二時間目が終了。ぐてっと机に潰れた一夏、ボクはそれを見ながら一応声を掛ける。
「大丈夫?」
「大丈夫なもんか。つーか、よく平気だよな」
「ボクは知識がそこまでないわけじゃないからね」
残念な事に、IS学園はラッキーとか奇跡とかで入れる程甘くない。世界でISについての勉強が本格的にできるのは此処だけだし、日本国内じゃまず外部ではありえない。中学も共学性などさることながら女子達は自力で勉学に励むのだ。中学から下積みしている知識に無知の一夏がついていけるわけもなく、呪詛を延々と聞かされる羽目になっている。
ダラダラとした会話。
そんな死体同然の一夏を突いているボクの前にその娘は現れた。
「ちょっとよろしくて?」
金髪ロールのお嬢様だろうか。英風の少女がボクらに接近した。丁度、一夏の隣で仁王立ちするようにそこに立っている。雰囲気から察するにIS登場時から女尊男卑に染まったような威圧感。同じクラスにもこんな女の子がいた。肩身の狭い男子というのはそれだけで増加した。元から女子が苦手な男子は尚更だ。
「どうしたの、オルコットさん?」
なんだろう。と、訊いてみると顔に手を当てて身悶える。
そんなオルコットさんに一夏は怪訝な反応を返した。
「……どうしたんだ?」
「え、ふ、うん。いえ、なんでもありません」
「その割には顔赤いよ、大丈夫?」
「し、心配なさることは何も! –––あ、いえ、それより」
咳払いで仕切り直し、セシリア・オルコットは一夏を睨む。そんな彼女の視線が来る前にボクに向き直った一夏が知り合いか?みたいな視線を送って来る。
「なぁ、誰だ?」
「さっきの自己紹介訊いてなかったの? オルコットさんだよ」
「悪い、いっぱいいっぱいで訊いてなかったわ」
「千冬姉にはびっくりしたからね。まぁ、そうじゃなくてもストレス溜まりそうだし」
「ちょっとあなた達!」
二人で会話しているとオルコットさんが割り入って来る。
きっとそれは、怒りによるものなのだろう。
「知らない? このセシリア・オルコットを?」
「なぁ、おまえの同業者?」
「うーん、海外の有名な人ってわからないからなぁ。日本のものさえ疎くて色んな人に失礼やらかしたけど」
「まぁ、俺もアイドルの名前三人以上答えろなんて言われたら春香の名前しか出ないからな」
あはは、と互いに笑い合う。
そうやって二度目、オルコットさんを会話の蚊帳の外にしてしまうとバンッと机を叩かれてしまった。驚いてボクと一夏はオルコットさんを注視する。机を叩いたモーションの後の彼女が机に手を突き固まっていた。
「この…この…わたくしを知らないというのですか? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを?」
知ってる人の方が少ないだろう。隣の女子生徒に訊いてみると「知らない」と答えてくれた。何故か照れた感じでアストルフォ君に話しかけられちゃったと仲間のところに逃げていく。男性が珍しいのか、ボクに緊張しているのか、なんかもう微妙な反応だ。
「あっ、そうだ質問いいか?」
「ええ、よくってよ。下々の疑問に答えるのも貴族の務めですもの」
そんな数秒もかからない出来事の合間に一夏は真面目な顔でこう訊いたのだ。
「代表候補生ってなんだ?」
「……」
「あれじゃないの? ほら、千冬姉ってISの日本代表じゃん。その候補生」
「なんだそれ、凄いのか?」
「さぁ?」
確かに凄いのかどうかについてはボクもわからない。実際、代表候補生と言われても知らないし、別に知らなくてもいいことだったので今まで興味がなかったけど、きっと凄いことなんだろう。ISの凄さは知っているが、その代表候補生の凄さについては束さんに教えてもらっていない。
「あなた達……真面目に言ってますの?」
三度目。流石に、仏の顔は三度までだ。目の前のオルコットさんが顔を紅潮させてだいぶ不機嫌なのがわかる。どっかで失敗したのはおそらく一夏のせいだろう。天然で怒りに触れるとか、流石としか言えない。
「代表候補生というのはエリートなのです。同じ教室になれただけでもラッキーと思いなさい!」
