……うん、ボクは頰をぽりぽりと掻きながら聞き返す。
「あのさ、それどう言う意味?」
「交際という意味です!」
「そっか……うん、買い物とかじゃないんだね」
「は、はい」
確かに恒例行事とかしているがボクは何回目かの問答を繰り返した。ここは何度も通った道だけにスムーズに訊き返したが果たして–––
「ごめんね。付き合えないや」
ボクは目の前の手を振り払う。精一杯優しい言葉を掛けたが、案の定その人は顔を俯きがちに走り去っていく。
背中を見送りながら、これまた何度目かの溜息、やるせない気分を吐き出す。
「–––計72回。毎度毎度、御苦労様よね」
告白者が走り去って行った校舎の角。そこから鈴ちゃんが腕を組みながら歩み寄って来る。その気配には気付いていたし、咎める理由はないし、だけど悪趣味だし。言いたい事は山程あるが最初に全部言ってしまったからもう言うことはない。同じく溜息を吐く鈴ちゃんは安堵か呆れか痛む頭を抑える様な仕草をした。
「一応言っておくけど、精神的に削られているのはボクなんだけど」
「あたしは心配してあげてんの」
「初回からお世話になってます」
「……あんた気付いてたの?」
「それはそうと、心配ってどんな心配があるの?」
「そ、それはまぁ……あんたって泣き落としに弱そうだし?」
しどろもどろになるあたり言い訳混じりだ。しかし、鈴ちゃんの指摘も的外れなわけでもない。
因みに、初回は相談したら一夏の制止すら振り切り監視に来たのだ。野次馬根性過ぎる。
「そんなことより、あんたもあんたよ。ちゃんと自分を主張しなきゃ。そうしたら告白される回数も減るだろうし、何より……」
誤魔化す様に説教を始めた彼女は、尤もな意見を述べた。
「–––男から告白されることもなくなるわよ」
さっきの告白してきた生徒。実は、男だ。
男子生徒が30回程、告白の半分近くを占めている。
最初は戸惑いはしたものの場数を踏んでボクは成長したのだ。
あれだ。きっと男子達はちょっとした度胸試しをしているだけなのだ。もしくはある種のいじめの様なものを受けているのかもしれない。本気な奴は……いないと思う。
「なんでだろうね?」
「性別勘違いしたやつがいるんでしょ」
「まぁね。一応、アイドルとしてのプロフィールは性別不明だし」
「その割にこの前は三年生の男子に告白されてたわよね」
新入生以外の男子生徒は性別については知っているはずだけど。度胸試しが濃厚な線として有力候補となる。
「まぁ、深く考えてもしょうがないよねー」
「あんたって本当に短絡的というかなんというか……はぁ」
肩を落として歩く鈴ちゃんの前をボクは鼻歌交じりに歩いた。
◇◆◇
「んー、終わったぁ!」
授業の終了を告げる鐘の音が鳴り響き、教師が出て行くと同時に両手を組んで伸びをする。視線が幾つか突き刺さるのを感じたが気にせず欠伸をした。さて、と。帰るか。
「ちょっとあんた」
「ん、鈴ちゃん?」
「なにナチュラルに一人で帰ろうとしてんのよ」
「今日は呼び出されてもないし、お仕事もないし、久し振りにゆっくりできるから夕飯の買い物して帰ろうかと思って」
「そ、それ、私も一緒でいい?」
「いいけど……一夏は?」
「あいつなら男子どもに連れてかれたわよ」
見れば一夏は教室から消えていた。いや、気づかないうちに男子全員がだ。女子は疎らに部活なり放課後の予定で話題に花を咲かせているが男子は軍隊並みの行動力で忽然と消えてしまったのだ。
「待たなくていいの?」
「なんであたしがあいつを待たなくちゃいけないのよ」
なるほど、女王様、ツンデレだね。
一緒に帰りたかったら「あんたが待ってなさいよ」的な。
一夏にそう言っているのだ。
まぁ、それよりも鈴ちゃんはボクと帰るらしい。
一夏がいないんじゃ仕方ないか。男子と帰ったかもしれないし。思えば、ボクは同性の人と一緒に帰ることがない様な気もするが多分ボッチではないはずだ。家族は計算外である。
「ま、いっか。帰ろ」
–––そうは問屋がおろさなかった。
結局、下駄箱にラブレターが入っており、鈴ちゃんには待ってもらった挙句速攻でふってきた。今日は女子だ。相変わらず鈴ちゃんは何処かしらに隠れて盗み聞き。最近、鈴ちゃんが自分で現れるまで気配を辿れない程上達している。アサシンの域だ。背筋が凍りつきそうだったのはおそらく鈴ちゃんの視線だろう。
そんな一コマを経て、ボクと鈴ちゃんは二人で下校。
珍しく黙りと俯いていたと思ったら、顔を上げてボクに問い掛けてくる。
