あれから2週間経った。
私はあの時助けてくれたお姉さんーハンナさんのアパートに隠れていた。ハンナさんはプロレ階級の人だからそこまで監視されてはいないらしいが、パトロールの警官が来ないわけではないから私も迂闊に出歩くわけにはいかなかった。何せ外国人=スパイという国だ。見つかったらどうなるかわからない。
ハンナさんはテレスクリーンは持っていないから家の中まで見張られることはまずないらしいが、近所には持っている人やもしかしたら思想警察の隊員かもしれない人が住んでいるから油断は禁物だ。
そんなこんなで私はハンナさんのアパートから一歩も出られずにいた。しかも私の通ってきた地下道はすっかり埋められてしまったらしい。
「そういやさぁ」
ハンナさんがカチカチの黒パンとヴィクトリーコーヒーを持ってきながら話しかけてきた。
「ミク、あんた元々別の世界から来たんだよね」
「そうだよ。信じられない話だと思うけど」
2週間もロンドンに居たからかこのくらいの会話なら普通にこなせる。
「まぁ、今でも半信半疑だけどさ。それはともかくそこに帰るつもりなんだろ?なら一つ頼みがあるんだけどさ」
「何?」
「私も連れてっておくれよ。どうもこの国は住みづらくてさ。働けどはたらけど暮らしは楽にならないし、文句を言おうものならどんな目に遭わされるか…。だからさそこに連れてってよ。それが無理なら自由な場所でもいいから」
さてどうしたものか。出発前に弦十郎さんやエルフナインちゃんからギャラルホルンがどういうものか聞かされていたから、それを使ってハンナさんを私の世界に連れていくことはできない。そもそも私がここに来ることになったのもあの変な魔法陣が普通の人間までも通れるようにするかわからない。つまり彼女を連れていくのは不可能に等しい。
「ハンナさん、申し訳ないんだけどこの世界からハンナさんを抜け出させることはできないんだ。別の世界への移動に必要なものがここでは手に入らないし、あってもハンナさんが使えるとは限らないしね」
「そうかぁ。それは残念だなぁ」
「でもね。2人でこの国から逃げ出すのなら何とかなるかもしれない」
「本当かい!」
ハンナさんがこっちに詰め寄ってきた。
「こ、声が大きいよ。誰かに聞かれちゃうよ」
「あ、ごめんごめん。私としたことがつい。でも逃げ出せるのかい。ここ島だし。海は機雷だらけだよ」
「空からなら。どうやるかは今は言えないけど」
「空か…。もっと難しそうだけど、やってみようじゃないか」
こうして私達はオセアニアから脱出することを決めた。
このとき私達はもう少し警戒しながら話すべきだった。壁に耳あり障子に目ありとも言うのに。
まだこのときはヴィクトリーコーヒーの酷すぎる味とこれまた酷い味の黒パンにうんざりしながら今後の事を呑気に考えて居た。
「こちらウルフ・J、こちらウルフ・J。オールウェイ・Hの犯罪的思考を傍受。またオールウェイの他に正体不明の外国人が存在。ダブルプラスアングッド。午前0時をもって蒸発する。応援求む。繰り返す・・・」
まさかもう足がついていたなんて気付かなかったんだよ。
オセアニア脱出を決めた2人。しかしそう簡単にはいきません。
何故ならビッグ・ブラザーが彼女達のことを見守っているのだから。
次回、彼女達に早速困難が訪れます。