「俺には世界に二人しかいない男性操縦者が同じ教室に押し込められた確率の方がよっぽど奇跡だと思うけど」
一夏、やめて。これ以上、爆弾を投下しないで。
紅潮が限界突破する様を見て、怒っているのか恥じらっているのか判断はつかない。
けれど、言えることがある。
地雷原を堂々と突破するのはやめてほしい。
「それに世界的なアイドルで男性操縦者って二重の肩書きの方がスゲェと思うし」
ボクをトドメに使うのもやめてほしい。
しかし、それは手遅れだった。
プルプルと震えるオルコットさんにボクは苦笑いで現状を見守るしかない。落ち着こうと深呼吸を一度すると、少しだけ怒りは収まったのかキッと一夏を睨みつける。
「まぁ、確かにそうかもしれませんね。ですが、見たところ愚鈍な上にISの知識については多少あるかと思っていましたが、知的なところは一切見受けられません。ほんのラッキーでこの学園に通えているんでしょうし」
一夏にとってはアンラッキーだろうな。
「しかし僭越ながらこのわたくしが、頭を下げられるというなら教えて差し上げないこともなくってよ」
チラチラとボクを見るオルコットさん。挑発されているのかな、ボク。
判断しかねるところで、波に乗った彼女はさらに鼻を高くする。
「なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですもの!」
「あぁ、それなら俺も倒したぞ」
高くなった鼻をへし折る音が訊こえた。正確にはヒビが入った音だ。一夏はそれを知ってか知らずかボクにも話題を振ってくる。俺が倒したならおまえは倒しただろ。と、当然のように。
「あー……ボクの相手は千冬姉だったからさ。その……制限時間いっぱいを生き残るので精一杯だったというか」
あんな入試は二度と受けたくない。その時に千冬姉が教師だと気づけばよかったのだけど、ボクは色々なパニックで頭がいっぱいだった。
「……千冬姉相手に生き延びたのかよ。俺の場合は相手が勝手に壁に突っ込んでさ」
「そんな人もいるんだね。再試は?」
「なかったわ」
どうやら結果は問題ではなかったらしい。
一通り会話を終えて、オルコットさんを見ると驚愕していた。なんというか、動揺を隠せないといった様子で、狼狽えている。
見るからにプライド意識の高そうなお嬢様だ。
揺るぎない事実が、許せないのだろう。
お馴染みのチャイムが鳴り、論争は中断する。
束の間の休息は授業をする為に入ってきた千冬姉と真耶Pに破られることになった。
「授業を始める前に、再来週に行われるクラス対抗戦の代表者を決める。委員会や会議などに出席するいわばクラス長のような役割だ。自他推薦は問わん」
千冬姉の宣言に女子は率先して手を挙げた。
「はい! 私はアストルフォ君を推薦します!」
お願いだから誰か名前で呼んでくれないだろうか。戸惑うボクに女子達は容赦ない。
「私もアストルフォ君を推薦します!」
「私もそれがいいです!」
「むしろそれがいいです!」
「わ、私は織斑君もいいと思います!」
やったね、とガッツポーズする。このまま一夏に押し付けた方がいい。なんとなくボクはクラス代表に乗り気ではなかった。
「他にはいないか? 自他推薦は問わんぞ」
「ちょっと待ってくれよ、千冬姉。俺より春香の方が–––」
「そうです、納得いきませんわ! 極東の猿が代表だなんて!」
ボクじゃなければ誰でもいい。そもそもボクがやるとチートじみているし遠慮したいのだが、千冬姉はただでは逃がしてくれなそうだ。反論して火傷を負うのは二人に任せることにした。
「実力的に行けばわたくしが適任なのは必然。大体、文化でも後進的な国で勉学に励むことですら億劫ですのに、物珍しいという理由だけで男を代表にされるなんていい恥晒しですわ!」
あっ、一夏の雰囲気が変わった–––と察するには十分だった。
バンッ、とこちらも対抗して机を叩き立ち上がる。
「おまえの国こそ不味い飯で何年覇者だよ!」
「わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「一夏、流石に言い過ぎじゃない……?」