「……ねぇ、あんたって誰かと付き合いたいとか思ったことないの?」
「なぁに急に?」
別に驚く程の内容でもなくボクは聞き流し気味に訊き返す。しかし、鈴ちゃんが真剣な瞳で見てくるものだから目を逸らしてしまった。何も疾しいことはないのに。
「ん〜……ない、かな」
思い出を掘り起こして少し考え込んでみたが思い当たる節はない。だが、それが気に食わなかった様で鈴ちゃんは更にヒートアップした。
「さっきの間は何よ」
「いや、よく考えなきゃ失礼かなって思って」
「あんたらしいか。……今日、告白してきた子、可愛くなかった?」
「そうだね。でも、ボクあの子のこと知らないし」
「そういうところはキッチリしてるわよね」
これは『恋バナ』というやつだろうか。小学校の頃もたまに女子の中ではこうして情報が飛び交っていた。ボクも混ざることは多かったが結局のところ聞いているだけで話すことは何もなかったが。むしろ巻き込まれた可能性もある。
「じゃあさ、気になる人とかいないの?」
思い出の海に浸っていると鈴ちゃんは恋バナを続けるつもりのようで隣を歩いたまま問い掛けてくきた。
「うーん……?」
「難しく考えなくていいのよ、直感で」
「む、そう言われると……」
一瞬、シャルロットの顔が浮かんだ気がする。そういえば最近連絡を取り合ってない。どうしてるんだろう。しかしこれは鈴ちゃんの求める気になるとは違う気がした。
「いないよ」
「ふーん」
興味ない様な返事だった。
『何故か』不機嫌だとは言わない。
気づかないふりをして、そのまま会話を別のものに変えようか、そう思った時、鈴ちゃんは隣を歩くのをやめて前へ出た。ボクの前に立ち止まられるとボクの足も自然と停止する。
手を後ろで組んで僅かに顔を伏せながら、彼女は顔を赤くしている。なんというかまぁ、告白数秒前の先立と同じ様な態度でいられるもんだから薄々は気づいてしまうのだ。勘違いであればいいが、それはフラグというもの。一夏という先立がいるからもうその辺についてはとやかく言わない。
「毎日毎日告白されて、迷惑じゃない?」
「気持ちは嬉しいよ。でも、ボクってそういうのわかんないんだよね」
「な、なにしたらいいか、とか?」
「それもあるけど、色々とね。今のまま笑っていたいというか、日常に変化を求めていないというか、関係性の不変が居心地いいというかなんというか」
なんでもない日常が好きなのだ。怖い、とは違うかもしれない。
首をひねるボクに鈴ちゃんは言った。自慢のツインテールの片っぽを弄りながら、
「その……さ。もし告白されるのが迷惑なら……あたしが偽物の恋人として、その役…やっても…いいけど」
「鈴ちゃん。一応、アイドルだからそういうのフリでも御法度なんだよね」
「あ、うん、そうよね」
火を噴きそうなほど真っ赤な顔の彼女は落ち込み気味に俯く。それから数秒下を向いていたかと思うと、さすがは鈴ちゃんか立ち直りも早かった。
「未来の話よ? その、もっと料理上手くなるから毎日あたしが作る酢豚食べてくれる?」
「……」
酢豚。酢豚か。さっきまで何の話をしていたのか。もしこれが繋がっているなら、そういう話なのだろうけどボクは選択肢を選ぶ。今のボクにとって最良の答えを。
「ねぇ、鈴ちゃん」
「う、うん……」
身構える鈴ちゃんの髪の手巻きはさらに酷くなる。緊張しているのだろう。でも、不謹慎ながらにボクは純粋な疑問を解消したかった。
「酢豚ってパイナップル入れるのかな?」
「…………はぁ」
なっ。と言いたげな表情になったがぷるぷると震えて、後に脱力する。
「当たり前過ぎてしょーもないわね」
答えは「人によるでしょ」と鈴ちゃんは言ったが、何気にはぐらかした感じだった。
今になって何故、鈴ちゃんがあんなことを言い出したのか。彼女は焦っていたのだろう。それを知るのは電話越しに涙声で一番に報告してきたのはこの日の夜のことだった。
『グスッ……』
「泣かないでよ鈴ちゃん。……ボクに両親が離婚する気持ちはわからないけどさ、大切な人がいなくなることが哀しいのはわかるから」
『あ、あんたってそういうフォローばっかり上手いんだから、ずるいわよ』
今日はいつもの二割り増し素直だ。涙声も相まって何故か罪悪感が。何故なのか、あれだ、目の前で女の子がいきなり泣き出したら困るだろ? どうしていいかおろおろするよね? そんな感じだ。
