ある日、街の子供達から変な噂を聞いた。
喋る鴉というのが、近所の小鳥屋にいるらしい。インコじゃなくて真っ黒い鴉。なんだか変な話だけど、鴉も賢い鳥だからそういう変種が居てもおかしくは無い。
それでその小鳥屋さんに行ってみたんだけど、もう売り切れた後だった。とある女の子が買ってったんだって。小鳥屋のおじさんに新しいのはいつ入荷しますかって聞いてみたら、手に入るかもわからないって答えが返ってきた。
どこに居たんですかって聞いたら、言葉を濁して店の奥に引っ込んでしまった。なんか怪しいけど、無理もないか。捕まえた場所が知れたら、商売上がったりだものね。
レーシングクラブに帰ると入れ替わりに五郎君が出て行った。それを見送りながら、中に入ると親父さんが、新しいレース用のバイクのカタログを見ていた。
「親父さん、五郎君来てたの?」
「ああ、何だか妙な事言ってたんだ。人間の言葉を喋る鴉がいるだの何だの…。そんなインコみたいな鴉がいるとは思えんのだがな」
「へぇ、五郎君もあの話知ってたんだ」
私の言葉に親父さんが目を丸くしている。
「何、お前も知ってるのか」
「うん。近所の子供達の間では有名だよ。私もひやかしがてらその小鳥屋さんに行ったはいいんだけど、売り切れちゃっててね」
「変なもの買う奴がいるもんだなぁ」
同感だ。
「どこで捕まえたのかって聞いたけど…、そこのおじさんは教えてくれなくてね。ちょっと様子がおかしかったけど…」
「まぁ、飯の食い上げになるからな。そうそう教えてはくれんだろう。ただ…、ちょっと気になるな。その鴉…」
「仮面ライダーとかショッカーとか喋ってたらしいよ」
「何?ひょっとするとまた奴等の仕業か?この前、お前の再改造をして以来、大人しくしていたと思ったら、また悪さを始めたか」
「懲りないね…、ショッカーも」
2人で黙り込んでいると一文字さんがドアを開けて、立っていた。
「あら、一文字さん。どうした…」
の、という前にマネキンを背中から突き飛ばしたように、一文字さんがバタンと倒れた。咄嗟に抱きかかえると、顔色が真っ青になっている。
「お、親父さん。救急車!」
「お、おう」
後から合流した滝さんから事情を聞いた。
あの鴉を買ったという五郎君の友達の家に、何でもギルガラスという怪人が現れて、その怪人の毒ガスを吸ったせいで一文字さんはこうなったらしい。
「マンションの住民もガスを吸って、殺し合いを始めて死んだらしい」
「そんな毒ガスを作ってたとは…、こりゃ前の花よりも厄介だな。出どころを突き止めたところで、如何ともしようがないじゃないか」
親父さんの言う通り、あちこちで殺し合いを始められては止めに入るのも大変だ。おまけに一文字さんが半身不随になったことからして、ガスが流れているところに行ったら、私もただじゃ済まないと思う。
「とりあえず、鴉を売っていたという小鳥屋に調べに行ってきます。麻由、案内してくれないか」
「いいよ」
早く動かないと面倒な事になるだろうし、急がないと。
「あれ、潰れてる…」
滝さんを連れて、その小鳥屋に行って見たけど、文字通り影も形もなくなっていた。店の敷地は、更地になっていた。
「本当にここなのか?」
「その筈だよ」
「となると店仕舞いして、雲隠れしたか…。参ったな…。奴らのことだ、証拠は残しては…。おい、あそこを見てみろ」
滝さんの指が指す方向を見ると、一箇所だけ土が盛り上がったところがある。土饅頭みたいだ。
「何であそこだけ盛り上がっているんだ?ちょっと調べてみよう」
「うん」
2人で土を掘り返してみると、四角くコンクリートで固められたものがでてきた。
コンクリートを踏みつけて割ると中から、鉄のハッチが顔を出した。
「ここでガスでも作ってたのかもしれないな。中に入るか」
「その必要はない」
ハッチが中から開き、見るからに鴉を基にしたのが分かる怪人が出てきた。
「ギルガラス!」
「CIAの犬と……、ほほう、この間逃げ出した強化型か。準備運動には、持ってこいだ」
ギルガラスは手に鎗を持って、こちらに向かってきた。おまけに戦闘員も鎗を構えて、飛び出してきた。