今度はぐるりと二人の視線が向いた。
「例えば、何が美味しいと思います!?」
「えっと……アフタヌーンティーとか、スコーンとか?」
「まぁ…! お茶の良さがわかっているんですのね」
なんとか切り抜けたものの、冷や汗が止まらない。
良かった。イギリスでライブした時に美味しいもの覚えておいて。
「おまえどっちの味方だよ」
「そう言われてもなー。そりゃあさ、オルコットさんだって悪いとは思うよ。だってそもそも文化はともかく技術的には束さんがISを開発したんだし。後進的と言っても、ISに関する技術的には日本が上だし。それに千冬姉だって日本人だし。教員として教わるにしては大会覇者の人に教わりに来るのは道理だと思うけど」
「……おまえ、何気に俺より酷いぞ。完全論破はやめてやれ」
「え? ……あっ」
振り返れば、背後ではオルコットさんが真っ赤を通り越して真っ青だった。
まぁ、束さんを馬鹿にされたみたいでちょっと暴走したわけだけど、ボクとしては変なこと言ったつもりはないのだが。
何故だ、罪悪感がある。一夏にも注意しておこう。
「一夏も。不味い不味いって言うけど、食べたことある? イギリスの料理」
「あ、いや……ない」
「憶測でものを言わないの。味覚の違いだってあるし、食べてみれば美味しいかもしれないじゃん。一夏だって昔は嫌いな食べ物とか結構あったわけだし」
「ちょっと待て、そこ関係なくね」
織斑君可愛いー、と女子から歓声が上がる。白熱しギスギスしていた空気は緩み、毒気の抜かれた一夏は敵わないと判断したのかストンと着席した。
「ふん。あと十秒遅ければ両成敗していたところだ。救われたな」
命拾いをして、安堵の息を吐く一夏。
それを残念そうに、まるで獲物を逃したライオンのような目で見たあと、
「なんだオルコット? まだあるのか?」
「はい、納得できません」
オルコットさんがまたも挙手したようだ。
「決闘ですわ! イギリスの代表候補生、いえ、セシリア・オルコットとしてこのまま引き下がるわけにはまいりません。実力的にも不足している、まして毛の生えた程度のあなた方に務まるわけがありません」
「おう。俺も不完全燃焼だったとこだ。いいぜ、受けてやるよ」
再燃した。
「ハンデはどれくらいつける?」
「あら、賢明な判断ですこと。猿にしては知能がいいようですね」
「ちげーよ、俺がどれくらいハンデをつければいいか訊いたんだ」
と、余裕な表情で申し付けた一夏を嘲笑する声が響いた。
「織斑君、本気で言ってるの?」
「男子が女子より強かったのって一昔前の話だよ」
「やめなよ、流石に冗談キツイって」
「一夏、そんなことして身を滅ぼしても知らないよ?」
ハンデつけてボロ負けしましたー、とか笑い話になるだけだ。
楽観的に見物していると、一夏はハンデの話を取り下げた。こういうところが一夏のいいところだ。間違っているところをすぐに正す。
そして、何故かその話がボクに回ってくる。
「おまえはどうする春香?」
「ち–––織斑先生。まさか、ボクも?」
頷かれた。強制参加らしい。
「その……は、ハンデを差し上げてもよろしくってよ」
「あぁ、ごめん、そのハンデなんだけどさ……別にいい。ボクは正々堂々勝負するよ」
決意を伝えると、オルコットさんは普通に引き下がっていった。
なんというか、まぁ、顔を紅潮させて。
そこに水を差すのが千冬姉だ。
「おまえはいいのかオルコット?」
「織斑先生。おっしゃる意味がわかりませんが……」
「あぁ、言葉足らずで申し訳ない。おまえが春香にハンデをつけてもらわなくて大丈夫かと訊いているんだ」
千冬姉が発した予想外の言葉に場が凍りついた。
「言っておくが、油断しないことだ。世間は一夏をファーストと騒ぎたててはいるが、IS登場から今に至るまで、いや、ISが登場する前から関わっているんだ。春香はIS誕生の瞬間に立ち会った者であり、束の助手を務めていたんだぞ」
尤も大したことはしていないけれど。
ISに関わった時間としては、誰にも負けないつもりだった。