今夜、正式な離婚が決定したらしく、鈴ちゃんは母親について行くらしい。店をたたみ中国に帰るのだとか。要約するとそんなところ。しかも、まだ電話越しに喧騒が聞こえてくる。
「ふむ。……そうだ、今からお泊まり会しない?」
鈴ちゃんからしたら最後くらい両親と一緒にいたいだろうから、少し遠慮気味に聞いてみると、考える間も無く返事が電話越しに返ってくる。
『する』
そこまで酷い状況のようだ。
「じゃあ、迎えに行くから待っててね」
そんなこんなで鈴ちゃんの家に行くと酷い有様だった。家の外まで両親の喧嘩が聞こえてくる。早口な上に中国語で内容までわからないものの惨事だと普通にわかる。この喧騒を果たしてインターホンなどで止めていいものか……ダメだな、と思うと同時に少しだけ意地の悪い悪戯を思いついた。
このままの別れは鈴ちゃんにとって悪影響でしかない。悪魔のようで……ボクは、鈴ちゃんを電話で呼び出し荷物を持った鈴ちゃんは玄関を開けると同時に飛びついてきて抱き留め、そのまま家を出る。もちろん鈴ちゃんには書き置きも何もさせてないしそんな余裕もないだろう。現状は悪化するかもしれないが仕方ない。もう一つの可能性を信じたいが。
家に着くなり、一夏には許可を取っていたために余計な顔を出すことはなかった。そのままボクの部屋へと直行して荷物から着替えを取り出す。
「……その、シャワー貸してくれない?」
「うん。取り敢えず、そうしようか。あ、ご飯は食べた?」
「……まだ、だけど」
「じゃあ、一緒に食べようか」
いいの?とかそんな暗い顔で言われたところで放っておけるわけもなくて、鈴ちゃんがシャワーを浴びている間に粗方準備を済ませておいた。彼女がシャワーを終えるとご飯に移れるように丁度いいタイミングで。地雷原とか余裕で踏み抜き歩きそうな一夏とは別で食べる為にボクの部屋へ料理を運んだ。
シャワーを終えた鈴ちゃんは濡れた髪をタオルで拭いた程度で出てきて、身に纏っているのは明るい黄色のパジャマなのに何故か色までどんよりして見える。ボクは世話を焼いた。いや、その表現は適切じゃない。この程度の事で世話を焼いたなんて思いもしなければ自分がやりたいからやっているわけで……とか、誰に言い訳をしているんだろうか。
取り敢えず、ドライヤーで髪を乾かしながら髪を拭く。風呂上がりだからか鈴ちゃんの髪はしっとりしていて気持ちいい。溶けて落ちそうなくらいだ。
少し名残惜しいながらも髪を乾かし終えて、食事をした。鈴ちゃんはぼそぼそと無言で食べ進めた。会話も何もないが食事中くらい黙っていた方がいいだろう。と、電話が鳴ってしまう。
「シャルロット?」
『こんな時間にごめんね、春香』
なんだかシャルロットの声のトーンも若干低い。妙な板挟みになってしまった。鈴ちゃんの前では電話を早めに切った方がいいのだろうけど何故かシャルロットも問題を抱えているのだ。どうすればいいんだろう。出てしまったのは少し立て込んでいるからまた後でという内容を伝える為だったのに切るに切れない。
一応、鈴ちゃんには断りを入れたが、まだ落ち着く時間が欲しいだろうとボクは席を立つ。内容はISがどうとか言っていたけど、男のボクに振る話題ではないような気もする。
それから十分程で部屋へと戻ったボクに鈴ちゃんは若干鋭い目付きで睨んできた。
「シャルロットって誰よ」
「あれ? 知らなかったっけ。友達だよ、海外の」
「知ってるわよ」
「……」
不貞腐れた鈴ちゃんだ。珍しくもないが今は逆鱗に触れないでおこうと方針をとっておく。鈴ちゃんの前に座りなおすとご飯を無言で流し込み食事を終わらせる。食器を片付けてから、落ち着いたところで電気を消すことにした。
「……あのさ」
布団に入り背中合わせで寝ていると鈴ちゃんが声を掛けてくる。ボクはごろんと身体を鈴ちゃんの方に向けた。彼女は既にこちらに身体を寄せるような体制だ。
「また、会える?」
縋っているような声で彼女が不安そうに言うものだから、ボクは不敵に笑って鈴ちゃんの頰を両手で挟んで持ち上げる。視線を交わす暗闇の中でボクは、
「大丈夫。今度の世界ライブは中国だよ!」
「……何かと忙しいでしょ。あんた」
「そんなのスケジュール調整すればいいだけさ」
「あんたって行動力の塊よね」
「善は急げってね。あれ? 違うな」
「あんたの座右の銘は『思い立ったが吉日』でしょ」
「まぁ、とにかく国境も海も超えちゃえばいいんだよ。ほとんど隣じゃん、中国なんて」
呆れたような声で返すけれど、可笑しそうに笑い始めるのだった。