近くに居た戦闘員に当身を食わせて、鎗を奪い取る。
続けて右上から飛びかかってきた戦闘員に、それを投げつけて撃ち落とし、変身しながらギルガラスに突進する。
ただあっさりと躱され、私は頭から向かいのゴミ捨て場に突っ込んでしまった。おまけに立ててかけてあったドラム缶の山が体に落ちてきた。これじゃドリフだ。
ゴミとドラム缶の山から這い出した時には、もうギルガラスは居なかった。
「滝さん、ギルガラスは?」
「消えちまった。瞬間移動でもして引き揚げたんだろう」
「逃げられたか…。そうだ。あのハッチの下を見に行こうよ」
「そうだな。でもそれは俺が見に行くから、お前は銭湯にでも行ってこい。その身体で動きたくは無いだろう」
確かにゴミ捨て場に頭から突っ込んだし、お風呂入りたい。見た目も酷いことになってる。改造人間だけど、こういうことは気になる。
「わかった。それじゃお願いしますね」
「おう。ギルガラスに突かれるなよ」
こうして滝さんに任せて、私は帰った。それにしても身体中がえらいことになっている。早く帰ってお風呂入ろう。こんな姿、人に見せられないもの。
お風呂から上がると一文字さんが帰ってきていた。大したことなかったのかな。
「一文字さん、体は大丈夫なの?」
「ああ、本郷が解毒剤を打ってくれたからな。もう身体も普通に動かせる」
「解毒剤なんてあったの?」
「ドイツ支部に保管されていたらしい」
なんとも間抜けな話だ。解毒剤をあっさり奪われるなんて。あの怪人、放っておいても、処分されそう。
「それを元にワクチンも作ってある。お前にも打っておくように頼まれたんでな」
ジャケットから変わった形の注射器を一文字さんが取り出した。鮮やかな緑色の液体の入った銃みたいな形だ。何となくだが、何処かで見たような気がする。
「変わった形だね」
「知り合いから貰った試作品らしい。それじゃ打つぞ」
腕じゃなくて首に針が刺さった。変な感じがする。
「良し、もういいぞ」
「ありがとう。そういえば本郷さんは?」
「あいつは囮になって、ギルガラスを待ち構えているところだ。今頃、基地に潜り込んでいるんじゃないか?」
30分程して、一文字さんの腕時計が点滅した。どうやら本郷さんは、基地に潜り込めたみたい。
一文字さんが腕時計のつまみを回して、内蔵されている発信機のボリュームを上げる。そこから拾った声によると、ギルガラスは基地を抜け出して、毒ガス散布作戦の為に東京湾沿いの空き地に向かったらしい。そして本郷さんは、死神博士と格闘中のようだ。あの博士は、華奢だから簡単に取り押さえられそうだけど、どうやらそう簡単にはいかないみたい。
とりあえず本郷さんには、死神博士を抑えてもらうとして、私達は毒ガスを何とかしないと。
「ちょっと空から見てくるよ。一文字さんは、陸路でガスのありかを探して」
「見つけたら、直ぐに知らせてくれよ」
「分かってるって」
強化服を装着して、空へ飛び立つ。毒ガスなんか撒き散らされたら、大変だから時間はあまりない。この前のように裏をかかれたら大変だから、隈なく探さないと。一文字さんを見たからわかるけど、あれの効果はとんでもないものだし。
東京湾といったって、沿岸地帯は神奈川や千葉も入っている。毒ガスを使うとなれば、1番被害が出そうな工業地帯に撒き散らす筈。そう睨んで、神奈川県の近くから探し回っている。
ただ、ちょっと困った事がある。空を飛ぶ私にとっては、深刻な問題が。
「空気が汚いね…。煙が朦々と立ち込めていて……。毒ガスを浴びる前に、具合が悪くなりそうだよ…」
空にいると、工場の煙突から出る煙をモロに浴びることになるから、身体中、煤だらけになる。おまけに酷い臭い。ギルガラスを倒すよりも煙突を叩き折りたくなる。
「急いで探そう…」
見つけた頃には、一文字さんがギルガラス相手に大立ち回りを演じていた。
「ごめんなさい、遅くなりました!」
戦闘員の一人に回し蹴りを食わせながら、遅れたことを謝った。
「どうした。工場の煙に巻かれたか?」
「そんなところです!」
ギルガラスが私目掛けてガスを浴びせようとしたので、向かってきた戦闘員を羽交い締めにして、盾にする。その隙に、一文字さんが飛び出して、ギルガラスに組み付き、バックドロップを叩き込む。ただパワーダウンしているのか、いつもよりもダメージが入っていない。こりゃ長期戦は不利だ。
「毒ガスの噴射口を壊せば…」
噴射口は嘴だ。そこを塞げばなんとかなりそうだけど、失敗すればガスの餌食になってしまう。
「やるだけやってみるか…」
ホバー走行をして真横に回り込み、左腕のコードを投げつけて、開きかけたギルガラスの嘴に巻きつける。奴も驚いたみたいだけど、直ぐに暴れ始めた。
「この…、大人しくしろ」
右腕のコードも投げつけて巻きつける。
「うぐぐぐぐ…」
必死に押さえつけているが、向こうも必死にもがいている。嘴を抑えられたら、ほぼ首を取られたも同然だしね。
「こいつ…!」
一文字さんも、ギルガラスの両足を引っ掴んで引き倒しているけど、押さえ込めるほど、力が残っているわけではなさそうだ。翼を何とか破壊しないと。嘴と翼を捥ぎ取れば、何とかできそうなんだけど…。
そうこうしているうちに、ギルガラスが浮き始めた。
「これならどうだ!」
コードの伸縮機能を使って、パチンコの要領で体当たりする。妙な音がして、ギルガラスの嘴が折れ曲がった。そして私諸共、海に落ちた。
コードを巻き取り、直ぐに海から上がり様子を伺うと、ギルガラスはヘドロまみれになりながらも上がってきた。でもあの様子じゃ、もう毒ガスは使えまい。嘴がひしゃげて、おまけにヘドロが詰まったんじゃ。
それでもあいつは何とか逃げようと、濡れた翼で飛ぼうとしている。案外タフだ。
「一文字さん、体は大丈夫ですか?」
少し倒れていた一文字さんが、起き上がってこちらにきた。ガスの影響はもう大丈夫なのかな。
「問題ない。しかしあの鴉に決定打を叩き込めるだけの余裕もないな…」
飛ぼうとしているギルガラスにドラム缶を投げ付けて、頭に当てるがそんなに応えていない様子だった。おまけに戦闘員がまた湧き出してきた。
「しつこいなぁ、もう!」
今は盾はいらないんだよ!
戦闘員を叩きのめしていると、オートバイの音がした。これは…サイクロン号の音だ。本郷さん、来てくれたのか。有り難い!
「一文字さん、ライダーキックを当てられるだけの体力は残ってますか?」
「問題ない。本郷はわからんが」
「そりゃ良かった。下ごしらえしておきますね」
海にいるギルガラスの背後に回り込み、コードを首に巻きつける。そして宙に浮く。こいつには腕がないから、首を吊らされたら逃げようがない。もがいているが無駄な足掻きだ。
「心配しなくても、貴方このくらいじゃ死なないでしょ」
後頭部を踏みつけて、大人しくさせる。さあて、鴉料理の下拵え完了。
「お二人さん、お願いします!」
私の合図に頷いた二人が飛び上がったのを見て、私はギルガラスを空に放り投げて離れた。ライダーダブルキックがギルガラスに命中し、奴は海中に没して、爆発した。やれやれ、終わった終わった。
「一文字さん、本当に行っちゃうの?」
「ああ。死神がラテンアメリカ支部に飛ばされたらしいからな。そこを叩きに行く」
ギルガラスを倒した一週間後、一文字さんは死神博士が左遷されたラテンアメリカに向かう事になった。
「私も連れてってもらえませんか?」
私の言葉に、一文字さんはかぶりを振った。
「馬鹿言っちゃいけない。向こうにゃ、ショッカーと手を組んだナチの残党だっているんだ。おまけに日本とは違って、向こうは国の様子も危ういからな。お前を連れて行くわけにはいかん。気持ちだけもらっておくよ。それとこれ…」
少し使い込まれたカメラだ。これ、確か一文字さんの仕事道具の筈。
「大したものじゃないが、どうか持っていてくれ」
「いいの?仕事道具なのに?」
「もう使わないやつさ。それに早々、写真の取れそうにない国ばかりだからな」
「わかった。大事にします」
「そうしてくれ。そいつも喜ぶさ」
こうして一文字さんは、ラテンアメリカに向けて旅立っていった。どうか無事に帰って来てください。
一文字さんは、ラテンアメリカへ向かいました。
次のお話から本郷さんとタッグを組みます。
次回、乞うご期待!